空隙の町の物語   作:越季

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18-7「本丸では-蒼穹-」

「くそ、本当どうなってるんだよ!? 鶴丸と一期と秋田は帰ってこねえし、変なバケモンは湧いて出てくるし、氷雨の野郎は喧嘩売るメッセージ寄越してくるし!」

「ボクが聞きたいよ、あるじさん! それと氷雨隊の審神者さんと喧嘩するのは後にしてね!」

「とりあえずあんたは騒ぐな、奴等に見つかりかねないぞ!」

 

 蒼穹隊本丸、執務室。想定外の出来事が続けて起こり、審神者が頭を抱えて騒いでいる。彼を宥めながら障子をわずかに開け、山姥切と本日の近侍である乱は廊下の様子を窺っていた。

 鶴丸が原因不明の失踪をし、その動揺が冷めやらぬ中での「幽霊」襲撃だ。単細胞思考気味である審神者がパニック状態になるのも当然である。

 執務室の外からは、応戦している刀達の慌ただしい声や澄んだ鋼の音が響いている。執務室の近くまではまだ「幽霊」の気配を感じないが、ここまで来るのは時間の問題のような気がした。

 

『主、そっちに敵は来てない? こっちは全然数が減る気配がないんだよね! うわあ長谷部君大丈夫!?』

『悪夢見てるみたいだよ本当……ちょ、清光前! 前から来てるんだから爪いじるな!』

『主君、執務室からは出ないようにして下さいね! ……骨喰兄、左は任せました!』

『分かった。主殿、鬱憤は溜まるだろうが抑えておいてくれ』

 

 審神者の端末から次々と、良いとは言えない状況が報告されてくる。それにますます頭を抱え込んで審神者は文机に突っ伏した。

 

「ああああ、何が起こってるんだ本当に! 俺と俺の刀剣男士達が何したってんだよ!」

「落ち着いてあるじさん! 気持ちは分かるよ、ボクだっていち兄が帰ってこなくて不安だもん! でも今はこの状況を乗り越える事だけを考えよう、ね!」

「乱の言う通りだ、主。今は喚いたってどうしようもないだろう、深呼吸して落ち着いてからまた指揮を執ってくれ」

 

 審神者の横に移動した乱が背中をさすり、彼の顔を覗き込む。頭を抱えたまま今度は天を仰いだ審神者は、それでもまだ唸り声を上げている。

 端末から、指示を乞う声が溢れ返る。山姥切はふう、と息を吐いてから審神者の正面に座り、ぱん、と眼前で手を叩いた。

 

「がっ!?」

「主、いい加減采配を頼む。燭台切達の班が増援を要請しているが、どうするんだ?」

「……あ、ああ、悪い。そうだな、太郎と青江が待機班にいたよな? 燭台切の所に向かってくれるよう頼んでくれ」

「分かった」

 

 まだ呆然としている審神者の代わりに出陣の手配をしながら、山姥切は乱に話を振る。

 

「……鶴丸はともかく、一期と秋田はどうして帰ってこないんだろうな。一期は城下町まで走り込みに行っただけだし、秋田もそろそろ送り届けられる時間だろう」

「……城下町もここと同じような事態になってる、とか? それなら公安局に繋がらないのもいち兄達が帰ってこないのも納得出来るよ。きっと通報の嵐だろうし、足止めを食らってる可能性高いだろうし」

「想像したくない事態だな……」

 

 布を深く被り、ため息をつく。想像したくないとは言ったが、乱の言う通りの事が起きているとしか考えられず、締め付けるような頭痛が酷くなった。

 公安局へは「幽霊」が現れた当初から、繰り返し通報を行っている。だが一度も繋がらないのだ。電話が集中しているのを示すアナウンスだけが返ってくるだけの状況に、受話器を叩きつけて通報を諦めたのは先程の話である。

 周囲が似たような事態になっているのなら、間違いなく一期と秋田は巻き込まれているだろう。政府も動いているはずだが、その連絡が全くないのが不安を掻き立てる。

 ピピピピ、と高い電子音が響き渡る。着信を示す音に肩を跳ねさせてから、応答する為に山姥切は慌てて端末画面のボタンを押す。

 

「こちら蒼穹隊山姥切国広、用件を——」

『一期一振です、緊急時につき手短に。蒼穹隊鶴丸国永が謀反を起こし政府中枢を襲撃中、私はこれから春光隊と共に征伐へ向かいます』

 

 ポカンと開いた口から、は、と言葉が漏れる。いきなり過ぎる知らせに固まらざるを得なくなる。乱が、え、と震える声を漏らして、こちらを向いているのを感じた。審神者がどうなっているかは——今は考えたくない。

 鶴丸が裏切った。それ自体は驚く程すとんと腑に落ちた。けれどどうして、征伐しに行くという一足飛びの事態になっているのか。そもそも一期はどうやって確信を得たのか。

 端末越しに一期の激しい怒りが伝わってきている。地を這うような声が通話を打ち切る挨拶を述べようとしたので、それを遮り山姥切は状況を尋ねようとした。

 

「おい一期、一体何が」

『申し訳ありませんが私は腹を決めています。鶴丸国永とはいずれ、決着をつけねばならないと思っておりましたので。謀反者はこの身に代えても討ち倒します。それでは』

 

 激情を窺わせながらも涼やかな声が途切れ、無機質な連続音が響き始める。呆気に取られたまま、通話終了の文字が出ている画面を見つめるしか出来なかった。

 乱も事態を飲み込み切れていないのだろう、動揺に震えた声は余りにも頼りない。

 

「……え、どういう事……? 鶴丸さんが、謀反……?」

 

 ダン、と鈍い音が空気を震わせる。音源へと振り向くと、肩をわななかせている審神者の背中が目に入った。審神者の拳が、メリメリと音を立てて文机にめり込んでいるのも。

 

「……まんば、乱」

「な、何?」

「……主?」

 

 地獄の底から響くような声で、審神者が二振りを呼ぶ。どう考えても激怒している審神者の様子に戦々恐々としながら、二振りは答えた。

 審神者が続けて命じる。その内容は常とは違う、余りにも具体的な物だった。

 

「燭台切達の班を援助して来い。温存していた奴等も参加させろ、手配はこれから送る。仙人団子はありったけ出してやるから、ここにいるバケモンをまずは片付けるぞ」

「き、急にどうした?」

「あるじさん、何か怖いよ……?」

 

 いつものかわい子ぶる物ではなく、乱は本気で怯えているようだった。山姥切も困惑しながら審神者の背を見つめる。

 当然の話だ。いつもの審神者の命令は、出陣している刀達が匙を投げる程大雑把極まりない物なのだから。頭が良くないと自分で言うくらいだ、審神者もそこまで采配に期待されているとは思っていないし、高度な事をやろうとも思っていないだろう。

 そんな審神者が頭を回して、迅速に敵を叩き潰す命令を下している。天変地異の前触れとしか考えられない。実際同じような事態なのだろう——己の刀が謀反を起こしたなんて事などは。

 振り返った審神者は目を剥いて瞳孔を開き、額に青筋を立てている。般若と言えるその怒り様に追い立てられるまま、山姥切と乱は背筋を伸ばす。次に下される命令を聞かなければ、審神者は荒れ狂うだろうから。

 

「——片付けたら政府中枢に向かう! ここで無様に潰されてたまるか、邪魔する奴等は片っ端から蹴飛ばしてやる! 鶴丸の裏切りが嘘にしろ本当にしろ、真実はこの目で確かめるぞ! 分かったらすぐに動け、事態が待ってくれる訳ねえんだからよ!!」

「り、了解! 山姥切さん、燭台切さん達は!?」

「あっちだ!」

 

 命を受けて、山姥切と乱は執務室から転がり出るように飛び出した。共に廊下を駆け抜け、待機していた面子に声をかけ、疲労をある程度抜く仙人団子を口に入れつつ数本手に取り、配置された班に向かう。

 本気を出した審神者など、この先再び見られるかどうか。そこまで追い込まれた事態になってしまったのを憂いながら、二振りは戦場に飛び込んだ。

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