空隙の町の物語   作:越季

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16-11「蒼穹一期の、聴取」

「……主は悪人ではないんだ……ただ少し短気で、やけに明るい所があるだけで……」

「うむ、蒼穹殿はいい人間だ」

「ただ! 俺をすぐに城下町の居酒屋に誘うのをどうにかして欲しいんだ! 俺が他人の視線を苦手としているのを知っているだろうに! 何かいい事があるとすぐ城下町で酒を飲もうと言う! 酒を飲むなど、本丸でも出来るだろう!!」

「……まんば、酔ってるのか?」

「酔ってないっ!」

「語り口が酔っ払いのそれなのですが……」

 

 酒瓶を抱え、顔を赤らめてくだを巻く山姥切。雲霄隊の三日月はにこにことしたまま表情を変えない。恐る恐る審神者が問えば、きっと睨んで山姥切は叫んだ。

 どうしてこうなった、と蒼穹隊の一期は眉間に手を当てていた。

 

 

 山姥切が緊張でハイになった直後まで、時は遡る。

 審神者がすんません遅くなって、と頭を下げながら客間に入る。そこで審神者が見たのは、目から光を失って高笑いしながら茶をがぶがぶ飲んでいる山姥切と彼を落ち着かせようとする一期、そして笑顔でそれを見つめる雲霄隊の三日月だった。

 

「……えーと、こりゃ一体どういった状況で……」

「主! 主も山姥切殿を止めて下さい、緊張が行き過ぎて躁状態になってしまって……!」

「ふはははは俺だって国広の第一の傑作なんだぐぼぼぼぼ」

「え、何が……おいおい戻す寸前じゃねえか! まんばちょっと下がれ、落ち着いたらまたここに来い!」

 

 強引に山姥切を客間の外へと出し、審神者は障子を閉める。ふらついているのか、あちこちにぶつかる音を立てて山姥切は遠ざかっていく。

 途端に静けさで満ちる客間。審神者は三日月の対面に座り、頭を掻きながら三日月を見据え問いかける。

 

「……あー、さっきも言いましたけど、俺は遠回しな事が苦手な性質で。礼を欠くかもしれませんが、ちょいと聞きたい事が」

「うむ、構わんぞ」

「……本当、何の用でここに? 俺はうちの刀は世界一、とか思ってますけど。ぶっちゃけるとうちの本丸、あまり特筆する事がないはずなんですが……」

「ああ、それは先程そちらの一期にも少し話した。まあ要は、昨日起こった滑莧園での事件、その詳細を聞きたかったのだ」

 

 一瞬三日月が一期へと目を遣る。それに頷いた一期は、改めて三日月から聞いた詳細を説明し始めた。

 

「事件の被害者である子供達からは、要領を得た証言が取れなかったらしいです。政府側でも人手が足りず、三日月殿が動く事になったらしいですよ。それに三日月殿が動く事で、事件の首謀者を釣り出せないか、ともお考えになっているそうです。……主から秋田に纏わる話も聞いた、と伺っていますが……」

「……すまん、一期。下手に隠すと、一期にまで疑いの目が行きそうでなあ……」

 

 深々と頭を下げる審神者。己の頭がよくないと理解している彼は、それでも自分の刀剣男士のプライバシーを守ろうとした。が、政府の刀である三日月に太刀打ち出来るはずもなく、結局ほぼありのままの出来事を話してしまった。

 けれど、守ろうとしただけ上等だと一期は思う。審神者は刀剣達を出来る範囲で慮っている、それを改めて理解出来ただけで充分だ。

 さて、と三日月が引き締めた声でふたりに告げる。

 

「改めて、一期の口から話を聞きたく思う。蒼穹殿も構わないな?」

「ええ」

「ああ、はい」

 

 ふたりの了承を得た三日月は、茶で口を潤してからまず事の始まりを尋ねる。

 

「そもそも、一期はどのようにして事件に巻き込まれたのだ?」

「……清澄隊の江雪殿の事は、ご存知ですか?」

「ああ、知っている。審神者殿が倒れてから、一振りで本丸を維持していると聞いた。あの江雪も、事件に巻き込まれたのだったな」

「はい。かなりの頻度で滑莧園に顔を出していらっしゃるみたいで、子供達とも仲が良かったのです。……昨日彼から『子供達が襲われている、誰か』と連絡が入ったのが、私が滑莧園に行く事にしたきっかけです。主にははじめ、止められていたのですが……」

「前田藤四郎と骨喰藤四郎の同行と、他にいくつか条件を出して許可しまして。二振りから『友達を思う兄の為に、どうか』と嘆願されちゃあ、俺も折れざるを得ませんでしたよ。友達を思う気持ちは、よく理解していたもんで」

 

 なるほど、と神妙な様子で三日月は湯呑を置く。それにすらも肩を跳ね上げてしまい、一期は深呼吸をして精神の安定を図った。

 

「それで、滑莧園に向かったのだな。到着した時は、どんな状況だった?」

「……園から火の手が上がっていて、門の外に生き残った子供達が集まっていました。子供達の一人から『白い長髪の刀剣男士によって園の人間が殺された』と聞いた直後に、園内から江雪殿と小狐丸殿が飛び出して来ました」

「その小狐丸が滑莧園を襲った下手人だな。外見に特徴は?」

「外見には、特に……ですが、繰り返し『母様』と口にしておりました。それに、夜だというのに動きが衰えていなくて……銃兵を用いていて、前田も苦戦する程の相手でした」

「夜の短刀が苦戦する、銃兵を操る相手……昼の脅威は推して知るべしか。捕らえる時は、注意が必要だな」

 

 ぐっと拳を握る。あの小狐丸は、傷を負わずに捕らえられる相手なのだろうか。また、多くの無関係なものの血が流れるのだろうか。

 せめてこれ以上子供達に被害が及ぶ事のないように、祈るしかなかった。

 

「それで、どうやってこちらの援軍が来るまで凌いだのだ? 前田が重傷を負ったのなら、さぞ苦戦した事だろう」

「……滑莧園をよく知る、助っ人が来まして。彼等が相手取っている間に、逃げ延びる事が出来ました」

「なるほど。その助っ人とは、あの部隊か」

 

 目を見開き、三日月を見つめる。春光隊を知っているのか。そう言わんとしているのを察してか、三日月は淡く目を細めた。

 

「姿は見せなかったが、証言であの部隊だと判断出来た。それに政府宛に『滑莧園の小夜左文字と五虎退は、精神が安定するまでこちらで預かる』と連絡があった。上は勝手な事を、と普段なら考えるだろうが……今回ばかりは助かっただろう。精神が不安定な刀剣男士の対応まで、政府は手が回らないだろうからな」

 

 俺としてもあの部隊に悪感情はないのだが、と三日月は茶を飲みながら言った。肩の力を少し抜いて、一期は拳を解いた。

 審神者がちらちらとこちらを見ている。「あの部隊って何だ?」と聞きたがっているのが露骨に分かる。後で話します、と目で返事をして一期は三日月の次なる言葉を待った。

 

「そういえば、氷雨の鶴丸国永はそなたの友達だったか?」

「えっ、あ、はい。そうですが……」

「……ここだけの話だが、別の研究所でも襲撃があってな。それに巻き込まれて、我が本丸で事情を聴いたのが氷雨の鶴丸だったのだ。……ああ、鶴丸は無事だったぞ。聴取で滑莧園での事と、そなたがいた事を耳にしたら目に見えて動揺していた。あの鶴丸は素直だな、うちのにも見習って欲しいくらいだ」

 

 ——氷雨隊の鶴丸が、別の事件に巻き込まれていた?

 そんな事は聞いていない。けれど昼間の手合わせで、鶴丸は「まだ吐き出したい事が纏まっていない」と言っていた。

 もしかしたら鶴丸もあの時、一期に話を聞いて欲しかったのかもしれない。けれど内心の整理がついていないから、一期に話さなかったのか。いや——

 

「……どこまでも未熟ですね、私は」

「どうした、一期」

 

 三日月が俯いた一期に語りかける。審神者も何があった、と心配する様子で一期の顔を覗き込んだ。

 ——きっと、自分が泣き崩れてしまったから、気を遣って話さなかったのだ。泣いているものに、悩みを打ち明けようとは思わない。自分の事で精一杯で、鶴丸の様子まで気が回らなかった。

 氷雨の鶴丸の力になれなかった事に、今更ながら気付く。けれどあの時氷雨の次郎が吐き出すように言わなかったら、きっと自分は苦悩の迷路に迷い込んでいただろう。

 それでも、心が弱く身勝手な自分が嫌になる。友達の悩みを一緒に考え、少しでも気分を晴らせるような自分が良かったのに。ああ、秋田の事もそうだ。自分は、どこまで愚かな存在なのだろう。

 

「……一期、そなたは——」

 

 三日月がそう言いかけた、その時だった。

 パァン、と障子が勢いよく開く。三つの視線が素早く音源のある方向へ集まった。

 そこに立っていたのは、山姥切。何故か酒瓶を抱えて、ヒック、と言いながらふらふらと客間へと入る。そしてドン、と酒瓶を座卓に置き、どこか据わった目で三日月を睨んだ。

 

「ふ、ふふふふ。俺は逃げなかったぞ、三日月」

「別に、逃げたという事はないと思うが」

「ちょ、山姥切殿!? 何故こんな時に酒を——」

「うわまんば酒臭え! どんだけ飲んだんだよ!」

 

 困惑する蒼穹隊側のふたりと、首をかしげる程度に収めている三日月。そんな彼等を見据えて、山姥切が叫んだ。

 

「この! 魔法の水の力で! 俺は、困難に打ち勝って見せる! ……うっ、おええ」

「うわああああ! 山姥切殿、客前でそんな姿を……っ!」

「まんばとりあえず吐くならゴミ箱に吐いてくれ!」

 

 審神者はゴミ箱を山姥切に差し出し、彼が嘔吐くのをはらはらとした目で見ていた。

 そして三日月に醜態を晒さないように、山姥切を洗面所に向かわせようとしたが——

 

「ま、まんば? 落ち着いたなら、ゴミ袋替えて新しいの持ってきてくれねえかな……」

「主、言っただろう。俺は困難に打ち勝つ為に、ここに来たんだ」

「いやだから、困難に打ち勝つ為に落ち着いて——」

「何だ、俺が写しだと侮っているのか!?」

「侮ってねえ侮ってねえ!」

 

 ぐだぐだになっていくその場の雰囲気。そのまま山姥切は三日月に絡んだり、一期に酒を飲むように勧めたりして——

 時間は、現在に戻る。

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