刀身がぶつかる度に宗三の切れ味は増していき、
今までの
正気を失った姿を見られたくないのだろうか。嫌われる心配をしている余裕はないのだが、と思いながらも、物吉には何も出来ない。
猛攻に息を切らし始める
「手応えのない……」
「ぐっ……はあ……っ!」
「仕方ありませんねえ。じゃあちょっとしたアクセントを加えましょうか」
宗三が手を翳し、銃兵を展開させる。銃兵が一方向に銃を構える。その銃口が狙う先は——
「——っ、ミサキさん!!」
「主、俺の後ろにいて!」
ミサキに傷が更につけば、完全に
箍を外すために、ここまでするのか。物吉は内側で吐き気を催す。体はミサキの所へと駆け出していた。
発砲音が響き渡る。いくつか弾を食らうと覚悟していたのだが、衝撃は終ぞ来なかった。
「物吉さん、大丈夫ですか!?」
開かれた目の前には、ふわふわの桃色頭をした小さな背中。そしてその向こうに並ぶ、十一の兵達。
呆然と
「……秋田、君……どうして」
「すみません、どこへ行くのか気になって……傷は負っていませんか?」
春光隊にいたはずの秋田が、重歩兵を展開させて立っていた。こちらへ心配そうに声をかける一方で、視線は宗三から一切動かしていない。
内側で、物吉も動揺していた。どうして追いかけて来たのか。まだ精神的に万全ではないだろうに、無理を押してこちらへ来たのだろうか。
衝撃が収まらない中で、更に声が遠くから響く。
「あっ、長谷部さん! 物吉いまし……ってなんで秋田までいるの!?」
「良かった、無事だったか……え、秋田、どうして」
こちらに駆け寄って来るのは、春光隊の鯰尾と長谷部だ。二振り共息を切らし、こちらの様子を見た鯰尾が抜刀している。
はあ、と息を吐き、宗三が顔をしかめる。納刀して、銃兵を消した。
「……興醒めです。そろそろ帰りますか」
「う、っぐ……何を、逃がすと、思って——」
「まあ、こんなに囲まれているなら普通は逃げられないでしょうね。でもまあ分かっている通り、僕は普通じゃないので」
そう言って、宗三はぽんと空中に何かを放る。同時にカッと激しい閃光と爆発音が広がり、思わず目を閉じる。
「また会う機会があれば。次は本気の力を期待していますよ」
耳と目を塞ぐ寸前、そんな置き土産が聞こえた気がした。
音と閃光が消え、目眩と耳鳴りに辟易しながら周囲を見渡すと、もう宗三はどこにもいなかった。
はあ、と息を吐く。脅威は取りあえず去ったが、懸念事項が増えた事には変わりない。報告しなければならない事案が発生して、物吉は内側で頭を抱える。
はたと気づく。まだ、体の制御が交代されていない。まだ脅威があるのか、と思って視界を覗き見る。
正面に、ミサキの不安そうな顔が広がっている。
「……ねえ、コースケ」
ミサキは、
物吉もごくりと息を飲み込み、彼女の言葉を待つ。
「……私の事、嫌いになった訳じゃないの?」
「……え?」
ぽかんと口が開く。困惑しているその間にも、ミサキは震える声で続ける。
「コースケ、急に立ち上がって走って行っちゃうんだもの、何か私嫌な事言ったんじゃないかと思って……私、周りから鈍感だって言われる事もあったから、コースケがどうしていきなり席を立ったのか、完全に分かってないのかもしれない」
「……」
「私、酷い事言っちゃったのかな。謝りたいけど、悪い事が何か分かってないのに、謝るのは違う気がして……でも私、コースケに嫌な事をしたくないのよ。嫌いになったのなら、言って。そうなら私は、ちゃんと距離を置くから」
見当違いも甚だしい、と物吉は思った。
けれど、
「……わた、しは」
震える言葉は、自分への絶望が混ざっている。何て事をしてしまったのか——そんな
「ただ、ミサキさんを守りたくて……でも、私じゃなくて別のひとが傍にいるのが、悔しくて……私だって、ミサキさんの傍にいたかった。楽しい話を、もっと沢山したかった。そんな顔をさせたかった訳じゃ、なかったのに」
「……」
「……私は馬鹿です。自分勝手な行動で、ミサキさんを不快にさせて……自分だけがミサキさんを好きなんじゃないかって、身勝手に悲しくなって……私こそ、貴女の傍にいる資格がない。ごめんなさい、もう、近付きませんから——」
「そんな事言わないで! ——コースケ、私を嫌いになった訳じゃないの?」
大声でそう遮られて、
ミサキは胸を押さえ大きく息を吐いて、表情を柔らかく崩した。
「そっか。……良かったあ」
「本当の事を言うとね、コースケが実験に参加するって聞いた時、私かなり悔しかったのよ」
「え?」
「だって、コースケは自分の力で未来を切り開こうとしているのに、私は何もしようとしなかった。それが置いてけぼりを食らったみたいで、寂しくて悔しかったの。審神者になろうとしたのだって、コースケに負けない為だったのよ?」
対抗する話じゃないんだろうけどね、とミサキは頬を掻く。
「……守られるだけの、弱い人間でいたくなかったの。大切な家族におんぶにだっこじゃ、あまりにも情けなくて仕方なくて……だから、せめて自分の身を守れる手段が欲しかった。審神者になったのは、そんな身勝手な理由よ。崇高な目的なんかじゃない。それでコースケを不安にさせたのは、本当にごめんなさい。でも、私は貴方の前に立てる人間でありたかったの。ずっと病気や人間関係で苦しかったでしょうに、弱音一つ溢さなかった強い貴方の前に」
じわり、と視界が滲む。嗚咽を堪える喉が引きつって痛む。
大切な家族だと、思ってくれていたのだ。そして彼女の前で強がっていた自分も、彼女は肯定してくれた。
彼女がそんなに己の弱さを疎んでいたとは知らなかった。彼女はいつも笑顔で、守られる事をよしとしているのだと、勝手に思い込んでいた。
彼女は、決して守られるだけの姫君などではなかったのだ。
——相手を見ていなかったのは、私も同じだ。
大切な存在だと言われた嬉しさと、彼女の性格を見誤っていた情けなさと。
「ごめんなさい……私は、本当に身勝手だった……本当は守らなければならないと思われるのだって、不快だったはずなのに……! 挙句の果てに傍にいられないからと癇癪まで起こして……ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「そうやって謝ってくれるだけで、充分よ。……不安にさせて、こっちこそごめんね」
頭に、手を乗せられる感触がある。よしよし、とミサキに頭を撫でられ、また涙がこみ上げる。
「……そっか、お前は主の家族だったんだね」
もう一つ、気配が近づく。頭を上げると、そこに立っていたのは加州で、傷まみれになりながらも穏やかに笑っていた。
複雑なのは間違いない。けれど彼女は強くなりたがっていて、自分ももう彼女の為だけに行動出来ない。だから
「加州さん。……ミサキさんの事を、頼みました」
強い意思を乗せて見据えると、加州は力強く頷き、首を傾けた。
「勿論。でも、そんな今生の別れみたいに言わないで、いつでも会いに来てよ。俺も主について、お前と話してみたいからさ」
「……え、嫌じゃないんですか」
「主の一番の人間はお前だけど、一番の刀は俺だし。そこは比べる所じゃないでしょ」
「……あーあ、簡単に認められるとは。私は何を悩んでたんでしょうね」
「取り越し苦労って奴?」
「なんかそう言われると腹が立ちます」
そうして加州と笑い合うその内側で
「物吉さん、今回は……いえ、今回も迷惑をかけてすみませんでした」
「え」
突然そう言われて固まる物吉へ深々と頭を下げ、
「体を明け渡したのに、ずっと私の都合で振り回して……彼女を守る為とはいえ、もう少し貴方と話す機会を設ければよかった。それをしなかった私が、今更どの面を下げて言うのかと思うでしょうが……私はもう、消えようと思います。今まで迷惑をかけて、本当に——」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 貴方が消える必要なんてないでしょう!?」
慌てて言葉を遮る。この期に及んで何を言うのか。
散々振り回した自覚が生まれたらしいが、それはもう今更だ。それを受け入れてくれる、いい本丸にだっている。
人間は自分勝手に生きなければ生き残れない。目の前の人間の命を不用意に絶つつもりなど、物吉にはないのだ。
「貴方の持った力は、隠れた時間遡行軍の発見に役立ってます! それに、ボクはまだ貴方の事を大して知りません! 何も知らないまま、大切な戦力を失う訳にはいかないんです!」
「ですが……」
「貴方は自分勝手に生きていいんです! 人間とはそういうものでしょう!? どうしてもと言うのなら、ボクが勝手に貴方を存在させます! 散々勝手をやって、すっきりして消えるなんて、ボクは嫌ですよ!」
今度はボクが貴方に勝手をする番です、と物吉は
ぽかんとした
「……酷い方です。罪悪感を抱えて苦しんでいる人間を、生かそうだなんて」
「今まで暴れ尽くしたツケが回ってきたと思って下さい」
「はは……そっか、それが私の罰かあ……」
困った顔をして笑う
そうして物吉が意識を現実に向けた、その時だった。
「……爆発音がしたのはこっちですよね?」
「ああ、間違いない。一体何があったん——あれ、雲霄の物吉か?」
足音が二つ、こちらに近づいて来ている。ぱっとそちらを向くと、そこにいたのは真っ白な男と、それから——
「あき、た……?」
「……っ!」
——驚愕に強張る、空色の髪をした太刀だった。