空隙の町の物語   作:越季

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17-11「朝を告げる鐘が鳴る」

 その日の朝は、ここ数日の例に漏れず、薄暗い天から水滴が落ちてきていた。

 不穏な気配がありつつも、いつも通りの日常が始まる。そう思っていたものが大半だった。

 ——その「いつも通り」が覆されると知らぬまま。

 

***

 

「妹君ー、これはどこに置く?」

「あ、それは倉庫に持って行って下さい」

「うげぇっ! 何これ埃まみれじゃん!」

「何で建物が壊れる度に修理するのに埃は溜まるのか……」

「政府の調査員が来るの後何分くらいー!?」

 

 氷雨隊本丸はかなり慌ただしかった。何せ急に「審神者の監査が入るからある程度片付けろ」と命じられたのだ。

 急な事だったので、本丸の刀達の青ざめようといったらそれはもう凄まじかった。審神者の監査とは言うが、絶対に刀達の様子も調べられる。執務室にこもりきりの審神者に代わって妹・夕立が指揮を執り、本丸全体の清掃が始まった。

 

「……これで俺達の白が証明出来ればいいんだがな」

「鶴さん、何か言ったー?」

「いや、何でもないぜー」

 

 鶴丸は、審神者の監査ではなく本丸全体——主に背信者とされる堀川——の監査だと知っていた。だが、今ここに背信者はいない。

 堀川は単独行動で、氷雨隊は関係ないと信じたかった。だからこそ、鶴丸は調査員どんとこいと構えていた。

 しかし、その余裕はごみを捨てようと玄関へと向かっていた時に覆された。

 

「——誰ぞ! おらぬか!?」

 

 今の所演練場でしか聞いた事のない声が、玄関から響き渡る。ごみ袋を握ったまま鶴丸が玄関へ走ると、赤い和装をした烏の羽を思わせる髪を結った刀が立っている。

 

「小烏丸? 君が今日の調査員か。でも時間には少し早いんじゃ——」

「鶴丸か。丁度いい、外を見よ」

 

 小烏丸にぐいぐいと外に引っ張り出され、正門から顔を出す。そして、目を剥いた。

 ——微かな光さえ飲み込む、刀を持った漆黒のヒトガタ。かつて調査部隊の面々で退治したはずのそれらが、わらわらと湧いていたのだ。

 

「な、何だこれ、何があった!?」

「……我等が後手に回ったという事よ」

 

 小烏丸に、余裕のある素振りはない。その様子に、その言葉に、鶴丸は事態が大きく動き出したのを察した。

 

「氷雨隊第四部隊に緊急指令だ。——『時空犯罪特別対策局大住区域支部に集合し、敵を討て』。以上」

 

***

 

 その日の早朝。蒼穹の一期は、城下町に向かっていた。

 今日、いよいよ秋田が帰ってくる。その事実がどうにも落ち着かず、城下町でランニングでも、と思い立ったのだ。

 朝の城下町は、静けさに満ちて新鮮だ。まるで町がまだ寝惚けているかのような感覚を覚える。

 しばらく走っては引き返してを繰り返す。それを何回行っただろうか。

 遠くに、一つだけ大きく飛び出した、小さな集団が見える。大きく飛び出している姿に見覚えがあり、一期は笑みを浮かべた。

 

「江雪殿! 朝から早いですなー!」

 

 そう言いながらその集団に近付き、鮮明になった集団の様子に首を傾げる。

 予想通り、それは清澄隊の江雪と滑莧園の子供達だった。だが子供達は恐慌状態で、江雪も顔面蒼白になっている。

 

「江雪殿、どうなさい——」

「一期、ソメゴロー君達を見かけませんでしたか!?」

 

 悲痛な声でそう叫ばれ、気圧されたまま一期は首を横に振る。そうですか、と力なく項垂れる江雪に、一期は恐る恐る尋ねた。

 

「ソメゴロー君達がいなくなったのですか?」

「はい、朝起きたら……。ソメゴロー君とツクシさんと、病院にいるはずのタイガ君が姿を消していて……どうしましょう、三人に何かあったら……!」

「私も手伝います、三人の事は心配ですし」

「お願いします!」

「では手分けして町の中を——」

 

 探しましょう、と言いかけた一期は、背筋を凍らせる。気配の方向にばっと振り返ると、そこにあったのは——

 

「……っわああああっ、お化けえええっ!」

「なんで朝からお化けが出るんだよ!?」

「怖いよ、江雪さん!!」

 

 子供達が恐怖によって正気を失くしていく。それも当然だ。

 

「……一期、あれは……」

「……成れの果て……どうして……!?」

 

 ——染み出し始めた朝の光すら飲み込む、漆黒のヒトガタが次々と立ち上がっていたのだから。

 

***

 

「低品質情報生命体、数が増えています!」

「すぐに現世との接続を断ち切れ、町の中で事を収めるぞ!」

「町の人達に警告は!?」

「もう出した、後は興味本位で出ていく奴が出ない事を祈るしかないな!」

 

 雲霄隊本丸は、バケツをひっくり返したような騒ぎになっていた。あちこちの手伝いをしているとはいえ、主に時空の管理を担当しているこの本丸は、現在総出で町の異常に対応している。

 

「鶯丸様、睡眠不足でしょう? 少し休んでは……」

「そう言っている場合じゃないのは流石に分かるぞ、平野。だがその気持ちはありがたい。全てが終わったらゆっくり茶でも飲みたい物だ」

 

 そうですね、と言って平野は再び端末に向かう。鶯丸も作業に戻り、未だに慣れない手付きでキーを叩いていた。

 ——物吉、無事だといいが……。

 森の中の本丸に身を寄せている仲間へと思いを馳せる。現実逃避だとしても、心配なのは本当だ。

 昨日物吉は、ある事件に巻き込まれたのだという。事情聴取を受けて、戻ったのは夜遅くのはずだ。それでも今日このデッドヒート中の本丸に帰還するというのだから、その身を案じるのも当然である。

 ばたばたと足音が近づいたと思ったら、勢いよく障子が開かれる。そこに立っていたのは審神者だった。

 

「第一部隊、すぐに出陣の準備を!」

「主、どうしたの!?」

「何かありましたか?」

 

 焦燥感に満ちている審神者が、聞いていたものを愕然とさせる最悪の事態を告げた。

 

「——対策局が襲撃を受けた! 侵入者である刀剣男士は次々と職員を殺害している、このままでは政府要人も殺されかねん! 要人の殺害は何としてでも阻止してくれ!」

 

***

 

「さーて、それじゃあ秋田と物吉を本丸に送り届けますよー!」

「これ、全員で行く必要あったのか……?」

「まあまあ、他の本丸を見るのも小夜さんと五虎退さんの役に立つだろうし」

「えっと、取りあえずどこから行くんですか……?」

「まずは物吉の本丸からだ。政府直属の本丸だからすっごいぞー」

 

 春光隊の六振りと利用者の四振りは、森の中を進んでいた。まるで遠足のような雰囲気で、賑やかな会話をしている。

 無事に立ち直った物吉と秋田を元の本丸に返す為、これから雲霄隊と蒼穹隊に向かうのだ。

 普段通り、二振りを本丸近くまで送る。それで、今日の予定は終わるはずだったのだ。

 ——それと邂逅したのは、森の外へ出てからだった。

 

「……? あれ、あの蛍丸、こっちに向かってないか?」

「え? 一体、何——」

 

 尋常ならざる速さで、こちらに突っ込んでくる蛍丸。その大きな刀身を振りかぶり、大きな動作で斬りかかる。

 その鋭い目は長谷部を映していて——

 

「——っ、ぐっ……!」

「……ちっ、防がれたか」

 

 咄嗟に前へと出た鯰尾が、抜刀してその凶刃を受け止めた。ばっと、その場に紅い花が散る。

 

「——鯰尾!!」

 

 崩れ落ちる家族を見て、背後で見ていた長谷部が悲鳴を上げた。

 

***

 

「時は来たれり」

 

 白い戦装束をはためかせ、その刀剣男士は高らかに笑った。

 屋上から見える足元には、黒く立ち込めるヒトガタと、時間遡行軍のレプリカ。

 そして、容赦なく振るわれる刃から逃げ惑う、政府の人間。

 

「精々楽しませてくれよ、俺達を苦しめた分だけさぁ?」

 

 下方で繰り広げられる紅い惨劇を、歪な笑顔で見つめるその刀。

 刀身を天に向け、勢いよく振り下ろす。そして彼は、長い一日の始まりを告げる言葉を叫んだ。

 

「——さぁ、大舞台の始まりだ!」




今回はここまでです。
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