パキン、パキンと物が砕ける音が続けて鳴る。ストラを靡かせながら器用に「鍵」を壊していく背中を追いつつ、氷雨の鶴丸も刀身を振るっていた。
現在、氷雨の調査部隊が走り抜けているのは対策局三階に繋がる階段。彼等は次々と湧いて出てくるヒトガタに構う事はせず、背信者側の刀剣男士を探す事に注視した。
まずは、根源を叩く。それが調査部隊の総意だった。
「青江、小夜、三階に敵はいそうか?」
「奥からびんびんと感じるねえ。……一層濃い悪意を」
「間違いありません、三階左手に背信者がいます」
「よし、総員刀装再展開! 背信者は必ず討ち取るぞ!」
階段の途中で敵の出現が一旦途切れると、調査部隊は刀装に手を翳し、玉に戻してから再び兵を出現させる。
普段なら、本丸に戻るまで刀装の再展開は出来ない。だが階層がある場所で連戦を重ねたからこそ、玉に戻してから完全な状態で再展開という芸当が可能なのだ。
大阪城の調査に代表される、階層毎にボスを討ち取れば刀装の再展開が可能になる仕組み。それが今回適用されたのは幸運だった。
こちらの疲労は溜まるが、刀装が万全の状態で背信者と対峙出来る。相手の力量が未知数である以上、慎重になるに越した事はないのだ。
「さあて、奴さん達はどこにいるのかねえ」
「各個撃破出来たら一番いいんだが……きっとそうもいかないよなあ」
「酒も抜けてくるし、早く済ませちゃいたいよねえ……」
げんなりした声音で、次郎は刀装を展開させる。声を潜めて、手すり壁の内側に身を隠しつつ周囲に視線をやる姿は、声とは裏腹に疲れを見せないしっかりとした物だった。
鶴丸はいつも通りの次郎に小さく笑んだ後、彼に真剣な表情を向けて問う。
「次郎」
「んー?」
「君は、堀川の事についてどう思った?」
きょとんとした次郎は、んー、と天井を見上げる。しばらく沈黙した後、少し寂しそうに訥々と話し始めた。
「……やっぱり、最初は何で、って思ったよ。アタシ達、楽しくやってたじゃないか、ってさ。でも、堀川は政府から引き取られた奴だ。それより前に酷い目に遭っていたのならまあ、同情はしないけどこんな事をするのにも納得がいくっていうか」
「……念の為聞くが、許す訳じゃないよな?」
「もちろん。アタシ達にだってアタシ達なりの意志がある、それを譲る気は全くないよ。アタシ達も、きっと堀川も、負けるつもりはなくて。ならこうしてぶつかった果てに最期まで己の意志を貫けたら、それが一番いい」
そう、自分達には譲れない物があるのだ。それと同じように、相手にも譲れない物があるだけで。状況が違えば、容易く反転していたかもしれない立場だ。
知っていたはずなのにそれが空恐ろしく感じられて、鶴丸はそれを振り切るように問いを重ねる。
「……説得出来たらって、考えなかったのかい?」
「こう言ったら薄情かもしれないけど、堀川の決意は覆せる程度の物じゃないはずさ。アタシ達と堀川には、相容れない物がある。だから、そうだね。残念だけど、アタシ達は堀川の意志を葬る為にここにいるんだ、って身勝手な考えしか出来なかったよ」
「……」
身勝手。その言葉が鶴丸の胸に黒くじわりと広がる。未だ自分は、決断をし切れていないらしい。あれだけ友達に相談に乗って貰ったのに、何て有様か。
唇を噛み締める鶴丸の顔を、神妙な様子で次郎が覗き込む。心配というよりは、訝しんでいるようだった。
「鶴丸。アンタに堀川を斬る躊躇いがあるとアタシには思えない。だったら、何をそんなに難しい顔をしているんだい? もやもやは早めに晴らしちゃいな、そのままにしておくと切れ味が鈍るよ」
踊り場へと身を出してから、次郎はそう言った。鶴丸は柄を握り締め俯く。
分かっている。分かってはいるのだ、理屈では。
言われた通り、堀川を斬る事自体に躊躇いはない。けれどそうする事に繋がる身勝手な理由を、口にするのはどうしても憚られた。
あの蛍丸は、全てを巻き込んで破滅へと向かおうとしている。それを止める理由を、平和を取り戻す為だと言い繕うのは簡単だ。だが、本心はそうではないのだ。
余りにも綺麗な身勝手。それを受け入れられないのなら、言わない方がマシだとも思えた。だけど、仲間が不審な顔付きで見詰める物だから。
不審と呆れ。両者を天秤にかけて、鶴丸は口を開きかける。
「……俺は——」
「——敵襲!!」
青江の声が、鶴丸の脳内を切り替えた。咄嗟に刀装を前に出すと、二、三の兵が弾け飛ぶ。
飛んで来たのは、鉛玉のようだった。短刀かと思い影を探す。
しかし、想像した大きさの人影はどこにもない。代わりに——
「あはは、本当に銃兵が使える。短刀はさぞ便利だったろうね」
まるでその辺で出くわしたかのように穏やかな笑みを浮かべ、堀川が銃兵を操る。
銃口をこちらに向け、容赦なくこちらへと銃弾を飛ばす。その様は仲間に対するそれではないと、一目で分かった。
こちらへと飛んで来た銃弾を、兵達に受け止めさせてやり過ごす。近づいて来た足音に、長谷部は尖った眼光を向けた。
「……よく顔を出せた物だな、堀川」
「うわ、長谷部さんの怒った顔、やっぱりおっかないですね。ちっちゃい子なら震えて泣いてますよそれ」
長谷部は鋒を堀川に向けるも、戯けた態度を取られて額に青筋を走らせる。歯を食いしばっており、かなり苛立っているのは明らかだった。
「よくもまあ、仮にも仲間だった相手にそんな態度でいられるね。僕は君の事を見誤っていたのかな?」
青江も苛立つような呆れたような表情を浮かべ、刀を構える。仲間だった刀が余りにも抜け抜けとした態度でいるので、何を考えているのか探るように睨みつけている。
堀川はカラカラと笑いながら、首を傾げて言い放った。
「まあ、残念に思ってますよ。——仮にも仲間だったひと達がこんな間抜けで」
「——っ次郎さん、後ろです!!」
次郎が小夜の一声に反応して、背後へ刀を振り回す。キィン、と高い音が鳴り、二つの大きな刀身が鎬を削るのが見えた。
そして、その小さな体に見合わない大きな刀を振るう姿に、鶴丸は空いている拳を握り締めて呟く。
「……ここに来たか、19478番」
「——そう呼ぶなって言ってる、鳥頭」
そう吐き捨てると19478番——蛍丸は、次郎の刀身を横へと流して大きく後退する。床に着地して空の片手を前に突き、煮え滾る憎悪を眼光に乗せてこちらを見据えた。
「ああ、うざい。どこの『鶴丸国永』もそんなムカつく顔付きなんだね。苛立たせる度合いでは俺達の将とどっこいどっこいだ」
「……なるほど、やはり『鶴丸国永』がそっちにいるのか」
「ちょっと蛍丸君、あんまり情報を渡すのは良くないよ」
「煩いな。腹立つ奴に腹立つって言って何が悪いの? さっさと血染めの人形にしようよ、こいつら本当ムカつくから」
言葉程深刻さを見せていない堀川の忠告に、蛍丸は舌打ちしながらポケットへ乱雑に手を突っ込む。苛立ちを露わにするその様は、やはり普通の「蛍丸」とは思えない。
——改めて、魂を喰らった奴なんだな、こいつは。
喉がひりつき、目が乾く。その煩わしい感覚を無視し足先の角度を斜めに変えて、踏み締める。
言葉を尽くして止まる相手ではない。相手は既に、堕ちる所まで堕ちてしまっている。ならば、刃を以て止めるのが自分達の役目だ。
「——人形共、こいつらを血祭りに上げろ!」
「気が早いなあ、でもまあ頃合いか。——さあ皆さん、仇討ちの時間ですよ」
蛍丸が『鍵』を周囲にばら撒こうと腕を振りかぶる。それに呼応して、呆れた様子の堀川が『鍵』をパラパラと床に落とした。
長谷部は忌々しく顔を歪めながら隊員に命令を飛ばす。
「遠戦刀装持ちは構えろ、あちらに手数を増やさせるな!」
「銃兵、蛍丸さんの『鍵』を一つでも多く破壊して!」
「弓兵達は堀川の『鍵』を壊してくれ」
小夜と青江が刀装兵に命じつつ、それぞれの操り手の元へと駆け出した。それを黙って見ている操り手達ではなく、刀装兵を展開させ銃口を向ける。
小夜は刀を前に構え、飛んで来る銃弾を刀装兵に受け止めさせつつ接近する。左右上下に飛び回り、銃弾をいなしつつ体を捻って刀身を蛍丸に振り下ろした。
当然、それは呆気なく受け止められる。キン、と高く鳴り響いた金属音は、蛍丸と小夜の刀身がぶつかり合っている事を示していた。
甲高く短い悲鳴を上げ続ける刀二振り。小夜は蛍丸の隙を突こうとするも、難なく受け流されている。ふと蛍丸の刀身を見て、小夜は息を呑む。
——蛍丸の刀には、振り落とし切れていない血の跡がおびただしく付いていた。
「貴方は、どこまで業を積めば気が済むの……!」
「……これの事? 復讐の刀が血にビビるの? どこまでも笑えるね」
「僕達は、普通の人を斬る事を禁じられている。なのに斬ってしまったら、貴方は——」
「処罰されるって? ——罰を下そうとする奴をその前に殺せばいい話だ」
短く嘲笑し、蛍丸は小夜の体を背後に吹き飛ばした。受け身を取っていた小夜は転がりつつ、腕に入った傷を庇いながら立ち上がる。
視線の先では、険しい顔をした次郎とこちらに背を向ける蛍丸が斬り合っていた。
「全く、アンタみたいな奴は余り相手にしたくないんだけどね!」
「じゃあそこらで飲んだくれて死ねよ。アル中で死ぬなんて、願ってもない死に方だろ?」
「気持ちよくない死に方は御免被るよ!」
兵が、装填の完了を告げている。銃口の照準を蛍丸の背に合わせて、小夜は兵にさりげなく発砲を命じた。
パン、と火薬の匂いと共に音が鳴る。小夜はそれに合わせて床を蹴り、蛍丸の背へ鋒を向けた。蛍丸は鞘でその攻撃を受け止め、顔を顰めて踏ん張った。
「どいつもこいつもうっざいな!」
そして小夜の腹を蹴飛ばし、次郎を後退させてから更に小夜に攻撃を加えようと走り出す。床へと叩きつけるように刀を振りまわし、床材が砕けて周囲へと散乱する。
振り下ろされた先には何もなく、蛍丸は振り返って顔を憤怒に歪める。
天井に飛んで壁を踏み切り次郎の所へと戻った小夜は、腕の傷口を押さえて痛みに喘いだ。
「小夜、大丈夫かい!?」
「まだ軽傷です。ですが……」
手を傷口から離し、次郎に見せる。一瞬訝しんでいた次郎は傷口の様子を見て、即座に目を見開いた。
「……これ、呪いかい?」
「ええ。……僕は長期戦を控えた方が良さそうです」
「術師を殺さないと解けない代物じゃないか。……避けたかったけど、あいつを殺す明確な理由が出来ちゃったね。アンタを失う訳にはいかないから」
「そう、ですね……」
背後から殺気を感じ、即座に体を逸らす。飛んで来たのは銃弾だ。あちらで何が起きているか確認する間もなく、再び蛍丸が床材を蹴散らし二振りへと迫る。
金属がぶつかる音は、止む気配がない。
長谷部が堀川に攻撃をしようと速度を上げる。堀川は煌めく刃をヒトガタに受け止めさせ、更にヒトガタを増やそうと『鍵』を撒く。
それを阻止する為、青江が弓兵に命じて『鍵』を砕かせようと矢を放たせた。鶴丸がその隙間を縫うように掻い潜り、堀川へと距離を詰める。
目の前に飛んで来た絵画を真っ二つにしてから、鶴丸は即座に体を捻り刀身を前に出す。刃のぶつかる音が、自分の行動の正解を告げていた。
「本当、皆さんは強いですね」
「何だ、それは嫌味かい? 堀川」
「いえ、純粋に凄いと思っていますよ? 保護されながら成長しているのが健全過ぎて、眩しいくらいです」
「君も保護されて育った一振りのはずなんだけどね。何でそこまで他人事でいられるのかな?」
青江は現れたヒトガタと斬り合いながら、堀川へ棘のある響きで問う。それにきょとりと目を丸くさせ、首を傾げて堀川はあっさりと言い放った。
「何でも何も、本当に他人事ですから。保護して貰ったのはありがたいと思ってますけど、それに旨味を感じたのはこうして動くまでの時間稼ぎが出来た点だけですし」
鋭い殺意が斜め後ろから噴き出した。それを察知したのだろう、堀川は押される力に任せて後方に退がる。床に当たり澄んだ音を立てた刃を持ち直し、長谷部は堀川に向かって突き進んだ。
「主の厚意を旨味扱いとは、随分と偉くなった物だなあ? 堀川」
「そう言われましても、そうとしか思えませんから。審神者さんが政府を盲信していたお陰で僕は自由に動けた訳ですからね、盲目な狂信者もこういう時には役に立って——」
「——よく回る口だな。主を侮辱する余裕もあるらしい。だが」
とん、と天井の段差に足を掛けて蹴り、鶴丸は眼下の堀川に向かって刃を振るう。その攻撃が刀身によって防がれると、続けて青江が放った矢と共に堀川の鳩尾を狙った。相手の刀装によって弾かれた青江は後ろへと飛び、軽やかに着地してから体勢を素早く整える。
猛攻を受けて尚、堀川の微笑みは崩れない。平静のままの堀川へ敵意を剥き出しにしながら、長谷部は鋒を向ける。
「主を貶されて俺達が黙っていられるはずがない。貴様の腹立たしい余裕がいつまで保つか見物だな!」
「いや、狂信者なのは事実だと思うが」
「長谷部君も大概盲目だよねえ」
「そこの二振りは真面目にやれ!」
怒り声を上げる長谷部に肩をすくめたのも一瞬、鶴丸は寒気を覚えて刀身を頭上に出す。大太刀と思われる刀を持ったヒトガタが揺らめき、鶴丸の上方から潰しそうな力で押し込める。腕の筋肉が悲鳴を上げつつも、何とか拮抗状態に留めている。
青江も太刀を持つヒトガタとぶつかり合い、激しく剣戟の音を鳴らしていた。
「お陰様でしばらく余裕は保てそうです。この後に僕の余裕が崩れるか、皆さんが先に倒れるか、見物ですね」
寒気がする程穏やかな笑みを浮かべる堀川を、ヒトガタの対処に当たる長谷部は憎々しい様子で睨んだ。