空隙の町の物語   作:越季

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15-8「コーヒーブレイク2」

「……違いますよ、鶯丸殿。私達が主に従うのは、当たり前の事じゃないですか」

 

 一期は涙に濡れた声で言う。その響きは鶯丸を責めてはいない。

 

「鶯丸殿が全てを知っていた事に、驚きがないと言えば嘘になります。ですが、主に命じられて言えなかったのなら、それを責める理由はありまけん。……鶯丸殿を責めれば、それは自分に丸ごと返って来ます。私が許せないのは、何も知ろうとしなかった自分自身です」

「……俺が隠していた事は、知らないのが普通だ。だが俺が話していれば、一期が傷付く事もなかったはず」

「それは例えばの話でしょう。鶯丸殿がそれを話す事で罰せられるのなら、私は聞く事を望みません。鶯丸殿だって、私にとって大切な方なのですから。それに今思えば、鶯丸殿は規則に縛られる中で、出来る限りの助言をして下さったでしょう? ……情けないと思っているのは、矛盾している愛の言葉を使った私の至らなさ。あの子を全く見ていなかったのに、皆愛していると言った私の愚かさです。与えられた助言を活かせず、周りを見る事もしなかった自分が、憤ろしくて仕方ない」

 

 一期はテーブルの上で拳を握り、震える声で己を詰った。カタカタと振動させている拳がコップにぶつかり、中の水面を揺らす。

 一期は、鶯丸を責めなかった。それどころか自分が悪いと言い、忠告を活かせなかった事を悔いている。

 まだ謝り足りないと思う。けれどこれ以上詫びるのは望まれていないだろう。なら過ぎた謝罪は自己満足以外の何物でもない。

 鶯丸は己の内にある後ろめたさを一度宥め、頭を上げて一期に向かい合った。

 

「……これは、俺の体験談だが」

 

 息を吸い、目の前の涙ぐんでいる友に少しでも協力したいという念をもって話を始める。

 

「うちの被験者は、ある対象への執着が少々強くてな。降ろされた刀剣男士も、その執着に振り回され悩んでいた。だがそいつの執着や暗い感情を真っ向から否定せず、黙って話を聞いたり考えを一緒に整理してやる事で、少しそいつも気が楽になったのだと思う。自分だけではどうにもならない時には、周囲の力も借りた。時間がかかったが、そいつは今本丸に馴染んでいる」

 

 物吉は、本丸に来た当初から己の体質に悩んでいた。それを支えたのは、自分だけではない。それこそ外部の人間や、()()()()の力を借りてここまで来た。

 ひとりじゃない。そう思える事が、支える側も支えられる側にも重要だ。

 一期は涙を拭いながら話を聞いている。鶯丸は指を組んで、一期に微笑んだ。

 

「……もしお前が弟と話をする機会があるなら、まずは話を全部聞いてやるといい。どんなに負の感情をぶつけられても、否定せずにな。それから、焦らない事もそうだ。きっと互いに傷を負ったのだろう、その痛みを冷静に見られるようになるまで落ち着いてから話をしに行くのも手だ。自分だけでは駄目だと思ったら、周囲の力を借りる事も考えてみてくれ。一振りでは、出来る事に限りがあるしな」

 

 一振りで抱え込む事は出来ればしないで欲しい。それを願っていた最後の方は、少し力が入ってしまったかもしれない。

 渇いた口の中を潤す為、鶯丸は水を一口含む。少しぬるくなった水は、するりと喉の奥を通り過ぎて行った。

 

「……話をよく聞く事、焦らない事、一振りで抱え込まない事……」

「そうだ。きっと俺に言われるまでもないのかもしれないが、基本は大切だからな。何かあったら俺はいつでも話を聞きに行くぞ。だから、一振りで頑張り過ぎないようにな」

 

 一期は腫れた目をもう一度押さえて、表情を緩め鶯丸に先程より穏やかな声で告げた。

 

「ありがとうございます、鶯丸殿」

 

 

 料理を一切頼んでいないと、二振りは腹の虫が騒ぐ音で気づく事となった。すぐにメニューを読み返し、鶯丸は大根おろしのハンバーグ定食を、一期はチーズ入りハンバーグ定食を注文した。

 そして割とすぐに注文の品は届けられたのだが——二振りは、ハンバーグに手もつけず身を屈めている。

 その理由は、一期の座る場所から後方のテーブル席にあった。

 

「——すみませんミサキさん。()の今の残金では、ここが精一杯で……」

「別にいいわよ、ここも結構美味しいし。それに久々にゆっくり話せる場所と言ったら、ここくらいしか空いてなさそうじゃない?」

「そうですね。……雲霄殿には、後でお礼を言わねばなりませんね」

「そうね」

 

 そこに座るのは、茶髪をポニーテールにした女性と物吉貞宗。——ただし物吉は、一人称が普通のそれとは異なっている。

 先程から身を屈めてこそこそと話す一期と鶯丸は、ちらちらとそのふたりのいるテーブルを見ていた。

 

「……鶯丸殿、あの物吉殿は」

「……さっき話した被験者だ。一緒にいるのは執着対象だな。……何でここにいるんだ……」

 

 ここでふたりの邪魔をしたとなれば、後でどうなるか分からない。そう考えた鶯丸は身を潜める事を選び、それに釣られて一期もメニューで顔を覆っている。

 それにしても本当に何でここに。鶯丸はミサキ——物吉の依代が執着する人間——がここにいる理由をはじめとした情報を集めようと耳を澄ませる。

 

「じゃあ私は栗のパフェにしようかな。コースケは?」

「私は、マロンクリームのパンケーキで」

「オーケー。……それにしても、こんな形でコースケと再会するとは思わなかったな」

「私もです」

 

 呼び出しボタンを押したのだろう、鶯丸と一期のいるテーブルを通り過ぎながら店員がポケットからハンディターミナルを取り出している。ふたりの前に立った店員は明るい声で注文を取り、内容を確認してから去って行った。

 

「それにしても……ミサキさんの周囲は、そこまで酷い状況なのですか?」

「うん、正直歴史改変の影響がもろに出てる。昨日までいた人がいなくなったり、かと思えばいなかった人が現れたり、本当てんやわんやよ。私がいなかった日も増えているらしいし……身の危険を感じたから、こっちに来る事を選んだの」

「……私のした事は、無駄に終わってしまいましたか」

「ううん、コースケは充分力になってくれてる。だけど、相手がより強くなってるって事よ、きっと」

「そうだといいんですけど……」

 

 コースケ——物吉の依代は、元々彼女を守る為に被験者となる道を選んだという。それ以上の詳しい経緯は、物吉の証言とコースケが表れた時の様子でしか分からない。

 知っているのは、コースケが病によって疎まれていた事と、ただ一人ミサキだけがコースケの味方をしていた事だけだ。

 

「コースケはどうなの? 被験者になるって聞いた時はかなり心配したんだけど……いなくなっちゃうんじゃないかって思って、私反対しちゃったけど……」

「大丈夫です。意識はありますし、定着した刀剣男士とも上手くやってます」

「そう? ……コースケ、昔から頑固な所あるからちょっと心配なのよね」

「あ、あはは……」

 

 正直な事は言えないだろうな、と鶯丸は溜息を吐いた。普段は眠っていて、ミサキに関わる事のみ意識を乗っ取って暴れている、などとは。物吉を悩ませる程の行動もしていた訳だし、それに比べると今はかなり猫をかぶっていると鶯丸は嘆息する。

 一期はメニューから少し顔を覗かせ、ふたりの様子を窺っている。なんだかんだでかなり気になっているのだろう。何せ弟のひとりと同類である存在が、近くにいるのだから。

 

「そ、そうだ! この町はどうでしたか? 色々な店があって、賑やかだったでしょう?」

「確かに賑やかだったわね。和風な建物と洋風の服を着た観光客って組み合わせが、なんだか不思議だったけど」

「あはは、確かにそうですね。ミサキさん、何か気になる店はありましたか?」

「うーん、素馨屋っていう茶屋はちょっと行ってみたいかも。いいお茶の香りがしてたし、多分かなりいい店よ、あそこ」

「ミサキさんの時間が許すなら、案内しますよ」

「大丈夫よ、コースケの仕事の邪魔出来ないし」

 

 和やかに話しているふたり。こうして聞いている分には、仲のいい姉弟といった所だ。相手が刀剣男士で、被験者だという事がなければだが。

 まあそれでも、穏やかな雰囲気だ。鶯丸は少し気を抜き、水を飲もうとコップに手を伸ばしかけ——

 

「それに、言ってなかったかな。——私、雲霄様の所でしばらく様子を見た後に、審神者になるから」

「——は?」

 

 ——端的に出た強張った声に固まった。その声音はまるでしらばっくれるように妙に明るく、耳を塞ぎたいと言わんばかりに恐れに満ちて、事実を受け入れがたいとばかりに震えていた。

 その様子に気付かずに、ミサキは明るく話し続ける。

 

「一振り目の刀も決めたの。雲霄様と同じく加州清光にしたわ。凄いのね、刀剣男士って。あんな綺麗な見た目で、力強く刀を振るうんだもの。一瞬見惚れちゃった。一緒に頑張ろうね主、って言われたらやる気も出るって物だわ」

 

 やめてやれ、と言いたくなった。それ以上の言葉は目の前で衝動を抑えている彼を傷付けるだけだぞと、本能的に言葉にしそうになった。一期は不穏な空気を察して目をうろうろさせている。

 そして彼女は——決定的な言葉を、言ってしまった。

 

「一番近くで守ってくれる刀なんだもの、気が合いそうな刀がいいわよね。しばらく話して、この刀と末長く仲良くしたいと思ったわ」

 

 ガタン、と音が響く。ミサキが目を丸くして、いきなり立ち上がった目の前の彼を見ている。ミサキは驚きながら、心配そうに声を掛けた。

 

「コースケ、大丈夫? 胸をおさえて、一体どうしたの? まさか、病気が再発したとか……」

「い、え。大丈夫、です。すみません、今日の所はここで……!」

「えっ、コースケ!?」

 

 ()()が伝票を掴んでレジまで走り、素早く料金を支払ってから店を飛び出す。カランカラン、とベルが鳴り響く中、呆然とミサキが呟いた。

 

「……どうしちゃったのかしら、コースケ……」

 

 いや、一番側にいたのにどうして分からないのだ。鶯丸は頭を抱えてテーブルに突っ伏す。一期がメニューを畳みながら、声を潜めて鶯丸に尋ねた。

 

「……これ、修羅場ってやつですかね」

「……そうだろうな……」

 

 重い息を吐き出しながら、鶯丸は予測していた。——今日明日、物吉は本丸に帰って来ないだろう。

 そしてその予測は、その後来た物吉の連絡で正解だと知る事となる。

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