空隙の町の物語   作:越季

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18-3「行動計画」

「江雪さん、何がどうなってるの?」

「お化けがいっぱいいるし、ソメゴロー達は見つからないし……」

「帰りたいよお……」

 

 無事に子供達を回収し、春光隊本丸まで辿り着いた江雪。普通の本丸とは違う構造に疑問を抱く余地もなく、彼は怯える子供達の側に寄り添っていた。

 建物の陰で兵に守られながらも震える子供達を見つけた後、獅子王はよく頑張った、と頭を撫でた。獅子王とは顔見知りだったのか、子供達は一瞬だけでも安堵したように見え、江雪も少し冷静さを取り戻す事が出来た。その後は子供達を守りつつ先導する獅子王について行き、右左折を繰り返し本丸へと滑り込んだ。

 森の最奥に成れの果ては入って来ておらず、当分の間は大丈夫だと石切丸は息を吐いた。けれどまだ恐怖が抜けていない子供達は、リビングで身を寄せ合って不安に耐えている。

 城下町には蛍丸によって既に成れの果てが放たれている。ある程度数が減るまで、江雪達は動けない。薬研は通報したと言っていたものの、いつ駆けつけてくれるのか。

 からりと引き戸が開く。現れた鯰尾は、体をぎこちなく動かして唸り声を上げた。

 

「いてて……あの蛍丸の言ってた事は本当だったんだな」

「鯰尾、大丈夫か?」

「まあ動ける事は動けます。……でもこれまずいですね、つくづく子供達に被害がなくてよかったです」

「どういう事ですか?」

 

 長谷部に支えられながら痛みに唸る鯰尾は顔を顰めつつ、子供達の頭を撫でている江雪の疑問に答えた。

 

「体の一部が崩れる感覚がするんです。完全に穢れが染み込んでますね……穢れを祓う方法はいくつかありますが、今回の場合は……」

「場合は?」

「——あの蛍丸を殺さないと、穢れは取れないと。石切丸さんが言うからには、そうなんでしょうね」

 

 苦々しく告げられた言葉に、声が詰まる。撫でる手が震えているのを感じ取った子供達が、目を揺らがせながら江雪を見上げた。

 術者を殺さなければ取れない穢れ——当然ながら、相当の物なのだろう。どれだけの怨念があればそこまでの物が出来るのか、江雪には想像が難しい。和睦を重んじる彼は、なるべく血を見ないように事が収まればいいと祈っていたが——この本丸内の命が関わる以上、それも不可能になってしまったと部外者ながらに理解した。

 

「……せめて子供達だけでも、心穏やかに過ごせるようになればいいのですが……」

「そうですね。……長谷部さん、あの蛍丸がどこに行ったか、分かりましたか?」

 

 ぴく、と肩を跳ねさせて長谷部が怖々と鯰尾の顔を見る。その怯え方に、鯰尾が軋む体を動かし長谷部の背を叩く。

 

「長谷部さん、大丈夫ですよ。長谷部さんに手は掛けさせませんから。行った先で支援をしてもらう事にはなると思いますが——」

「……違う、違うんだ、鯰尾……確かにそれも怖いけど……」

 

 ぽんぽんと背を叩かれても、長谷部の強張りは解けない。顔を青ざめさせ、今にも倒れそうになりながら言葉を探す長谷部は、鯰尾を支える手に力を入れて俯いた。

 

「——鯰尾が休んでいる間に皆には話したけど、あの蛍丸は政府中枢に向かった。周囲を傍受してみたら、戦闘している音も聞こえてきた。……多分、今の町の中にある安全な場所は、限りなく少ないんだと思う」

 

 江雪の体からざっと血の気が引いていく。鯰尾も表情を険しい物に変え、ギリ、と奥歯を噛み締めていた。

 長谷部が告げたのはつまり、蛍丸が政府中枢への襲撃を行っているという事だ。蛍丸が去るまでに「鶴丸国永」から通信が来た事から、単独行動ではなく、突発的な行動でもないだろう。

 政府中枢がまともに機能しなくなったら、子供達の安全も保ちにくい。無用な血が流れる事も予測出来る。

 あの蛍丸達は、政府へのテロを行っている。——言葉にするにつれ、恐ろしい。

 子供達も不穏な空気を悟り、江雪の服を握る。震える手を優しく撫で、江雪は彼等に小さく笑んだ。せめて自分が平静を保つ事で、子供達に心の余裕を生み出せるようにしたかった。

 

「この後の方針は決まってます?」

 

 鯰尾が真剣な声音で問う。長谷部は深呼吸を数回繰り返してから、口を開いた。

 

「……蛍丸を討つのは確定だ。一期がそこに加わるかどうか、今検討している所でな」

「え、何故一期が蛍丸討伐に?」

「そうですよ、俺達の為にさせるのは流石に——」

「確かに蛍丸とは無関係だ。だが通信を聞いたらそうも言っていられなくなってな……」

 

 通信、と一瞬呆けて首を傾げる。江雪に覚えのない気配である事から、氷雨の鶴丸ではないだろう。しかし、一期は反応した。それの示す所は——

 考えが至ったと同時に一期がいるであろう二階方面に視線を飛ばす。鯰尾も同じ答えに辿り着いたのか、声をわななかせて長谷部に尋ねた。

 

「……まさか、通信相手の鶴丸国永が」

「……ああ、一期の本丸の鶴丸だったらしい。通信相手があいつの本丸の奴だと確信を得てから、許せないと据わった目で言っている。審神者への忠誠心があるのなら、怒るのも当然なんだろう」

 

 それはそうだ、と意識の片隅で思う。仲間が審神者を欺いたのなら、配下のものとして落とし前をつけさせるのは当たり前の事。一期も背信者への憤りを露わにし、少しでも動けたらと思ったのだろう。

 

「でも、審神者さんには伝えたんですか? 単独行動をするには、あまりにも危険な相手じゃ……」

「さっき連絡を入れたが、あっちもかなり混乱していた。当分、まともな対応は出来ないだろう」

「だからって……」

「それに、一期の決意は固かった。一振りでも鶴丸と話をつけに行くと言っていたからな。単独で放り出す方が不安だ」

「……あー、逆に連れて行った方が手綱を着けられて安心だ、と。まあいち兄の気持ちは分かるんですけどね……」

 

 半ば困ったように鯰尾は笑う。長谷部も呆れた様子で微かに息を吐いた。

 一期は政府中枢に向かうと決めた。自分はどうしようか。

 ——子供達をせめて安全な場所まで連れて行きたい。しかし誘導候補だった政府中枢は今、最も危険な場所になりつつある。ずっとこの本丸にいる訳にもいかない。自本丸へ戻るべきだろうか。だが道中に成れの果てが放たれているのだ、子供達を安全に誘導できるか不安が残る。

 途方に暮れている江雪の耳に、バタバタと階段を駆け下りる音が入ってくる。振り返ると、顔を強張らせる春光隊の面々と蒼穹の一期がリビングの入口に立っていた。

 

「鯰尾、起きたか!?」

「起きてます、どうしました!?」

「まずいよ、本丸のある区域にまで成れの果てが入り込んでいるんだ! 江雪さんも子供達は本丸に戻さない方がいい!」

「防護壁とかどうなってるんですか!?」

「本当どうすり抜けたんだろうな、このままだとこの森にも入って来かねないぞ!」

 

 腹立たしそうな薬研が示した予想図に、子供達は震え上がり江雪の服を握る。江雪もまた、一つの選択肢が潰された事で手に汗を滲ませていた。

 自本丸に戻るのは今の時点だと駄目だ。江雪一振りで何とか支えていた状態なのだ、成れの果てを防げるとは到底思えない。

 ならば、戦場と化している政府中枢に行くか。それにも大きな懸念がある。子供達を守りながら戦い、安全な場所へ誘導出来るか。……情けない事に、言い切れる自信が全くないのだ。

 六人の子供を、傷一つ付けずに守り切りたい。そして、行方不明になっている三人の子供を見つけ出したい。その両方を成し遂げるには、一振りだと難しいだろう。自分一振りだけで、子供達に襲い来る何もかもを薙ぎ払えるとは思っていない。自分の力量を見誤り、全てを失う事になるのはごめんだった。

 眉はひそめられ、子供達を抱く手に力が入ってしまう。江雪の険しい顔を見上げる子供達は、不安そうに見つめ合い、彼の袖を引こうと手を動かしかける。

 

「江雪!」

 

 江雪の耳へと真っ直ぐに、声が飛び込んできた。ゆっくりと声の方へと顔を向ける。

 戦装束を纏う春光隊が、こちらを見据えていた。歌仙が一歩進み出て、眼光を鋭く研ぎ澄まし告げた。

 

「——子供達は、僕等にとっても大切だ! 君一振りだけに任せるつもりはない!」

 

 歌仙に同意する春光隊の頷きは力強く、あまりにも頼もしく江雪の目に映った。その中で長谷部だけは子供達に近寄り頭を優しく撫でていた。子供達は少しだけ体の力を緩め、長谷部を見返す。その目には微かに、小さくはない信頼が見えた。

 

「江雪殿」

 

 友の穏やかなのに意志を感じさせる声音に、江雪は息を呑む。彼だって激情を抱えているだろうに、それを子供達に気取られないよう安心させる様子で頭を下げる。空色の髪がしゃらりと揺れるのが目に残った。

 

「どうか、私にも子供達を守らせて頂きたい。……子供達に、私達の不始末を背負わせたくないのです。私を、悪意から守り抜く戦力に数えて頂けませんか」

 

 自分の本丸から、裏切り者が出た。本来なら衝動に任せて動いてもおかしくない状況だ。それでも一期は、その怒りを前面に出す事はせず、子供達を思い助力を申し出てくれている。守られるべき者達に、背負うべきもの達の重みを押し付けたくないと、子供達の傷を減らそうとしてくれている。

 それがどれだけ得難い物だと感じたか、どれだけ嬉しかったか、言葉にするのは難しい。胸を打つとはこういう事かと、江雪は染み入るように感じていた。

 彼等の厚意を感じていなかった訳ではない。だが、今の今まで自分の力しか頼れないと思っていた。

 力を貸そうとしてくれるものが、周りにいる事。そしてその助力の申し出は、決して生半可な物ではない事。その事実を叩き込まれた今、渡された厚意を無碍にする選択肢など選べなかった。

 

「……一振りだけで何とかしようとした、私が間違っていたのですね。子供達には、こんなにも味方がいたというのに」

「……では……!」

「はい。一期、春光隊の皆さん、どうか力を貸して下さい。何としてでも子供達を守り切りたいのです」

 

 顔を上げた一期は、期待する響きのある声を江雪に向け目を見開く。それに頷き、江雪も静かに頭を下げる。

 一振りでは、最初から限界があったのだ。それを分かってはいたが、優しいひと達を巻き込めないと思い込んでいた。優しいひと達は、力になりたいと願っていたのに。

 氷雨の鶴丸が一振りで煮詰まっていた時のように、誰かがそっと支える事で見つかる道もある。そして悩むものを支える事が、その誰かにとって確かな力へと繋がる事もあるのだ。大切なひとの力になれない事が、悲しみに繋がる事もあるように。

 深々と礼をする江雪に頭を上げるように言ってから、歌仙は綻ぶ花のような笑みを浮かべる。それは、巨木のように優しくどこまでも安心感のある笑顔だった。

 肩から力が抜けていく。ともすれば座り込みそうになりそうな江雪に、歌仙は笑みを浮かべたまま力強く頷いた。

 

「承った。必ず、子供達を守り抜こう」

「私も微力ながら力添えを致します」

 

 過酷な戦いになるだろうに笑ってくれる優しい部隊と大切な友に、改めて頭を下げる。目の前が少しだけ滲んだのは、子供達に気付かれなかったと思いたい。

 子供達もおっかなびっくり頭を下げていく。守られなければならない場面だと分かっているのだろう、春光隊や一期に、お願いしますと口々に告げている。

 ……複雑な気持ちだろうに、やはり聡い子達だ。何としてでも、彼等には安寧をもたらさなければならない。

 

「……それで、この後はどうすればいいですか?」

「政府中枢にあるゲートから、子供達と小夜達を隣接する町に避難させよう。他の町では流石にテロも起こっていないはずだ。戦場の中にゲートがある以上、一か八かの賭けになるが……」

 

 一期が行動の指標を仰ぐと、長谷部が端末を立ち上げ地図を表示させる。比較的安全なルートを導き出し、地図にマーキングしていく。賭けに近い状況に不安を覚えているのか、顔には翳りが浮かんでいた。

 ぽん、と獅子王が長谷部の背を叩き、ニッと歯を見せる。それに長谷部も力無く微笑み返した。

 

「それでも、何もせずに襲撃を迎えるよりかはマシだろう。門の位置は把握済だよな?」

「うん」

「なら、早速動いた方が良さそうだね。——この辺りにも嫌な気配が漂い始めた、時間はかけられないよ」

 

 ばっ、と窓の外を見る。遠くの方、微かな点程度しか見えていないが、黒い影が蠢いている気がした。子供達が再び顔を青ざめさせる。彼等の肩を抱えつつ、江雪は唾を飲み込んだ。

 

「そうだ、物吉と秋田はどうする? 戻らなきゃならないなら、俺が送り届けるけど」

 

 鯰尾の言葉にそういえば、と意識を向ける。春光隊の中にその二振りもいたのだ。確か、別の本丸から預かっている帰還予定だった二振り。今の今まで思い出せなかったのは、やはり()()の特異性故だろうか。

 

「少数で行動する方が今は危険でしょう。ボクは状況が安定するまで、春光隊の皆さんと戦います」

「……僕も、皆さんの側にいます。いち兄と離れるのは、その、不安なので」

「分かった、ありがとう。でも二振り共、無茶はしないでね」

 

 物吉はにっこりと意思を示し、秋田はぼそぼそと小さく呟く。鯰尾は二振りに礼を述べ、秋田の頭に手を置いた。

 蒼穹の秋田と一期が仲直りしたというのは聞いていた。だが実際に兄を信頼しているのを目の前で見ると、良かったという安堵が込み上げる。一期達が苦しんでいたのは知っていたので、直接力になれなかったのが少し申し訳ない。仲の修復を後日存分に祝福しようと、江雪は全てが終わった後の事を考えて己を鼓舞した。

 

「皆、水は充分飲んだか?」

「う、うん」

「飲んだよ」

「長旅になるかもしれないから、体調は万全にしておかないといけない。全員、これから全力で走らなきゃならないけど、傷なしで助かる為だ。分かってくれるな?」

 

 薬研が厳かに子供達へ尋ねると、おっかなびっくり答えが返ってくる。長谷部は子供達と視線を合わせ、顔色を見ながら口元を緩める。その表情と言葉のギャップに目を白黒させながら子供達は頷いた。

 

「よし、それじゃあ行こう。門までの道を、何としてでも切り拓くぞ!」

「了解!」

 

 歌仙の高らかな声に、刀達が気強く応える。

 戦場に飛び込むのは、守るべき者達を守る為。江雪は刀を握り締め、子供達の背を刀達の輪の中に押した。

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