——清澄隊本丸
「ソメゴロー、鶴丸さんが練り切り買ってきてくれたよ、一緒に食べよう」
「……」
「ねえ、そろそろ憎まれ口が恋しくなってきたんだけど」
「……」
「……置いておくから、食べてね。折角のお見舞いなんだから」
カタン、と小さい音を立ててから、足音は遠ざかる。完全に足音が聞こえなくなってから、ソメゴローは障子を開けた。
目の前には、白い皿に乗った黄色い練り切り。手に取って文机に乗せてから、障子を閉める。
文机の前で、練り切りを口に運ぶ。何だか良くわからない変な物を食べている心地になって、ソメゴローは途中で手を止める。
——味がしない。
食事を出されても、完全に食べ切る事が出来なくなった。作ってくれた家族や、江雪に悪いと思ってはいる。けれど——
——どうして小さな願いすら叶えさせてくれないの? どうして私達なの? ねえ、ねえ、どうしてよ……っ!
「そうだよ、何で、俺達なんだよ……」
トイレに行った時に聞いたツクシの泣き声が、頭から離れない。どうして、自分達だけこんな目に。そんな恨み言がこびりついている。
相棒が、刀剣男士に存在を上書きされた。サクヤの魂は、もう残っていないという。
ソメゴローはもう二度と、サクヤに会えないのだ。
「一緒に世界を旅して回るって、約束したのに」
そう呟くと、涙が文机に落ちる。ソメゴローはそのまま突っ伏して、眠りにつくまで泣き続けた。
***
——春光隊本丸
二階から駆け下りたと思ったら、玄関にある草履を履き始めた小夜。それを追いかけた歌仙は、息を切らしながら尋ねる。
「お小夜、どこに行くんだい!? まだ体調も万全ではないのに……!」
「……行かなくちゃいけないんだ」
その声音に、歌仙は肩を跳ねさせる。意思のはっきりしている強気なそれは、いつもの小夜ではあり得ない。
もし、長谷部がこの場にいたら言っていた事だろう。
「気負わなくていいって、逃げてもいいって、言わなくちゃいけないんだ。
「——君、まさか……!」
——サクヤにそっくりな調子だ、と。
小夜はドアを開け放ち外へと飛び出す。歌仙の悲痛な制止を振り切って、小夜は森の外へと目掛けて駆け出した。
***
——どこかの廃屋
キイ、キイ、と音を立てて椅子を揺らす機嫌の良さそうな影一つ。それを見た桃色の男は、ため息をついて肩を竦めた。
「ねえ、大丈夫なんですか? この調子だと、あの三日月に気付かれそうなんでしょう?」
「そうだな。でもまあ、いいじゃないか」
「いや良くないでしょう。逃げたと分かったら真っ先に狙って来ますよ、あの三日月」
「ま、そろそろ頃合いだと思っていた所さ。そろそろ俺達も
椅子の揺れる勢いのまま立ち上がり、影は桃色の男の肩を叩く。目を丸くした桃色の男は直後、ニンマリと歪な顔で嗤う。
「そうですか。いよいよ天下をひっくり返せますか。楽しみですねえ」
「目的を果たす前に悪癖を出してくれるなよ。君も重要な戦力なんだから」
「貴方こそ。天下をひっくり返す以外に、何か企みがあるんでしょう?」
天を嘲笑うように吐き捨てる桃色の男。影は口に手を当てて、笑いを堪えながら返答した。
「まあな。……さぁて、天誅を最後に喰らわすのはどちらかな?」
***
町の端に、導火線がついている。
全てをひっくり返しかねないそれに着火された事を知るものは——まだ、少ない。
今回はここまでです。