空隙の町の物語   作:越季

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3-4「森の中の部隊」

 目を開けると、見慣れた天井。見慣れた壁。見慣れた家具。蒼穹の一期ががばっと勢いよく起き上がれば、頭がずきずきと痛んだ。下を見ると、きっちりと布団もかけられている。

 昨日自分は鶴丸たちと飲んでいたはずだ。だが、途中からの記憶が一切ない。一体どうやって自分はここまで戻ってきたのか。――何だか嫌な予感がする。

 障子を開けて、厚、薬研、乱が入ってきた。

 

「あっ、いち兄起きた!」

「よぉ、いち兄。体調は大丈夫か? 昨日あちこちぶつけたみたいだから、湿布を貼っといたぜ」

「いちにい、昨日は凄かったなー! あっ、風呂には入れたから安心してくれ」

 

 何を安心しろと言うのか。嫌な予感は高まりつつある。一期は、恐る恐る三振りに尋ねた。

 

「……私は、昨日、どうやってここまで帰ってきたんだ」

 

 厚、薬研、乱は覚えていなかったのか、と言いたげな表情で目を丸くしていた。気まずい空気の中、口火を切ったのは薬研だった。

 

「昨日、雲霄隊の鶯丸から連絡が来てな――」

 

***

 

『すまない、そちらの一期が酔っ払ってしまってな。城下町の入り口まで送るから、迎えに来てもらえないだろうか』

 

 連絡が来たのは、午後十時半。それを受けて、審神者はまだ起きていた厚、薬研、乱に同行を頼んだ。

 快諾した三振りと審神者は、軽く舗装されている道を歩いていく。

 

「いち兄、酔っ払っちゃったんだ。なんか意外、強そうな感じがしたのに」

「いち兄だって完璧じゃない、そういうところもあるさ」

「達観してんなあ薬研……。俺も一期が酒に弱いなんてびっくりしたってのに」

「あっ、大将、あそこじゃないか?」

 

 城下町の入り口に、男一人にしては一回り大きい影が見える。近づいてみると、それは一期を背負った鶯丸だった。

 

「来たか、蒼穹の」

「いやあ、お手間をかけさせてすまねえ。酒に弱いなんて知ってたら、俺も自重しろと伝えたのに」

「気にするな。割といつものことだ」

 

 蒼穹の審神者に笑いかけ、一期を引き渡す。審神者が受け取ると、それではな、と鶯丸は闇に溶けていった。

 

「おーい一期、しっかりしろー」

「……ん、あ、あるじ?」

「そうだぞ、主だぞー。迎えに来たから帰ろうなー」

 

 一期を背負った審神者を見ながら、三振りはひそひそと囁き合う。

 

「いちにい、本当に酔ってるな」

「なんかちょっと顔が幼くなってない?」

「気が緩んでるんだろうなあ」

「……です」

「ん? なんか言ったか?」

「オレは何も言ってないぞ」

「ボクも」

 

 声の出所を三振りが探っていると、審神者に背負われた一期が叫んだ。

 

「おとうとたちは、どこにいるのです!」

「ちょ、一期、耳元で叫ぶな!」

 

 そうかと思うと、審神者の背中から転げ落ちるように降りて、一期は側溝に頭を突っ込んだ。

 

「はかたー! ごとうー! でておいでー!」

「ちょ、いち兄! 何やってるの!」

「ここからちかにつづくみちがあるはずです! そこにきっとおとうとたちが!」

「落ち着けいち兄、そこから大阪城には繋がってねえから!」

 

 頭を突っ込んだまま、弟たちの名を叫び続ける一期。かと思えばふらふらと立ち上がり、本丸の方向へと歩き出した。

 

「あはは、おとうとたちがわたしをよんでいるーまってくれーいまかわをこえるからーおはなばたけー」

「どこに行くつもりだいちにい! ああもうすっかり酔っ払いの言動をしちまって……!」

「しかも川にお花畑って、それ彼岸行きじゃねえか! 一期おーい戻ってこーい!」

「……本丸で宴会が開かれたら、いち兄にはお酒を渡さないようにしようね」

「そうだな……」

 

 ふらふら歩き続ける一期を正気に戻そうとする審神者と厚、一期の禁酒令を出すことに決めた乱と薬研。場はまさに、酔っ払いの独壇場であった。

 その後、本丸に着いた一行は、泥まみれになった一期を風呂に突っ込み、布団まで引きずっていった。無事寝息を立て始めたのを確認した一人と三振りは、その場に座り込んで疲労困憊の息を吐いたのだった。

 

***

 

「今すぐ私を折ってくれ!!」

「大丈夫! このことは他の兄弟たちは知らないから!」

「知られていたらしばらく私は引きこもっていたよ!」

 

 顔を手で覆う一期に、乱は慰めの言葉をかける。しかし一期の気は晴れない。

 

「主にもお前たちにも醜態を晒し、迷惑をかけて……情けない……」

「まあ、少し驚いたけどな。これくらいどうってことねえよ。……ただ、今後は酒の飲み過ぎに気をつけて欲しいもんだが」

「そうするよ……」

「で、いちにい、寝起きのところ悪いんだが」

 

 厚が申し訳なさそうに、うなだれる一期に申し出る。

 

「本丸の食材が、かなり少なくなっててな。送ってもらうにも少し時間がかかる。そこで、オレたちが必要な物を買い揃えようってなってな」

「何しろ三十三振り分だからなあ。万屋まで行ったが、まだ足りない。不足分は城下町で補うことになった」

「本丸総動員で買いに行こうって。もう他の皆は下りていったよ。あと残ってるのはボクたちだけ。いち兄、行ける?」

 

 一期は、少し重たい頭を上げ、三振りに告げた。

 

「もちろん、行くよ。準備をするから、待っていてくれ」

「無理しないでね、本当に」

 

 気遣わしげに見つめる三振りに、一期はなんとか笑いかけた。ほっと息を吐く三振りは、俺たちも準備するな、と部屋を出ていく。一期は、さっと端末に来ていた新しいメッセージを確認した後、外出の準備に取り掛かった。

 

***

 

 城下町に到着すれば、そこは沢山の人々が行き交っていた。現在いるのは、城下町の中でも食品を取り扱う店が多い通り。普段城下町に下りない兄弟たちは、辺りを見回しては感嘆の声を上げていた。

 

「すごーい! 人がいっぱい!」

「そうですね。昼間の城下町が、こんなに賑やかだなんて」

「あっ、いち兄、あっちでお肉の安売りをやってます!」

「見て見て、変な形の大根!」

「鯰尾にい、買わないなら戻してこいよ……」

「鰹出汁の素、か……こんな物もあるんだな」

 

 客寄せの声、値切り交渉をしている声、子供たちが通りをはしゃぎながら走りすぎていく。弟たちは、そんな通りの雰囲気を満喫している。

 一期もその雰囲気に浮き立つ気持ちが抜けなかった。しかし、兄として忠告しなければ。

 

「お前たち、予算は限られているのだから、必要な物だけを買うようにね」

「はーい、いち兄!」

「えっと、どれを買えばいいのかな……」

 

 買い物に集中し始める弟たち。一期も、メモを取り出し、必要な物を買い揃えようとする。

 しかし、頭痛がひどくなってきた。立っているのが少し辛い。どこかに座る場所がないか探していると、腕を引かれる。

 

「!? ……んぅ……っ!」

 

 口元を、布が塞ぐ。思いっきり息を吸い込んでしまい、一期は意識を手放した。

 

 

 目を開けると、そこは背の高い木が生い茂る森の中だった。背中に、木の感触がする。目の前で、二人の男たちが会話をしていた。

 

「なんだ、これだけかよ。シケてんなあ、もっと持ってるはずだろ」

「天下の刀剣男士サマなら、溜め込んでるはずたよな? ……ああ、飼い主に吸われてんのか」

 

 手には、一期の財布。思わず返せ、と叫ぼうとしたが、口をテープで塞がれている。腕も、縄で縛られているようだ。

 

「おお、刀剣男士サマのお目覚めだぜ」

「随分ねぼすけだったなあ、ええ?」

 

 敵意に満ちた嘲笑が降ってくる。一期は、きっと男たちを睨みつけた。

 

「おおこわ。こんな状況でも戦闘意識をなくさないとは」

「そうだな。でも――」

 

 男の一人が、ナイフをくるくる回したと思えば、一期の足を大きく切りつける。

 

「……っ!」

「痛みに弱いのは、人間と同じだろ」

 

 痛みに目を瞑るが、一期はすぐにまた鋭い視線を取り戻す。男たちは口笛を吹き、煽った。

 

「ヒュー! 強いねえ」

「流石、刀剣男士サマってところか。じゃあ次はこっちだな」

 

 そうして男たちは、近くにあった枝にライターで火を付け、一期に近付ける。一期は、顔を青ざめさせ、それから逃げようと身をよじった。

 

「やっぱり火には弱いか。――楽しめそうだな」

「ああ。――兄貴たちの恨み、たっぷり晴らさせてもらおうじゃあないか」

 

 火が、足の傷に当たる。まさしく焼ける痛みに、一期は声にならない叫び声を上げる。やめろ、やめろ、また、全てを焼き尽くされるのか。あの時のように――。

 

「――流石に悪辣過ぎるね。長谷部さん、やってもいい?」

「……好きにしろ。()()()()は、どうでもいい」

「そんな冷たいこと言わずに。……じゃ、やりますか」

 

 そう声がしたと同時に、男たちが絶叫して倒れ伏す。上から、長い髪をした少年が降ってきた。

 

「よっと。どこかのいち兄、大丈夫?」

 

 その少年――鯰尾藤四郎は、手早く一期の拘束を解く。なまずお、とか細い声が自分から出ているのを感じた。

 

「テメェ! よくも――」

「はーい、静かに。俺たちもあまり政府に目をつけられたくないんでね」

 

 男の鳩尾に一発入れ、切った縄で素早く小指同士を縛る。まだ呻く男を見て、もう片方の男は荒く息を吐いた。

 

「刀風情が、人間に歯向かってんじゃねえよ!」

 

 そう叫び、ナイフを振りかぶって鯰尾に襲いかかる。が、ナイフは鯰尾に傷一つ入れられなかった。

 

「お前らの気持ちはよく分かる。だが、鯰尾を、『刀風情』と言ったな」

 

 いつの間にか降り立っていた青年が、刀の鞘でナイフを受け止めた。その視線は、鋭く光っている。

 

「それだけで同情の余地はない――失せろ!」

 

 足を払い、怯んだところを刀で思いっきり殴りつける。男は頭に強い衝撃を与えられ、意識を失った。

 

「うっわあ、おーばーきる。やり過ぎですよ、長谷部さん」

「鯰尾を侮辱した、これ即ち罪状は死に値する。俺は当然の処刑をしたまでだ」

「その愛情の重さ、もう少し何とかしましょうよ……」

 

 しれっと言い放つ長谷部に、鯰尾の逆毛が少ししおれる。

 一期は、呆然としながらそのやり取りを見ていた。この二振り、何かが変だ。

 見た目だけなら、少しおかしいだけだ。鯰尾は普通の内番服ではなく水色のパーカーを着ているし、長谷部に至っては、鳴狐そっくりのジャージを身に纏っている。だが、外見だけじゃない。特に長谷部の方、何かボタンを掛け違えたような違和感がある。掛け違えているところを直したいような、目を背けたいような。

 

「……何をじろじろと見ている」

「ちょ、長谷部さん! 威嚇しない!」

 

 長谷部に、思いっきり警戒した目つきで見られる。鯰尾に宥められて目を逸らしたものの、不機嫌な態度は消えていない。ほーら飴ちゃんですよ、と声をかけられても、つーんとしている。

 

「……あなたたちは、一体」

「ん? 俺たちが何物かって?」

 

 鯰尾が、一期の呟きを拾い、腰に手を当てる。風が強く吹き、紅葉が舞う。

 

「俺たちは、春光隊。審神者さんたちの間では『愛甲区域の大移動』って呼ばれている事件の、生き残りだよ」

 

 それが、蒼穹隊の一期と、春光隊との出会いだった。

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