空隙の町の物語   作:越季

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18-11「合流1」

 空気が微かに揺れた、と思った直後に痛いくらいの振動が己の全身に走る。手の中にある刀から伝わった振動の発生源——目の前で刺すような眼光を向ける少女染みた刀剣男士は己が刀の鋒でもって鎬を削り合う。

 鶯丸は少女染みた刀剣男士——乱藤四郎の放つ威力の高さに、腕を痺れさせながら舌を巻く。

 ——修行済み、しかもこの短期間で高過ぎる練度。乱の主はさぞ大切に使っていたのだろう。こうなるのも頷ける位に。

 彼の主は十中八九いい審神者だったのだろう。愛情を沢山注がれ大切にされてきたのならば、審神者を蔑ろにした者に対して容赦をしようとは思わないに違いない。

 腕が悲鳴を上げ、体が少しずつ後退している。鶯丸と鍔迫り合いをし合う乱に、左上方から弾丸のように空気を裂いて突っ込もうとする気配がある。

 乱は顔を動かす様子もなく兵を気配の元に向け、銃弾を放たさせる。気配は兵を集め、一体を足場にして素早く方向転換し、銃弾から逃れつつ鶯丸と共に後方へと下がった。

 

「攻撃が少しも当たりませんね」

「全く、手応えがあり過ぎるな。血の気が多い奴なら喜ぶだろうが……」

「そうも言っていられませんよ、鶯丸様。何としてでもここで乱兄さんを止めなければ、惨劇が広がるばかりです」

「分かっているさ。やれやれ、あの乱も気が変わってくれればなあ……」

 

 希望的観測を口にする鶯丸の隣に降り立った平野は、変わらないでしょうね、と目の前を見据えながら返した。

 キィン、と鋼のぶつかる音が響く。加州の攻撃が防がれた音だ。直後、柄を短く持った蜻蛉切と刀身を大きく振りかぶる山伏が、乱に向かって突っ込む。

 突き出された蜻蛉切の鋒を、手近の椅子を掴んで盾にし防御。視界が少し覆われて動きにくくなった蜻蛉切をカバーするように、山伏が側面から乱に斬りかかる。

 乱は不意に盾にした椅子を投げ飛ばし、避けようと山伏が身を逸らした一瞬をついて包囲網から空中を飛んで脱出する。

 

「やはり、室内では動き辛いな……」

「想定はしてたけど、修行済みは手強いね。三振りの攻撃をいなすなんてさ」

「うむ。囲まれながら無傷でやり過ごすその戦いぶり、敵ながら見事である」

「貴方達に褒められても嬉しくないけどね」

 

 二振りと三振りから比較的距離のある場所に着地し、乱は不服そうに眉を顰めた。山伏の言う通り、その体には傷一つない。

 室内戦においては、小回りが利く方が有利だ。故に短刀である乱にとってこの戦場は、自分のアドバンテージを大いに活かせる場所だった。反対に槍である蜻蛉切はリーチの長さが仇となり、素早く動く乱を捉え切れない。太刀である鶯丸と山伏も、余り動きやすいとは言えなかった。

 五振り中三振りが大きく動くタイプの戦い方を主とする。今の状態は、多く見積もってもこちらの不利が大きい。戦場を移す事も考えるべきだろう。だが時空座標指定装置は現在クールダウンタイム中で、次の転移可能時間まで時間がかかる。しばらくの間は、ここで戦い続けるしか選択肢はない。

 睨み合いが続く。冷たく張り詰めた空間の中、口火を切ったのは乱だった。

 

「ねえ、貴方達はどうして政府に従うの?」

 

 目を鋭く細め、乱はそう尋ねる。唐突に問われた雲霄隊は、だが戸惑いはしても警戒態勢を崩す事はなかった。

 鶯丸はじっと敵を観察する。少しでも隙を見出せないかと、そして襲撃者の一振りである刀の動機を感じ取れないか、と。

 

「どうして叫び声を封殺するような奴等に頭を下げられるの? 正しい側に立てれば何でもいいの? 考えられないよ、腐った奴等に忠義を示すなんて。それこそ魂を腐らせなければボクには無理だ。貴方達はどうなの? 魂が心底から腐ってるか、それとも大きくねじ曲がっているか、ボクにはそうにしか見えないんだ。——歪んだ政府に仕える刀は、歪んだ魂を持っているのかな? 教えてよ」

 

 こちらを詰る言葉は、襲撃者である前に「大移動」の当事者である乱の裏側を察するに余りある物だった。

 苦痛を訴える叫び声は容易くねじ伏せられ、苦しみを何とかしようとして強い力に押し潰され、腐り落ちた魂を眼前に突き付けられ、歪み切った理不尽を味わう事となった。

 刀だった彼だって、苦い現実を知らなかった訳ではないだろう。現に雲霄隊の乱も、汚れた世界がある事を苦い顔をしながら飲み下せている。

 この乱は潔癖なのだ。汚濁を許せず、自らの手で消そうとする位に。

 同位体という概念は凄まじい。別刃と言える程大きく異なる性格をしていても、共通する部分が少しあるだけで「同じ」だと見なされる。ある刀が喜ぶ事が、その同位体にとっては嫌な事だというのもあり得ない話ではないのだ。

 それでもと、柄を握る手に力を込める。——自分に出来る事を少しでもしておかなければ、後悔するだろう。

 息を小さく吸う。吸いきって言葉を紡げば、口の中が微かに乾燥しているのが分かった。

 

「お前が悪質な審神者に当たった訳ではないのは見ていて分かる。お前の在り方はちっとも歪んでいないからな。だからこそ悪意に耐え切れず、こんな事を起こすに至ったのだろう。心情は納得出来るが、だからといって俺達を心のない存在と見られるのは心外だ」

 

 乱はこちらを睨みつけつつ、口を挟まない。鋒を前に向けたまま、こちらの動きを警戒している。

 

「悪意や理不尽に憤りや悲しみを抱かない訳じゃない。だが、それでいちいち立ち止まっていたらなすべき事をなせないから、一時的に横に置くだけだ。勿論、自分達の全てが正しいとは思っていない。それでも戦う事を止めれば、俺は俺を許せなくなるだろう。極論、俺とお前は戦い方が違うというだけの話だ。本当ならお前のやり方も受け入れてやるべきなんだろうが——」

 

 幸福で満ちた笑顔と、痛苦に喘ぎ零れる涙、理不尽に憤る握り拳。ひとびとの様々な表情が脳裏に浮かんでは消えていく。ひとびとの当たり前の営みを、壊したくはない。

 彼等のした事は、そんなひとびとの営みを滅茶苦茶にし、鶯丸達の祈りを踏みにじる行為だ。どうしたって、彼等のやり方を受け入れられそうにない。

 心変わりをしてくれたらいいんだがと、望み薄な事を考えながらも鶯丸は言葉を紡ぎ続ける。

 

「お前達がひとを害するのを許せないから、俺達はお前と戦う。お前達のやり方を許容してしまったら、多くのひとびとを守る秩序が崩壊してしまうからな。ひとりでも多くを守れるのなら、俺達は秩序を守る側に回るさ。……政府のものとして、お前達のやり方を受け入れる事は出来ないが、受け止める事は出来る。お前の恨みは全て聞き届けよう、怒りがあるのなら相手になろう。お前の気が済むまでな」

 

 ぎ、と歯噛みする音がこちらまで聞こえた気がした。乱の体中から揺らめく、怒りと恨みの感情が見える。苛立たせたらしいと感じ取り、雲霄隊は警戒を強くする。

 片手で顔を押さえ、乱はふらりとよろめきながら煮え立った笑いを漏らす。

 

「は、はは、どこまでも腹立たしいね。なら、言った通り受け止めて貰おうか。——貴方達が、原型もない位に折れるまで!」

 

 手の隙間から、大きく火を噴いた目が見える。乱は手を下ろして大きく足を踏み切り、鶯丸へ突っ込もうと刀を構える。鶯丸は刀身を前に出し、隣に立つ平野も険しい表情をして身構えた。少し距離のある場所にいる山伏と蜻蛉切も、こちらへと駆け出している。

 ふと、違和感を覚える。何だ、と思い意識を回すと——加州の動きがおかしい。

 何かを背に庇うように体の向きを動かし、腕で隠すように軽く広げている。そもそも先程の話に割り込まず、気配を感じさせなかったのが不審だ。その行動をいつからしていたのかは分からない。話に集中し過ぎて見逃したようだ。

 乱が気付いていたかは定かではない。だが鶯丸とぶつかり合う寸前に、飛んで来た鉛玉を避けた反射神経は、目を瞠る物だった。

 鉛玉は、乱だけを狙った物だ。そして雲霄隊に、銃兵を持っている刀剣男士はいない。どうした事かと、飛んで来た方向へと視線を向ける。

 ——加州の傍に、黒い髪を持つ刀と菖蒲色の髪を持つ刀が立っていた。

 

「——よう何処ぞの乱、随分暴れ回っているらしいな」

「全く、この部屋も味気ないね。それに戦闘の跡のせいで傷だらけだ、雅じゃない」

「まあ機能性重視らしいしな。後、傷だらけなのはこの状況じゃ仕方ないだろ」

「こんな部屋から出て、早く合流したい物だね。……さて」

 

 滅入った顔をしている菖蒲髪の刀——歌仙兼定と、それを宥める黒髪の刀——薬研藤四郎。どこかの二振りは、乱に視線を向けると表情を険しくさせて鋒を向ける。乱もまた睨み返し刀を前に構えた。

 

「……邪魔する奴が多いね。貴方達はあの森に住む刀でしょ?」

 

 森の中に住む刀。それに当てはまる行動的な部隊といえば、一つしか思い浮かばない。

 特殊な刀剣男士を保護する活動をしている、刀剣男士を審神者とする部隊。そんな彼等が何故ここに。

 乱の問いかけに口元を歪めながら、薬研は頭を傾ける。

 

「一発で見抜いた事に驚いて見せたいが、お前が聞きたい事はそうじゃないよな」

「どうして政府に加担するかという事だろう? 簡単さ」

 

 カシャリ、と音を立てて刀を構え直す二振り。その目は強く鋭く、怒りを滾らせていた。

 

「君達は子供達を巻き込んで、かつ僕達の家族を傷付けた。理由などそれで事足りる」

「政府に与する訳じゃないが、お前達にはきっちり落とし前をつけて貰わないとなあ?」

 

 何があったのかは分からない。けれど乱達があの刀達の、一時的にでもこちらに協力する位の怒りに触れたのは理解出来た。そして、思い返して気付く。

 ——子供達……まさか、滑莧園の園児達か?

 滑莧園の子供達は、清澄隊の本丸で保護されていたはずだ。刀剣男士となった子供はあの刀達に引き取られたにしろ、どうして子供達が巻き込まれたのか。

 そういえば、と考えが巡る。滑莧園の子供達は、江雪が預かっていたはずだ。ならば、子供達が巻き込まれて黙っていられるはずがない。

 ——まさか、この戦場に来ているのか?

 冷や汗が一筋背中を流れ、鶯丸の心を乱していく。戦嫌いの友達が、参戦しているのかもしれないのだ。何とかして事態を収めなければと、焦りが生まれては冷静さを削っていっているのを感じ、鶯丸は強く目を閉じてからゆっくりと開いた。

 開いた先に、鋒を向けて睨む春光隊が見える。それにハッ、と短く嘲笑し、乱は再び銃兵を動かした。

 

「出来る物ならやってみなよ、腰抜け達!」

「来るよ! 春光隊、悪いけど存分に手伝って貰うからね!」

「利害の一致って奴だからね、分かっているよ」

「何、こっちもはらわた煮えくり返ってるんでな」

 

 加州の指示が飛び、森の刀達は笑って体勢を整える。そしてまた、銃口が放たれる乾いた音が部屋に響いた。

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