空隙の町の物語   作:越季

119 / 167
16-12「蒼穹一期の、大切な中核」

 要は、三日月への本能的な恐怖を薄れさせる為に、山姥切は酒を飲んだのだろう。そして気が大きくなったへべれけ状態で客間に突入し、湿っていた空気を吹き飛ばした。

 結果、聴取は一時中断。今はまだにこにこしている三日月にくだを巻き続ける山姥切をどうしようかと、一期と審神者は悩む事となった。

 ——恐れる気持ちは分かりますけど、分かりますけど……!

 頭を抱える一期の心情を知ってか知らずか、山姥切は三日月に絡み酒を続ける。

 

「それと氷雨の審神者と会ったらすぐ喧嘩になるのも何とかして欲しい……何で冷静な対応が出来ないんだ、そもそも何で氷雨の審神者は喧嘩を売るんだ……」

「俺は悪くねえ、全部氷雨の野郎が悪い」

「そこでほざいてる瞬間湯沸かし器も悪いんだぞ! 嫌味の一つや二つ受け流せばいい物を! おかげで俺は過激派からはせっつかれ、穏健派からはあの二人を止めろと丸投げされるんだ!」

「いや知るかよ氷雨の野郎が喧嘩売ってこなけりゃいい話だ!」

 

 氷雨隊の審神者の話が出た事で、審神者の機嫌も急降下していく。うだうだとつまらない喧嘩をするなと三日月越しに文句を言う山姥切と、嫌悪している相手の話題によって酒を飲んでいる訳でもないのに顔を赤くしていく審神者。こうなってしまっては、もう審神者に山姥切をどうにかした上で三日月を接待させるのは難しいだろう。

 はあ、と重たい息を吐き出し、一期は三日月の湯呑に茶を注ぐ。

 

「……すみません、聴取どころではなくなってしまいましたね」

「なに、賑やかなのは嫌いではない。蒼穹殿はいつも氷雨殿が関わるとあんな感じなのか?」

「……そうですね、お恥ずかしながら」

 

 蒼穹隊の審神者と氷雨隊の審神者の悪縁は、出会った時から既に始まっていた。

 当時新入りだった蒼穹隊の審神者に、氷雨隊の審神者が新入りへの洗礼とばかりに嫌味を投げかけた。最初、蒼穹隊の審神者は耐えていたらしいが——

 ——いかにも、女人に礼を欠きそうな性格だな。一体何人の女に嫌悪されてきたのだか。

 そう言われた途端——蒼穹隊の審神者は、氷雨隊の審神者に右ストレートをぶっ込んだのだ。

 そのような暴挙に及んだ理由は、蒼穹隊の審神者が審神者になった所以による。

 蒼穹隊の審神者になる前、彼は自分の恋人にセクハラを行った男の腹に一発入れたそうだ。その男は政府の者——審神者だったと彼は後に知った——だと聞いて彼は慌てていたらしい。だがその男は首を切られる寸前の窓際族で、被害を訴えたがセクハラの件を持ち出されて辞職させられた。彼はその事件をきっかけに審神者の適性がある事が発覚し、政府からの監視を兼ねて審神者になったらしい。

 ここで終わりなら、蒼穹隊の審神者は氷雨隊の審神者に右ストレートを入れる事はなかっただろう。問題はその後だ。

 元々揉め事を起こしやすかった蒼穹隊の審神者は、この件で恋人に見切りをつけられたらしい。「乱暴者は嫌い」と吐き捨てられて振られた、と言っていたのを噂で聞いた事がある。かなり長い間付き合っていた恋人との破局は審神者にとって禁句らしく、一振り目の刀である山姥切ですら、いたずらにこの事に触れると実力行使で黙らせられる。

 以上の事から怒り狂った蒼穹隊の審神者は、顔面だけではなく腹に蹴りを入れたり、逆にやり返されたりと氷雨隊の審神者相手に大乱闘を起こしたそうだ。仲裁に入った政府の者から叱られても止まらず、結局は強引に引き離される事で何とか喧嘩を収めた。

 それからというものの、氷雨隊の審神者との仲は最悪となり、顔を合わせる度に口喧嘩か乱闘騒ぎに発展する。顕現させる審神者による個体差なのか、互いの刀剣男士も相手の刀に嫌悪を抱くものがいる。嫌悪感を示す刀がいればその刀は共に喧嘩に参加し、示さない刀しかいない場合は嫌そうな顔で仲裁に入る。一期は後者であり、正直な話見苦しく喧嘩する審神者に半分呆れている所もあった。

 もう半分は——自分も自隊の鶴丸相手にはああなってしまうのか、という不安だ。

 あの鶴丸は、人々が紡ぐ繋がりを否定した。それを一期は到底受け入れられそうにない。次は戦う事になるだろうという漠然とした予感は、少しずつ大きくなっている。

 けれど、見苦しく相手を拒絶したい訳ではないのだ。一期は一期の意思を、鶴丸は鶴丸の意思をぶつけて。そうして、きちんとした決着をつけたかった。

 きちんとした決着。それを果たして、手に入れられるだろうか。それがいきなりふっと落ちるような不安を掻き立てる。

 結局、まだ腹が決まってないのだろう。ぶつかり合う事は、きっと心に痛みを呼び起こすのだから。

 

「……一期。先程の話の続きをしようか」

 

 いつの間にか考え込んでいたらしい。はっと顔を上げると、慈しむように微笑む三日月と目が合った。

 

「そなたは、己とよく向き合っているな。そんなに苦しそうに未熟さを嘆くなど、己の弱さを見つめなければ出来ない。ただ、少し視野が狭くなっている節がある。弱い所ばかり眺めるのは、強い自分から目を背ける事に他ならない」

 

 す、と虚空へ指を向ける三日月。指差す先をぼんやりと追いかけながら、一期は三日月の滑らかな語りを聞いていた。

 

「空に浮かぶ三日月というのは、欠けているからこそ美しいというものもいるだろうし、あの形だからこそ美しいというものもいるだろう。俺は、どちらも良し悪しはないと考えている。どちら側にも、賛成するものとそうでないものがいる。そなたの事も同じだ。良い所が好きだというものがいれば、悪い所が好ましいというものがいるだろう。だが結局、自分の事を決めるのは自分にしか出来ない」

 

 その指差す先に、優しく照らす三日月を幻視した。幻の月を見ながらも、頭の中ではくるくると自分への嫌悪や不安、それを否定したい自分が響き渡っている。どうして、どうしたら、どうやって——止まない疑問は、まだ己を誇れるには程遠い。

 再び苦しそうに顔を歪める一期に、三日月はゆったりと言葉を染み渡らせる。

 

「意見を聞くのもいい。だが他のものは当然として、己の弱さに振り回され過ぎるな。そなたは、そなたの信ずる道を進むといい。それでも迷うならば、魔法の言葉を授けよう」

「魔法の、言葉?」

 

 うむ、と三日月は頷く。そして、目を一瞬閉じ——

 

「——そなたの誇れる、己の名前は?」

 

 鋭さに優しさを秘めた視線を、一期に向けた。その眼差しに、一期は息を呑む。

 ああ、ああ——忘れていた。自分が自分である証を。自分である限り、決して心を折らせないその誇りを。

 

「……私は、一期一振。粟田口吉光の手による、唯一の太刀」

 

 自分は、確かに一度燃えた。屈辱を味わう事になった、それでも残る物があった。

 そして、再び自分の力を乞われた。願いによって戻ってきた切れ味を、何故忘れてしまっていたのだろう。

 

「藤四郎は、私の、弟達……で……っ」

 

 胸を押さえて、溢れる涙を畳に落とす。拭う事はしなかった、それが歓喜による物だったから。

 いち兄と呼ぶ弟が愛おしい。背を預けられる仲間が頼もしい。そして友と語らう時間の、何と楽しい事か。

 弟達が贈ってくれた土産を思い出す。戦から帰った後戦法を討論した事を思い出す。初めての城下町の宴会で、友達が歓迎してくれた事を、思い出す。

 どれも、決して捨てる事など出来ない。例え折れる事になっても、この思い出を捨てる事を選べない——選ばない。

 そうだ、この喜びを捨てない自分こそが、()()である所以。

 否定されてもいい、拒絶されてもいい。だがどんなに嘆願されても、例え弟達からの願いであろうとも、この繋がりを捨てる事だけは拒否する。

 それが、蒼穹が一振り、一期一振の核だ。

 

「迷いは晴れたようだな」

 

 その眼差しは優しいまま、背筋を伸ばした一期へと注がれる。目元を擦って力強く肯定し、一期は三日月へ不敵に笑んだ。

 

「ええ。私は悪く言えば強欲、良く言えば諦めない性質であるようです。どんなに拒絶されても、私は私の繋がりを決して断たせない。手を伸ばして繋げる手があるなら、いくらでも伸ばして掴みましょう。私は、私だけは。思い出を、決して否定しないと決めました」

「そうか。ならばまずは——」

「はい。秋田に、また会いに行こうと思います。ある方からの話では、あの子は私へ救難信号を送っていたと。ならば、今度こそはそれを逃しません。例え罵倒されても、私はあの子に筋を通します。そして……」

 

 脳裏に描くは、あの煤色頭の少し幼い彼の姿。振り返りこちらに向ける顔は、今はまだ笑みを浮かべていない。けれど——

 

「ん? どうした?」

「……いえ、これは私の秘密です」

「なんだ、気になるな。じじいにも聞かせてくれ」

「ふふ、では叶った時にお話ししましょう」

 

 ——そして、あの長谷部に言いに行くのだ。友達になろう、と。

 

 

「ふん、写しごときには道案内がお似合いってか」

「何、道案内も大切な仕事だ。そう拗ねてくれるな、山姥切」

 

 三日月は審神者に、本丸の案内をして欲しいと頼んだ。審神者は首を傾げながらも了承し、一振り目の刀たる山姥切にその役目を託した。実際には、山姥切に酒気を抜いて来て欲しいという心積りもあったのだろうが。

 あそこが厠、あそこが大広間、とまだ呂律が回らない口で案内をする山姥切。にこにこしながらその後をついて行っていた三日月は、ある部屋の前で立ち止まった。

 

「山姥切、この部屋は何だ」

「ん? ……ああ、鶴丸の部屋だ。今は具合が悪く伏せっているはずだが……」

 

 ふらふらと三日月の側に寄った山姥切はふと障子を見つめると、ニヤリと顔を歪める。

 

「……あの澄ました爺さんが、あんたの姿を見たらどうなるか気になるな。開けるか」

「伏せっているなら止めた方がいいのではないか?」

 

 そう言いつつも、三日月は動く気配がない。のんびりとした口だけ出して、酔っ払いの悪ノリを止める気すらないのだろう。

 それは「最終兵器」のお茶目心か、それとも——

 

「たまにはこちらに驚いて貰おう。……鶴丸!」

 

 素早く障子を開いた山姥切。部屋の中が明らかになった途端、ちょっとした悪意に満ちた表情が怪訝なそれに変化する。

 

「……あれ? いないな。厠か?」

 

 訝しみながらも納得しかけたが、部屋の中を改めて見渡し、次第に顔が強張っていく。

 

「……いや、それにしては部屋が()()()()()。布団すら敷いてないって、具合が悪かったはずじゃ……」

「——おい、まんば! 三日月さん! いるか!?」

 

 誰かがいた気配が微塵も残されていない部屋に不審が募る。しかしその思考は、審神者の呼び声によって遮られた。

 こっちだ、と叫ぶと荒い足音がこちらに近付いてくる。現れた審神者は顔面蒼白で、山姥切の不安を掻き立てるのに充分だった。

 

「主、どうした?」

「どうした、蒼穹殿」

 

 山姥切は詰め寄るように、三日月は真面目な口調で審神者に尋ねる。

 審神者は端的に鶴丸はいるか、と告げた。

 

「……部屋にはいなかった。他の場所もさらっと見たが、鶴丸の姿は見かけてない」

「そうか……くそっ! また、俺は——!」

「蒼穹殿、落ち着いてくれ。何があった?」

 

 山姥切は前に進み出た三日月の顔を見て、固まった。まるで、何か忌々しい事が起きたかのような表情。

 一体、何が。混乱する山姥切に、審神者は叫んだ。

 

「——鶴丸の名前が、システムから消えているんだ! また誰かに連れ去られたのか!? 何で、俺の所ばかり……っ!」

 

 システムからの消失に驚愕する山姥切は、三日月の横顔をもう見ていない。その表情を見れば、三日月が苛立っていると即座に気付いた事だろう。

 三日月は舌打ちしそうになりながらも堪えて、口内で小さく呟いた。

 

 ——逃げたな、と。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。