空隙の町の物語   作:越季

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18-2「憎悪の一太刀」

 赤い花弁のような血飛沫が身体から散り、ぐらりとその場に崩れる。春光の鯰尾は自身に起こった事を、雨に打たれながらどこか他人事のように見ていた。

 ——ああ、こんなの見せたら、長谷部さんが悲しんじゃうなあ。

 どこかの蛍丸が放った一撃は、確かに長谷部を殺めようとしていた。だからこそ、真っ先に標的に気が付いた鯰尾が前に出たのだ。

 だが防御したつもりでも、大太刀の威力は凄まじい。攻撃の一部を受け止め切れず、鯰尾の身体に小さくはない傷が付いてしまった。

 

「——鯰尾!!」

「兄貴、大丈夫か!?」

 

 長谷部が恐慌で裏返った悲鳴を上げた。それに我を取り戻した薬研が鯰尾の応急処置をしようと身体を支える。小夜と五虎退、物吉と秋田も突然の出来事に驚愕しながら、鯰尾の具合を窺っている。

 獅子王と歌仙、石切丸は彼等を庇うように前へと進み出て、抜刀し殺意を込めて蛍丸を睨み付けた。

 

「お前、何のつもりだ!?」

「……遺言は三十一字以内で頼むよ」

「私達の身内を傷付けたんだ、ただで済むとは思わない事だね」

 

 蛍丸と向かい合う三振りは、背後から見ても怒りに満ち溢れているのが分かった。あの三振りの誰かの立場に自分がいたら、同じような態度を取ると思う。実際の鯰尾も、理不尽な襲撃に憤りを抱いていた。

 しかし、蛍丸の目を見て背筋が凍る。

 

「……ムカつく」

 

 冷え切っているような、逆に煮え滾っているような低い声が聞こえる。そして再び刀身を大きく振り回し、三振りへと鋒を向けた。

 あの目に宿っているのは、昏い憎悪と深い嫉妬だ。

 ——何で……長谷部さんが直接、こいつに恨まれるような事はしていないはずだ。

 十中八九、この蛍丸とは初対面だ。長谷部と出くわしているのなら、彼から報告があるはず。何より自分に迫る凶刃にきょとんとしていたのだから、長谷部にも心当たりがないのだろう。

 ならば、どういう事か。——相手が一方的にこちらの情報を入手し、勝手に恨んでいるとしか思えない。

 

「お前ら全員、見ててイライラするんだよ。あいつだけ殺すつもりだったけど、もういい。全員殺す」

 

 眉間に険しい皺を寄せた蛍丸の背後から、微光すら呑み込む漆黒のヒトガタが湧き出るように立ち上がる。ゆらりと揺らめき次々と現れるヒトガタを見た獅子王が、顔を強張らせた。

 

「成れの果て……この数は……!」

「鍵になる物を集めていたのは君か」

「答える義理はない。……さあ人形共、劇の時間だ。あいつらをぐちゃぐちゃにしろ!」

 

 歌仙の鋭い眼光を物ともせず、蛍丸は表情を歪んだ笑みに変えて叫んだ。途端、成れの果てが妖しく揺らめきながらあっという間に春光隊に迫り寄る。

 薙刀と思われる長い棒状の物が横一文字に薙ぎ払われる。その傍から別の成れの果てが、バランスを崩した歌仙に突っ込んだ。歌仙は前に手をついて体勢を低くし、弧を描くように上へ向けて刀を振るう。パキ、と音を立て空中で小さな人形が割れ、短刀と思われる成れの果ては砂塵と化した。

 一歩引いていた獅子王に、脇差と思われる成れの果てが鋒を向ける。詰め寄り押し込もうとする成れの果ての猛攻を受け流しつつ、獅子王は機を窺っていた。そして焦れたのか、成れの果ては大振りに刀を振るおうとした。しかし、その一撃が振われる事はなかった。——切り裂かれた手紙がひらりと地に落ち、さらさらと成れの果ての体が崩れる。練度が低い奴か、と呟いてから獅子王は身を翻して次の相手に向かう。

 薙刀の成れの果ての周りには、太刀と打刀の成れの果てがついている。そこから振るわれる薙刀の攻撃は、放っておけば長谷部や鯰尾達にも届きかねない。機動が低い石切丸は、出来るだけ少ない手数で素早く敵を仕留めなくてはならなかった。だが、急いては事を仕損じる。太刀と打刀の攻撃を凌ぎながら、石切丸は冷静になるように努めていた。じっくりと待ち続け、ついに鍵になる物が露わになるチャンスが訪れる。石切丸はそれを見逃さず、成れの果て三体の急所を一斉に斬り砕いた。

 春光隊の三振りは、奮闘している方だと言える。背後の鯰尾達を庇いながら、短い時間で五体の成れの果てを仕留めたのだ。戦果としては上々である——普通の戦闘なら。

 

「くそ、次々と湧いてくるな……!」

「どれだけ集めたんだろうね、あの蛍丸は! その執念深さは呆れる程凄まじく思えるよ!」

「全くだ!」

 

 斬っても斬っても、蛍丸が続々と成れの果てを投入してくるのだ。それはさながら、息切れを起こして戦う三振りをいたぶり楽しんでいるかのように。

 ケタケタと笑う蛍丸は、鋒を鯰尾達に向けて更に高らかに命ずる。

 

「アハハハ、滑稽過ぎて笑えるね! じゃあ更に無様になって貰おうか。——あの血を流してる黒髪を襲え!」

 

 命令を受けて、成れの果ては一斉に鯰尾のいる場所へと動き出す。鯰尾、と叫びながら彼等のいる方へと駆け出そうとした歌仙は、横から襲い掛かった大太刀の成れの果てによって足止めされた。獅子王と石切丸も、他の成れの果てに対応していて動けない。

 鯰尾の手当てをしていた薬研が、戦装束に身を変えて鯰尾の前に立ちはだかる。物吉と秋田は鋭く睨みながら刀身を構え、練度の低い小夜と五虎退も、歯噛みしながら鋒を敵に向けた。

 ——どうしよう、どうしたら……

 その中で、長谷部だけが何も出来ない。彼には戦う事に関するトラウマがある。ここで自分まで行動不能になったら、間違いなく皆の足を引っ張る——どころか、決定的な敗因になりかねない。せめて肉の盾になろうと、鯰尾を抱き抱えてカタカタと震えながら目を瞑る。

 いつ刃が襲い来るか分からない。けれど、それに怯えて家族を失うのは、もっと嫌だった。

 

「長谷部、さん……駄目だ、逃げて……!」

 

 鯰尾がそう言っても、長谷部は首を振る。身体の震えがこちらまで伝わって来て、鯰尾は苦い思いを滲ませる。

 あの蛍丸は、間違いなく長谷部に悪意を持っている。今は仲間達に攻撃が向いているが、いつ長谷部へとその悪意が向けられるのか分からないのだ。それを分かっているのかいないのか、長谷部は手負いの自分を守る為に恐怖を押し殺し、その身を以て盾になろうとしている。

 ここで、長谷部を失いたくない。小さな光でも、鯰尾達にとっては大切な希望なのだ。もし、長谷部が命を落とす事になったら——少なくとも自分は、正気でいられないだろう。世界を恨みに恨んで、堕ちてしまうのかもしれない。

 ——嫌だなあ、そんな未来は。

 力を振り絞り柄を握り締め、鯰尾は刀身を長谷部の背後に掲げる。例え重傷でも、長谷部に傷はつけさせない。強い意志を乗せて迫る成れの果てを睨むと、それに気が付いた蛍丸が一際険しく顔を歪める。

 蛍丸が目を剥いて口を開こうとした、その時だった。

 

「——江雪殿、行けますか?」

「はい。——これ以上、子供達を悲しませる事態にはさせません」

 

 その言葉の直後に、鯰尾に迫っていた成れの果てが、吹っ飛んで行くのが見えた。黒を基調としたマントをひらりと靡かせた空色の男が、鍵になる物を斬り砕く。袈裟を纏った薄青の長髪が、それに倣い刀を振るう。

 ぱかりと口を開け呆けた鯰尾へ、空色の男が振り返る。

 

「春光の鯰尾と長谷部殿、大丈夫ですか!?」

 

 空色の男——蒼穹の一期は鯰尾達を視界に入れると、真剣な様子から一転し顔面蒼白になった。それでも警戒態勢を崩していないのだから流石だ、と鯰尾は現状から遠い感想を抱く。長谷部も鯰尾を庇いながら、目を見開いているようだった。

 

「蒼穹の、一期……何で」

「いなくなった子供達を探している最中でして。こちらから嫌な気配を強く感じたので駆けつけたのですが……間に合って良かったです」

 

 迫る刃を受け流し、鍵となる物を素早く砕く。砂塵になった成れの果てを見た後、一期は鯰尾達の前まで下がり刀を構え周囲を睨む。

 歌仙が相手をしていた成れの果てを斬り裂き、江雪は獅子王達に襲い来る成れの果てに向かう。歌仙は鯰尾達の所まで走りつつ、その背中に向かって叫んだ。

 

「助かった、ありがとう!」

「気になさらないで下さい。他の子供達が近くにいます、政府に行くまでの間休める安全な場所をご存知ですか?」

 

 心なしか焦燥の滲む江雪の問いに、態勢を整えて鍵となる物をまた一つ砕いた獅子王が、歯を軋ませながら答える。

 

「一度森の中に引き返すしかねえかな……こいつらを何とかしてからの話だけど」

「そうするしかないか……江雪さん、子供達は大丈夫なのかい?」

「刀装兵に守らせています。あまり長くは保ちませんので、早めに片付けましょう」

「ああ、そうだ——」

 

 ジャシュ、と音がする。音の方向を向くと、眉間に皺を寄せ眼光を煮え滾らせ、歯を食いしばった蛍丸がこちらを睨んでいた。右足からは砂埃が立っている。不快を隠そうともしないで、蛍丸は声を荒げ始めた。

 

「ムカつく、ムカつく、ムカつく! 何、こんな時に友情ごっこかよ! 仲良しこよしを見せつけて楽しそうだよなあ、ぶっ殺してやりたい! ——容赦はなしだ人形共、ここにいる全員血祭りに上げろ!!」

 

 命令に呼応し更に湧き出る成れの果てに、ざあっと春光隊の顔が青ざめていく。一期と江雪も体を強張らせて周囲を見渡す。

 周囲を黒く染めていくその数は、まともに相手をしていたらこちらの体力が削られていくだけだと判断出来る。撤退を視野に入れての戦闘となるだろう。それでも、被害がどれ程出るか。

 再び成れの果て達が腕を振り上げようとした、その瞬間。蛍丸の前に画面が浮かび上がり、この場にいない刀の声が響き渡る。

 

『蛍丸、やり過ぎだ。あんまり()()()()を使い過ぎるなとも伝えてあったよな?』

「うるさい、鳥野郎! その皮剥いで逆さ吊りにしてやろうか!?」

『白熱している所悪いが、そろそろ()()だ。寄り道も結構だが、早くこっちに来ないとお前の標的を取っちまうぜ』

「……くそ!」

 

 通信が切れると蛍丸は再び足を踏み鳴らし、忌々しそうに背を向ける。だがふと鯰尾の方を見ると嘲るように口角を上げ、吐き捨てた。

 

「ああ、そいつの傷口には呪いを仕込んであるからね。そのまま放置したら死ぬよ。精々無様に足掻いて見せてよ、クソッタレ共」

 

 納刀して踵を返し、蛍丸は足早に遠ざかっていく。一部の成れの果ては消えたが、それでも数はあまり減っていない。命令主を失った成れの果ては、闇雲に近くにいる刀を狙い始めた。

 振り下ろされた大太刀から大きく退いて、一期は鍵となる物を壊しながら声を上げた。

 

「歌仙殿、これからどうしますか!?」

「隠れている子供達を一度森に連れて行く! 鯰尾の応急処置をした後は江雪に任せるよ!」

「その後は政府中枢に連れて行きます。子供達を匿う場所ならあるでしょうからね」

 

 非常用のシェルターなら、政府側でも用意しているはずだ。江雪の言葉に頷き、歌仙は石切丸に鋭く目をやる。

 

「まずはここから抜け出さないといけないけど——石切丸」

「任されたよ。——全員、離脱準備を」

 

 すう、と息を吸い込み、石切丸は刀身を一気に横へ薙ぐ。三体の成れの果ては金切り声を上げながら、さらさらと崩れて行く。ぽっかりと空いた空間に近付く成れの果てを退けつつ、石切丸は後退し始めた。

 

「包囲網が崩れた、今の内だ!」

「江雪と獅子王は子供達の回収を! 僕達は本丸に急ぐよ!」

 

 成れの果て達の隙間へと、刀達が飛び込む。森の中へと突っ込んで行く背中達に伸ばされた黒い腕は、最後尾の歌仙によって弾かれた。

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