空隙の町の物語   作:越季

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17-3「公安局にて2」

 隣で、五虎退が唾を飲む気配がしていた。鶯丸も張り詰めた空気を感じながら公安局長を見つめている。

 それは余程審神者を信頼して、そして心を通じ合わせていないと口に出せない言葉だ。審神者が庇う事などしないと、知っていなければ出ない言葉だ。

 氷雨隊は、本当にこの国に仇なす物を許す気はないらしい。それを証明するように、青江ははっきりと公安局長への返答を口にした。

 

『勿論さ。それと堀川を引き渡していいって言葉も、覆すつもりはないよ』

 

 ——この通話は録音されている。それを知っていてなお、青江は退路を保たなかった。少なくとも、審神者と青江は白認定でいいだろう。

 公安局長は小さく、安堵したように笑んだ。だが向こうの青江には、その様子を窺わせない声音で続ける。

 

「……貴方の真意はよく分かった。貴方の審神者の忠誠心もな。だがやはり、言葉だけでは証拠が足りない」

『僕達はどうすればいいのかな?』

「明日、貴方の本丸に調査員を送る。表向きは審神者の監査だが、調査員は本丸構成者の状態を完全に把握出来る。即ち——」

『僕の本丸の一斉捜査が本当の目的だ、と。主にはどう伝える?』

「そのままを伝えてくれ、他の刀剣男士に口外はさせるな。貴方の審神者なら、逃げる事は決してしないとと信じている。……くれぐれも、堀川に勘付かれる事のないように」

『主は逃げないだろうね。了解、茶菓子を用意して待っているよ』

 

 やはり、青江の口調に揺らぎはない。堀川を除く全員の潔白を、正面から示すつもりなのだろう。

 

「それではこれで失礼する。堀川への監視を緩めるなよ」

『分かっているよ。お互いにこの滾りを、早く鎮められるといいねえ』

「本当にな。……では」

 

 公安局長は「通話終了」のボタンを軽く押し、端末をポケットに収める。ふう、と息を吐いてから彼女を見ていた二振りに向かい、引き締めた顔で告げた。

 

「五虎退。早速で悪いが、小烏丸へ調査指令を出すと先に伝えてくれ。詳細は追って私が説明する」

「りょ、了解しました……!」

「雲霄の鶯丸。貴方の主に『薔薇の子の凍った川辺は濁っていた』と伝えてもらえるか? 報告書は今から転送する」

「拝命した」

 

 五虎退は命令を受けると一礼し部屋を飛び出した。軽い足音はすぐに聞こえなくなる。これから公安局も忙しくなるようだ。

 こちらも明日から、徹底的な時空の異常確認調査をする事になるだろう。反逆者が時空に手を出していないなどという確証は、どこにもないのだから。

 

「……しかし、随分と遠回しな言い方だな」

 

 ふと、鶯丸がそう漏らす。目の前の女性は、直接的な物言いをする性格だと思っていたのだが。鶯丸がそんな違和感を覚えたのを悟って、公安局長は眉間に皺を寄せてため息をついた。

 

「……私ではなく、貴方の主と三日月がな……たまたま会った直後に『薔薇の童が愛した凍る川は澄んでいないらしい』と告げられた時、一瞬訳が分からなかった。遊ばれていると思ったが、真面目に告げられたから何かあったのだと判断したけれど。頭を回転させて内容を噛み砕くのに、しばらく時間がかかったよ……」

「大変だったな。公安局長の性格を理解していながらそう伝えるとは、周囲に人がいたか?」

「ああ、城下町のルピナスマート前だったからな……確かにあまり物騒な話が出来る状況ではなかったが、それにしてももう少し分かりやすく伝えて欲しかった……!」

 

 頭を抱える公安局長に、遊ばれたのも事実かと鶯丸は内心で推察する。それくらいの茶目っ気は許されるだろう。何せ公安局からは「時空の裂け目を三十分以内に補修して、尚且つ時空移動した公安局員を補足し、いつでも呼び戻せる状態にしろ」という、無茶な要請が飛んで来るのも珍しくはないのだから。

 時空に詳しい人材が不足しているのは同情するが、と鶯丸が表情を変えぬまま考える。まあそれとこれとは別問題だ。振り回される身としては、公安局にもう少し時空のエキスパートが増える事を願うのみである。

 しばらく唸っていた公安局長だったが、通知音が鳴った事で表情を切り替えて端末を取り出す。鶯丸の端末にも一拍遅れて通知が届き、確かめようと端末を開く。

 

「……システムメンテナンス? 通達日まではまだ先のはずだろう?」

 

 訝しむように公安局長は口にする。鶯丸も通知内容に首を傾げていた。

 通知を出したのは、コンピューター制御室。政府中枢だけでなく、この区域のネットワークも手掛ける機械制御の中核だ。月に一度大きなメンテナンスを行ってセキュリティ面などを整えているが、その月一の日まではまだ日数がある。

 通知をスクロールしていくと、警告として以下の文が記されていた。

 

『……戦闘訓練室をはじめ、間仕切りや照明、床面の制御が不安定となっております。迅速な対応を心がけますが、メンテナンス終了まで緊急時を除き、室内機構の変更はしないようお願い致します』

 

 今回のメンテナンスは、かなり大掛かりな物となるらしい。緊急でやらなくてはならない仕事がいきなり出来たのだ、コンピューター制御室の面々はご愁傷様である。

 丸々一日かけて行われる予定の通知を見て、鶯丸に不審が募っていく。

 ——ここまで大きな不具合は久方ぶりじゃないか?

 コンピューター制御室はネットワークの要塞だ。滅多な事ではその防壁は崩れない。そのはずが現在、政府中枢の室内機構が不安定になるという不具合を起こしている。

 ここ数日の事件で大騒ぎになっている所にこれだ。ただの室員のミスであればいいが——

 

「……雲霄の鶯丸。私の用事はこれで終わりだが……くれぐれも、周囲に気を配っていてくれ。貴方の所の三日月にも、動いてもらう事になるかもしれないからな」

「公安局長は、これが偶然ではないと?」

 

 一つ頷き、公安局長は顔を顰めて眉間を押さえた。

 

「制御室の大包平は、新入りながら素晴らしい仕事をすると室員が話していた。小さなバグも発見して綺麗に修正出来る、優れた奴だと。……そんな大包平がいる中で、こんな大きな不具合を見逃す可能性は低いだろう」

「公安局長は、これが人為的な物であると見ているんだな」

 

 コンピューター制御室でキーを叩いている大包平という面白い光景を一度脳から追い出し、鶯丸は確信を持って公安局長に尋ねた。

 

「ああ。もしかしたらメンテナンス明けを待たずに何かが起こるかもしれん。出動の用意と『最終兵器』の保全は頼んだ」

「分かっている。……やれやれ、俺はこんなに気を揉むような質じゃないはずなんだがなあ」

 

 公安局長の言葉にしっかりとした返事をしてから、鶯丸は嘆息する。公安局長は険しく眉間を寄せたまま窓の外を睨み、何も言う事はなかった。

 

***

 

 ——コンピューター制御室

 

「今日は徹夜かあ……何でこんな時に厄介事が舞い込んでくるかねえ……」

「文句を言わずに手と目を動かせ。下手を打てば俺達、年末年始の休みを吹っ飛ばされるぞ」

「うっわあ、嫌だ……そうならないように、頑張りますかね」

 

 機材が所狭しと並ぶ部屋では、休みを返上する事になりかねない事態を憂う話し声と、それでもひっきりなしにキーを叩く音が響いている。

 大体がインドア派の身なりをしている室員の中で、異色の外見をした男が声を張り上げる。

 

「おい、資料部に不具合が大量にあったぞ! 誰か手を貸せ!」

「横綱氏、もう少し音量落として……頭に響く……」

「えー、データベースに? ウイルス?」

「そうだ。軽く見ただけでも侵入痕跡の他、あちこちに妙な改変がなされていた。流石に全て修正するのに、俺一振りでは骨が折れる」

 

 どう考えてもアウトドア系の雰囲気を纏った刀剣男士——大包平は、そう言って覇気のない室員の一人にモニターを見せる。モニターを覗いた室員は、こりゃ凄いなあとくたびれた声を発してから肩を回す。

 

「じゃあ、まずそこからやっちゃいますか。他の奴も手ェ貸してー」

「はーい。……しかしデータベースにウイルス仕込まれるって、絶対お叱り案件だよね……」

「セキュリティ、もっと強化しないといけないよなあ……あー仕事が増えていく……」

 

 データベースには、審神者の個人情報も含まれている。そこに不正アクセスされるという事は、審神者の身の危険に繋がりかねないのだ。しかもウイルスまで混入されたとなると、上層部からの叱責は避けられないだろう。

 暗鬱な未来図を思い描いた室員達は、ため息をつきつつもモニターに再び向き直った。

 

「今は目の前の仕事を片付けよう……横綱氏も頼んだよ」

「当然だ。俺がやるからには、全ての不具合を消し去ってやる」

「わあ横綱氏が頼もしい……なんかいつもより輝いて見える……」

「何だと、俺はいつだって美しいだろう!?」

「そこうるさい……頭に響くから本当やめて……」

 

 室員達は画面から目を離さず、キーを滑らかに叩く。仕事をしながら話す彼等の顔は、大包平を除いて一様にげんなりとした顔をしている。大包平も不満そうにしながら、データベースの不具合を一掃する為にキーを叩き始めた。

 

 ——ここで大包平が、データベースを他の室員に任せていたのなら。もしかしたら避けられた出来事もあったのかもしれない。

 たった一人でその領域を担当していた室員は、その時が来るまでに辿り着けなかったのだ。

 

 政府中枢で保管されている時間遡行軍のレプリカ。それを制御するコマンド部分に混入していた「何か」まで。

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