きらきらと輝くケーキが並ぶショーケースを前に、氷雨の鶴丸は悩んでいた。
「うーん、もんぶらんにするか、ふるーつたるとにするか……いや、あんまり奇をてらって食べられない、とかになったら悲惨だな。ここはひとつ、しょーとけーきに……いやいや」
「鶴丸、いい加減に決めろ。後ろに客が詰まってる」
「そうですよ、鶴丸……もしくは、他のお客様に順番を譲って差し上げては」
「待ってくれ、あともうちょっとなんだ!」
「それもう何回聞いただろうな」
「ああ、視線が痛い……」
特徴的な前髪をした鶯色の男と、水色の切りそろえられたロングヘアをした男が、呆れた顔で鶴丸を見る。鶴丸はまだうんうんと唸っていた。
彼らがいるのは『パティスリーガザニア』。城下町では有名なケーキショップである。店の前では、ケーキを買いに来た女性たちが、美麗な男たちにきゃあきゃあと黄色い声を上げている。
しびれを切らした鶯色の男が、店員に話しかけた。
「ああもういいだろう。すまない、ふるーつたるとのほーるを一つ」
「あっ、鶯丸!」
「鶴丸、大概になさい。本気で見苦しいですよ」
「江雪まで! いやだって、祝い事なんてこの会では久々だから、気合を入れてだな!」
「一期は、初めてのけーきなのだろう? なら何でも喜ぶさ」
「いやでも……」
まだごねる鶴丸に、水色の男は彼の頭に手刀を浴びせた。
「いって!」
「……お客様が不満そうにしています、いい加減にしなさい。鶯丸の言う通り、彼なら何でも驚きますよ」
「うう……分かったよ」
「お待たせしました、ご注文のフルーツタルトのホールです!」
「来たか」
鶯色の男はケーキの箱を受け取り、鶴丸の代わりに代金を支払った。ありがとうございました、という声を聞きながら、店の外に出る。
「鶴丸、これで貸し一つだ」
「あー、建て替えてもらったんだっけな。悪い、後で払う」
「いや、金はいい。その代わり茶店で茶と菓子をおごれ」
「きみ、本当に茶が好きだな!」
「私もいただきたいです。……手間をかけさせられたのですから、これくらいはいただけますよね」
「いや、流石に二振り分は――」
「い・た・だ・け・ま・す・よ・ね?」
「ぐっ……分かった、分かったよ! 江雪の分も俺がおごる! だから圧をかけないでくれ!」
騒ぐ男たちを通り過ぎる人々が見やる。水色の男――いや、もういいだろう――江雪左文字は、暗い圧を消す。鶯色の男――鶯丸は、おかしげな笑い声をあげて、鶴丸をからかう。
「それにしても、鶴丸がこんなに新入りの一期のために張り切るとはな。明日は槍でも降るんじゃないか?」
「仕方ないだろ、まさか一期一振が会に入るなんて思ってもみなかったんだから!」
「新入りの一期で四振りになりますね……何でも、好奇心旺盛なつっこみ属性だとか」
「一期の様子を見ているとそうなるな、噂話とかオカルト話には素早く飛びつくし。と言っても、無謀なことはできるだけ避ける性質もあるみたいだ。ただ流石に、弟たちのことになると飛び込まざるを得なくなるが」
「話を聞いている限り、普通の一期だな。好奇心旺盛と言うところを除けば、だが。ほら、たるとだ」
新入りの話で盛り上がる三振り。タルトを鶯丸から受け取りながら、鶴丸はご機嫌だ。
「今日の会が楽しみだ!」
会の開始まであと四時間。太陽は、少しだけ傾きながらも輝いていた。
***
「それでは、行ってまいります。留守の間、弟たちをよろしくお願いいたします」
「俺は逆に世話される方だと思うが……他本丸の刀剣男士との交流会、楽しんでこいよ」
午後五時四十五分。蒼穹の一期は、正門前で審神者に頭を下げる。鶴丸の告げた集合時刻まで、あと十五分だ。
氷雨の鶴丸がいることは、審神者には言っていない。あくまで、他本丸の刀剣男士との有益な情報交換を行える宴会、としか告げなかった。外出許可を快諾して、外に友達ができたか、よかったよかった、と頭を撫でる審神者に、少しだけ罪悪感を覚えた。が、宴会の約束はしていたし、楽しみにしていたのは事実だ。今更行くのをやめるという選択肢はない。
弟たちは、羨ましそうに一期を見ていた。
「いいなあ宴会。お酒飲めるんでしょ? 俺も飲みたかったなあ」
「わがまま言っちゃダメだよ。いち兄だって休みたい時はあるんだから、たまには息抜きしてもらわないと」
「いち兄、この辺りの治安は悪くはありませんが、帰りは気をつけてくださいね」
「いちにい、何か面白い話があったら聞かせてくれよな!」
「楽しんできてくれ、いち兄」
弟たちに見送られ、一期は本丸を出る。十分ほど歩けば、城下町まですぐそこだ。
城下町の入り口に着くと、そこには鶯色の刀剣男士がいた。
「来たか。お前が、蒼穹隊の一期一振だな」
「はい。あの、あなたは……?」
「氷雨の鶴丸から、お前を迎えに行くように頼まれてな。こうしてここにいるというわけだ」
「ありがとうございます。それで、あなたは」
「全く、鶴丸も刀使いが荒い。けーき屋であれほど迷惑を被ったのに、まだ俺を休ませないか。早く俺も店に向かいたいもんだ、それでゆっくり酒を――」
「あの! あなたの名前と所属をお願いします!」
マイペース過ぎる語り口をなんとかぶった切り、一期は鶯色の刀剣男士に身分を尋ねる。ああすまない、と一言謝罪し、鶯色の刀は名乗った。
「雲霄が一振り、鶯丸だ。そちらには『俺』がいないのだったか? なら正真正銘、これがこの姿での初対面だな。まあよろしく頼む」
「雲霄……!?」
雲霄――それは、一期顕現初日に、演練場で蒼穹隊と氷雨隊の仲裁をした部隊であり、政府直属と言われる、まさしく雲の上の部隊だ。こうして再び見えるようになるとは。一期は、慌てて一礼する。
「演練場の時はすみませんでした! 雲霄隊の方々にご迷惑をおかけしてしまって……」
「ああ、あの日のことか。演練の後、俺は一足先に茶屋に行っていたからその現場を見ていないが。主も気にしていないだろうが、まあ、俺からも言っておく」
「ありがとうございます。……しかし、雲霄隊の方とこうして酒の席をご一緒させていただくことになるとは……」
「他の奴は滅多に城下町に下りないが、俺はよく鶴丸たちと飲んでるぞ。まあ、仲良くやろうじゃないか」
時間も近い、行こうか。先導する鶯丸の背を、一期は追いかける。城下町を歩くと、店の灯りが次々とついていくのが分かった。
着いた先には、古い木の看板に大きく『猩々木庵』と書かれている居酒屋があった。中からは、灯りと酒の匂い、それから賑やかな声が漏れてくる。鶯丸は、暖簾をくぐった。
「いらっしゃい! ……あ、鶯丸さん! 鶴丸さんたちなら奥の二番の部屋にお通ししましたよ」
「分かった、ありがとう」
若い女性が鶴丸の居場所を告げると、他の客の注文を取りに駆けていく。後から入ってきた一期は、店の中をきょろきょろと眺めていた。
店内は、木のテーブルがたくさん並べられている。壁には、メニューの書かれた紙が大量に貼ってあった。早くから来ていたのか、親父たちが赤ら顔で大きな笑い声を上げている。その間を、若い女性と男性が、料理や酒を手に、泳ぐように駆け回っていた。
「はーい、追加の生お待ち!」
「おーい、エイヒレ炙り追加で!」
「はー、一日の終わりにいいなあ、酒は!」
よくよく見ると、演練場で見かけた審神者も客の中にいる。一日の疲れを、酒で飛ばす。それは、ごくありふれた城下町の光景だった。
「一期、大丈夫か?」
「ええ。……ここは、とても賑やかですね」
一期は、店内の下町のような雰囲気を感じ取りながら、鶯丸の後についていく。奥の方は、個室になっていた。部屋の前に靴が散乱していることから、座敷のようだ。鶯丸と一期は、『二』と大きく書かれた襖を開けた。
「鶴丸、江雪、連れて来たぞ」
「おー、一期やっと来たか!」
「……あなたが、蒼穹隊の一期一振ですか」
鶴丸は手を挙げ、江雪は軽く一礼して迎える。鶯丸と一期は座敷に上がり、鶯丸は鶴丸の、一期は江雪の隣に座った。
「さて、新入りが来たことだし、改めて自己紹介と行こうか。俺は氷雨が一振り、鶴丸国永。この会の会長だ!」
「雲霄が一振り、鶯丸だ。一応この会の副会長を務めている。まあ名前だけしかないけどな」
「……澄清が一振り、江雪左文字です。この会に入ったのは三ヶ月ほど前ですので、割と新入りです」
それぞれが、一期に名前と所属に一言付け加えた自己紹介をする。一期も、頭を下げてそれに倣った。
「蒼穹が一振り、一期一振です。このような会にお呼びいただき、本当にありがとうございます。顕現したてで分からないことも多いですが、よろしくお願いします」
「よっ、新入り!」
「よろしくな」
「……あなたには、聞いてみたい話もあります。あなたも、聞きたいことがあったら話してみてください」
それぞれが、一期へ歓迎の意を示す。なんだかこそばゆくて、一期は身をよじった。ついつい、メニューに目をやってしまう。
「さて、もうすぐ料理が来る。酒はそこの装置で店員を呼んで追加する仕組みになっていてな。こーす制だから、飲み放題だ! 好きなだけ飲むといいぞ」
「一月ぶりか。楽しみだな」
「鶴丸、あまり呑まれ過ぎないようにしてくださいね。後が大変ですから」
「何を言う。酒は呑まれてこそだろう!」
「……分かっててやっているのですか。たちが悪いですね」
話しているのを聞いているだけでも、とても楽しい。自然とにこにこしてしまう。自分も、その輪の中に入れるだろうか。そう思っていると、
「お待たせしました、前菜をお持ちしました!」
「来たな!」
先ほどの女店員が、キャスター付きの台に乗せて、料理を運んで来た。鶴丸は表情を輝かせる。料理を並べる女店員に向かって、鶯丸は酒の注文をする。
「すまない、とりあえず生を三つ。一期は決めたか?」
「酒を飲むのは初めてなので、どれがいいのか……」
「……初めてなら、このかしすおれんじがおすすめですよ」
「じゃあ、私はそれで」
「はい、生三つとカシスオレンジ一つですね! 少々お待ちください!」
料理と水を並べ終えた女店員が、台を引いて去っていく。鶴丸は、立ち上がって音頭をとる。
「酒はまだだが、始めようか。『顕現難易度四太刀の会』に新たなる参加者、蒼穹の一期が来たことを祝して、乾杯!」
「乾杯」
「……乾杯」
「会の名前、もう少し何とかならなかったんですか!?」
一期のつっこみが部屋に響く。こうして、一期の初めての、外での宴が幕を開けたのだった。