空隙の町の物語   作:越季

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18-6「到着-雲霄-」

 鶴丸達氷雨調査部隊が対策局に到着する少し前。雲霄隊第一部隊は、審神者から政府要人の殺害阻止を命じられ、対策局までの道を駆けていた。目的地が近付く度に増えていく成れの果ては、彼等に過酷な事態の発生を感じさせていた。

 

「本当にこの数、どうやって用意したんだろうな……!」

「加州殿、公安局に連絡はついたか?」

「ぜんっぜん繋がらない! 多分あっちも大わらわなんだろうけどさあ!」

「手を焼いているのは間違いなさそうですね。急ぎましょう」

 

 誰も彼も、表情が強張っている。足を動かしつつ、鶯丸は漂う血の匂いに漏れそうになったため息を押し殺した。

 城下町に溢れる成れの果ては戦力分散の為の囮、というのが加州の意見だ。それでも成れの果てを退治しなければ、いつまで経っても城下町に平穏は訪れない。それに、今は室内に籠っている人間を襲っていないが、いつ建物内に成れの果てが入り込んでもおかしくはないのだ。

 結果、政府側の本丸も成れの果て退治に追われる事となり、対策局に向かえている部隊はかなり少ない。対策局襲撃が起こった時点で向かおうとした部隊もいたらしいが、成れの果てに阻止され合流するのは遅くなると連絡があった。

 対策局で待機していた部隊の他に、どのくらい人員が割かれているのかは分からない。だが現時点では、かなり不利な状況での戦闘になるだろう。流れる血も多くなるに違いない。憂鬱な息を再び噛み殺し、鶯丸は走り続けた。

 

「対策局が見えてきたよ! 全員刀装展開!」

 

 加州が声を張り上げて、刀装玉を上へと放り投げ兵を呼び出す。現れた兵は、盾を構えて加州の周りへとついた。

 雲霄隊は全員、防御力を上げつつ兵の多い重歩兵及び盾兵を選んだ。長い戦いになるだろうと見越しての選択だ。刀装が壊れる事態にまでにならない事を祈りつつ、鶯丸も刀装を展開する。

 塀を超えて対策局へ入ると、一層強く鉄臭い匂いが漂った。周囲を見渡すと、やはりそこには地獄絵図と呼んで差し支えない光景が広がっている。

 ある場所では、成れの果てが息絶えている職員に群がって体を切り刻んでいる。ある場所では、まだ息のある別の職員をいたぶるように成れの果てがゆっくりと刃を沈めている。またある場所では、悲鳴を上げている職員に火をつけて嘲笑うように成れの果てが体を揺らしていた。

 悪意に満ちた惨劇が、目の前で繰り広げられている。加州は顔をしかめてからぐるりと視線を動かし、一点を見つめると目を見開いて駆け出した。抜刀し刀を横に一閃すると、成れの果てはさらさらと霧散していく。成れの果てが消えた向こうに、腕から血を流した職員が座り込んでいた。

 

「大丈夫!?」

「……き、救援……?」

「そうだよ、間に合って良かった! これから他の部隊も来るから、気をしっかり持って!」

「あ、ああ、そうか、救援が来たのか……」

 

 職員は体を震わせて、加州を見返す。鶯丸達も加州の元へと駆け寄り、周囲の成れの果てを退けようと刀を構える。

 鶯丸は穏やかな表情を職員に向けて、尚も恐怖が抜け切らない彼へと尋ねる。

 

「ここまでよく持ちこたえたな、よく頑張った。アレをけしかけたのは刀剣男士で合っているか?」

「……そ、そうです。堀川国広が、何かをばら撒いたと思ったら、あれが現れて……」

「堀川の他に一緒にいた奴はいるか?」

 

 蜻蛉切がそう聞くと、職員は唇を震わせながら答えた。

 

「い、一緒にいたのは鶴丸国永と蛍丸です。ですが、会話の中で乱藤四郎と宗三左文字と小狐丸の名前が出ていました」

「その六振りは建物内ですね?」

「はい……痛っ……!」

「大丈夫であるか? すぐにでも、安全な場所に連れていきたい所であるが……」

 

 険しい顔をして山伏が職員の顔を覗き込む。職員の腕の傷はかなり大きく、このままではまずい事になるだろうと一目で分かる。

 だが、今の対策局はおろか町の中ですら、安全な場所が思いつかない。町の隅々まで成れの果てが蠢いているのだ、迂闊な場所は選べなかった。

 

「とりあえず、公安局室まで行こうか。動ける?」

「は、はい」

「貴重な生存者だ、傷一つ付けさせん。さて、公安局長はどうしているだろうな……」

「無事でいる事を祈るしかないな。まあただでやられる人間ではないだろうが」

「では参ろう。傷の具合が悪化しないとも限らんからな」

 

 山伏へ頷いた蜻蛉切が、職員に手を差し伸べ立ち上がらせる。職員もぎこちなく手を取り体を動かした。

 周囲を警戒し時には迎撃しながら、建物内を進む。成れの果ての数はやはり多く、少し進むのにも手を焼く始末だった。

 

「姿を見せないね、襲撃者達」

「どこで何をしているのか把握出来たらいいんですけどね……」

「手負いの人間がいるんだ、戦闘回数は少ないに越した事はない。公安局員が無事でいてくれるといいんだが」

 

 ふと、平野が足を止める。そして前方をじっと睨みつけると、鋭く叫んでから駆け出した。

 

「——公安局室方向から鋼の音がします!」

 

 敵襲の報に隊員達が平野に続いて走り出す。蜻蛉切は職員に一言断りを入れて彼を背負い傷に障らないようにしている。

 その職員は、震える声で呟いた。

 

「……ああ、あのテロリストが、公安局室にまで……!」

 

 その言葉を聞いていた鶯丸は、改めて耳を澄ませる。

 高く澄み渡る剣戟の音が走る度に近づく。それが間を置く事なく響き続けている。更に走ると、微かに声が聞こえてきた。

 

「……あるじさま、通信はまだ復旧が……!」

「……くそ、あっちも襲撃されたか!」

「速過ぎる、こいつ修行済みか!」

「傷は出来るだけ負うな、毒にやられるぞ!」

 

 公安局室付近の曲がり角まで来ると、壁や設備の破壊音と共に何かが跳ね回っていた。公安局員とその配下の刀剣男士へ次々と攻撃を加えるそれは、廊下に降り立つと背筋が凍る程冷えた声で告げた。

 

「そろそろいいかな。……銃兵、構えて」

 

 言い終える前に、平野が床を蹴って飛び出した。角で足を踏み切って曲がり、兵に向かって大きく叫んだ。

 

「重歩兵、職員の皆様を庇って下さい!」

 

 重歩兵が平野の命を受け、公安局室内へと入り込んでいく。銃兵が弾丸を放つ先に、重歩兵は次々と割って入った。弾丸によって、重歩兵が三名程弾けて消える。少し遅れて重歩兵達の元に着いた平野は、刀身を構えながら公安局員達を背に庇う。

 

「皆様、ご無事ですか!?」

「あんたは……雲霄隊の平野か?」

「良かった、増援だ!」

「要請は届いていたか……!」

 

 公安局員が平野が現れた事に安堵の声を上げる。それでも公安局の刀剣男士達は体勢を崩さない。睨み付ける先にいる襲撃者が、まだ銃口と鋒をこちらに向けているからだ。

 襲撃者はつまらなさそうにヒールを鳴らし、不安を搔き立てる歪な笑みを浮かべた。

 

「あーあ、もう邪魔が入っちゃったか。政府も自分の危機察知能力だけは高いんだから」

「何でこんな事を……乱兄さん」

 

 平野は敵意と困惑を混ぜた感情を乗せ、鋒を襲撃者——乱藤四郎に向ける。乱は動じた様子もなく、短く嘲笑した。

 

「何で? 分かり切っているでしょ? ボク達は政府を憎むもの達。それだけじゃ理由に出来ないの?」

「どうして無関係の職員を襲ったのですか? 憎悪を抱いているのは一目見ただけでも分かります。けれど、ここまでの惨劇を起こす必要があったのですか?」

 

 平野の問いは、強者側の問いだ。多くのひとが抱くその問いは、しかし少数派の乱の笑みを崩れさせる程度には嫌悪感を催させたらしい。

 

「——無関係?」

 

 眉間に皺を寄せ目を見開いた乱は、一気に殺気を溢れさせながら平野に叫んだ。

 

「揃いも揃ってボク達の悲鳴を封殺した癖によくそんな事言えるよね! どいつもこいつも、助けてって叫びすらなかった事にして、踏みつけにした癖に! それで無関係なんて言葉が吐けるなんて、ある意味その白々しさは尊敬するよ! 救助要請を聞かなかった事にして、ボク達を害そうとした奴を庇い立てした時点で、政府の奴等は全員敵だ! どんなに下っ端だって言い訳しようが関係ない、あるじさんの死に関わった奴等は全員地獄を見せてやる!!」

 

 びりびりと、空間に振動が走る。乱の叫びには、余りにも強い憎悪と悲哀が込められていた。

 平野は乱に相対しながらも、歯を食いしばって悔恨の念を味わっていた。

 ——この乱兄さんは「大移動」の生き残り。どうして首謀者達より先に、僕達が接触出来なかったのか……!

 庇い立てという発言から、乱が政府の制裁を知っており、それに疑問を抱いているのは間違いない。その疑問を強固にさせたのが、首謀者なのだろう。

 確かに、外から見て軽いと思われる制裁を下された人間がいるのも確かだ。だが様々な思惑が絡み合う中で、一番重い罰をようやく下せたこちら側の事情もあるのだと言いたい。きっと彼等には、言い訳だと一蹴されてしまうだろう。

 それでも、こちら側は一切彼等を軽んじていた事はない。きっと的外れな事もしたのだろう。けれどもままならない調査の中から最善を選ぼうとし、彼等に出来る限りの配慮をしたのだ。何もしなかったと否定されるのは、こちらとしても嫌だった。

 

「僕達は、救助要請を無視した事はありません! きっと乱兄さんのいた町では、要請を握り潰すような人間が多くいたのでしょう。でもこの町では、そんな事をしたら懲罰が下されます! 制裁だって、当事者達にとっては非常に重い罰を下しています! 不満があるのなら、関わりのない職員ではなく僕達に言えば——」

「とことんいい子の発言だね、平野。ボク達をそんなお綺麗な言葉で流されるような刀だって見くびっているの? どんなに言い繕っても、こっちに逃げて懲罰を逃れた人間がいるのは知っているんだよ! それとも何? 平野達の言う罰っていうのは、罪のない審神者達を散々甚振った人間に、新しく役職を与えて暢気に過ごさせるっていうのがあるの?」

「その役職だって、ほとんど監視付きの牢獄に入れているような物です! 罪から逃れようとした人間を許したりはしていませんし、暢気に過ごさせるような事にもしていません!」

「まだ分からない? それともしらばっくれてるのかな? ——そんな罰じゃ、ボク達は足りないって言っているんだよ」

 

 鼻で笑い、乱は己の刀装兵達に手を翳す。充填が終わったらしい兵達は、いつでもこちらを撃ち抜けるように備えている。室内の職員達は、恐れたように少しずつ後退していた。

 

「そんな生温い罰で制裁を済ませたって言うような奴、信じるに値しないんだよ。あるじさんを追い詰めた奴等は、まだのうのうと生きている。この手で地獄を見せなくちゃ、ボクの気持ちは満たされないの」

 

 嘲りに歪めた表情に、一切の揺らぎはない。平野は口惜しそうに眉をひそめ、鋒を震わせる。乱はまた飽きたように表情を消し、ヒールを鳴らしつつ刀装兵に命じようと口を開く。

 

「話にならないね。銃兵、目の前の刀剣男士を撃って——」

 

 命じる口が閉じ切らない内に、平野は懐へと走り出した。攻撃が成功するとは思っていない——少し()()()()()()()()()。乱は目を少し見開かせるが、すぐに迎え撃とうと刀を構える。

 その一瞬、確かに乱の意識は平野に集中した。

 

「——時空座標指定、完了!」

 

 その声と共に、空間が揺らぎ始める。時空転移が開始された事に乱が今度こそ目を震わせた。

 曲がり角から親指を立てながらこちらに駆けてくる加州の姿に、平野はほう、と息を吐く。——どうやら、隊長の目論見通りになったようだ。

 

「雲霄隊、頼んだぞ!」

「あの職員はこっちで何とかする、そっちは任せた!」

「こちらも態勢を整えてから沈静に向かうからな!」

 

 同じく加州の策に乗った公安局員達がそう言いながら部屋を駆け回り始める。公安局の五虎退が一礼したのを見たのも束の間、視界が暗転し足が浮き上がる。

 床にふわりと足がつく。目の前には四角いドーナツ状になった大きな机が置かれ、後ろにはプロジェクタースクリーンが天井から吊り下げられている。

 飛んだ先は、中くらいの会議室であるようだった。周囲を見回すと既に他の隊員は刀身を構えている。乱は、と気配を探すと、射殺すような猛烈な殺気とともに、銃弾が迫る。

 平野は腕を掴まれ、思い切り後ろへと引き下げられる。盾を持つ兵が目の前に現れ、銃弾によってかき消された。

 

「鶯丸様、助かりました」

「まだ時空酔いが抜けないか、だが存分に動いてもらうぞ。どうやらお前が戦いの鍵になりそうだからな」

 

 平野に視線を流し微笑んでから、鶯丸は前を睨む。視界を動かすと、頭を押さえる手の隙間からこちらを見据える乱が、ふらりと立ち上がる所だった。

 

「……やってくれたね」

「話し合いでどうにかなるなら、それが一番よかったんだがな。そうはならなさそうだったから、隊長が一計を案じた訳だ」

「時空の裂け目がやたら多かったからねー。相当暴れてるでしょ、お前達。時空にまで手出ししてるって、想像したくない手も使ってんだろうね、きっと」

 

 一歩踏み出して、加州が鋒を乱へと向ける。

 

「念の為聞くよ、反逆者。——刀を収める気は?」

「——ある訳ないでしょ、政府の小間使い」

 

 冴えた声で告げられた最終確認を一蹴し、乱は腰を落とす。雲霄隊もそれぞれ戦闘態勢を崩さず、反逆者の動きを注視していた。

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