空隙の町の物語   作:越季

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18-5「到着-氷雨-」

 足早に玄関へ向かうと、既に他の隊員が揃っていた。政府からの調査員である小烏丸が、こちらへと顔を向けて手を挙げる。小夜、青江、次郎もそれぞれ反応を示し、遅くなったと告げる長谷部と共に鶴丸も手を振った。

 小烏丸の前に立つと、彼は咳払いを一つして引き締めた顔を上げた。

 

「さて、早速だが対策局までの道案内はこの父が勤めよう。本来は我がこの本丸の調査を任されていたが、それは別のものに託す事になる。——あくまでも、そなたらの疑いは晴れていないと心得よ」

「まあ、そうだよね。案内は任せたよ」

「疑われてるって教えてくれるだけ有難い、と思うべきなんだろうねえ。あー、ゆっくり酒が飲みたいよ……」

「全てが終わったら、僕も付き合いますよ。……小烏丸さん、お願いします」

 

 青江は肩をすくめて内心を隠した笑みを浮かべているが、次郎は既にげんなりと様子で酒樽を叩いている。小夜がそれを宥めつつ、小烏丸に頭を下げた。

 

「痛い腹がないなら、堂々としていればいい。俺達が今すべきはただ、背信者を討ち倒す事だけだ。案内は頼んだ、小烏丸」

 

 次郎に少しだけ穏やかな目線を一瞬向け、長谷部は凛とした佇まいで小烏丸に向かい合う。続いて鶴丸も、小烏丸に自身の気持ちを述べた。

 

「色々言っておきたい事はあるが、今は敵を倒す事に集中するさ。……堀川は、俺達が何としてでも討ち取る。そうじゃないと、気が収まらないんでな」

 

 うむ、と小烏丸が鷹揚に頷く。そしてひらりと背を向けると、一言だけ告げて地を蹴った。

 

「……対策局は今や、見るも無残な有様よ。こちらとしても、これ以上戦力を落とすのは避けたいのだ。我としては、そなた達の忠心を信じたいのが本心。その為にも、大きく戦果を挙げるのを期待しているぞ。……では、参ろうか」

 

 軽やかに駆ける小烏丸に、調査部隊は何も言わなかった。ただ引き離されないよう、その背中を追いかける。

 自分達の不始末は、自分達で片付ける。それは小烏丸に言われなくても、調査部隊全員共通の認識だった。

 

 

 本丸区域を駆け抜けていくと、あちこちからきぃん、と高く激しい剣戟の音がした。どうなっているんだ、政府に通報は、と混乱している声も聞こえてくる。本丸区域のもの達には、持ち堪えてくれることを祈るしかない。

 当然、道中ではあのヒトガタも襲い掛かってきた。見通す先が闇で覆われる程に数が多かったのだが、小烏丸はあまり相手にするな、と先へ進む事を命じた。

 

「消耗するとこちらも困るのだ。他の本丸にここの事は任せ、我等は対策局へ急ぐぞ」

「こんな数を避けろって言われてもなあ……!」

「それでも避けて貰うしかないのだ。——恐らく対策局にこやつらの操り手がいる、そやつを打ち倒さなければ延々と湧いて出てくるぞ」

 

 操り手と聞いて、長谷部が小烏丸に鋭く目線を向ける。

 

「……こいつらは、操る事も可能なのか」

「ああ、そこまでは聞いていなかったか。……そうだ、こやつらは()()()()で命を落とした者の怨霊でな。その怨念を突いて操作可能にした輩が、襲撃の下手人の中にいるのだ」

 

 ある実験、と言葉にする前に小烏丸が言い淀んでいたのを、鶴丸と小夜は聞き逃さなかった。一瞬小夜と目を合わせて己の推測を確信に変えた鶴丸はここでもか、と舌を打ちたくなる。

 実験——それはあの蛍丸が修羅になる前に施された、地獄のような苦行と同類の物だろう。それが少なくない数いるとは感じていたが、ここまで多くの命を費やしていたとは。

 それも今まで連綿と紡がれた歴史を守る為なのだと、分かってはいても。鶴丸は、窮地に追いやられた人間の業を感じざるを得なかった。

 

「よし、対策局が見えてきたよ」

「状況は——ああ、最悪そうだな」

「分かっていた事でしょう?」

「殺気が溢れてるねえ、冷めちゃうなあ……」

 

 調査部隊がそれぞれ、土埃や煙があちこちから上がる対策局に目をやる。段々近づいていくと、惨状に苦しむ悲鳴や物が崩壊する音が耳に入る。大きく爆ぜる音すら飛び込んできて、果たしてどんな地獄が繰り広げられているのか、想像するのも悍ましい。

 穴の開いた塀の前で小烏丸は足を止め、中の様子を静かに窺う。しばらくそうしてから調査部隊の面々をぐるりと見渡し、己の刀装玉を手に取って告げた。

 

「総員、損傷はないか? ……これより対策局に入る、刀装を展開し戦闘態勢に移行せよ」

 

 調査部隊は刀装を展開する。鶴丸が持ってきたのは、バランス良くステータスが上がる軽騎兵。長谷部も同じく軽騎兵、次郎は精鋭兵、青江は弓兵、小夜は銃兵だ。遠戦装備の二振りは打撃上げとリーチ拡張を、そうではない三振りは機動上げを目的に刀装を選んだ。

 全員が刀装の展開が完了したのを確かめ、小烏丸は空いた穴から対策局内部に滑り込む。調査部隊も彼に続いて、中へと足を踏み入れた。

 鶴丸の足元に何かが当たる。見ると、人の腕が肩から切り落とされた状態でそこにあった。ざっと周囲へ目をやる。五体満足の遺体だけではなく足や腕がなかったり、胴体に大きく切傷があったり、元の体の部位が辛うじて分かる程度にしか形を留めていない肉片があったりと、多くの血溜まりに犠牲者達が沈んでいる。

 ——登庁してきた一般職員はほとんど死んでいるか。随分と徹底的だな。

 ネームプレートがついている遺体達の状況から見て、そう判断する。

 食い散らかしたように惨殺されている職員達は、大体が上層部の事情など知る由もない、然程大きくない役持ちか役なしの人間だ。罪のない職員まで巻き込まれているのを見ると、テロ首謀者達の悪意をまざまざと感じて気分が悪い。その中にかつての仲間がいるというのも複雑である。

 

「……小夜。どう思う?」

 

 不意に、長谷部がそう尋ねた。しゃがんでじっと遺体を見つめていた小夜は立ち上がり、柄を握り締め答える。

 

「一般職員の犠牲が多い……少なくとも、奥へ行くように誘われていますね。僕としてはこの状況を放っておくのか、見過ごすのかと挑発されているような気もします。相手に何か手があるのかもしれません。これ以上犠牲を出さないようにするのも肝要ですが、進軍は慎重にするべきかと」

 

 確かに小夜の言う通り、相手の悪意に乗せられて謀略に引っかかるのはまずい。あちらには少なくとも、ヒトガタを操れるというアドバンテージがある。底が見えるようになるまで、こちらは慎重に動かざるを得ない——口惜しい事だが。

 

「同感だな。堀川達がどこにいるかはまだ分からないが、こちらの一挙一動を見られていると言っていいだろう。——こうして、監視の目を送られている事だしな」

 

 長谷部が建物を見上げながらすらりと鞘から刀を抜き放つ。次の瞬間、高く澄んだ音と共にカシャン、と何かが砕け散った。

 地面には、壊れたシャープペンシルが落ちている。——間違いない、ヒトガタの「鍵」だ。

 

「落ちてきた方向は見ていたな?」

「うん、人影も確認した。隊長の言う通り見られているね」

 

 鋭く目を細めた青江も建物を仰ぎ見て抜刀する。調査部隊全員の抜刀を確認してから、長谷部は耳に手を当てている小烏丸に尋ねた。

 

「上からの命が下りたのか?」

「ああ、主から至急合流するよう命じられた。我の案内はここまでだが、互いに事態の収束に向かえるよう祈っているぞ」

「案内助かった、小烏丸」

 

 ではな、という言葉を残して小烏丸は地を蹴り遠ざかった。それを一瞬だけ見送って、長谷部は隊員達に向き直る。

 

「俺達は『幽霊』を討伐しつつ、背信者共の元へ向かうぞ。準備はいいな?」

 

 調査部隊員は頷いた。よし、とだけ言った長谷部は身を翻し、建物入口に集まるヒトガタの群れの中に突っ込んでいく。

 ヒトガタは突っ込んできた長谷部へと一斉に襲い掛かる。覆い被さるように向かったヒトガタはしかし、数秒後に黒い霧となって消えていった。ぽっかりと空間が出来た周囲では、「鍵」である欠片達が地面へ向かって落ちていた。

 

「長谷部、短い間に腕を上げたなあ。……さて、俺達も行くか!」

 

 鶴丸も長谷部の背中を追う。残り三振りも刀を構え、戦場へ飛び込む為に駆け出した。

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