走る、走る、走る。衝動を抑えて、あるいは衝動のままに、大通りを駆けていく。
「あつい……熱い、熱い……!」
物吉は胸を掴みながらそう口にする。雨に降られていてそこまで暑いはずがないのに、物吉は灼熱を感じていた。
彼女が審神者になるのだと告げた時に、意識の中にいた物吉は周囲に昏い火が灯るのを見た。
それは彼女が言葉を紡ぐ度に数を増し、最後の言葉——末長く仲良くしたい、と言った時にはもう、周囲を澱んだ炎に囲まれていた。
——どうして。
——どうして、私じゃなくて……!
物吉は、その理由となる感情を理解していない。だが、知識としてなら知っている。
「——嫉妬……!」
息を切らして、物吉はただひたすらに大通りを走る。
内に眠っているコースケを、宥める事すらかなわない。嫉妬の炎は確実に物吉を苛み、精神を抉っていた。
——早く、早くどうにかしないと——
「……いやー、あの作家の本が大量に入荷してたなあ」
「そうだね。人気作だと言うし、入手困難な中よくあんなに店頭に並べられた物だと——おっと!」
がむしゃらに走っていたせいで、誰かにぶつかった。弾みで地面に尻餅をつく。ぶつかった相手は怒る事もせず、胸をおさえる物吉に心配そうに目を合わせて屈む。
「君は、物吉さんだね? 大丈夫かい? 胸が苦しそうだけど……」
「……おい石切丸、こいつもしかして雲霄の——」
既知の気配に物吉は縋るように顔を上げ——石切丸の裾を掴んで声を張り上げた。
「春光隊のお二方ですか!? お願いします、助けて下さい! ——このままでは、心が燃え尽きます!!」
***
一期は雲霄隊の鶯丸と別れて、自分の本丸へと戻った。すると中から出て来た弟達が、不安そうな顔をして一期におかえり、と告げた。
「……お前達、どうしたんだい?」
「えっとね、いち兄。……お客様が来てるんだけど……」
「お客様? ……主に?」
一期の主たる審神者は、かなり気が短い。その為かなり人付き合いを選んでおり、身近な審神者には友人がいないはずだ。氷雨隊の審神者と一言二言やり取りしただけで必ず喧嘩になる事からもその短気さが窺える。
そんな審神者に、いきなり客が来た。一体どんな人間なのだろうか。
「ご友人かな? それなら失礼のないように——」
「いえ、違うんです。ご友人ではなく……」
「じゃあご両親か。挨拶をしないといけないかな」
「それも違うんだぞ! ……何というか、凄くおっかなくて……」
「……おっかない?」
弟の言葉に首を傾げていると——一期の全身が警笛を鳴らす。汗が背中を伝っていくのを、体が無様に震えるのを、呆然とした心地で感じていた。
そして——その存在は、のんびりとした足取りで現れた。
「おお、帰ったか。蒼穹の一期」
左足が半歩下がってしまったのを、誰が責められようか。一期は手の震えを何とか抑えて、ぎこちなく顔をその存在に向ける。
「粟田口派とも話したが、やはりこの本丸は穏やかでいい所だ。本丸を抜け出してお忍びで来た甲斐がある。よきかな、よきかな」
——何故。何故ここ二日で、こんな事態が次々と——!
何とか顔を人のいい笑みに固めて、震えないよう意識をして一期は口を開いた。
「……ようこそいらっしゃいました、雲霄隊の三日月殿」
***
「こいつ、気に入らない」
森の中の、古びた廃屋。二つの影が月明かりに照らされて蠢いている。
その影の一つが、不穏な言葉を口にした。
「……蛍丸君、どうしたの? 映像媒体なんて持って……そこに映っているの、長谷部さん?」
「斬りたい。こいつ、ヘラヘラして気味悪い」
「うーん、別に斬りたいなら勝手にすればいいと思うけど……あんまり不用意に斬ってると、鶴丸さんに叱られるんじゃない?」
「あの鳥は今関係ないでしょ。——こいつ、ちらちら映ってるのうざい」
少女じみているもう一つの影に、腹立だしそうに吐き捨てる「蛍丸」。その目の奥には、ほの昏い炎が揺れていた。
媒体に映っているのは、逆毛が特徴的な黒髪を一つにまとめた少年と——煤色の髪をした、微笑みを浮かべている青年。
その青年を、「蛍丸」は鋭い殺意の光をのせて見ていた。——そこに僅かな羨望が混ざっているのに、彼は気付いていない。
***
時計の針は、刻々と時を進める。
その先にあるのが一体何なのか——それをまだ、町は知らない。