「……本当に、襲撃されているのですね。信じたくなかったのですけど……」
「せめて、門が無事だといいのですが……」
「長谷部さん、周囲を出来るだけ見ないようにね」
「……分かってる」
あちこちから地すら揺らす轟音が響く政府中枢。その正門から少し離れた所に、蒼穹の一期と清澄の江雪、春光隊とその利用者である刀と元滑莧園の子供達はいた。
既に中で戦闘は始まっている様子であり、高く鳴り響く金属音に子供達が身を竦めているのが伝わる。恐怖に震える子供達の背を、江雪が優しく支えている。
さて、と先頭に立って建物を見上げていた歌仙が振り返り、隊員達に引き締めた顔を向けた。
「これから政府中枢に入る。最優先するべきは子供達の避難だ、まずは真っ先に門を目指すよ。長谷部、門までの道筋は確認したかい?」
「ああ。……出来るだけ短い、安全なルートを選んだからな。安心までは行かないだろうけど、緊張は軽くして欲しい」
「良し。襲撃されたら、僕達と一期と江雪で対処に当たるよ。あの蛍丸を最初に討ち取れれば一番良いんだけど……」
「そう上手くは行かないだろうな。鯰尾兄、大丈夫か?」
「うん、まだ平気。でも長くは保たなさそう」
鯰尾が顔を顰めて腹の辺りをさする。長谷部が泣きそうな様子で見つめていたのを感じ取ったのか、大丈夫ですよー、と振り返って明るく笑う。痛みがあるのを感じさせない笑顔だったが、それでも長谷部は目に涙の膜を張ったままだ。
ぽん、と獅子王が長谷部の背を叩く。振り向いた泣き顔に、獅子王は優しく目を細めた。
「子供達を避難させたら、すぐに鯰尾を治すからな。お前はいつも通り、心を落ち着かせつつ指示を出してくれ。緊張を軽くするのは子供達だけじゃなくてお前もだぜ、長谷部」
「……分かった」
「鯰尾さんも柔じゃない、だから治すまでの時間は沢山ある。まずは出来る事からやっていこう」
頭を優しく撫でる石切丸へ叫びそうになるのを堪えて、顔を赤くした長谷部が頷く。それを柔らかな笑顔で見届けてから、歌仙は真剣な様子で改めて声を上げた。
「まずは門まで走り抜けるよ、全員刀装展開!」
空中に放り投げられた刀装玉は、分裂して兵達に変わる。一期も刀装玉を上に投げ、兵を展開させた。
一期が春光隊から借りた刀装は、重騎兵。バランス良くステータスを上げるという点では軽騎兵と似ているが、軽騎兵が機動力を多めに上げるのに対して、こちらは攻撃力を多めに上げる。攻撃力が不足していると考えた上での選択だ。
長谷部を除く春光隊は、攻撃力を上げる刀装を選んでいる。相手の力量を見積もって、手早く終わらせた方が良いと判断した為だ。戦えない長谷部は、盾兵を持って来ている。
兵の展開が終わり、さて索敵をしつつ門へと向かおうか——と歌仙が言いかけた、その時だった。
「歌仙さん、正門から何かがこっちに来ます!」
物吉が叫ぶと、反射的に歌仙が兵を前に出していた。長谷部を輪の中に入れた春光隊が兵で自分達の周りを堅める。三、四の兵が弾け飛び、ゆらりと周囲から黒い影が立ち上がる。
影を操っているであろう外壁の上に立つ姿を認めて、江雪は目をかっと見開いた。
「……あの時の、小狐丸……!」
「ひっ!」
「あいつ、皆を殺した……!?」
「江雪さん、怖いよお……っ!」
子供達もそれを察知して、恐怖が伝播していく。江雪の体にしがみつき、震えながら怖い怖いと訴えている。怯える子供達を抱きしめてから、江雪は刀を握った。
一期も刀を持って、小狐丸を睨む。早過ぎる横槍だが、やるべき事は変わりない。——障害を排除し、子供達をゲートへ連れて行く。出来る事からやって行く、それに一期も倣うつもりだった。
しかし——
「……やれやれ、邪魔者が随分と多い。固まられては流石に手を焼く、お主達にはどこぞへと散って貰おう」
その呆れた響きと共に、周囲の空間が揺らめいた。まずい、と手を伸ばしたが時既に遅く、一期の姿は掻き消える。
短く悲鳴を上げたのは、子供達だろうか。しかしその悲鳴すらも飲み込み、揺らめきは次々と春光隊達を消していく。
段々とこちらの数が減っていき——最後に江雪を残して、周囲からひとの形をしたものは姿を消した。
「……何の、つもりです……!」
「私も多くを相手取る暇はない。こうして邪魔者を散らして戦果を捧げる事で、母様はお喜びになる。ふふ、母様、もうすぐ会いに行きますからね……」
鋭い眼光を向ける江雪をよそに、小狐丸は自分の世界に入り込み始めている。頬を染めて笑い声を上げるその様は、この状況を生み出したと思えない程に無邪気で、故に狂気を感じさせた。
歯を食い縛り、小狐丸の所へ駆けていく。自らの空想に陶酔するその顔に一撃を喰らわせられたら、という怒りを伴う考えから地面を踏み切り怨敵を斬り裂こうと刃を振るう。
しかし、攻撃は届かなかった。そればかりか、一撃を受け流された様子もない。
離れたはずの地面に再び足がつく。小狐丸の姿を探すと、外壁の上に立つ遠い姿が目に付き——そして思い至る。
駆け出す前と今の距離感に、全く差異が見受けられない。周囲の景色も、先程と比べるまでもなく同一だった。
走り出す前の場所に引き戻された。愕然としつつ見上げると、小狐丸はまだ自分の世界に意識を沈めている。
「ふ、ふふ、母様。アサギは永遠に、母様と共にあります。母様を誑かす愚か者共を一掃し、心穏やかに過ごせるようにしますから……」
歯が軋む。一瞥すらしない相手にどう目に物見せてやろうかと、江雪は周囲の煌めく景色を見渡し作戦を練り始めた。