空隙の町の物語   作:越季

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第十八話「揺るがされる町(前)」
18-1「決意を固めて」


 時は、日が登るより前に遡る。

 

 三つの小さな影が、黒く煤けてトラテープの貼られている門の前に真っ直ぐな足で立っていた。影の一つが、血に塗れている門の内側を覗いて切なげに呟く。

 

「……やっぱり、ぼろぼろだね」

 

 残り二つの影も、微かに頷いた。

 門の内側は、血で飾られた遊具や燃えて一部壊れている大きな建物があった。それはかつて三つの影が過ごして来た家であり、温かな記憶が詰まっている思い出その物だった。賑やかな声が響いていた門の内側からは、もう二度とありふれた幸福が訪れる事はない。殺人鬼によって、全てを壊されたのだから。

 

「なあ、ハルカ姉ちゃんは本当にここに来いって言ったのか?」

「うん、間違いない。でも、来たはいいけどどうすれば……」

 

 三つの影は顔を見合わせると、不安そうに再び門の内側を覗き込む。煤けてぼろぼろになった門の内側は、彼等の()()を果たしてくれるとは到底思えない。だが、瓦礫を片付けるにしても小さな影達が出来る事など早々ない。

 影達がいよいよ途方に暮れていると、背後から足音が近付いて来た。影達は肩を跳ねさせて恐る恐る振り返る。

 ——来たのが()()()()のどちらかでなかったら、彼等は連れ戻されるだろう。それを恐れて足音の主を見上げ、影達は懸念が解消された事に大きく息を吐いた。

 しかし足音の主は、三つの影を見て至極忌々しそうに、そして腹立たしげに吐き捨てた。

 

「——来ちゃったのか、お前達。あの糞姉貴、チビ達を誑かしやがって……!」

 

 それは、三つの影を心から案じていたから出た言葉だった。姉の悪辣な誘惑に影達が乗ってしまったのだと、そのせいで過酷な道に足を突っ込もうとしているのだと、憤りが溢れた言葉だった。

 心から、自分達を心配しているのだろう。引き返して欲しいと、この先は地獄でしかないからと。

 だが、影達は決意を固めたのだ。

 

「違うよ、サトルさん」

 

 一番小さな影が、足音の主——サトルに向かって一歩踏み出す。見上げるその目には、真っ直ぐな光が宿っていた。

 確かに、恐怖や不安はある。自分達が行く道は険しく、それでも一歩踏み入れれば弱音を吐いて引き返すのは不可能なのだと、彼等は今までの出来事から分かっていた。

 それでも、彼等は平坦で誰かに守られる道よりも、険しくても自分で切り拓ける道を選んだ。

 ——何も出来ずに流されていく、弱い存在のままなのは、もうごめんなのだ。

 

「私達は、私達なりに考えてここに来たの。ずっとずっと、こうする事のいい所悪い所も考えて来たんだ」

「決めた後も、三人で話し合った。それでも揺るがなかったから、俺達はここにいる」

「その言い振りだと、俺達のやりたい事はハルカ姉ちゃんから聞いてるよな? ——頼むよ、サトル」

 

 残り二つの影も、サトルを仰ぎはっきりとした意志を込めて見据える。

 ——彼等は、こんなに強い眼差しをする奴等だったか。

 サトルは愕然とした様子で、彼等を見返していた。子供の成長は早いと言うが、いくら何でも早過ぎだ。それ程過酷な目に遭ったのだと分かっていても、かつてのやんちゃ坊主やませた少女であった姿を重ねてしまい、サトルは混乱していた。

 しばらく、そうして穏やかではない視線での問答が続いた後。サトルは観念したように、頭を掻いて門へと歩き出した。

 

「……分かった。そこまで言うからには、相当の覚悟をしているんだろう。だったら俺にはもう止められない。ついて来い、()()をしてやる」

 

 崩れている門の一部から割って入り、サトルは影達を振り返る。影達は、心から嬉しそうに駆け寄って、サトルに頭を下げた。

 

「——ありがとう」

 

 それに歯噛みしたのを表に出さぬように、サトルは影達を誘導しながら門の内側を進む。

 ——影達が通り過ぎた、壊れかけの門柱。そこに掲げられているプレートには「児童養護施設滑莧園」と書かれていた。

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