空隙の町の物語   作:越季

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16-13「空隙の町の、導火線」

 ——清澄隊本丸

 

「ソメゴロー、鶴丸さんが練り切り買ってきてくれたよ、一緒に食べよう」

「……」

「ねえ、そろそろ憎まれ口が恋しくなってきたんだけど」

「……」

「……置いておくから、食べてね。折角のお見舞いなんだから」

 

 カタン、と小さい音を立ててから、足音は遠ざかる。完全に足音が聞こえなくなってから、ソメゴローは障子を開けた。

 目の前には、白い皿に乗った黄色い練り切り。手に取って文机に乗せてから、障子を閉める。

 文机の前で、練り切りを口に運ぶ。何だか良くわからない変な物を食べている心地になって、ソメゴローは途中で手を止める。

 ——味がしない。

 食事を出されても、完全に食べ切る事が出来なくなった。作ってくれた家族や、江雪に悪いと思ってはいる。けれど——

 ——どうして小さな願いすら叶えさせてくれないの? どうして私達なの? ねえ、ねえ、どうしてよ……っ!

 

「そうだよ、何で、俺達なんだよ……」

 

 トイレに行った時に聞いたツクシの泣き声が、頭から離れない。どうして、自分達だけこんな目に。そんな恨み言がこびりついている。

 相棒が、刀剣男士に存在を上書きされた。サクヤの魂は、もう残っていないという。

 ソメゴローはもう二度と、サクヤに会えないのだ。

 

「一緒に世界を旅して回るって、約束したのに」

 

 そう呟くと、涙が文机に落ちる。ソメゴローはそのまま突っ伏して、眠りにつくまで泣き続けた。

 

***

 

 ——春光隊本丸

 

 二階から駆け下りたと思ったら、玄関にある草履を履き始めた小夜。それを追いかけた歌仙は、息を切らしながら尋ねる。

 

「お小夜、どこに行くんだい!? まだ体調も万全ではないのに……!」

「……行かなくちゃいけないんだ」

 

 その声音に、歌仙は肩を跳ねさせる。意思のはっきりしている強気なそれは、いつもの小夜ではあり得ない。

 もし、長谷部がこの場にいたら言っていた事だろう。

 

「気負わなくていいって、逃げてもいいって、言わなくちゃいけないんだ。()は、あいつに」

「——君、まさか……!」

 

 ——サクヤにそっくりな調子だ、と。

 小夜はドアを開け放ち外へと飛び出す。歌仙の悲痛な制止を振り切って、小夜は森の外へと目掛けて駆け出した。

 

***

 

 ——どこかの廃屋

 

 キイ、キイ、と音を立てて椅子を揺らす機嫌の良さそうな影一つ。それを見た桃色の男は、ため息をついて肩を竦めた。

 

「ねえ、大丈夫なんですか? この調子だと、あの三日月に気付かれそうなんでしょう?」

「そうだな。でもまあ、いいじゃないか」

「いや良くないでしょう。逃げたと分かったら真っ先に狙って来ますよ、あの三日月」

「ま、そろそろ頃合いだと思っていた所さ。そろそろ俺達も()()()()()

 

 椅子の揺れる勢いのまま立ち上がり、影は桃色の男の肩を叩く。目を丸くした桃色の男は直後、ニンマリと歪な顔で嗤う。

 

「そうですか。いよいよ天下をひっくり返せますか。楽しみですねえ」

「目的を果たす前に悪癖を出してくれるなよ。君も重要な戦力なんだから」

「貴方こそ。天下をひっくり返す以外に、何か企みがあるんでしょう?」

 

 天を嘲笑うように吐き捨てる桃色の男。影は口に手を当てて、笑いを堪えながら返答した。

 

「まあな。……さぁて、天誅を最後に喰らわすのはどちらかな?」

 

***

 

 町の端に、導火線がついている。

 全てをひっくり返しかねないそれに着火された事を知るものは——まだ、少ない。




今回はここまでです。

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