空隙の町の物語   作:越季

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16-8「雲霄鶯丸と、深手の少年と」

 端末の画面に、新たなメッセージの通知が映っている。少し長い二つのそれは、大切な友達からの物だ。

 雲霄隊の鶯丸は胸を撫で下ろしながら端末をしまい、到着した音と共に開いたエレベーターに乗り込んだ。その首からは、面会用のカードがぶら下げられている。

 鶯丸は「町」で一番大きな病院に赴いていた。目的は関係者への事情聴取だ。

 襲撃された研究所の人間の生き残りは少ない。成人している者はほぼおらず、滑莧園側の被験者が少し生き残っているぐらいだ。今回は入院している子供に、改めて事情を聴くつもりだった。

 ——確か入院しているのは、時折話題にも出ていた「タイガ」だったか。

 一言多い所があり、男女問わず園の人間を怒らせる事も多々あった男子だと記憶している。女子の一人を庇い、腕に怪我を負った為に大事を取って入院する事になったはずだ。

 鶯丸は、滑莧園に顔を出した事はない。審神者に止められていた事もあったし、情が移ってしまうのを鶯丸も恐れた結果だ。それでも四振りでの話題に出るのを止める事までは出来ず、間接的に子供達の日常を知ってしまった。そんな中で滑莧園が襲撃され、鶯丸も子供達の現状を酷く憂う事となった。

 しかし、仕事は仕事だ。被害を受けた子供達に心を痛める自分と、仕事を遂行しようと冷静に考え、引きずられないようにしている自分。その二つが両立しているのが、不思議な心地だった。

 エレベーターが、目指す病室のある階に止まる。開いた先には、微かな電灯に照らされるロビーがあった。夜である今は誰もおらず、鶯丸も一瞥してから通り過ぎる。

 微かな話し声が聞こえる廊下を進み、目的の病室を探す。指差し確認をしながら歩いていくと、目的の病室番号があった。

 鶯丸はドアのハンドルを掴んで開こうとした。しかし、中から話し声が聞こえてその手を止める。

 

「……そう、ツクシちゃんを守って……腕を動かして大丈夫?」

「平気だよ、ハルカ姉ちゃん。もうすぐ退院出来るって話だし」

 

 ハルカ、その名前を聞いて鶯丸の警戒度が上昇する。しかしハンドルから手を離す事も出来ず、その場で硬直してしまった。

 木枕遥(コマクラハルカ)。表向きは居酒屋「猩々木庵」の店員。しかしその裏で情報屋を営んでいるという話は、政府に属するものには周知されている情報だ。

 厄介なのは、刀剣男士を相手にしてもその尻尾を掴ませないという事。彼女が情報屋なのは公然の秘密なのだが、短刀や脇差が彼女の周囲を洗っても彼女の詳しい経歴が出て来ない。意図的に隠されているのは明白で、それを誰がやっているのかが分からなかったのだ。

 政府の中にいるのならまだ良い。力ある者が覆い隠しているのなら、わざわざつつく必要性を感じない。

 しかし、恐らく彼女は——己の力のみでその機密を保持している。この時点で彼女が只者ではないのは一目瞭然だ。タチが悪いのは、一見したらただの店員にしか見えない点。政府だって暇ではない。小娘一人の為だけに人員を割く余裕など、早々なかった。

 風が吹けば飛ばされそうな一般人を装っているが、実際の脅威は計り知れない。審神者も彼女に対しては最大限の警戒を行うように言い含めており、決して無防備で対峙するなという警告は、鶯丸の身にも叩き込まれている。

 そんな彼女が何故ここに。ハンドルに籠る手の力を解放しないまま、鶯丸は病室内へと耳を澄ませる。

 

「そう、もうじき退院出来るのね。良かったわ、本当に」

「まあ弾丸が腕に通るなんて事、早々ないからね。いい経験が出来たと思っておくよ」

 

 聞いている分には和やかな会話だ。だがタイガが話している相手はハルカ、油断は決して出来ない。

 いっそ室内に入ってしまおうかと悩む。しかしタイガも心を許している様子だし、割って入っては不審に思われるだろう。

 鶯丸がそう悩んでいる内に、ハルカは気遣うように声音を変えた。

 

「でも、ツクシちゃんに当たらなくて本当に良かった。女の子に傷が残るのは一大事だもの」

「……うん」

「タイガ君、これからは無茶しちゃ駄目よ。()()()()、銃弾を受けた時点で障害を負う危険があるんだから。今回は運が良かったけれど、次もそうなれるなんて保証はないのよ」

「……でも、次もツクシに何かあったら……」 

 

 タイガの声が震えている。ツクシとは、庇った少女の名前だろう。タイガにとって彼女が大切な存在なのは聞いているだけでも分かる。その場にいたなら労っていた所だったが、いま鶯丸がいるのは病室の外だ。

 ハルカは優しい口調で、タイガに語りかける。

 

「その時は大人とか、刀剣男士に任せちゃえばいいのよ。大人は色んな事が出来るし、刀剣男士は適切に対応すれば()()()()()()()()ヒーローだからね。身軽に動けるし、彼等に頼むのが一番よ」

 

 優しい口調なのに、何故蛇が絡みつくような嫌な感じがするのだろう。しかし疑問に思ったのは一瞬だった。

 ——あの女、()()()()()()()()()()()……!

 

「……刀剣男士って、傷が治せるの?」

「そうよ、腕が取れても処置をすれば元通り。だから皆に何かあったらすぐ刀剣男士がいる環境にしておくといいかもね。今は江雪さんがいるんでしょう? だったら安心ね。……あ、でも江雪さんの所から離れたらどうしたらいいのかしら? なかなか刀剣男士も降りて来ないし……()()()()()()()()()()()()、一番いいんだけどねえ」

「……ハルカ姉ちゃん、俺……」

 

 か細い声でタイガが言いかける——そこが、鶯丸の限界だった。

 ガラリと病室のドアを開ける。ぎょっとした表情をしている他の患者を無視して、タイガのいるだろうスペースへと足音荒く近付く。

 タイガと思われる少年は、目を丸くしてこちらを見ていた。ハルカはきょとんとした表情をしていたが、すぐに人の良さそうな笑顔でタイガに告げる。

 

「タイガ君にご用かしら、じゃあ私はこれで。タイガ君、くれぐれも無理をしちゃ駄目だからね」

「あ、うん。ハルカ姉ちゃん、またな……」

 

 ハルカは立ち上がり、鶯丸の横を通り過ぎようとした。その途端に、鶯丸は地を這うような声で彼女を呼び止める。

 

「——木枕遥」

「あら、貴方は……ご贔屓にして下さってる鶯丸さん? タイガ君とお知り合いだったんですね」

 

 空とぼけた態度で微笑んでいるハルカに、鶯丸は眼光を鋭く研ぎ澄ます。そして振り向くと、激しい怒りを煮えたぎらせ警告を放った。

 

「自分だけで勝手をする分にはいい。だが子供達をいたずらに巻き込むのなら、こちらもそれなりの対応をさせてもらう」

 

 しかし鶯丸の怒気をぶつけられても、ハルカは平然とした様子のままぺろっと舌を出した。

 

「あらら、怒られてしまいました。私はお話していただけだというのに。……タイガ君、今度こそじゃあね」

 

 手を振って去っていくハルカを見えなくなるまで睨み付けた鶯丸は、息を吐いてからタイガのベッド脇に向かう。タイガは困惑した様子で、椅子に腰掛けた鶯丸を見ていた。

 

「……夜遅くにすまない、それに剣呑な所も見せた。名前は吉礼大河(キレタイガ)、で合っているか?」

「うん、合ってるけど……刀剣男士だよな? 俺に何の用?」

「事件の詳しい情報を聞きたかったんだが……それどころじゃなくなったな。無作法だが病室に入る前から話を聞いていた。……お前は、刀剣男士になるつもりか?」

 

 ぴくり、と布団の上に乗せられたタイガの手が跳ねる。タイガは俯き、ぽつぽつと己の中の思考を吐き出す。

 

「……ツクシがまた襲われたら、今度は助けられないかもしれない。だったら、少しでも力をつけたいよ。ツクシがいなくなるのだけは、絶対に嫌だ」

「それだけが理由なら、やめておけ。刀剣男士は、背負う物があまりに多過ぎる」

 

 え、とタイガが勢いよく鶯丸を見る。その目にはどうして、という感情がありありと浮かんでいた。

 鶯丸は言葉を選びながら「刀剣男士の背負う物」を語る。修羅の道に進もうとしている少年を、少しでも止めたかったから。

 

「刀剣男士がやっているのは、好きな時に大事な存在を守れるなんて優しい物じゃない。命令されれば嫌な事でも絶対で、痛い思いをして戦わなくてはならないし、身の自由も利かない。その上恨まれる事だってあるんだ。苦しい思いをしても、見返りは少ない。無惨な死に方をする可能性もある。しかも刀剣男士になった途端に、人の道理から外れてしまうんだ。……お前の大切な存在と、寿命が大きくずれる事にもなる。それでも、なりたいと思うか?」

 

 タイガの肩が跳ね、身体がカタカタと震える。言いたい事は、多少なりとも伝わったようだ。けれどタイガは、恐怖に苛まれながらも反論した。

 

「……俺のいた場所は、刀剣男士やそれを束ねる人を育てる場所だって聞いた。なら、どっち道同じなんじゃないのか? 俺は、ツクシを失うのだけは本当に嫌なんだ。どんな手を使っても、それを阻止出来るなら……そっちの方がいい。刀剣男士になる事で、少しでも出来る事が増えるなら、俺は……」

 

 そう言いながら、タイガは身体を抱き竦める。ツクシを失う事や人外になるリスクなど、様々な恐怖が渦巻いているのだろう。どちらを選んでも、負の面は付き纏う。それを容易く選べる程、簡単な選択肢を示したつもりはない。けれどそれを押し付けられる苦痛は、理解しているつもりだった。

 

「……悪いな。俺も、あの女と同じ事をしている」

 

 鶯丸はタイガの頭に手を置き、優しく撫でる。ふっと顔を上げたタイガは、彷徨える者の表情をしていた。

 

「それだけ、重要な選択だという事を言いたかったんだ。俺は元から刀剣男士だから、人から刀になる心境など想像するしかない。だが元からの俺からしても、刀剣男士はとても過酷な存在だと思う。だからこそ、ゆっくり考えるべきなんだ。時間はまだ沢山ある。元気になってから考えても遅くはない。色々なひとの意見を聞いてから、後悔のない選択をしてくれ」

 

 タイガは小さく頷き、目を伏せる。よし、と鶯丸も頷き、タイガの頭から手を離す。

 

「やれやれ、あの女は混乱している状況を更に引っ掻き回してくれる。おかげで俺の仕事は増えるばかりだ」

「……あんた、ハルカ姉ちゃんの事嫌いなのか?」

「少年、人間は見た目だけじゃない。あの女は人を食わないナリをしているが、こちらは散々煮湯を飲まされて来たんだ。正直さっき怒り狂わなかったのは、俺が細かい事を気にしないタチだったからだな」

「……時々えげつない事するもんなあ、ハルカ姉ちゃん……」

 

 タイガが遠い目をして呟く。何をしているんだと思いながらも、鶯丸は話を切り替えた。

 

「まあ、今はその事はいい。少年は江雪とよく遊んでるんだったよな?」

「え、あんた江雪の事知ってんの?」

「ああ、俺の友達だ。……実を言うと、江雪からお前達の楽しい話は聞いていてな。実際に会って話をしてみたかったんだ。……こんな理由で訪ねる事になるとは思わなかったが」

「そっか、事件の話だったよな。でも俺、あんまり詳しい事は知らないよ?」

「それでもいい、知っている事を教えてくれ」

 

 鶯丸がレコーダーを取り出して録音を開始する。タイガは古びた箱を開けるように話を始めた。

 滑莧園の中で年長側にいた子供達でパーティーを開いている最中に、白い長髪の刀剣男士が襲来した事。江雪が子供達を守る為にその刀剣男士と戦闘になり、大きな怪我を負った事。蒼穹の一期達が駆け付けた事により、何とか逃げ延びる算段がついた事。目の前に子供達の身体が基となった刀剣男士二振りが現れ、長谷部と名乗るものによってそれを肯定された事。他の部隊に後を任せ、自分達は政府の施設に避難し清澄隊本丸に一時的に世話になるという話になった事。

 恐らくその長谷部は、森の中にいる部隊の一員だろう。物吉が時折世話になっているという、例の部隊。やはりあの本丸は、滑莧園の実態を知っていたのだ。驚きはしない。だって彼等は、元被験者である刀剣男士を支援しているのだから。

 

「……ソメゴローがかなり荒れてるのが聞こえてたから、心配だ。あいつサクヤとかなり仲が良かったから、あんな事になってきっとかなり落ち込んでる。変な事しなきゃいいけど……」

「サクヤというのは、逃げる寸前に現れた小夜左文字と名乗った奴だな?」

「うん。そのサヨに掴みかかってたから、滅茶苦茶ショックだったんじゃないかな。ツクシが止めてその場は落ち着いたけど、今はどうなってるだろう……」

 

 現在、元被験者である二振りは春光隊に保護されている。二振りが政府へ来ないという事は、彼等がかなり参っている証拠。状況が分かっていない二振りを何も知らない本丸に配属させるのは酷だ。そちらは春光隊任せでいいだろうと鶯丸は脳内にメモをする。

 

「白髪の刀剣男士は、何か言っていたか?」

「ずっと母様母様ーって言ってたよ。あんなデカいナリしてマザコンかよって最初は思ったけど、あいつもサクヤ達と同じ可能性があるんだよな……そう考えると複雑」

「可能性じゃなく、間違いなくそうだろうな……」

 

 襲撃して来た刀剣男士は、特徴からして間違いなく小狐丸だ。そして普通の小狐丸は「母様」などとは口にしない。疑う余地なく、彼は元被験者だろう。

 知る限り元被験者二振りが、騒動の首謀者側にいる。これで差別が激しくならなければいいが、と頭を痛めながらも鶯丸はレコーダーを止める。

 

「協力ありがとう、遅くに悪かったな」

「本当だよ、これから寝ようと思ったのに」

「まあ、これもお前達を平穏な日常に戻す為だと考えてくれ。少しでも早く、安心して過ごせるように努めるからな」

「早くそうなる事を祈るよ、俺の睡眠の為にも」

 

 そう軽口を叩かれて苦笑いしていると、ポケットに入っている端末から電子音がした。タイガに失礼、と一言告げ画面を開く。

 画面には、物吉からの連絡通知が映っていた。

 

『すみません、今日は春光隊でお世話になります。主様とミサキさんにお詫びを伝えて頂けると嬉しいです』

 

 やはり、今日の出来事で物吉の精神は追い詰められていたらしい。酷くなる頭痛に俺はこんなタチじゃないんだがな、と鶯丸は内心でため息を吐いた。

 

「どうしたの? 眼精疲労?」

「……大人には気苦労が多いんだ」

「えっあんた、そんな風には全く見えないのに。むしろ迷惑かける側かと」

 

 そう驚くタイガの頭に、鶯丸は軽くチョップをお見舞いしたのだった。

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