空隙の町の物語   作:越季

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3-3「愛甲区域の大移動」

「そういや、愛甲区域の連中はどうなった?」

「それぞれの隊自体は回復しつつあるが、まだ心身共に傷が残っているものも多いな。制裁が進んだと言っても、政府を信用できていないのなら意味がない」

「うーん、『森』から出る気がない奴はまだまだ多いってことか」

「……悲しいですね……」

「少しずつ信頼を取り戻そうとしているみたいだがな、政府も。何せあの『大移動』を成し遂げたものたちだ、寝返られたら大変だろう」

「……『森』に入って、直接交渉すると言うことはできないのでしょうか」

「いやぁ、中に入ったら永遠に出られないと言われる大迷宮だぞ、そう簡単には――」

「待ってください待ってください情報量が多い!!」

 

 酒が運ばれて来て十数分。訳の分からない話で盛り上がり三振りに、ついに一期は叫び声を上げた。あ、と三振りも我に返る。

 

「すまんすまん、一期。説明もなしに話を展開して」

「さて、どこから話したものかなあ」

「……一期が気になるところからでいいのでは?」

「そうだな。一期、何から聞きたい?」

 

 鶯丸にそう問われ、一期はうーん、と思案にふけた後、ある単語に触れた。

 

「大迷宮であると言われていた『森』が最初に気になりましたね」

「そうか。じゃあ、そこから話そうか」

 

 そうして、長い話が始まった。

 

 

 城下町から少し離れたところにある森は、大迷宮であると言われている。時空の歪みが出やすく、すぐに違う時空へ飛ばされてしまうためだ。政府は、未開拓だったその森を切り開こうと調査隊を派遣したが、すぐに隊は四散し、混乱状態に陥り、帰ってこられる者すら少ない有様だった。現在も森はほぼ手付かずのままであり、調査隊を派遣しては返り討ちにあっていると言う――。

 

「……ん? 返り討ち? 一体何に?」

「そこが、政府も手を焼いているところでな」

 

 森の中には、時空の隙間から落ちた無法者の他に、『大移動』を成し遂げたものたちが生息している。森の中で生活しているものにとっては、政府は敵である、と認識しているものも多い。――縄張りを荒らされると見ると、即座に反応し、攻撃を加えるくらいには。

 

「先ほどから出ている『大移動』とは何です?」

「これから話すことは、あまりおおっぴらにすると政府に目をつけられるから気をつけろよ」

 

『大移動』――正式名称は『愛甲区域の大移動』。政府の汚点とも呼ぶべき事件であり、多くの人材を犠牲にした事件。

 事件の概略はこうだ。愛甲区域を管理していた者たちは、下々のものから搾り取った甘い汁で生活しているような連中だった。それに憤ったものたちは、隣接する区域に救援を求めることにした。しかし、地に堕とされるのを黙認する管理者たちではない。彼らは、あらゆる手段を使って、それを妨害しようとしたと言う。それこそ、戦力拡充計画用の大量の敵を操り、『口止め』をしようとした、とか――。

 

「……まさか、成し遂げたと言うのは」

「おそらく想像している通りだ。管理者たちから逃れようとしたものたちは、大多数が命を落とした。亡命を成し遂げたものたちは、数少ない生き残りだな」

「普段は区域外のことには介入しない、ということは暗黙の了解になっている。だが、あまりにも大勢に救難を求められ、管理者たちが『口止め』をすることが目に余ったのだろう。政府は、隣接区域に積極的な救助を命じた」

「……つまり政府は、愛甲区域の管理者たちを見限ったのです」

 

 政府は、愛甲区域管理者たちの一斉制裁を行った。関係しているとなれば、天下りした者でも容赦なく。

 しかし、救助されたものたちの傷が癒えることはなかった。彼らはある程度回復したとなると、あるものは全てを失って精神喪失し、あるものは身の回りの物を持って森の中へと消えていったという。後者は生きること自体を諦めたのかと思われたが、そうではない。彼らは、今も森の中で、政府の行動を見極めている――と、言われている。

 

「……」

「これが、森と政府の関わりだ。結構長かっただろう」

「……いえ」

 

 一期は、あまりの衝撃にそれ以上の言葉を紡げなかった。かつて、そんな悲惨な事件があったとは。人間ではなく『もの』と言うくらいだ、刀剣男士も多数が破壊されたのだろう。主である審神者を殺されて、自身のありかを見失った刀もいるだろう。その刀たちに思いを巡らせ、一期はうつむき、目を閉じる。鶴丸は、痛ましそうに一期を見た。

 

「……そんなに落ち込むな、一期。制裁はもう済んでいるし、愛甲区域の管理者も一新された。政府も、『大移動』を成し遂げたものたちへ最大限の配慮をしている。――もう、これ以上俺たちに出来ることはないんだ」

「ですが……」

「さあ、暗い話はこれでおしまいだ。鶴丸、江雪、一期。次は何を頼む?」

「俺はうーろんはいにしようか」

「私は、れもんさわーで」

「……引き続き、かしすおれんじで」

 

 話を振るんじゃなかった、一期は後悔した。今の一期には、到底受け止めきれそうにない。こうなったらとことん飲んで気分を変えよう、そう思った。

 

 

「あ、そうだ。鶴丸、一期に渡したい物があるんじゃなかったか?」

「んあー? あーそうだったそうだった」

「……かなり酒が回っているな」

「まずいですね……」

 

 宴もたけなわ。料理が散乱しだし、そろそろデザートを、と言うところで、鶯丸はフルーツタルトの存在を示唆した。しかし、鶴丸は顔を赤くして、かなりふらふらしている。無事にタルトを取り出せるのか、と鶯丸と江雪は顔を見合わせる。

 

「ふっふっふー、いちごみろ、これがおれのさいらいきゅうのおいわいら!」

 

 ――呂律も回っていない。フルーツタルトは無事に取り出せたようだが。

 一期は目を見開いて、タルトを見た。

 

「……鶴丸殿、これは」

「おう! ぱてぃすりーがざにあのふるーつたるとら!」

 

 箱を開けると、苺、ベリー、キウイ、パインなどがアプリコットジャムによってつやつやと光を反射している。その下にはアーモンドクリームと香ばしいタルト台。付随しているメッセージカードには『一期格上げおめでとう』と書かれている。

 

「……うっ」

「えっ、いちご?」

「どうした」

「苦手なものでもありましたか?」

 

 嗚咽を漏らし始めた一期に、三振りは焦りが止まらない。しかし一期は、顔を上げて涙声になりながらも口にした。

 

「ちがいますぅ……わたしっ、わたし、とても、こんなにきれいなもの、うれしくてっ、うう、くらいはなしをふったのに、こんなにきれいなもの、うええ」

 

 顔を上げた一期は、顔は赤くないものの、目の焦点が合っていない。

 ――この一期、泣き上戸か。新たな下戸出現に少しげんなりしつつも、いい反応だったことを喜んだ。

 

「そうかそうか、うれしいかぁ。よかったよかった!」

「うええ……とってもうれしいですぅ……だいじにとっときたいですぅ……」

「らめらぞー、いちご。けーきはしょうみきげんがきれるまえにたべないと。こっちのいちごもいちごにたべてほしいっていってるぞー」

「じゃあたべますぅ……」

 

 もう場が混沌としてきた。鶴丸はいちごのいちごらー、と叫んで笑い転げているし、一期は相変わらず泣きながら普段なら言わないようなことを口走っている。

 

「もうお開きだな、これは」

「そうですね……」

 

 酒に強い二振りは、苦笑しながらも片付け始める。鶯丸はそのついでに、端末機器を取り出し、どこかへ連絡を取り始めた。




酒乱は二次元なら面白い
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