空隙の町の物語   作:越季

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15-2「演練場での暗躍」

「……それにしても珍しいよね、青江さんが演練に出るなんて」

「まあ、他の本丸が少し気になってね。うちの本丸は堅物が多いから」

「青江、あんまり新刃をからかってやるなよー」

 

 考えておくよ、とだけ仲間に返して氷雨隊の青江はぐるりと演練場を眺めた。

 演練場は今日も、様々な刀で溢れている。修行に行った短刀が多めだろうか、それでも遠戦出来て打撃もある程度強い打刀や、盾兵の刀装を持てば勝ちの目が見える太刀、大太刀も散見される。

 ——さて、僕はここで()()()()に出会えるかな?

 妖しい笑顔の裏で、青江は前日深夜に聞いた審神者の言葉を反芻していた。——どんな手段を使っても裏切り者を見つけ出せという、審神者の怒りに満ちた声を。

 

 氷雨隊に、謀反の疑いがかかっている。それを聞かされた青江は「審神者が冗談を言うなんて珍しい」と一瞬考えてしまった。それ程までに現実離れしていたのだ、その事実は。

 氷雨隊の審神者は、周囲の審神者から「政府の犬」と揶揄される程の愛国主義者だ。政府の指令は絶対厳守、刀剣達にもそれを求め政府から信頼を得るまでに指令を遂行し続けた。「裏」の仕事も請け負うまでに政府から買われているその忠誠心は、他の追随を許さない。

 それなのに、謀反の疑いがかけられた。上官から嫌味を受けた事で審神者もその事を知ったのだ、当然審神者自体は潔白である。

 ——即ち、審神者の指揮する刀剣男士の中に、裏切り者がいる。

 そう判断した審神者の行動は早かった。第四部隊の中でも柔軟に対応出来る青江を呼び出し、謀反者の特定を命じたのだ。審神者自身も調査すると言っていたが、青江も手段を問わず探し出すつもりだった。

 ただし、探っているのを裏切り者に知られてしまってはまずい。決定的な証拠を掴むまで何気なく、さりげなく行動しなくてはならなかった。

 そこで、青江が取った手段は——

 

 ——おや、良い所にいた。

 

 小さく口角を上げ、青江は当たりを引いた事に拳を握る。

 演練相手の一覧の中、一番に映し出されている本丸にその目を伏せた刀剣男士はいた。

 数珠丸恒次。青江と同派の刀剣男士だ。

 かつてシステム「刀剣乱舞」の新調に伴い、審神者を更に集める為政府は人材をかき集めようとした。数珠丸という新たに顕現可能になった強い刀剣男士の確定配属という餌で、確かにある程度は集まった。しかし既定の人数には達する事は出来なかった為、数珠丸は限定時間の鍛刀という結果になった。その後も入手機会は設けられたが、今なお数珠丸は顕現が難しい刀の一振りである。

 氷雨隊の審神者も、数珠丸を入手出来ていない審神者の一人だ。戦力はある程度揃っているが、それでも審神者にとって数珠丸のステータスは魅力的だったらしい。入手する機会があればすぐに戦力を投下して数珠丸を顕現させようとしたが、現在も氷雨隊に数珠丸がいない事から結果は察せられる。

 青江も、ある程度数珠丸の情報は手に入れていた。仏道に馴染みの深い、名の通り数珠を持つ姿。その眼差しは祈るように伏せられて、心の機敏を読み解くのは難しいらしい。

 ——けれど、怨念が感じ取れるなら、あるいは……。

 ある事に期待を抱いて、青江は仲間達に呼び掛けた。

 

「ねえ、この本丸とやってみるのはどうかな?」

「んー? ……おっ、数珠丸がいる。青江、少し話してみたくなった?」

「ふふふ、どうだろうね」

「数珠丸さん、うちにいないからねー。ボクもちょっと気になるかも。演練お願いしようか」

「そうだな」

 

 演練を申し込み、指定された部屋に入る。部屋の中に置かれているカプセルの一つに横たわり、蓋を閉める。

 目を閉じ、再び開いた頃には既に世界が一変していた。風が吹く開けた大地に立っているのだと感じる。実際は、精神を電子世界に飛ばされているだけなのだが。

 ——いつ来ても不思議だね。さて……。

 地面を鳴らして、刀達が近付いてくる。目の前に現れたのは、三つ刀装を操れる太刀と大太刀で揃えられている統率を重視した部隊。隊長は、数珠丸だ。

 青江は数珠丸に笑って手を振り、刀を構える。

 

「——より良き自分を目指し、鍛錬に励みましょう」

「——さあ、みんな一緒に乱れちゃお?」

 

 開戦のブザーが鳴る。青江は地面を蹴り、刀を振りかぶった。

 

 

「うーん、やっぱり盾兵三つ積んだ太刀は硬いなあ」

「先制が出来る事は強みだけど、刀装を剥がせなくちゃ意味ないよなあ」

「槍は一振りいた方がいいかもね。それで——」

 

 仲間達が演練の反省会をしている。こちらは青江を除く全員が修行をした短刀なので、その強みと弱みを確認しているようだ。

 本来なら混ざりたい所だが、青江にはやらなければならない事がある。

 青江はカプセルから出て、ドアノブに手をかけてから仲間達に振り返った。

 

「ちょっとあっちの本丸のひとと話してくるよ」

「えー、青江さんも意見出して欲しかったんだけどなー」

「数珠丸と話したいんだろ。こっちは気にしないで行ってこいよ、青江」

「お土産話、待ってますね」

 

 青江が純粋に数珠丸と話したいのだと、疑いもせずに仲間達は彼を見送った。青江は歩きながら信じてくれている事に喜び、そして少しの後ろめたさを感じていた。

 隠し事をしているのは気が引ける。だが、こちらも主命だ。果たさなければならない事をしなければ。

 相手本丸の部屋のドアをノックする。中からはーい、とのんびりとした声が響く。ドアを開ければ、中にはカプセルの上からこちらを見る刀達がいた。

 

「やあ、ぴっかり君。もしかしてじぇる丸君に会いに来たの?」

「兄者、来たのはにっかりで用がありそうなのは数珠丸だ」

「ありゃ?」

「やっほー、氷雨隊の青江。そっちの国俊は修行済なんだね。こっちの国俊はうずうずしてるよ」

「修行に行く刀も増えて来たしな。驚かせてくれるのが毎度楽しみなんだ」

 

 相手から思い思いに声をかけられる。中に入っていいか尋ねるとすぐに了承されたので、部屋に足を踏み入れドアを後ろ手に閉める。

 青江はいつもの妖しい笑みを浮かべて部隊を見渡す。目的の刀は、部屋の隅にあるカプセルに座っていた。

 

「青江さん、数珠丸さんの事よく見ていたよね。もしかしてそっちには顕現していないのかな?」

「うん、その通り。だからどんな刀なのか気になってね。不躾だったら謝るよ」

「いえ、そんな事はありませんよ。同派の顕現していない刀を、気にするなという方が難しいですから」

 

 ようやく口を開いた数珠丸は、穏やかな雰囲気を纏っている。気に障っていなかった事に安堵しつつ、青江は部隊の面々に軽妙な口振りで告げた。

 

「ねえ、少し数珠丸を借りてもいいかな? イロイロと話したい事があってね。それと、もっと深く数珠丸を知りたいんだ」

「この後は……特に予定はないかな」

「数珠丸、どうする?」

 

 さあ、どうなるか。青江は密かに唾を飲み込む。まずはここで了承を受けないといけない。そうなれば、また相手探しからやり直しだ。友好的な雰囲気がしているので、まずは断られないとは思うが——

 視線を一身に受けた数珠丸は、穏やかな雰囲気を一切変えずに頷いた。

 

「構いませんよ。私も少し、話したいと思っていましたしね」

「分かった、主には伝えておくな」

「ゆっくり話してくるといいよ、ええと……」

「数珠丸だ、兄者……」

 

 数珠丸が立ち上がり、青江の下へと歩み寄る。青江は笑みを浮かべたままドアを開け、数珠丸を先導する。すると背後から、石切丸の声が飛んで来た。

 

「……数珠丸さん、くれぐれも気を付けて」

「はい」

 

 数珠丸がそう応えて、ドアは閉まった。部屋の外に出てしまえば、物音は二振りの歩く足音しかしなくなる。青みのかった黒いカーペットの上を進みながら、青江は軽口を叩いた。

 

「ふふ、大切にされているんだね。石切丸の心配そうな声といったら、君に何かあったら斬られてしまいそうなくらいだ」

「ええ。私の事を、主や本丸の皆はとても大切に扱ってくれています」

 

 演練に出ていた部隊がドアを開けて、賑やかに横をすり抜けていく。部隊が遠ざかった後には、再び数珠丸の声だけしかしなくなった。

 数珠丸は口調を変えなかったが、今いる本丸を大切にしている事が伝わって来る。うんうん、と青江も穏和に相槌を打った。

 

「いい事だよ。中には刀剣男士を乱暴に扱う審神者もいるくらいだからね」

「そうですね。——貴方の本丸はどうですか?」

 

 穏やかな雰囲気から一転、酷く警戒している声音で数珠丸は青江に問いかける。首元に刃を突きつけられているような強い殺気を覚えて青江は振り返った。

 目は伏せられ、そこから心情は窺えない。しかし発している空気から、数珠丸に不信感を与えてしまったのだと気が付く。

 ——そうだ、数珠丸は顕現が難しい刀。

 顕現が難しい刀を譲るように脅す審神者が存在する事を、青江は知っている。そして、自分の希少さを知らない数珠丸ではないはずだ。彼が警戒するに越した事はないだろう。何せ、強引にさらう本丸だってあるくらいなのだから。

 

「私は演練中、あからさまに貴方が私を見ていた事に気付きました。そして何より演練終了直後に現れ、性急に他のものと引き離そうとしたその態度……理由を話しなさい。独断か本丸ごとなのかは分かりませんが、それでただ『私と話したいだけ』とは言わせませんよ」

 

 場所が場所なら、抜刀されていただろう。目は開いていないのに、鋭く睨まれている感覚がする。全身に力が入って、ピリピリとした空気を発している。もしかしたら、この数珠丸は既に被害に遭っていたのかもしれない。

 ——これは、ある程度話さなくては駄目か。

 正直に話さなければ、更に疑われるだろう。青江は腹を括り、両手を上げた。

 

「ごめん、確かに慌て過ぎだった。でもこれだけは誓って言えるよ、君をうちの本丸に引き入れるつもりはない。……君の言う通り、僕はただ君と話したいだけじゃない。簡単に言えば、君の力を借りたいんだ」

「……どういう事ですか?」

 

 数珠丸が訝しみながらそう尋ねる。まだ警戒は解いていないが、話を聞く姿勢にはなったようだ。

 青江は真面目な顔を作り、数珠丸を見据える。

 

「詳しくは話せないけれど、うちの本丸に問題が起こっていてね。主が大層お冠なんだ。原因を何としても突き止めろとのお達しでね、うちの本丸にいない、そしてその気の事に強そうな君にしか頼めない」

「私に、何をしろと?」

 

 数珠丸はまだ完全に警戒を緩めない。青江は拳を握り、要請を続ける。

 

「簡単さ。ただ僕の本丸に客として来て、()()()()()()()()()()()()()()()。他の刀達を不安がらせないように、ちょっとお茶でもしてくれればなお良い。……これはうちの主の進退に関わる事なんだ。礼は必ずする、信用出来ないなら破壊以外の事を尽くす。どうか、頼まれてはくれないかい?」

 

 頭を下げれば、結ばれた髪が垂れる。垂れた髪と青黒いカーペットが視界に広がった。頭頂部に視線を感じているが、数珠丸は言葉を発していない。

 沈黙がその場を支配する。演練はもうほとんど終わっているのだろう、周囲には誰もいない。静寂が痛いくらいに耳についた。

 もしかしたら、話にならないとその場を去ってしまうかもしれない。もしくは、他所に頼るなと苦言を呈するかもしれない。それでも、青江は頭を上げずに言葉を待った。

 

「……頭を上げて下さい」

 

 静謐な声でそう告げられ、ゆっくりと頭を上げる。数珠丸から剣呑な雰囲気は消え失せ、ただ静かに顔をこちらに向けていた。

 

「元々、それこそ本丸を移れなどと無理な事を言われない限りは、貴方の頼みを聞くつもりでした。貴方や貴方の本丸にやましい所がなく、ただ協力を求められたなら応えたいと思っていましたよ。……それに、貴方は礼をすると言いました。ただ貴方の本丸で()()()()()()だというのに。そうまでして()()()()()()のなら、同派の仲です。応えない理由がありません」

「じゃあ……」

 

 期待を込めていたのがあまりにも明け透けだったのだろうか。数珠丸は困ったように眉を下げ、小さく笑んで答えた。

 

「主には連絡しておきます。その前に、詳しい予定を詰めてしまいましょう」

「——恩に着るよ、数珠丸」

 

 改めて礼をすると、数珠丸は柔らかな表情で青江に言った。

 

「貴方の本丸を楽しみにしていますよ、にっかり」

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