空隙の町の物語   作:越季

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2-7「一件落……着?」

「いちにーい! 青江さーん!」

「大丈夫ですか?」

「無事でよかった! ……うわぁ山姥切重傷じゃん!」

 

 青江と同じ班だった信濃、宗三左文字、大和守安定が駆け寄ってくる。一期はにっこりと微笑んだ。

 

「私はこの通り軽傷だ、ありがとう。……宗三殿、大和守殿も来ていただいてありがとうございます」

「それは馬の札を持っていなかった僕への嫌味ですか、一期。……まぁ、なにはともあれ無事でよかったです」

 

 一期は労いの言葉をかける宗三をはじめとした青江班に頭を下げる。

 

「弟を見ていただいて、感謝申し上げる。皆さんも、無事で何よりです。……こちらは、山姥切殿が怪我を負ってしまいました」

「かなり強い化け物だったんでしょ、仕方ないよ。一期さんは顕現したてなのにかなり健闘したんだって? 流石だね!」

 

 ――そうか、自分は健闘したのか。率直な賛辞を贈る大和守に、一期は少しだけ気分を良くした。大和守は山姥切のもとへ行き、燭台切と共に肩を貸すの借りないのの駆け引きを行い始める。信濃が、涙目になりながら一期の懐に飛び込んだ。

 

「本当に良かった、無事で……!」

「ありがとう、信濃。心配をかけたね」

「本当だよ! 思った以上に強いって聞いて、俺、肝を冷やしたんだから!」

 

 えぐえぐと一期を見上げる頭を、優しくなでる。青江がすすすっと近づいてきて言った。

 

「奥があったかいねぇ……心のことだよ?」

「ええ、弟はみんなとてもいい子で」

「……青江さん、いろいろ台無し……」

 

 再び青江ジョークをスルーした一期と、半目になりながら突っ込む信濃。その場の空気は、とても緩やかだった。

 

 しかし、少しだけ気になったことがある。

 刀を持った敵、可愛らしい猫のストラップ。そして、

 

『……オと……チ』

 

 こちらの心を痛める、無念さを滲ませた一言。それは、何を意味するのだろう。

 和やかな雰囲気を包む満天の星は、何も言わずに輝いていた。

 

***

 

「ここから三十分歩くのかぁ……きついじぇ……」

「酒が飲みたぁい……」

「文句を言うな、きびきび歩け」

 

 氷雨隊の調査部隊は、持ってきていた大量のダイナマイトで研究所を破壊し任務達成、無事帰路についていた。隊員たちは収穫があまりなかったため身軽だが、皆疲れ切った表情をしている。その中で、長谷部だけがしっかりとした足取りで歩いていた。

 

「長谷部さん、なんでそんなに元気なんです……?」

「あれだけ傷を負ったのに、主命の力ってすごいんですね……」

「当然だ。本丸に帰って、主への報告が終わるまでが任務だからな」

「あれだけヤってまだ元気だなんて、夜のほうはさぞすごいんだろうね……夜戦のことだよ?」

「青江、その冗談はつまらん」

 

 長谷部以外の隊員の足取りはおぼつかない。それを見て、次郎太刀は勢いよく手を挙げた。

 

「はいっ、隊長! アタシ、居酒屋じゃなくていいから休憩したい!」

「はぁ? 何を言っている、主に一刻も早く報告しないと――」

「そうは言ったって、この調子じゃまともな報告もできやしないよ! 茶店での休息を要求する! そして茶菓子を食べたい!」

 

 そうして次郎太刀は、隊員たちを見やって意見を募った。

 

「はーい、それじゃあ茶店で休みたい奴手ぇ挙げてー!」

「ほーい。俺みたらし団子が食べてえなあ」

「はい、僕は餡団子で!」

「うーん、葛餅置いてないかなぁ」

「……僕は、冷たいお茶が飲めれば……」

「おい貴様ら!」

 

 ワイワイと話が盛り上がる隊員たちを止めようとしたのだが、止まるどころかヒートアップしていく話題に、長谷部はついに諦めた。

 

「――ああもうわかった、これから素馨屋に寄って休息をとる! ただし時間は二十分、経費は自分の給料からだ!」

 

 やけくそになった長谷部の言葉に、隊員たちはわあっと歓喜の声をあげる。

 

「やったぁ!」

「何食べようかな……!」

「流石、心の広い隊長様だねぇ」

「よっ、長谷部隊長!」

「へし切隊長ばんざーい!」

「へし切って呼ぶな!」

 

 賑やかな雰囲気のまま、部隊は茶屋の素馨屋に向かって歩を進める。隊長をよいしょしながら、鶴丸はあることが頭から離れないでいた。

 

 ――あの研究所は、一体何を研究していたのだろう。

 

 懐に手を入れる。そこには、血まみれになった紙片が入っていた。このことは、小夜にも言っていない。

 

「鶴丸ー? 何してるんだい、置いていくよー!」

 

 無自覚に立ち止まってしまっていた鶴丸を呼ぶ声が聞こえる。鶴丸は懐から手を出すと、急いで部隊を追いかけた。

 茜色の空は藍色で押し込みながら、太陽を沈めていた。

 

***

 

 氷雨の調査部隊が去ってしばらくした後。第八暗影研究所だった瓦礫の山の上に、三つの影が現れた。

 

「あーあー見事なまでにぐっちゃぐちゃ。これじゃあ収穫は望めそうにないねー」

 

 赤い髪紐で黒髪を絡め、しかし頭頂から一本逆毛が立っている少年は、壁だった物の一部を掻き分けながら告げた。壁だった物の一部は、すぐにボロボロと崩れていく。

 それを聞いて、黒髪に白衣を着た少年が逆毛の少年に叫び返した。

 

「こっちもボロボロだ、少し遅かったか。長谷部ー、そっちはどうだ?」

 

 長谷部と呼ばれた青年――いや、なぜか少年にも思える――は、顔を持ち上げて答えた。

 

「……紙片も、灰すらも見つからない。持ち去られたか……。ここにもう用はない、帰るぞ」

「はーい、見つからないうちに帰りましょー」

 

 逆毛の少年は調子よく、『長谷部』は砂を払って立ち上がった。

 膝を立てた白衣の少年は、目の端で黒く蠢く物を捉える。

 

「ん、なんか視界の端で動いたような……」

「気のせい……なんて言ってられないね。警戒しながら帰ろうか」

 

 逆毛の少年と白衣の少年が腰に手を当てれば、そこからあっという間に衣装が変わった。軍服を思わせる、黒い戦装束だ。戦装束に変わると同時に、手には刀剣が握られている。先ほどまで白衣をまとっていた少年は、未だに立ち尽くしている『長谷部』に向かって声をかけた。

 

「……そんなに落ち込むなよ長谷部。これで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。次の手段を探そうぜ」

「……そうだな」

 

 白衣だった少年が慰めの言葉をかけると、ようやく『長谷部』は二振りの元へ向かった。そうして三つの影は、研究所跡地の近くにある、時折空間を裂くように違う風景が映り込む森林の中に踏み入る。

 

「あー、今日の夕餉はなーにっかなー」

「兄貴はそればっかだな」

「俺はカレーがいい」

「長谷部さん、毎日カレーでも飽きないんですか……?」

「チキンカレーならなおいい」

「鶏肉好きだよな、あんた」

 

 そんなやり取りをしながら、三つの影が夕暮れの闇に溶けていく。そして後にはもう、彼らがいた痕跡はどこにもなかった。

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