空隙の町の物語   作:越季

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17-4「情報交換1」

「主、落ち着け! そんな錯乱した状態じゃ、見つかる奴も見つからねえぞ!」

「そうですよ、主君! 鶴丸さんも軟弱ではありません、きっとこちらに帰る機会を窺っているはずです!」

「また歴史修正主義者に連れ去られたかもしれねえんだぞ!? 鶴丸は外に知り合いがいないんだ、前回みたく奇跡が起こるとも思えねえ! 俺が出来る事をするしかないだろ!」

「辛い気持ちは分かりますが、今の主さんは兼さんの言う通り冷静には到底見えませんよ!」

「はっきり言うけどな、一介の審神者でしかないあんたに出来る事は多くねえんだよ! 今の俺達に出来るのは、雲霄の三日月を信じる事だけだ!」

「俺は指くわえて待ってろってか!? あの三日月さんは必ず見つけるっつってたけどな、どこまで政府が動いてくれるかも分からねえんだぞ! くそっ離せ、俺は何がなんでも探しに行く!」

「あるじさんの頑固! 手掛かりもないのに闇雲に探すんじゃあ、いたずらに体力を消耗するだけだよ!」

 

 玄関で暴れる審神者を取り押さえるかの如く、周囲に刀剣男士が集まっている。誰かが審神者の腕を放せば、彼は外へと飛び出してしまいそうだ。それを理解しているから、刀剣男士達は審神者の体をがっしりと掴んで放さない。

 大声を上げ続けている審神者達から少し離れた場所で、一期は必死に端末を操作し続けている。隣に立つ五虎退は玄関から響く怒号に近い説得に怯えながら、長兄へ震えた声で尋ねた。

 

「いち兄、誰か反応してくれましたか……?」

「……駄目だ、誰も既読印すら付けない。皆忙しいのだろうね」

「そ、そうですか……事件があった直後ですもんね」

「……本当に、なんて時機が悪いのだろう」

 

 そう五虎退に返し、一期は端末を閉じて玄関の先を睨む。底なしの暗黒を湛えた金色の瞳を思い返して湧き上がった、ある予感を抱きながら。

 

 

 蒼穹の鶴丸の名がシステムから消えたと判明した直後。追加の茶を用意する為に台所にいた一期は、尋常ではない声を聞いて審神者の下へと駆けつけた。そこには顔を強張らせている山姥切、真っ青になって頭を抱える審神者、そして——忌々しそうに険しく眉を顰めた三日月がいた。

 今にも憤怒の刃を振るいそうな三日月の雰囲気に戦慄しながらも何事か、と審神者へ端的に問う。錯乱している審神者に代わって説明したのは、衝撃から抜け切っていない山姥切だった。

 

「……鶴丸の名前が、機構から消えているらしい。一期、あんたは鶴丸を見かけていないか」

 

 一期は思わず息を呑む。あの鶴丸が連れ去られたのか。一体誰がそんな事を?

 

「……いえ、見かけておりません」

 

 それとも——邪推してしまうが、そうなるのも仕方ないくらいに、一期は彼の事をよく知らない。

 自隊の鶴丸を、一期は苦手としていた。射抜くような淀んだ目、一期を揺さぶる問いを投げかけるその様は、己の中の醜悪を見せつけられるのも併せて不気味としか形容出来ない。

 政府によってこの本丸に配属された彼の事を、審神者もよく知らないという。蒼穹隊の一員になっても、心の内を僅かでも晒さない。精々、一期が少し彼の深淵を覗いてしまった程度だ。

 鶴丸が何を考えているかなど、一期は分からない。何を思って姿を消したのか、そんな事は当然想像の域を出ないのだ。ただ知っているのは、鶴丸が底なし沼のような昏い目をする事、それだけだ。

 

「鶴丸がいなくなる心当たりはあるか?」

 

 鋭い目付きで三日月が尋ねる。審神者は頭を抱えたまま、俯いて声を絞り出す。

 

「……ない、と言い切れる程、俺はあいつを知らないんですよ。政府から引き取って以来、あいつはほとんど部屋にこもり切りだった。流石にずっと引きこもりなのは体に悪いと思って、時々内番を割り振ってましたが」

「話はしていなかったのか?」

「何度か話をしようと出向いたんですがね。いつも具合が悪そうにしていたから、俺も深くは踏み入れられなくて……そんなだから好かれている訳ではないんでしょうが、嫌われてもいないと俺は思ってます」

「嫌悪で出ていかれる心当たりはない、と。蒼穹殿はそこから、連れ去られたと見ているんだな」

 

 首を縦に振り、審神者は唸り声を上げて蹲る。そんな彼を見る三日月の目は冷め切りながらも、どこか憐憫を含んでいるように見えた。

 その視線の温度は、どういう事なのだろうか。真意を測りかねて三日月を見据えると、それに気付いたのか冷めていた目が穏やかな雰囲気を纏う。

 

「案ずるな。どこに行こうが、鶴丸は必ず()()()()。蒼穹隊は以前も歴史修正主義者の蛮行に巻き込まれたのだから、きっと俺が報告をすればすぐ捜索に当たるだろう。……しばしの辛抱だ、どうか耐えてくれ」

 

 三日月はそう言うと、柔らかく微笑んだ。それでも、蒼穹隊の面々の心が晴れる事はない。

 ——柔らかく装ったその目の奥に、冷たい光が残ったままだったから。

 

 

 雲霄の三日月は、こちらを凍てついた目で見ていた。何かを疑っていて、こちらの言う事を心底から聞き入れようとはしていないような。

 何を疑っているのか。そう悩んでいた一期の脳裏に、滑莧園の惨劇に纏わる事情聴取で聞こえたある事が浮かぶ。

 ——園を襲った小狐丸を追っていたが、どこからか現れた鶴丸国永に妨害され、まんまと逃げられてしまった。

 その情報と三日月の冷めた視線が頭で結び付く。途端、体内の血液が一気に冷える感覚がした。

 いつか、自隊の鶴丸と戦う事になるだろうとは思っていた。けれどそれは、本丸内だけで済むと一期は考えていた。

 ——もし、あの鶴丸がこの町を火種に、何かしようとしているのならば。自分の考えの甘さに後悔が止まらない。

 三日月は、この本丸を完全に白だと見做していないのだろう。もしかしたら鶴丸を逃がした共犯だと見ているのかもしれない。

 冗談じゃない、と憤りが湧き上がる。自分達は政府に仇なす心積もりなどない。これまで刀剣男士は任務をきちんとこなし、審神者は自分達に愛情を注いで来たのだ。あまり関わりがなかったとはいえ、背信を疑われるのは心外だった。

 けれど、ともう一方の自分が囁く。自分に出来る事はあったのではないか、と。

 あの鶴丸は、時折昏い目を自分に向けていた。その関係のこじれを自分達だけの物とせず、審神者に相談すれば良かったのでは、と。

 自分で解決するべきだと今まで決め付けていたのだ。これは自分と鶴丸だけの問題で、審神者に話すまでもないと考えていた。己のプライドの高さも原因としてあったのかもしれない。報連相を心掛けなくてはならないのは、知っていたはずだったのに。

 今更歯噛みしても遅い。山姥切曰く「綺麗過ぎる」部屋の様子から、鶴丸はこれから本格的に動き出すのだろう。その先に何が起こるのか、想像するだけで恐ろしかった。

 

「い、いち兄。端末から、音が鳴っていますが……」

 

 裾を小さく引かれて、意識を思案の渦から戻される。玄関から響く喧騒が耳に、隣にいる五虎退が心配そうに一期の手にある端末を指差すのが目に入った。ありがとう、と五虎退に告げて、一期は端末の画面に目をやる。

 映っていたのは、氷雨の鶴丸からの着信通知だった。一期は今も鳴り続けている端末を勢いよくタップし、耳に当てる。

 

『もしもし、一期。大丈夫か?』

「はい、何とか。夜分遅くに失礼いたします、鶴丸殿」

『気にするな、緊急事態なんだし。……で、さっき連絡してくれた内容の事だが』

「はい。……うちの鶴丸殿がいなくなりました。そちらに行った気配はありますか?」

 

 一期の真剣な問いに、鶴丸は疲労を滲ませたばつの悪い声で答えた。

 

『俺の本丸に、他本丸の奴が来た気配はない。……悪いな、力になれずに』

「いえ、お気になさらず。そちらでも何かあったのですか?」

 

 参っているのを取り繕う余裕もなさそうな鶴丸に、一期は率直に尋ねる。鶴丸はああ、と間延びした声を発してからため息をつく。

 

『……厄介な事になりそうだ、としか話せないな……本当は愚痴の一つでも零したかったが』

「そうもいかない事情がある、と。分かりました、深くは聞きませんがお気をつけて下さい」

 

 心から鶴丸を案じてそう言うと、端末越しにありがとう、と穏やかな言葉が返ってきた。

 

『……事件が起こってから慌ただしくて羽を伸ばす時間もないな』

「宴会をする時間もありませんしね……四振りで話したい事がいっぱいあるのですが」

『全てに片がついたら四振りで絶対に飲みに行こう』

「そうですね、それを楽しみに踏ん張ります」

 

 力強く宴会の約束を口にする鶴丸に、小さく笑みを漏らす。少しだけでも元気を貰えた、それだけでこの電話は有意義だ。心が少し軽くなったと感じた途端。

 

『ところで、そっち少し騒がしくないか? 大丈夫か一期、何かに巻き込まれてないか?』

 

 鶴丸に気遣わしげにそう言われて、今度は一期が情けない声を出す番となった。

 

「……主がうちの鶴丸殿を探すと息巻いていて……こんな遅くに出歩くはずもなし、もし私の懸念している事が的中していたら、表を堂々と歩く事もしないでしょう。徒労になるだけだ、政府に任せようと説得してはいるのですが……」

『あー、そっちの審神者殿はすぐさま探そうとするだろうな……今も騒がしいという事は、まだ説得は上手くいっていないのか』

「……そうですね、頭が痛いですが」

 

 かれこれ一時間、審神者と刀剣男士の探す探さないのやり合いは続いていた。どちらも決して折れる気配がなく、複数の刀達で止めているからこそ審神者は飛び出さずにいられている。手掛かりなしに見つかるとは思えないので、せめて情報が入ってから探すべき、というのが一期の意見だ。

 

『君は説得に混ざらなかったのかい?』

「説得は他の皆様に任せて、私は私の出来る事をしようと思いまして。探すにしても、少しは情報がないと闇雲になるだけですから」

『そうだな……渡せる情報がなくてすまない』

「鶴丸殿が謝る事ではありませんよ。鶴丸殿にも主がいらっしゃるのですから、そちらの命が最優先です」

『はは、そりゃそうだ。だけど友達の力になれないってのは、少し歯痒くてな』

「それは、私もそうですよ。己の無力さを痛感して、少し自信をなくしてしまっているんです」

 

 少しだけ弱音を零すと、端末越しに息を呑む気配がした。本当は、鶴丸にこれ以上心配をかけたくはなかった。だが後手に回ってしまっている現状で、自分の中に通っている筋にひびが入りかけているのだ。

 

『一期、俺は君の身に何が起こったのか、伝聞や君の話でしか知らない。それでも、君は充分に出来る事をしてると思う。やれる事をしている奴に、俺はこれ以上頑張れなんて言えんよ』

「ですが……」

『正直君は、少し頑張り過ぎなくらいさ。容量を大きく超える事態が次々と起こる中、それでも懸命に立ち回っているんだ。俺は、君を無力だとは決して思わない』

 

 はっきりと、鶴丸は言い切る。まだ心は晴れないが、これまで様々な刀達に前を向く為の言葉を貰っているのだ。一期もずっと俯いているつもりはない。ちょっとだけ、疲れているだけだ。

 

『まあでも、容量過多で動けないってなら。少し、やる事を整理したらどうだ?』

「整理……」

『そう。まず最優先なのは主の命だ。その後に続く君が優先するべき事を、一つずつ拾い上げて順位をつけてやるといい。君の場合、主の命に続くのは弟達の事かね』

 

 はっと息を詰まらせる。そうだ、秋田の所へ行くつもりだったのに。自隊の鶴丸の失踪が起こったせいで、随分と後回しにしてしまった。

 

「……ここ数時間のゴタゴタで、やるべき事が吹っ飛んでしまっていました」

『想定外の事が起こると、今までの事がどっかに行く事はあるよなあ……。俺も今そんな感じだ』

「え、鶴丸殿も?」

『何でこんな目にーって本気で叫びたくなった……今うちの本丸はてんてこ舞いだ』

「電話していて大丈夫なんですか?」

『色々あって、少し休むように言われたんだ。だから電話する余裕はあるんだが……っとすまん、誰か来たみたいだ。ちょっと待っててくれ』

 

 了解したと告げると、鶴丸の声が途切れる。こちらも口を閉ざしたタイミングで、隣の五虎退が一期の顔を覗き込む。

 

「いち兄、電話相手はお友達ですか?」

「そうだよ。……少し恥ずかしい所を見せてしまったかな」

 

 止めどなく話していた上に、弱音を零す姿を弟に見られてしまった。しっかりとした長兄でありたいのに、ここ最近情けない場面を晒している事が多い気がする。

 それでも五虎退は首を振り、安堵したようにへにゃりと顔を緩めた。

 

「いえ、ちっとも恥ずかしくありません。いち兄がこう、ほっとしている顔を見ていると、僕も嬉しいです」

「……そんな顔してたかな?」

「はい。僕も外で友達を作りたくなる位には」

 

 友達、いいなあ。そうしみじみと呟く五虎退の頭を優しく撫でる。緩んだ姿を見てもこう言ってくれる弟が、心から愛おしい。やはり、一期にとって弟達は大切な存在だ。

 大切に思うのは、秋田にだってそうであるはずだ。だからこそ、ちゃんと彼には謝りたい。どんなに理由を挙げても、傷付けたのは事実なのだから。

 

『——もしもし、一期』

 

 耳元から鶴丸の声がして、しゃんと背筋を伸ばす。反射的に名前を呼びかけそうになったが、酷く強張っていた鶴丸の口調に首を傾げる。無言なのも悪いので、とりあえずは返事をした。

 

「もしもし、鶴丸殿。どうなさいました?」

『……こっちも緊急事態だ。念の為に聞くが、そっちにうちの堀川は来ていないよな?』

「……え? その気配はありませんでしたが……」

 

 そうか、とささくれ立っている声音に、不安が募っていく。焦燥と苛立ちを露わにしている鶴丸は、端末を持つ手に力が籠る一期に短く告げた。

 

『うちの堀川もいなくなった。一期、遅くに悪いが城下町入口で待ち合わせよう。情報を少しでも集めたい』

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