空隙の町の物語   作:越季

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第十六話「カウントダウンは、始まっている」
16-1「最終兵器、襲来」


 ——蒼穹隊の一期が春光隊へ向かう為に外出してから数時間後まで、時は遡る。

 蒼穹隊正門が遠くに見える渡り廊下で、粟田口派の短刀達は審神者と対峙する人影を見ていた。

 

「あ、あのひと、怖いです……!」

 

 五虎退が目に涙を浮かべ、声を震わせる。足下にいる虎達も、唸り声を上げたり五虎退の帽子の中に隠れたりと、それぞれが正門にいる()()に警戒心を露わにした。

 遠くからでも押し潰されそうだと感じさせる強い気配に、平野が全身を強張らせて縋るように柄を握る。

 

「……すごい迫力ですね」

「あんなひとが、こんな本丸に何の用なんだろう……」

「さあ……」

 

 短刀達が顔を見合わせる。しかし明確な答えは出ず、()()——雲霄の三日月へと恐る恐る再び目をやるしかなかった。

 今日は雨だからという事で、蒼穹隊は出陣や遠征を取りやめている。雨が嫌いな審神者が「じめじめしたこんな日に出陣させたら、自分がまたミスをしかねない」と駄々を捏ねた結果だ。戦闘好きな刀達からブーイングが上がったが、たまには休むべきなんだと審神者は封殺した。

 粟田口派にとっては、非常にありがたかった。何せ一期が滑莧園の事で傷付いたばかりだ。兄(もしくは親戚)にはしっかりと休んでもらいたかったし、自分達も傷心の彼に寄り添っていたかった。

 だが朝になってからすぐ、一期は審神者と少しだけ話した後に外へ飛び出してしまった。その表情は心臓を掻き毟られたかのような焦燥感に満ちており、粟田口派に止める余地など与えさせない。追いかけようとした短刀達だったが、審神者に「一振りでしか向かえない場所だ、大人数で行くとあっちに迷惑がかかる」と止められた。意味がよく分からなかったが「不満があっても主命で止めるぞ」とまで言われれば、それに従わざるを得ない。反発しかけたものもいたが、審神者は至極真剣であったので戯言ではないと判断して口を閉ざした。

 それから粟田口派は本丸内で遊んだり、手合わせや戦術の討論をしたりして過ごしていた。心の中で、滑莧園と縁が深かった一期の心情に思いを馳せながら。

 客の来訪を告げる音が鳴ったのは、そんな時だった。へいへーい、と今日の近侍である和泉守が面倒臭そうに粟田口派の部屋を通り過ぎて行く。粟田口派は政府の役人が報告書の提出を急いてきたかと思い、いつもの事だとあまり気にしていなかった。

 ——程なくして審神者を呼びながら走って引き返して来た和泉守の尋常ならざる様子に、そして顔を青ざめさせながら玄関へと走って行った審神者に、粟田口派は「いつもの」客ではなかった事を知る。

 そして好奇心から正門を覗き見て——粟田口派は全身の血液が冷えていく感覚と共に、()()を視認した。

 噂だけなら知っている。政府直属の部隊である雲霄隊にいる、「最終兵器」と呼ばれる三日月の事を。

 近付くだけでこちらの戦意を削ぎ落とし畏れを抱かせる、対刀剣男士に特化された刀剣男士。それは滅多に表に出て来ない、本当に「奥の手」であるのだという。歴史修正主義者に通じ、刀剣男士にも加担させていたタチの悪い審神者を無力化させる為に現れ、一太刀で解決した。敵に惑わされて外道に堕ち、力を増した刀剣男士さえも即座に斬り捨てた。そんな噂を、演練場で聞いた事がある。

 今まではそんな刀剣男士に縁がない物だと思っていた。審神者は短気だが、時々文句を零しながらも政府に仇なす事はしていない。そして自分達も、審神者を傷つけようなどとは微塵も考えていない。だから噂に上がった「最終兵器」の事も遠い存在だったし、これからもそうであって欲しいと願っていたのだ。——縁が出来るという事は、それだけの異常事態が起こってしまうという事でもあるのだから。

 

「……ま、まあとりあえず続きは中で。雨の中ずっと立ち話する訳にもいかないですし」

「うむ。それでは上がらせてもらおう」

 

 微笑み傘を畳む三日月を連れて、緊張を隠せてない笑顔を浮かべながら審神者が本丸内に入って来る。粟田口派はそれを呆然と見届け、姿が消えてから大きく息を吐く。

 遠くから覗いていただけなのに、疲れが溜まっている。とりあえず部屋に戻ろうかという雰囲気の中、ふと包丁が飴をポケットから出しながら言葉を漏らす。

 

「……あの三日月に、おもてなしした方がいいんじゃないか? なんか、何もしてない所見られたら怖そうだし……俺、とっておきのお菓子出した方がいいかなあ」

 

 ——包丁の言葉によって、当然の事に目が行ってなかったと気付いた粟田口派。彼等は一瞬固まった後に大慌てで、もてなしの準備をする事となった。

 

 

「ど、どうぞ。粗茶ですが……」

「おお平野、ありがとう」

「悪いな、平野」

 

 客間で座卓を挟んで向かい合う三日月と審神者の前に、平野が茶を置く。手の震えを悟られていないかと緊張しながら、平野はゆっくりと立ち上がる。

 三日月側には本丸一ふかふかの座布団を敷いている。三日月から見れば安いだろうが、今持って来たのはこの本丸にある最高級の茶、これから出す菓子は包丁が勧めて歌仙が良しと言った品だ。

 出来うる限りのもてなしをして、気分を損ねないように。粟田口派の意見は一致し、まずは居心地が良い環境を作り上げようと動いた。それが功を奏したのか、今の所三日月の表情は穏やかな笑みのままだ。

 決して見苦しくないように、平野は畏怖や緊張を露わにしない事を心掛ける。静かに客間から退出し、音を立てずに廊下を歩く。粟田口派の部屋に入り戸を閉めたと同時に、平野は大きく息を吐いた。

 

「と、とりあえずお茶はお出ししました……気分を害した様子もありません」

「よ、良かったぁ……」

「お疲れさん、平野」

 

 平野の報告に、声を出さずに張り詰めていた粟田口派も胸を撫で下ろす。

 あの三日月を怒らせたら、この本丸を潰されかねない。三日月は総じて穏やかな性格であるのは承知しているが、それでも恐怖心が拭えないのだ。慎重に、丁寧に、決して不興を買わないように。それを念頭に置いて、粟田口派は三日月に対応していた。

 

「次は俺かぁ……客間で終わってくれればいいんだけど、そうはいかないんだろうなあ……」

「頑張れ、兄弟。いざとなったら俺もそっちに行く」

「ありがとう、骨喰。じゃあ行ってくる」

 

 力なく笑い、鯰尾は部屋の外へと去っていく。目に懸念の色を乗せている骨喰はしばらく鯰尾を見送ってから、部屋の戸を閉める。

 静寂に満ちた室内で、それぞれが顔を強張らせている。一言でも何か漏らせば、三日月に聞かれてしまうかもしれないと恐れながら。

 

 ——何故、うちの本丸に「最終兵器」が?

 

 そんな疑問が、粟田口派の脳裏に浮かんでいる。

 政府や審神者への反逆など、少なくとも粟田口派は考えたことがなかった。他の刀も時々呆れながらもなんだかんだで審神者を慕っている様子であるし、審神者も刀達を等しく愛して適切な対応をしている。

 審神者は短気なので政府に苛立ちを感じたりする事もあるようだが、反逆するつもりなど微塵もないはずだ。「俺は率直な脳筋だと言われた事がある」という審神者の言から、政府に反逆するとなったら思いっきり口にするだろう。

 以上の事から、粟田口派には雲霄の三日月の来訪理由に心当たりがない。自分達はどう考えても潔白であり、反逆を疑われる所以などどこにもないと自負している。抜き打ちで調査をするにしたって、わざわざ「最終兵器」を駆り出す必要が果たしてあるのかという話だ。

 ただの客と言うには、色々と不審過ぎるのだ。裏のない本丸の様子を見たいなら、審神者ぐらいには事前に連絡を入れてくれてもいいだろう。

 何もかもが唐突すぎる事態で、頭が酷く痛い。長兄にも意見を聞きたくて仕方がないが、今は留守である。心許なくて仕方ないと、短刀達はため息をついた。

 どたばたと、遠くからこちらに足音が近づいてくる。何事か、と粟田口派が身構えると同時に戸が勢いよく開いた。粟田口派の予想通りに現れた鯰尾は、息を切らしながら鋭く叫ぶ。

 

「全員戦装束に変えて、道場に集合!」

「鯰尾兄? 一体どうし——」

 

 怪訝そうな乱の言葉を遮り、鯰尾は端的に告げた。

 

「三日月さんが、俺達と手合わせがしたいって! くそ、何の苦行だよこれ!」

 

 鯰尾が青ざめながら吐き捨てた後半の言葉は、同様に顔色を悪くする粟田口派の心境を見事に言い表していた。

 

 

 雨の音が聞こえて来る道場にて、十一振りと一振りが相対している。緊張で表情を固めている多い方が蒼穹の粟田口派、たった一振りでのんびりと笑っているのが雲霄の三日月だ。

 どこかのどかに感じる笑みを浮かべたまま、三日月は粟田口派に言った。

 

「いきなりの申し出で悪いな。だがこの本丸の力を知る為だ。誰から打ち込んで来ても構わんぞ」

 

 そう言われても、と言わんばかりに粟田口派は顔を見合わせる。非常に強いとはいえ大事な客で非公式の手合わせだ、何かあったら上から叱られかねない。

 それともう一つ——ゆったりと構えている三日月だが、彼からは一切の隙を感じ取れない。自分達の力を軽んじている訳ではないが、それにしても自分達の有利を取れる気がしなかった。

 睨み合いが続く。どう打ち込めば良いのか分からない。三日月は微笑んだまま、隙を一切見せない。

 そんな張り詰めた空気に耐え切れなくなったのだろうか。最初に三日月へと進み出たのは、冷や汗を流しながらも気丈に振る舞おうとする包丁だった。

 

「よっ、よーし! ボコボコ……は無理かもしれないけど、一本は取るぞ! とおりゃあ〜!」

 

 包丁は懐に狙いを定めた。彼としても、そう易々とそこへ潜り込めるとは思っていないだろう。あくまで相手の胸を借りるつもりで、包丁は三日月へと踏み込む。

 ——次の瞬間。ダン、と鈍い音を立てて、包丁は道場の壁へと叩きつけられた。

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