空隙の町の物語   作:越季

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第一話「始まりの夢」
1-1「一期一振、蒼穹隊に顕現す」


 桜吹雪が、先ほどまで火の気配に包まれていた部屋を包む。最後の一枚が床に落ちた時、その男は目を開いた。

 

「私は、一期一振。粟田口吉光の手による唯一の太刀。藤四郎は私の弟達ですな」

 

 空色の髪、温和な中に強い意志を感じさせる顔だち。そしてふわりと紋が刻まれたマントが翻る。

 一期一振――その男は確かにそう名乗った。それは、かつて豊臣にあったという名刀のものであるはずだ。人間の姿をした物が、刀を名乗っている。普段は気が狂ったのかと思われるのだろう。

 しかし、その場にいた和装の青年と、襤褸布を被った青年は、あんぐりとした顔をした後、叫んだ。

 

「粟田口派! 一期が……一期一振が来たぞ!!」

 

 一拍おいて、まとまった複数の足音がドドドド、と聞こえてくる。そして部屋の前に、歓喜に満ちた表情をした背の低い少年たちが現れた。

 

「いち兄!」

「いち兄、やっと来たか!」

「待ってたんですよ、ずっと!」

 

少年たちが部屋に入ってきて、空色の男を囲む。男は少年たちをぐるりと見て、ふふ、と微笑んだ後、和装の青年に尋ねた。

 

「貴方が、()()()()でよろしいので?」

「ああ、そうだ。お前の力を借りたい。頼めるか?」

「ええ、勿論。()()()戦場に出られる好機を逃せませんから」

「よろしく頼む。お前の弟たちは大体ここに来ているから、説明の後にゆっくりと時間をとっておこう」

「ありがとうございます」

 

 頭を下げる空色の男を見やってから、襤褸布の青年はため息をつく。

 

「……とりあえずあんたたち、()()()から出ろ。狭くてかなわん」

「あっ、そうだ」

()()()さん、すみません」

「いち兄に会えると思うと嬉しくて、つい……ごめんね」

「いちいち細かいこと言うなよ、まんば。兄弟たちの感動の再会だぞ、野暮ってもんじゃないか」

「まんばって呼ぶな、主!」 

 

 襤褸布の青年が喚く。少年たちは笑い声をあげる。空色の男は、襤褸布の青年に右手を差し出した。

 

「山姥切、殿ですか。これからよろしくお願い申し上げる」

「……山姥切国広だ。この本丸では一応古株になる。分からないことがあったら聞いてくれ、答えられることは答える」

「ありがとうございます。……ところで、その布は取らないので?」

 

 そう問うと、襤褸布の青年は自嘲するように吐き捨てた。

 

「これを被っていれば、山姥切と比べられることもなくなるだろうからな」

「あー、まんばは写しであることを気にしてるんだよ。別に気にすることないと思うんだけどなー」

「……俺は偽物なんかじゃない。国広の第一の傑作なんだ……!」

「あー、始まっちまった。少しほっておくか」

「はあ……」

 

 和装の青年は、ぶつぶつと何事かを呟き始めた襤褸布の青年を放置することに決めたらしい。未だ勝手がわからぬ空色の男に、少年たちがわあわあと話し始める。

 

「ねえ聞いてよいち兄! ()が新しいシャンプーの匂いを臭いっていうの!」

「なんだよ()。香油なんてどれ使っても同じだろ」

「えっと、僕、()()退()です……いち兄にお会いできて、嬉しいです」

「よう兄貴。体調が悪くなったら、すぐ俺に言ってくれよ」

「いち兄来たんだ! 手合わせ楽しみだなー」

「兄弟、まずは手を洗って来い。馬糞がついてる」

「ここには、たくさん動物がいるんですよ。いち兄も一度ご覧になってはいかがでしょう」

「本丸の外にある城下町は、たくさんの施設があるんですよ! 僕と()()で案内させてください」

「いち兄だ! ねえねえ、懐入っていい?」

「おおー、一期殿! ようやくお越しになりましたか! ()()も大変喜んでおりまする!」

「よく来たね、一期」

 

 いつの間にか、人数が増えていた。様々なことを話す弟たちや親戚に、空色の男は耳を傾けている。和服の青年は、よかったよかったと豪快に笑っている。

 そうしているうちに、襤褸布の青年が叱り飛ばした。

 

「……あんたらいい加減に鍛刀場から出ろ!!」

「あっ、山姥切さんが復活した!」

「わー、ごめんなさーい!」

 

 襤褸布の青年――いや、山姥切国広に追い立てられて、少年たちが鍛刀場と呼ばれる部屋から出た。空色の男――一期一振も、弟たちと共に出ていく。外を見やると、朝日に照らされた赤く色づいた葉がひらひらと舞っていた。

 追い立てられながらも笑顔の弟たちに、一期は弟たちと話せるようになった喜びを噛みしめる。

 

 ここは、数多の名刀が集まる場所。

 美術品と化した名刀が、もう一度己の本分を果たせる夢のようなところ。それが、この本丸だ。

 そして数多の名刀には、新たな呼び名がつけられた。

 

 ――刀剣男士、と。

 

***

 

 西暦二二〇五年。『歴史修正主義者』を名乗る無法者は、過去に遡り干渉することで、現在まで続く歴史を変えようとしていた。

 時の政府は、それを阻止せんと『審神者』なる者を各時代に送り出す。

 審神者とは、眠っている物の想い、心を目覚めさせ、自ら戦う力を与え、振るわせる技を持つ者。

 その技によって生み出された付喪神が我々『刀剣男士』であり、我々は審神者とともに正しい歴史を守ることが使命である――。

 

「……俺たちが呼び出された理由については分かったか?」

「ええ。つまりは無法者たちを斬ればよろしいのでしょう?」

「話が早くて助かる」

 

 板張りの廊下を歩きながら、山姥切は一期にここまでの経緯の説明をする。話が色々突飛な気がするが、武器としての本分を果たせるのだ、一期の側に文句はない。

 秋とはいえ、まだ暑さが残る。襟元を緩めながら、山姥切は新たな説明に移った。

 

「出陣は、そこの正門から行う。時空指定は主がするから、俺たちはあまり気にしなくていい。怪我をしたら手入部屋で手入れを行う。俺たちが知っている手入れとは、大分仕方が違うけどな。……まあ、うちの主はかなり慎重派だから、使う機会はそうないだろう。ちなみに、戦場以外での抜刀は基本的に禁止だ。私闘で抜刀して怪我をしたら主と政府の両方から雷を落とされると思え」

 

 最後のほうになると、山姥切は体をがたがたと震わせていた。禁を破ったことがあるのだろうか、と一期は推し量る。

 山姥切の説明は続く。

 鍛刀は依頼札を刀匠に渡して行うこと、遠征は審神者が指定した素材を入手してくること、刀装は兵の魂を詰めたものであり、刀剣男士が作成すること、錬結は刀剣男士の素となる物質を体内に取り入れ強化すること、刀解は素となる物質を分解し資材に変えること、『特』とは練度の指針であり、一定の練度になると大きく刀剣男士の性能が上がること……。

 

「まあ、これくらい覚えておけば、近侍になっても大丈夫だろう」

「近侍は交代制なのですか?」

「この本丸ではそうだな。他の本丸だと、近侍制度の他に出陣方法も違うと聞く」

 

 いろいろ複雑らしいが、覚えなくても平気だ。山姥切はそう締めくくった。一期は頷きながら、脳内にメモを取った。

 

「じゃあ次は本丸の案内だ。まずは厨だな」

「はい」

 

 本丸巡りは特に問題なく進んだ。

 厨では眼帯を付けた太刀と菖蒲色の髪を前側だけ頭頂で止めている打刀が昼餉の準備を手伝っていたり、大広間では打刀たちが双六遊びをしていたりした。

 厩では鯰尾藤四郎が馬糞を集めてみせて真っ白な太刀に嫌がられていたり、畑では桃色の非対称的な長髪をした打刀と後ろで結わえられた青い髪が立っているのが特徴的な短刀が茄子を摘んでいたりする。

 武道場ではだんだら羽織をした下げ髪の打刀と赤いピアスをした脇差が手合わせを行っており、和装袴姿に赤い襟巻をした打刀と手合わせ中の脇差と同じピアスをしている打刀が野次を飛ばしていた。それぞれ、刀剣男士の名前を教わりながら進んでいく。

 その他、厠、風呂場、茶室、書庫、手入部屋、鍛刀場、刀装作成場……。

 

「さて、これで本丸内の施設の説明は終了だ。少しずつ覚えていけばいい、最初は誰でも迷う」

「わかりました。あ、でも厨の場所は覚えましたよ、確かあっちですよね」

 

 頓珍漢な方向を指さす一期に、山姥切は冷静に返す。

 

「……そっちは厠だ」

「えっ、あれっ」

「一度で覚えなくていいといっただろう、別に誰も責めやしない」

「いや、おかしいな……」

 

 確かにあっちだと思ったのだが、いやおかしい確かにあっちだったとぶつぶつ呟く一期に、負けん気が強いのだな、と山姥切は印象付けた。

 ふと、山姥切が付け加える。

 

「そういえば、新入りは練度上げのために演練に参加することになっている。あんたもそうだろうから、出陣の準備をしておくといい」

「演練は確か、怪我をしても元に戻るのでしたっけ」

「ああ。機構の仕組みは分からんが、怪我をしても元に戻る。主は……まあ、少し心配症でな。練度がある程度上がるまで、演練で鍛えようという心積もりらしい」

 

 少し言葉に詰まらせた山姥切に、何かあったのだと推測する。詳しく聞いてみたい気もするが、新入りがあまり出しゃばる場面ではない。一期は軽くうなずく程度にとどめた。

 

「玄関正面に本日の割り当てがかけられている。演練への出陣があるかどうかもここで確認できるぞ」

「えっと……あれ、演練の欄に私の名前がありませんが」

「えっ」

 

 指さしで確認した一期に、山姥切が驚きの声をあげる。山姥切も指さしで演練の欄を確認すると、書かれていたのは前田藤四郎、骨喰藤四郎、山姥切国広、大倶利伽羅、和泉守兼定、太郎太刀の6振りだった。

 

「……見事に高練度の奴ばかりだな」

「何があったんでしょう?」

「本当に何が――」

 

 そう言いかけて、はっとした後、山姥切が頭を抱える。そのまま唸り始めた様子を見て、一期は声をかけた。

 

「何か思い当たることが?」

「……氷雨だ」

「はい?」

「演練相手が氷雨隊なんだ……くそっ、なんでこんなに連続しているんだ、一週間前にもやりあっただろう!?」

 

 畜生なんで、俺が写しだからか、とぶつくさ言う山姥切だが、一期の方はまだ理解が追い付かない。そうこうしているうちに、荒い足音がこちらに近づいてくる。

 

「まんば、演練の欄は見たな? 投石兵の玉二つ積んどけよ」

「……ああ、わかった」

「よし、いい返事だ!」

 

 氷雨の野郎、今度こそ目に物を見せてやる、そう言いながら審神者は遠ざかっていく。しかし、遠くからでも怒気に満ちた声は聞こえてきた。審神者がいなくなったのを確認してから、一期は山姥切に問う。

 

「えっと、もしかして氷雨隊の審神者殿とは……」

「察している通り、仲が最悪だ。顔を合わせれば罵倒嫌味合戦が始まる。刀剣男士の方も氷雨とうちの中で相性が悪いのがいてな……罵倒と遠戦兵器の雨が降ることになるんだ」

「そうなのですか……」

「今からあの厭味ったらしい声を聞いたりしなきゃいけないと思うと……」

 

 山姥切は一気にやつれた。罵倒を聞くのも言うのも苦手らしい彼は、これから起こるであろう別種の戦場に、早くも疲労の色を隠せない。しかし顔を上げると、一期に気を回す。

 

「あんたも嫌なら今日は演練場に来なくてもいい。無駄に疲れるだけだからな」

「いえ、私も参ります。主があれだけ力を入れていることから考えると、氷雨隊はある程度強い部隊なのでしょう。身になることはあると思います」

「……そうか、わかった。でも、くれぐれも無理はするなよ」

「私もかつて天下人の元にいた刀です。多少の嫌味なら平気ですよ」

 

 そう言って、一期は勝ち気に微笑んで見せた。そうだったな、と山姥切も力なく笑い返す。

 玄関口に、演練に出る男士たちが意気揚々と集まってきていた。

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