空隙の町の物語   作:越季

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17-7「彼女のもとへ1」

 木々を掻き分け、大通りまで駆けた。感覚が、この先に「敵」の存在を告げている。迷いなしに、その地点へと向かう足は止めない。

 体の操縦を無理矢理奪われた物吉は、それでも内側で必死に叫ぶ。

 

「落ち着いて下さい! ミサキさんの周囲には政府の方がいるはずです、彼等に任せてボク達は退きましょう! 今の貴方は冷静とは程遠いんです、がむしゃらな戦いで敵を倒せるとは思えません! 彼女の目の前で倒れる事になったら彼女が傷付くんですよ!?」

 

 嫉妬の炎に遮られ、()の下へ行く事は難しい。今の物吉に出来る事は、遠くからの説得だけだった。けれど——

 

「……殺さなきゃ、殺さなきゃ、ミサキさんに近付くものは、ひとり残らず……!」

 

 ()に、言葉は届かない。物吉の中で募っていく危機感が、それなのに何も出来ないのが、苦痛な程に歯痒かった。

 今の()が、ミサキの一振り目の刀となった加州清光に激しい嫉妬を抱いているのは明らかだ。これからは、彼女の隣に立つのは加州となるのだから。

 ()はずっと、彼女を慕っていた。まるで雛鳥の刷り込みのように、彼女が()の全てだった。彼女を守る為に、全てを投げ打った。物吉を苦しめてまで、()は「敵」を蹂躙したのだ。

 何もかも、彼女を歴史改変から救う為だった。

 そんな彼女を横から掻っ攫われたのだ。今まで尽くして来たのにと、憤りと嫉みと絶望を抱くのは目に見えていた。

 衝動のまま、()は動いている。その先にあるのが、「敵」を打ち倒す事だけならまだいいが——

 ——このままだと、ミサキさんの加州さんを破壊しかねない……!

 ミサキを守るのは自分だと、改めて示すつもりなのだろう。その心意気はまだいい。今の()の問題は、嫉妬のままに周囲の刀や人を壊したり殺したりしかねない事だ。

 間違いなく、ミサキは()の印象を悪い方向に覆すだろう。下手を打てば、彼女から激しい憎悪を抱かれる可能性だってあるのだ。

 しかし、()を止めようとしている理由はそれだけではなかった。

 嫌な気配がするのだ。普段の「敵」は、こんなにも禍々しく、そしてすらりとした雰囲気を纏っていない。ちぐはぐなのだ。間違いなく、普通の時間遡行軍ではない。

 もしかしたら、束になっても敵わないかもしれない。その不安をよそに、どんどん「敵」の気配は近付いていく。

 大通りから少し離れている、気配が色濃くなった地点で木に飛び登り、周囲を見渡す。視界が固定されると、はっきりと三つの影が映し出された。

 

「……お前っ! 何で主を狙う訳!?」

 

 声を発したのは、抜刀して構える加州清光。その背後に不安そうに目を揺らがせながらも、背筋を伸ばしたままのミサキが立っている。

 そして、そのふたりに鋒を向けて相対するのは——

 

「——障害物は少しでも排除するだけですよ」

 

 ——宗三さん!?

 物吉は息を呑む。ミサキ達と対峙していたのは、桃色の髪、桃色を基調とした法衣、そして憂いを帯びた目。

 外見は間違いなく、物吉の知る宗三左文字と一致していた。だが、それにしては雰囲気がおかしい。

 どこか、噛み合わないのだ。何がと問われると、雰囲気が、としか言えないのだが。それでも物吉には、その感覚に覚えがある。

 ——まさか、被験者……!?

 どうして被験者がミサキを狙うのか。判断するには情報があまりにも少ない。だが、違和感の他に感じた禍々しさ。それが嫌な予感を掻き立ててならないのだ。

 恐らく、加州の練度はまだ一桁台だ。顕現して日が経っていないのだから、その程度なのは予測出来る。

 敵対している宗三はどうだろう。警戒を緩めない加州と見比べて、脳内で計算する。

 そして導き出した結果は——宗三の練度は上限に達しているという、絶望的な差を示す物だった。

 ゆったりと佇んでいるが、宗三は一切隙らしい隙を見せない。わざとらしく欠伸をして見せているのを鑑みるに、加州を取るに足らない相手だと思っているのかもしれない。

 加州は舌打ちしながらも攻撃の機会を窺っている。その最中にミサキへと視線をやり、口を小さく動かした。ミサキは端末を手に取って画面を操作する。応援を呼ぶつもりなのだと見ただけで分かった。

 直後、ミサキの手の中が弾ける。弾けたのは端末だけだったようだが、手に微かな傷が出来てしまった。

 

「させると思いましたか?」

 

 気怠そうに、宗三は手を翳す。すると宗三の前に構えを解いた刀装兵がずらりと並ぶ。

 充填をしている十八の兵を見て、物吉はまた絶句する。

 ——銃兵……しかも刀装三つ分……!

 打刀の操れる刀装は二つだ。そして打刀は、銃兵を操る事が出来ない。どう考えても、あの宗三は政府の定めた規格を超えている。

 どんな手段を使ったのか。何となく想像はつくが、それを許容出来ない自分がいた。そんな事をしてまで、という気持ちが拭えないのだ。

 しかし、悠長に思考を巡らせている余裕はない。何故ならば——

 

「……あいつ……よくもミサキさんを……!」

 

 口が、こみ上げているだろう怒りのままにそう紡ぐ。握られている刀が、かたかたと音を立てる。

 宗三によって手に傷をつけられた時点で、()の怒りは頂点に達していた。機会が巡ってきたのなら、すぐさま斬りかかりに飛び出すだろう。

 嫉妬と憤怒の炎が熱くて仕方がない。上がる温度に苛まれながらも、物吉は力を振り絞って叫ぶ。

 

「駄目です……あの宗三さんに、ボク達が敵うとは思えません! 少なくとも応援は呼びましょう! 一振りだけで立ち向かうのは無謀です!」

 

 それでも、体は動かない。ぎり、と奥歯を噛み締める音が聞こえる。()は敵を見据えて切り刻むタイミングを窺い続けていた。

 物吉がそれでも更に言葉を重ねようと、口を開きかけた時だった。

 

「……で? そこでこそこそと覗き見しているのは誰です? 殺気がだだ漏れなんですよ。そんなに強い殺意を向けるんです、僕を楽しませるくらいの力はあるんでしょうね」

 

 こちらに向かって挑発を放たれる。まあそうなるだろうな、と物吉は逃げられなくなった現状に嘆息した。

 ()はまだ表に出ない。必死に衝動を抑えて好機を探っているのだ。研ぎ澄まされ、膨らんでいく殺意を捻じ伏せるのは骨だろうが、冷静な部分が()に残っていたのは僥倖だった。

 だが、相手はそんな物吉の心情を慮る事などしない。

 

「……まあ、出て来ないならそれでいいです。精々臆病風に吹かれながら、あのふたりが壊されるのを見ていなさい。……あの女はいい悲鳴(うたごえ)を披露してくれそうです。どうやって鳴かせましょうか。四肢を一つずつ落として、目をくり抜いて、口の奥に刀を突っ込んでみましょうか。……楽しそうですねえ」

 

 ぶつん、と脳裏に何かが切れる音が響き渡る。はっと気が付いた頃には、体が宗三に向かって飛び降りていた。

 ぎぃん、と鋼がぶつかり合う。殺意を込めて上から叩き斬ろうとする()と、それを難なく受け止める宗三。押し返され、弾かれた()は大きく後ろへと引き、地面に着地して手をつき「敵」を睨み付ける。

 

「……コースケ!? どうしてここに——」

 

 ミサキが驚愕の眼差しで()を見つめる。それでも()は彼女の方を見ず、宗三の一挙一動を見据えている。

 はあ、と宗三はまた怠そうに息を吐く。ぴくり、と己の顔面が引きつるのが分かった。

 

「よりによって同類ですか……同類を釣り上げた時の対応なんて聞いてませんよ、全く」

 

 ()が苛立っているのを感じ取れる。まるで別の場所を見ているかのように宗三の意識が逸れ、目の前の殺気立っている存在を軽んじているのだ。()は舐められていると感じているのだろうか。

 再び鋒を向けようとした()へ、ふっと表情を緩めた宗三が語りかける。

 

「ねえ、貴方。僕達の仲間になるつもりはありません?」

 

 体が強張る。何を言い出すのか。なりたてとはいえ審神者を襲撃した奴の仲間なんて、絶対にろくな物じゃない。

 そう感じたのは()も同じだったらしい。地を這うような声で、宗三を突っぱねる。

 

「……ミサキさんを害する奴の戯言なんて、聞くに値しない」

「判断するには早いんじゃありませんか? 僕は何も説明していませんよ」

「どうせそのろくでなし集団に入らないと、詳細は話さないんでしょう」

「そうですね。でも同類が現れたので出血大サービスです、僕達の目的をお教えしましょう」

 

 腕を広げた宗三は、まるで菩薩にでもなりきっているかのような笑みを浮かべる。それは物吉の知る宗三とかけ離れていて、背筋が寒くなる。彼は、一体何に魅入られているのか。

 

「僕達の目的は、この国をひっくり返す事。汚濁を隠そうとするこの国に一泡吹かせ、制裁を下す。その為になら命を散らそうが構いやしません。だって、国を驚愕と戦慄と絶望に堕とす事が出来るんです、これを命がけで楽しまずして何を楽しみましょうか!」

 

 天を見上げながら歪んだ表情は、世界を嘲笑っているように見える。ミサキと加州が口をわななかせて、その狂気に震えていた。

 この宗三は、外道に堕ちたとされる鶴丸の仲間なのだろう。言い回しからそう推測出来た。

 審神者と連絡を取りたいが、怪しい動きを見せればすぐにでも宗三はこちらを殺しにかかるのは目に見えている。かと言ってここで離脱するなんて選択を、()は取らないだろう。

 そんな思惑を察しているのかいないのか、宗三は高らかに語り続ける。

 

「志を同じくした仲間は集まっているのですが、何せ数が少なくて。もっと数を増やさないと、国を絶望に堕とす難易度は上がるでしょう。そんな訳で、どうです? 一緒にこの腐った国をひっくり返しませんか?」

 

 歪な笑顔のまま、宗三は()に手を差し出す。()は黙り込んで睨み続けている。ミサキが心許なさそうに()の様子を窺っていて、加州はそれに呼応するかのように戦闘態勢を解かない。

 

「……確かにこの国は、あちこちに汚濁を隠していますが……」

 

 そこまで言ってから柄を一際強く握り、()は強い口調で言い捨てた。

 

「そんな事を気にしていたらキリがありません。それにこの国がどうなろうがどうでもいい。——私はミサキさんを守れればそれでいい。そして、ミサキさんを傷付けた貴方は、私の敵だ」

「……残念です。貴方は、いい仲間になると思ったのですが……」

 

 宗三が踏み込んで刀身を大きく横に振るう。鋒を屈んで避け、()は地を蹴って宗三の懐まで入り込もうとする。振るわれた刀は刀身に食い止められ、再び斬り結ぶ。

 澄んだ鋼の音が幾度となく響き渡る。刀を振るう()を内側から眺め、物吉は焦燥感に包まれた。

 ——このままじゃ、押し負ける……!

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