空隙の町の物語   作:越季

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16-2「最終兵器、その脅威」

 包丁の体勢が崩れ落ちる。それなりに練度を積んでいるはずなのに、あまりにも呆気なく彼は打ちのめされた。その現実を、粟田口派は上手く飲み込めない。

 

「あいった……え? 今、何が……?」

 

 包丁は痛みよりも衝撃が上回ったのか、呆然としながら呟く。残りの粟田口派も、愕然としながらそれを見ていた。

 多分、鋒を逸らしてがら空きになった体に、刀身をぶつけて吹っ飛ばしたのだと思う。現に包丁は、攻撃されたと思しき脇腹を押さえて呻き始めたのだから。

 だが——そう言い切れる程、その行動を把握出来ていない。三日月はあっという間に体勢を整えてしまったし、何よりも視界にその速度を捉える事は敵わなかった。

 見切れない速度で、相手を叩きのめす。こちらの練度が低いからと言ってしまえばそれまでだ。だが、そうしてしまうには余りにも、三日月の動きは異常だった。

 

「包丁。そなた、全力を出していなかっただろう。俺は言ったはずだ、この本丸の力を知りたい、と」

 

 酷く冷え切り呆れさえも含んでいそうなその声音に、粟田口派は震えと膝をつきそうになるのを堪える。

 非常にまずい。これは——己を失望させるなと言われたも同義だ。

 包丁だって言葉通り、あの「最終兵器」から一本は取るつもりで挑んだのだろう。だが結果はこれだ。

 ふと考える。包丁は端から「最終兵器」に勝てると思っておらず、そして客である三日月に傷をつけないように配慮して挑んだのかもしれない。それが、三日月の期待に反したとしたら?

 練度が遠く及ばない事への諦観や、客へ接待としての手合わせを行った事によって失望させてしまったら、どうなるか。今はまだ三日月から大らかさは失くなっていないが、それが失われてしまったら——

 ——まずい、まずいまずいまずい!

 粟田口派の思考は、概ねこのような思考に纏まった。敵に向かうように本気で挑まねば、三日月はこちらの心まで折りにかかってくるだろう。ひょっとしたら、この本丸の立場も危うくなるかもしれない。

 本能的にそう感じ取り、まず動き始めたのは短刀達だった。雨降る外と繋がっている戸を完全に閉ざし、灯りを落とし、道場内を闇で満たす。これで、擬似的に道場内の時間を夜に変えられた。打刀、脇差、短刀で構成されている今の粟田口だからこそ出来る作戦だ。

 それでも、三日月の様子は変化していない。

 

「ふむ、夜戦か。久々にいいかもしれんな。ただ一振りずつ相手取っていると時間がかかってしまう。——一斉に来い。そなた達の力、存分に見せてもらおう」

 

 言われなくても、総力で挑むつもりだった。そうでなければ、三日月を満足させる結果は得られないだろうから。

 粟田口派は微笑んだまま構える三日月に向かい、一気に距離を詰めた。人数的に有利なはずなのに、まるで地を這う蟻が人間の足下に向かっているような気分になっている事からは、意図的に目を逸らして。

 

***

 

 一通りの事情を把握した一期の口角がひくり、と痙攣した。本丸の客間へと行く間に三日月が話した事と、彼が用を足す間に弟達が話した事の間にズレがあり過ぎる。

 

「いやはや、なかなかに楽しかったぞ。流石は粟田口派といった所か。あそこに一期が加わったらどうなるのか、とても興味があるな」

 

 雲霄の三日月はあっけらかんとこう告げたのだ。それを聞いただけでは、まさか蒼穹の粟田口派が圧倒的な存在に戦慄しながらも、奮い立たせて激闘に挑んだなどとは微塵も思わないだろう。粟田口派は畏怖と疲労でくたびれた表情をしていたし、こんな事だろうと推測は出来たが。

 

「……手合わせなのに折れると思ったのはあれが初めてだよ……」

「おっかな過ぎるよ、あの三日月! うう、人妻に思いっきり甘やかしてもらわなけりゃやってられないぞ!」

「ちぎっては投げちぎっては投げだもんな……確かに『最終兵器』だわな、ありゃ」

「いち兄も三日月さんを見た時びっくりしてたもんね……それでボク達がおかしくなってないって判断するのもアレだけど」

「夜戦に対応出来る太刀なんて反則だろ……うちにも顕現してくれないかなーあははー」

「現実逃避したくもなりますよね……同じ刀剣男士に怯むなんてと思ったのですが、やはりあの姿を見てしまうと……」

「ううう、怖かったですいち兄ぃ……!」

 

 捲し立てるように三日月の脅威を話すものと、矜持からか疲れからかその口を閉ざすもの。態度は違えど、粟田口派は誰も彼も虚ろな目をしていた。

 弟達の力を疑う訳ではないが、そうなるだろうなとは思った。その場にいたら、自分だって同じ目をする羽目になっていた事だろう。本当に、何の用でここに来たのか。

 

「戻ったぞ。さて一期も帰って来た事だし、手合わせの続きを——」

「あっオレ長谷部に呼ばれてるんだった!」

「ちょっとお菓子作りの練習してこようかなー!」

「骨喰洗濯係の手伝いに行こう!」

「主君は一体どちらにいらっしゃるのでしょうか、探しに行ってきます!」

 

 三日月が客間へにこにこと顔を出すと、粟田口派は言い訳を口にしながら、蜘蛛の子を散らすようにその場を去って行った。残ったのは弟達の動きの早さに呆然としている一期と、少し落ち込んでいる様子の三日月だけだ。

 

「……嫌われてしまったか。本当に、楽しかったのだがなあ」

「ええと……」

 

 まさか本当に他意はなかったのか。「最終兵器」に心があった事に安堵し、そして普通の手合わせをするつもりで心から楽しみ、粟田口派を蹂躙したその強大さに慄く。やはりこの三日月は破格なのだ。

 弟達には後で何か埋め合わせをしようと決意し、一期は三日月に向き合った。きょとんとした三日月へと、一期は頭を下げまずは礼を述べる。

 

「三日月殿。弟達の相手をして頂き、感謝申し上げる。ですが……弟達と会う為だけにここへ来た訳ではないのでしょう? 話せる範囲で、ご用件をお聞かせ願えますか」

「……」

 

 頭を上げ、目を逸らさないように意識して三日月を見据える。そうでもしなければ、この顔は即座にあらぬ方へと向いてしまうだろうから。

 三日月は少しの間一思案するように目を閉じてから、困った顔をして微笑んだ。

 

「まあ、そう疑問に思うのも当然だ。……実の所、俺の目的はそなたと話す事も含まれている」

「私と?」

 

 三日月はああ、と頷く。そして眼光を鋭くして、一期を見返す。

 

「——滑莧園の事件に、そなたも巻き込まれてしまったのだろう?」

 

 体が硬直してしまう。政府直属部隊に所属しているのだから、三日月だって知っているはずだ。だがそう分かっていても、その鋭い目で見られると自分が何かしたのか、と疑われているようで心地が悪い。

 三日月もそれを察したのだろう、即座に一期の不安を拭った。

 

「ああ、当然そなたを疑っている訳ではない。事件の被害者たる子供達からは、あまり要領を得た証言が取れなくてな。それにこれ以上子供達の傷を抉る事は出来ない。……それでも、証言からこちらでも下手人を追っているのだが、あまりにも人手が足りないのだ。だから、俺も駆り出される事になった訳だな。これでも昨日からあちこちに顔を出しているのだぞ? それに俺が行く事で、あわよくば下手人を釣り出せないか、と思ってな」

 

 雲霄の三日月は、普通の刀剣男士に対して畏怖の感情を問答無用で与えられる。裏のない刀剣男士ならただ三日月に怯えるだけ。そうでなければ——三日月に匹敵している力を持っているか、外道に堕ちたかだ。前者の存在は今までに聞いた事がないので、当たり前だが三日月を恐れないのは後者となる。

 あちこちに顔を出していると言うが、疑われているのはやはり気分が良くない。率直にそう伝えると三日月はすまないな、としゅんとした。

 

「蒼穹殿が後ろめたい事を抱えていない事は、少し話して分かった。こう言うのも悪いが、あの御仁は隠し事をするのが下手だな。一期がいない理由を教えてもらおうとしたら、あからさまにうろたえていた。何か()()があるなら話して欲しいと()()()のだが……すまない、そなたと秋田の事をその時に聞いてしまった」

 

 三日月は心底申し訳なさそうに目を伏せる。

 捜査に来た賓客に対して、一度は一期を慮り隠そうとした。裏表のなさ過ぎる審神者に腹芸をしろと言うのも無茶な話のだが、それでも二振り間の不和というプライベートな事を積極的に表にしようとしなかった。この三日月に対して努力した審神者に、一期は感謝と労いの念を抱いた。

 

「……三日月殿の手を煩わせるようにはしませんよ。これは、私が解決しなければならない事。罪と傷にきちんと向き合って、秋田と再び話し合えるようになりたいと思っています」

「そうか。俺には応援する事しか出来ないが……」

「充分ですよ。ありがとうございます、三日月殿」

 

 心配そうにする三日月に、笑いかけて見せる。三日月は逡巡した様子で、もう一度すまないな、と呟いた。

 ふと、三日月が客間の入り口へと視線を向ける。一期もその視線の先を追うと——

 

「……追加の茶を持って来た。入っていいか?」

「山姥切殿。別に許可は要りませんよ」

「ありがとう、山姥切」

 

 山姥切が急須を持って客間へと足を踏み入れた。彼の脚は心なしかガチガチになっているように見える。

 山姥切は二振りの湯呑に茶を注ぎ、ちらりと三日月を見た。すると山姥切は、その場に蹲り頭の布を引っ張って顔を隠してしまった。

 

「……くっ、やはり全身が震える……これも俺が写しだからか……!」

「……いえ、写し云々は関係ないかと」

「山姥切は、この本丸一振り目の刀だったか。そなたからも話を聞きたい、座ってくれ」

 

 三日月がそう言うと、山姥切は肩を跳ねさせてから自虐的な暗い笑みを浮かべた。どこか暗いオーラが立ち昇っている気がするのは、一期の気のせいだろうか。

 

「はっ、写しが話を弾ませられると思ったら飛んだ笑い種だ! それでもいいなら聞かせてやる、きっとここに呼んだ事を後悔するだろうな!」

「……山姥切殿、無理はなさらずに。顔色が悪いですよ」

「ははは、俺は写しだとしてもこの本丸最古参だ。戦いから逃げる事はしない!」

「緊張のあまり躁状態になっていませんか!?」

 

 恐怖が行き過ぎてテンションがハイになっている山姥切と、声量を落とすようにと宥める一期。

 そんな風にわーわーと騒ぐ二振りを見て、三日月はしみじみと呟いた。

 

「よきかな、よきかな」

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