空隙の町の物語   作:越季

122 / 167
17-2「公安局にて1」

 月明かりの差し込む、酷く張り詰めた空気で満ちた部屋。窓の近くにあるデスクを挟んで、対峙する男女ふたりがいる。デスクの上に置かれている小さなレコーダーは、ふたりの視線を一身に受けていた。しばらくしてプツンと短く音を立てたレコーダーは、それまで流していた音を止めて部屋の中を静寂で満たした。

 

「……子供達から聴取出来た情報は以上だ」

「ご苦労だった。こちらで調べた事と合わせて、奴等の身元はかなり絞り込めた。改めて感謝する、雲霄隊の鶯丸」

「本当はこんな穏やかじゃない事抜きで、あの少年と出会いたかったのだが」

 

 ドアの前に立つ雲霄の鶯丸はそうぼやく。デスク越しに彼の正面に立つ女性はすまないな、と申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

 現在鶯丸は、時空犯罪特別対策局大住区域支部の施設内——審神者達から政府中枢と呼ばれている——にいた。事情聴取したタイガの証言を纏めて報告する為だ。

「大住区域公安局の長に話がある」と受付で告げれば、すぐに面会許可が下りた。公安局長室前に案内されてドアをノックし、入室許可を得て中に入る。

 中に立っていたのは、ショートヘアの体格がいい女性だった。表情も何かに怒っているかのように険しく、とっつきにくい風貌だ。鶯丸はそんな彼女に臆さず、真面目な口調で切り出した。

 

「公安局長。滑莧園の子供達から一通り事情が聞けた、早速だが報告して構わないか?」

「ああ、頼む」

 

 厳かに頷かれた鶯丸はレコーダーを取り出し、再生を開始する。流れ始めたのは明るさの欠片もない、澱んだ口調の幼い声。時には泣き声も混じるその証言達を、公安局長は表情を一切崩さずに聞いていた。

 

『ツバキ、ツバキ……うわあああん』

『何で、何で先生や皆が殺されなくちゃならなかったの?』

『帰りたいよお……』

『……これ以上、話したくない』

『肝心な時に助けてくれなかったくせに、今更何なんだよ!』

 

 悲痛な言葉が、レコーダーから響く。鶯丸は顔を悲しそうに歪めた。

 このレコーダーは、元々聴取を担当していた刀剣男士から引き継いだ物だ。その刀剣男士は聴取をしている内に精神が参ってしまったらしく、後任として鶯丸が選ばれた。

 鶯丸が聴取を行ったのはタイガだけだ。当然、他の子供達の言葉は初めて耳にしたのだが——

 ——なるほど、これは堪えるな……

 傷ついた子供達の悲鳴は、聞き続けるこちらにも痛みを与える。前任はまともにその言葉達を食らってしまったのかもしれない。もしかしたら慣れていなかったのかもな、と考えながら、鶯丸は次々と証言を再生していく。最後に流れたのは、タイガの証言だった。

 タイガは子供達の中で一二を競う位に穏やかな聴取を行えた。傷を隠しているのかもしれないが、それでもまともな証言が取れただけいい方だ。事件を追うものとしては、という但し書きが付くが。

 

『ずっと母様母様ーって言ってたよ。あんなデカいナリしてマザコンかよって最初は思ったけど、あいつもサクヤ達と同じ可能性があるんだよな……そう考えると複雑』

 

 流れるタイガの言葉に、公安局長が小さく指を跳ねさせた。鶯丸はそれに何も言わず、ただ黙って証言を流し続ける。タイガとの気の抜ける会話は切ってしまいたかったが、公安局長は顔色一つ変えずに聞くだけだった。

 レコーダーが再生を終了し、部屋に沈黙が降りる。これで報告は完了だ。鶯丸は公安局長から労いの言葉を受け、頭を下げながらも微かに不満を漏らす。苦く笑いながら謝る公安局長は、鶯丸に分厚い封筒を差し出した。

 

「これは?」

「僅かだが、私からの礼だ。本来なら公安局でやらなくてはならない仕事を任せ、苦労をかけた詫びも含んでいる。それに本来なら、貴方は穏やかな仕事を望むはずだろう? 性に合わない仕事をさせた分を上乗せしているから、これで好きな物を買ってくれ」

 

 確かに穏やかでない仕事だったが、割と穏便に事は済んだ。けれど自分はこんな仕事をする役目は仰せつかっていない。そんな部外者に仕事を任せるのは、彼女にとって申し訳ないと感じさせるのに充分だったのだろう。

 鶯丸は封筒をありがたく受け取り、懐に収める。その時ハルカの事を報告せねばと思い至り、口を開こうとした。

 小さなノックが響いたのは、ちょうどその時だった。

 

「誰だ?」

「あ、あるじさま、五虎退です。戻りました」

「入れ」

 

 カチャリという慎ましい音と共に、五虎退が入って来る。部屋に足を踏み入れた後に鶯丸の存在に気付いたのか、慌てて頭を下げていた。鶯丸は退出しようとドアに向かいかける。

 

「雲霄の鶯丸。五虎退の任務は貴方にも伝えなくてはならない事だ、しばらく残っていてくれ」

 

 公安局長の一言で、鶯丸はドアノブから手を離す。体の向きを変え五虎退の隣に立ち、再び公安局長に向かい直る。

 ちらちらと視線をうろつかせる五虎退。公安局長は鋭い声で、彼に命じた。

 

「五虎退。報告を」

「は、はい。結論から言って、対象——氷雨隊の堀川国広は黒と見て間違いないです」

 

 ——そうだ、三日月が周囲を洗った方がいいと前に言っていたな。

 そう思い至り、ここに残って欲しいと言われた理由を悟る。これは「最終兵器」を保持している、自分の隊への情報共有だ。

 

「任務の最中に被験者の成れの果て——規格外刀剣男士の残骸を集め、夜中に度々森の中に入っていて、何より本丸への愛着が欠片もありませんでした。それに、えっと、その……」

「どうした、五虎退。汗が凄いが」

「その前に——あるじさま、ごめんなさい! 最後の最後で氷雨隊のにっかり青江に見つかりました!」

 

 五虎退が勢いよく頭を下げ、ぷるぷると震え出す。背後の虎も、心なしか居心地悪そうにしていた。

 公安局長は眼光を鋭くし、険しい口調で問い詰める。

 

「青江に見つかった? まさかそいつも、反逆を企てていると——」

「い、いえ、その逆です! 堀川国広の黒判定も、ほぼにっかり青江の証言から得た物です!」

「どういう事だ?」

 

 険しさの残る口調で公安局長に問われた五虎退は、頭をゆっくりと上げて語り始めた。

 

「……氷雨隊の審神者も、独自に調査を進めていたみたいです。にっかり青江の『完全な証拠を掴めていない』という発言から、どこからか反逆者の情報を仕入れ、反逆者の特定を急いでいたと思われます。氷雨隊の審神者が反逆者の存在に怒り狂っているとも言っていました。反逆者の引き渡しや、もし自分達が反逆者を擁護をしていると判断されたら取り潰しも厭わないと……反逆者の特定もほぼ完了していました」

「だが、口先だけなら何とでも言える。それだけで氷雨隊を信じるには足りないな」

「で、ですよね……」

「——その青江に連絡を取りたい。その様子だと五虎退、青江と連絡先を交換しているだろう? 記録した物を出せ」

「は、はい!」

 

 わたわたと五虎退がポケットを漁り、一枚のメモを公安局長に差し出す。受け取った公安局長は端末に連絡先を入力し「通話開始」のボタンを押した。

 コール音が三回、それだけの時間で音は切り替わった。

 

『——もしもし、誰かな?』

「公安局の加納(カノウ)だ。うちの五虎退の件で話がある」

『五虎退君の主か……ふふ、待っていたよ』

 

 端末越しの妖しい声が、こちらにも聞こえて来る。恐らく公安局長が連絡を入れる予感がしていたのだろう、青江の声音は平常そのものだ。

 公安局長は強い響きをもって青江に告げる。

 

「この通話は録音してある。貴方の一言が本丸の命運を分けると思え」

『望む所だよ。主に報告に行く寸前だったんだ、タイミングが良かったね』

「いい返事だ。……調査は貴方だけがしているのか?」

 

 そうだよ、と向こうから幾分か真面目な口調で青江が質問を肯定した。

 

『大っぴらに動いていると、相手に悟られる可能性があるからね。反逆者の事を知っているのは、刀剣男士の中では僕だけのはずだ。……極秘任務を告げられた時は驚いたよ、あんなに怒り狂っている主は早々に見ないからね』

「確かに貴方の審神者は、規律に厳しい事で有名だが……そもそも、情報はどこから仕入れた?」

『あれは狂信者に近いんじゃない? 反逆者の事は上官から嫌味を言われて初めて知ったみたいで、今すぐにでも反逆者を排除したいってかなり苛立っていたよ。多分僕が呼び出されたの、嫌味を言われた直後じゃないかな?』

「……誰だ、背信容疑のある審神者に情報を流した馬鹿者は……」

 

 公安局長が唸りながら頭を抱える。鶯丸も氷雨隊審神者に反逆者の存在を知らせた人間に対して「口が軽過ぎるだろう」と呆れ返っていた。さりげなく青江がその上官の名を口にしていたので、恐らくこの後何らかの処分が下るはずだ。それでも、背信容疑のある本丸に情報を与えてしまったという事実は消せないが。

 気を取り直して、公安局長は青江に問う。

 

「貴方は堀川国広を反逆者と看做したらしいな。その証拠は?」

『まずは他本丸の数珠丸に頼んで、大まかに絞り込んでもらった。それからは疑いがあるものの観察さ。……他本丸を観察していて分かった修行の機構が、最終的な決め手になったよ』

「機構……システムか、内容を聞かせてもらおう」

『結論から言えば、一定の練度と本丸及び審神者への愛着が修行を考え始める条件だ。他の容疑者は修行に肯定的だったのに対して、堀川は口籠って意見を言わなかった。堀川の練度は六十五を超えているし、普通なら沢山使ってもらっている相手に愛着を抱かない方が変だろう? ——堀川は元々他本丸の刀だ。もしかしたら、前の本丸に未練があるのかもね』

 

 公安局長はふむ、と顎に手を当てる。五虎退がそわそわと身じろぎをし、虎がそれを宥めるように彼に擦り寄っていた。

 鶯丸は内心で舌を巻く。氷雨の青江は、かなり観察眼に優れているらしい。修行を志望し始める練度の共通点を見出すのは、中々に骨がいる作業のはずだ。それを記憶し、他の共通点を探り出した青江の根性は、相当な物であると言えるだろう。氷雨の調査部隊に選ばれるのも納得だ。

 

「他の刀はその条件を満たしているのか?」

『うん、観察したけど全員満たしていたよ。練度がまだ充分じゃない刀も、本丸に愛着を持っていた。やっぱり()()()()()のは堀川だけなんだよ』

「そうか」

 

 その答えに公安局長は目を強く閉じ、静かに開いてから厳粛な声音で青江に問いかけた。

 

「貴方は、もし反逆者を庇い立てしていると認められたら、本丸を取り潰してもいいと言った。それに二言はないな?」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。