空隙の町の物語   作:越季

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17-8「彼女のもとへ2」

 刀身がぶつかる度に宗三の切れ味は増していき、()は防戦一方になっていった。何度か()の鋒が掠る事もあった。だが、宗三はそれを気に留めずに斬りかかって来る。

 今までの()ならば、宗三と同じように傷を気にせず暴れていた事だろう。だが、今はミサキがいる。

 正気を失った姿を見られたくないのだろうか。嫌われる心配をしている余裕はないのだが、と思いながらも、物吉には何も出来ない。

 猛攻に息を切らし始める()に、宗三がつまらなそうに呟く。

 

「手応えのない……」

「ぐっ……はあ……っ!」

「仕方ありませんねえ。じゃあちょっとしたアクセントを加えましょうか」

 

 宗三が手を翳し、銃兵を展開させる。銃兵が一方向に銃を構える。その銃口が狙う先は——

 

「——っ、ミサキさん!!」

「主、俺の後ろにいて!」

 

 ()が悲鳴を上げる。ミサキの前に加州が立ちはだかっているが、十八も鉛玉が飛んで来れば加州は無事で済まされないだろう。それに、一つくらいミサキに当たってもおかしくはない。

 ミサキに傷が更につけば、完全に()は正気を失うだろう。それを見越した行動なのか。

 箍を外すために、ここまでするのか。物吉は内側で吐き気を催す。体はミサキの所へと駆け出していた。

 発砲音が響き渡る。いくつか弾を食らうと覚悟していたのだが、衝撃は終ぞ来なかった。

 

「物吉さん、大丈夫ですか!?」

 

 開かれた目の前には、ふわふわの桃色頭をした小さな背中。そしてその向こうに並ぶ、十一の兵達。

 呆然と()は、乱入者の名前を口にする。

 

「……秋田、君……どうして」

「すみません、どこへ行くのか気になって……傷は負っていませんか?」

 

 春光隊にいたはずの秋田が、重歩兵を展開させて立っていた。こちらへ心配そうに声をかける一方で、視線は宗三から一切動かしていない。

 内側で、物吉も動揺していた。どうして追いかけて来たのか。まだ精神的に万全ではないだろうに、無理を押してこちらへ来たのだろうか。

 衝撃が収まらない中で、更に声が遠くから響く。

 

「あっ、長谷部さん! 物吉いまし……ってなんで秋田までいるの!?」

「良かった、無事だったか……え、秋田、どうして」

 

 こちらに駆け寄って来るのは、春光隊の鯰尾と長谷部だ。二振り共息を切らし、こちらの様子を見た鯰尾が抜刀している。

 はあ、と息を吐き、宗三が顔をしかめる。納刀して、銃兵を消した。

 

「……興醒めです。そろそろ帰りますか」

「う、っぐ……何を、逃がすと、思って——」

「まあ、こんなに囲まれているなら普通は逃げられないでしょうね。でもまあ分かっている通り、僕は普通じゃないので」

 

 そう言って、宗三はぽんと空中に何かを放る。同時にカッと激しい閃光と爆発音が広がり、思わず目を閉じる。

 

「また会う機会があれば。次は本気の力を期待していますよ」

 

 耳と目を塞ぐ寸前、そんな置き土産が聞こえた気がした。

 音と閃光が消え、目眩と耳鳴りに辟易しながら周囲を見渡すと、もう宗三はどこにもいなかった。

 はあ、と息を吐く。脅威は取りあえず去ったが、懸念事項が増えた事には変わりない。報告しなければならない事案が発生して、物吉は内側で頭を抱える。

 はたと気づく。まだ、体の制御が交代されていない。まだ脅威があるのか、と思って視界を覗き見る。

 正面に、ミサキの不安そうな顔が広がっている。()が、それに愕然としているのが感じ取れた。

 

「……ねえ、コースケ」

 

 ()が、怯えている。何を切り出されるのか、どうしてそんなに不安そうにしているのか分からずに。もしかしたら、自分が戦闘をした事によって、あるいは守り切れなかった事によって失望されたのではないのかと震えている。

 ミサキは、()の全てだ。彼女に見放されたなら、()が絶望に堕ちてもおかしくはない。そうしたら、自分はどうなってしまうのだろう。

 物吉もごくりと息を飲み込み、彼女の言葉を待つ。

 

「……私の事、嫌いになった訳じゃないの?」

「……え?」

 

 ぽかんと口が開く。困惑しているその間にも、ミサキは震える声で続ける。

 

「コースケ、急に立ち上がって走って行っちゃうんだもの、何か私嫌な事言ったんじゃないかと思って……私、周りから鈍感だって言われる事もあったから、コースケがどうしていきなり席を立ったのか、完全に分かってないのかもしれない」

「……」

「私、酷い事言っちゃったのかな。謝りたいけど、悪い事が何か分かってないのに、謝るのは違う気がして……でも私、コースケに嫌な事をしたくないのよ。嫌いになったのなら、言って。そうなら私は、ちゃんと距離を置くから」

 

 見当違いも甚だしい、と物吉は思った。()は、物吉を苦しめた嫉妬心を抱く程に、彼女が好きなのだ。加州という死ぬまで彼女の傍にいるだろう存在を妬み、言ってはならない言葉を吐き出しそうになった。それに加州の話が出るまで、()はとても幸せそうだったじゃないか。()のそんな想いに気付かないとは、やはり彼女は酷く鈍い。

 けれど、()の心には何か響く物があったらしい。——()の周りにある、昏い炎の勢いが弱まっている。

 

「……わた、しは」

 

 震える言葉は、自分への絶望が混ざっている。何て事をしてしまったのか——そんな()の自己嫌悪を、物吉は感じ取った。

 

「ただ、ミサキさんを守りたくて……でも、私じゃなくて別のひとが傍にいるのが、悔しくて……私だって、ミサキさんの傍にいたかった。楽しい話を、もっと沢山したかった。そんな顔をさせたかった訳じゃ、なかったのに」

「……」

「……私は馬鹿です。自分勝手な行動で、ミサキさんを不快にさせて……自分だけがミサキさんを好きなんじゃないかって、身勝手に悲しくなって……私こそ、貴女の傍にいる資格がない。ごめんなさい、もう、近付きませんから——」

「そんな事言わないで! ——コースケ、私を嫌いになった訳じゃないの?」

 

 大声でそう遮られて、()は目を丸くした。そしてその後の問いに、恐る恐る頷く。

 ミサキは胸を押さえ大きく息を吐いて、表情を柔らかく崩した。

 

「そっか。……良かったあ」

 

 ()には、何が何だか分からない。こんな自分勝手な人間を、まだ彼女は好いてくれているというのか。自己嫌悪で胸を満たしている状態の()に、どこか気恥ずかしそうにミサキは微笑む。

 

「本当の事を言うとね、コースケが実験に参加するって聞いた時、私かなり悔しかったのよ」

「え?」

「だって、コースケは自分の力で未来を切り開こうとしているのに、私は何もしようとしなかった。それが置いてけぼりを食らったみたいで、寂しくて悔しかったの。審神者になろうとしたのだって、コースケに負けない為だったのよ?」

 

 対抗する話じゃないんだろうけどね、とミサキは頬を掻く。

 

「……守られるだけの、弱い人間でいたくなかったの。大切な家族におんぶにだっこじゃ、あまりにも情けなくて仕方なくて……だから、せめて自分の身を守れる手段が欲しかった。審神者になったのは、そんな身勝手な理由よ。崇高な目的なんかじゃない。それでコースケを不安にさせたのは、本当にごめんなさい。でも、私は貴方の前に立てる人間でありたかったの。ずっと病気や人間関係で苦しかったでしょうに、弱音一つ溢さなかった強い貴方の前に」

 

 じわり、と視界が滲む。嗚咽を堪える喉が引きつって痛む。

 大切な家族だと、思ってくれていたのだ。そして彼女の前で強がっていた自分も、彼女は肯定してくれた。

 彼女がそんなに己の弱さを疎んでいたとは知らなかった。彼女はいつも笑顔で、守られる事をよしとしているのだと、勝手に思い込んでいた。

 彼女は、決して守られるだけの姫君などではなかったのだ。

 ——相手を見ていなかったのは、私も同じだ。

 大切な存在だと言われた嬉しさと、彼女の性格を見誤っていた情けなさと。()は涙を流しながら、ミサキに頭を下げる。

 

「ごめんなさい……私は、本当に身勝手だった……本当は守らなければならないと思われるのだって、不快だったはずなのに……! 挙句の果てに傍にいられないからと癇癪まで起こして……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

「そうやって謝ってくれるだけで、充分よ。……不安にさせて、こっちこそごめんね」

 

 頭に、手を乗せられる感触がある。よしよし、とミサキに頭を撫でられ、また涙がこみ上げる。

 

「……そっか、お前は主の家族だったんだね」

 

 もう一つ、気配が近づく。頭を上げると、そこに立っていたのは加州で、傷まみれになりながらも穏やかに笑っていた。

 複雑なのは間違いない。けれど彼女は強くなりたがっていて、自分ももう彼女の為だけに行動出来ない。だから()は、加州に強い眼光を向けて告げる。

 

「加州さん。……ミサキさんの事を、頼みました」

 

 強い意思を乗せて見据えると、加州は力強く頷き、首を傾けた。

 

「勿論。でも、そんな今生の別れみたいに言わないで、いつでも会いに来てよ。俺も主について、お前と話してみたいからさ」

「……え、嫌じゃないんですか」

「主の一番の人間はお前だけど、一番の刀は俺だし。そこは比べる所じゃないでしょ」

「……あーあ、簡単に認められるとは。私は何を悩んでたんでしょうね」

「取り越し苦労って奴?」

「なんかそう言われると腹が立ちます」

 

 そうして加州と笑い合うその内側で()が真面目な顔で振り返り、ずっとその光景を見ていた物吉に語りかける。

 

「物吉さん、今回は……いえ、今回も迷惑をかけてすみませんでした」

「え」

 

 突然そう言われて固まる物吉へ深々と頭を下げ、()は謝罪を述べ続ける。その体は、少し透けている気がした。

 

「体を明け渡したのに、ずっと私の都合で振り回して……彼女を守る為とはいえ、もう少し貴方と話す機会を設ければよかった。それをしなかった私が、今更どの面を下げて言うのかと思うでしょうが……私はもう、消えようと思います。今まで迷惑をかけて、本当に——」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 貴方が消える必要なんてないでしょう!?」

 

 慌てて言葉を遮る。この期に及んで何を言うのか。

 散々振り回した自覚が生まれたらしいが、それはもう今更だ。それを受け入れてくれる、いい本丸にだっている。

 人間は自分勝手に生きなければ生き残れない。目の前の人間の命を不用意に絶つつもりなど、物吉にはないのだ。

 

「貴方の持った力は、隠れた時間遡行軍の発見に役立ってます! それに、ボクはまだ貴方の事を大して知りません! 何も知らないまま、大切な戦力を失う訳にはいかないんです!」

「ですが……」

「貴方は自分勝手に生きていいんです! 人間とはそういうものでしょう!? どうしてもと言うのなら、ボクが勝手に貴方を存在させます! 散々勝手をやって、すっきりして消えるなんて、ボクは嫌ですよ!」

 

 今度はボクが貴方に勝手をする番です、と物吉は()にビシッと指さした。

 ぽかんとした()は、少し呆れたように笑い肩をすくめた。

 

「……酷い方です。罪悪感を抱えて苦しんでいる人間を、生かそうだなんて」

「今まで暴れ尽くしたツケが回ってきたと思って下さい」

「はは……そっか、それが私の罰かあ……」

 

 困った顔をして笑う()の体は、もう透けていない。それに安堵してから、体の制御を受け取る。

 そうして物吉が意識を現実に向けた、その時だった。

 

「……爆発音がしたのはこっちですよね?」

「ああ、間違いない。一体何があったん——あれ、雲霄の物吉か?」

 

 足音が二つ、こちらに近づいて来ている。ぱっとそちらを向くと、そこにいたのは真っ白な男と、それから——

 

「あき、た……?」

「……っ!」

 

 ——驚愕に強張る、空色の髪をした太刀だった。

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