空隙の町の物語   作:越季

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17-5「情報交換2」

***

 

 早歩きで坂道を下り、城下町の灯りが漏れる入口に辿り着いた一期は、荒れる呼吸を整えていた。

 走っていた訳でもないのに、息が切れている。焦燥感から来る物である事は、はっきりと自覚出来た。溢れそうになる心臓のざわめきを宥める為に、大きく深呼吸する。

 ——このタイミングで、氷雨の堀川もいなくなった。氷雨の彼がどんな刀なのかは分からないが、これが偶発的であるとはどうしても思えない。

 蒼穹の鶴丸は、何を起こすつもりなのだろう。一期にはもう、自隊の鶴丸が不穏な事をするとしか考えられなかった。

 自分がもっと早く動いていれば。そのもしもは今更だろうと自嘲しながらも、一期は悔いる。あの鶴丸は蒼穹隊からいなくなった、それが軋轢の解消を後回しにしていたツケなのだろう。

 

「一期!」

 

 近付く足音と自分を呼ぶ鋭い声に顔を上げる。白い戦装束を纏った氷雨の鶴丸が、いつもの軽妙さの欠片もない、深刻な様子で坂道を駆け下りていた。一期も鶴丸に向き直り、目の前に立った彼に目礼した。

 

「遅くなったか」

「いえ、私も今来たばかりです。話はどこで?」

「びんか・まじょーるに行くか。話を少しでも漏らさない方がいいからな。……あ、からおけ屋の事は分かるか?」

「諸事情で入った事があります。話を聞かれない方がいいのは同意見です、そちらに行きましょう」

 

 ああ、と頷き、鶴丸は歩き出す。その顔つきは険しく、彼もまた焦燥と苛立ちを抱えていると分かった。

 

 

 店員によってワンドリンクが運ばれて来たのを、ドアが閉まり店員が遠ざかるまで見送る。鶴丸はグラスを持って、斜め前に座る一期に切り出した。

 

「……さて、まずは一期の所の『鶴丸国永』について聞かせてくれないか。俺達の仮説を確かめたいんでな」

「はい。……と言っても、私もあまり知らないのですが」

「構わない、知っている事を教えてくれ」

 

 鶴丸がドリンクを口に含んだのを皮切りに、自隊の鶴丸についての記憶を漁る。思い出すのに難儀したのは、弱い自分を思い知らされたからか。それでも記憶を引っ張り出し、目の前でこちらを見つめる鶴丸へと顔を向ける。

 

「……初めてまともに言葉を交わしたのは、私の格が上がった日です。その日は鶴丸殿の具合が悪いと聞いていたので、書庫で会った時も少し声を掛けるだけに留めて深く話すつもりはありませんでした」

 

 思い返す。あの鶴丸の、作り物めいた笑顔を。偽物だと隠そうともしないその表情を。そして——その直後に反転したあの様子と、揺さぶって来た言葉達を。

 

「ですが、鶴丸殿に話を続けられて、それで……弟達が主や政府に嬲られていたら、と尋ねられて……主はそんな事をしないと私はみっともなく声を荒げてしまって」

「君が主の性質を見誤るとは思えない、そいつの戯言だろう?」

「はい、本刃も戯言だと言っていました。けれどその表情や声音が、あまりに何の感情も乗せていなかったので、私も思わず呑まれてしまって……」

 

 何故、あんなに揺さぶられたのだろうか。氷雨の鶴丸の言う通り、ただの戯言だと一蹴すれば良かったのに。

 蒼穹の審神者は、困った所はあるが悪人ではない。それなのに、どうして想像しかけたのだろう。——弟達をいたぶる、審神者の姿を。

 首を振って想像を追い出し、一期は再び口を開く。今は、あの鶴丸に振り回されている場合ではない。

 

「次に話をしたのは、私が近侍になった日——本当に最近です。その時に尋ねられたのは、大切な存在と対立して、対話をしても無駄だったら、という事でした。情けない事に、私はそれに答えられず……黙るしかなかった私に、必ず分かり合えるは綺麗事だ、それを無理矢理噛み合わせようとしても崩壊するだけだ。それで苦しむ事になるなら、最初から繋がりなどない方がいい——そう言い放たれました」

「おいおい、綺麗事まではまだいいが、後半は随分な飛躍じゃないか。ひとはひとりじゃどうにも出来ないんだぜ? それは俺達だってそうだ。たったひとりで敵を全滅なんて出来ない。それに己を磨くのにも、他者が必要になる場面があるばずだ。俺が言うのも何だが、随分とひねた考えをしてるなあ、そいつ」

 

 鶴丸の呆れたような響きに、ほっと息を吐き出す。自分のもやもやとした内心を肯定されたかのようで、少し安心した。「自分」に対して捻くれていると批判する鶴丸に、ちょっとだけおかしく感じてしまったのも気が緩んだ一因だろう。

 思考に余裕が生まれたおかげで、一期はある事を思い出せた。

 

「あ、それと……主に鶴丸殿の事を尋ねた時に、うちの鶴丸殿は政府からの貰い物だ、と教えて頂きました」

「……貰い物だと?」

「はい。強い戦力になるから、という言葉を決め手にして引き取ったらしいです。それ以前の事は知らない、とも仰っていましたね。強い戦力になるはずだったのに、体が丈夫ではないからと引きこもっている事も多いと。……主は自分が情けないと嘆いていましたが、今考えると……」

「——自由に動く為の言い分にしか思えない、か?」

 

 低く響く鶴丸の声に、一期は目を瞠る。ストローから口を離した鶴丸は、目を鋭く細めてグラスを握りしめていた。

 

「……俺の所の堀川も、政府から譲り受けた奴なんだ。前の堀川は戦場で折れててな……戦力補充の為に主が引き取ったんだ。引き取られた後の活躍は目覚ましい物で、すぐに俺と同じ部隊に配属された。だから俺も奴には期待していたんだが……」

「でも、いなくなったと」

「ああ。……俺のいる部隊の一振りが主に密命を受けていたらしくてな。一期の所へ向かう直前までそいつを問い詰めていたんだ。堀川がいなくなったと告げられた時、あまりにも動揺しなかったからな」

「……まさか、鶴丸殿の所では」

 

 思わず声が震える一期に、重々しく鶴丸は頷く。

 

「その通り、堀川を黒だと見なしている。詳しくは聞けなかったが、そいつは公安局からの情報も入手していたらしい。堀川が部隊を組んで何かしでかそうとしているのなら、その部隊員には——」

「うちの鶴丸殿が含まれている可能性が高いんですね?」

「そうだな。……って、随分はっきりと言い切るんだな」

 

 少し呆気に取られたように目を丸くする鶴丸。当然だろう、普段なら確証がないと見られてもおかしくはない。——あの出来事がなければ。

 

「……今日、本丸に雲霄の三日月殿が来訪しました」

「……は? な、いきなり過ぎないか!?」

 

 一期が根拠の元である出来事を告げる。鶴丸は一瞬固まって、ひっくり返った声を漏らし声の調子を乱れさせた。グラスの中の水面が大きく揺れ、己の手にかかったドリンクを鶴丸はナプキンで拭く。

 一期もかたかたとグラスを震わせ、雲霄の三日月の冷たい視線を思い出していた。

 

「ええ、いきなりでした。弟達に聞いても、三日月殿が来るという予定は入っていなかったと。……それに、鶴丸殿がいなくなった時の三日月殿は、あまりにも威圧感が凄まじくて……まるで敵を取り逃したような顔だったので。私達をどこか冷たい目で見ていたのも、もしかしたら鶴丸殿の思惑を知っていながら匿っていた、と思われたのかもしれません」

「……雲霄の三日月が動いていてその様子だったって事は、そっちの『俺』も黒だろうな」

 

 がしがしと頭を掻く鶴丸は、グラスをテーブルの上に置いて天井を見上げる。一期はグラスを見つめながら俯いた。重い空気とは裏腹に、部屋の灯りは煌々としていて目に辛い。ドアの向こうで店員の影が通り過ぎて行く。別の部屋のドアを開けたのか、やけにはしゃいだ歌声が微かに漏れて聞こえてきた。

 

「俺の所も一期の所も、いなくなったのは政府からの貰い物、か」

 

 ソファーに寄り掛かり天を向いていた鶴丸が、ぽつりと口にする。一期もその点に引っかかりを覚え、小さな水面から鶴丸に視線を移す。

 

「……何で政府からの刀が揃って、というのはありますね」

「まあ、でも分からなくはないがね。政府預かりになってる刀ってのは、政府所属である以外には何かしらの問題を抱えている事が多い。それこそ審神者が質の悪い人間だった場合、政府まで憎んでしまうのも有り得なくはない。だが徒党を組んでいるとしたら、かなり稀な事案になる。大体は他のひとを信じられなくて単独行動をするからな、そういう奴は」

「何か共通点でもあるんですかね……」

 

 グラスを傾け、考えを巡らせる。少しぬるくなった甘い液体が喉を通り抜けていく。液体が滑り落ちるのと同時に冷えた喉と胃が、少しだけ頭をはっきりとさせた。

 政府を憎む程の凄惨な出来事。それは審神者の悪政による絶望だったり、政府にあまり良い待遇を受けられなかったりというのが大半だろう。そういえば春光隊の面々も、政府からいい扱いを受けられずにこちらへと来たのだった。

 ——こちらへ来た?

 春光隊をトリガーにして急速に思考が回る。そういえば長谷部の過去話の中で、引っ掛かる事を話していたような気がする。思い出せ、思い出せと念じて、石切丸の複雑そうな顔と共に語られた「情報屋」の言葉を思い起こした。

 

 ——愛甲区域の上層部は大多数はきちんと粛正されたけれど、一部は賄賂を出して名前を変えこちらに潜り込んだ奴もいるわよ。この『町』はそんな奴等が潜り込んでいる事以外は基本的に平和ね。逆に言えば、それが火種となって燻っているのだけど。

 

「——『愛甲区域の大移動』の生き残り」

「……え?」

「政府を憎む程の凄惨な出来事、他のものと手を組める。前者は言わずもがな、後者も同じ傷を負ったもの同士で繋がり合える。共通点としては充分ではないかと」

 

 決定打になる要因は、口に出来なかった。それは春光隊に纏わる物だし、政府に忠誠を誓う審神者を戴く鶴丸に伝える事も怖かった。

 春光隊の手に入れた情報は「愛甲区域の制裁は済んだ」と認識しているものの大きな怒りを買う事に繋がりかねない。例え友達でも、言っていい事と悪い事があるのは認識している。嫌われても真実を告げる勇気がないだけなのかもしれないが。

 硬い表情の一期を見て鶴丸は目を見開き、額に手を当てて唸った。

 

「……そうか、それがあったな。だとしたら、解決まで一筋縄ではいかないぞ。何せアレを乗り越えた生き残りだ、練度も相当に高いだろう」

「それに私と対峙した小狐丸殿は、太刀には普通扱えない銃兵を用いておりました。恐らく彼は秋田と似た方法で顕現し、依代の執念が強く残っている個体です。常軌を逸した手段を使っていても不思議ではないかと」

「俺と刃を交えた蛍丸もそうだろう、あいつは依代の意識しか残っていなかったがな。……とにもかくにも、頭が痛い事には変わりはない。むしろ堀川達と手を組んでる可能性が高い分、余計に頭痛が酷くなった気がする」

「鶴丸殿はともかく、私に出来る事はそう多くないので歯痒いですね……」

 

 はあ、と大きく息を吐く二重奏が部屋に響く。情報交換をしたが心は晴れず、懸念事項が積み重なってしまった。政府から仕事を回される本丸所属の鶴丸はある程度自由に動けそうだが、自分は一介の本丸の刀剣男士でしかない。本当に、待つしか出来る事はないのだろう。

 ふと、頭に浮かんだ仮定を一期は鶴丸に告げる。

 

「……もしかしたら、私があの鶴丸殿に何も言えなかったのは」

「ん?」

「凄惨な過去を抱えていて、話す内容が真に迫っていたからかもしれません。……本当に『大移動』の生き残りならば、ですが」

 

 ぬるいドリンクをまた喉に流し込む。グラスからはすでに氷が消えているので、かなり味も薄くなってしまっている。それに顔を顰めていると、鶴丸が己のグラスの上方を掴んで振って見せた。

 

「あんまり引きずられ過ぎるなよ、一期。どんなに同情を誘う過去があったとしても、奴等は主達を裏切ったんだ。君の戴く主や仲間に害をなすと分かったら、切り捨てる覚悟もしなくちゃならない。——主の敵に容赦は不要だ。それは分かってるな」

「当然です」

 

 躊躇いなく頷くと、鶴丸はニッと歯を見せて表情を緩めた。

 

「よし。……まあ今のは、自分に言い聞かせる面もあるが」

「え……あ、鶴丸殿は堀川殿と同じ部隊だったんでしたっけ」

「ああ、だから多少の情はあるんだ。……けれど敵になるなら、それも切り捨てなくちゃな」

 

 少しだけ寂しそうに、鶴丸はグラスを呷る。一期も薄まったドリンクを、最後の一滴まで飲み干す。

 薄いドリンクはやはり舌触りが悪く、少しだけ不快感を催した。

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