空隙の町の物語   作:越季

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18-12「合流2」

「斬っても斬ってもキリがないな……!」

「全く忌々しい、こいつらのせいで堀川に近寄れもしないじゃないか!」

「ああして余裕のある様子で見られると、我慢が出来なくなってしまいそうだね」

 

 珍しく尖った青江の声音に、長谷部が舌打ちをして応える。鶴丸もギリギリと理性の紐が切れそうになっているのを、何とか抑えてヒトガタに刃を滑らせる。

 堀川は操る手を止めず、そんな彼等を見て微笑んでいる。汗一つかかないその姿と比べると、こちらは息が上がり感情もささくれていて余裕がない。

 何せヒトガタに油断すればこちらが斬られるのだ。そして斬ったと思えば堀川によって次々と湧いて出る。無視して堀川の元へ行こうとすれば、ヒトガタは一斉にこちらへと向かって来て、最終的には押し戻される。現状数の底が見えないヒトガタを対処していくしか、堀川に近付く方法はなかった。

 

「はは、皆さん大変そうですね。乱君の言ってた通り、余裕のない相手をのんびり眺めるのは楽しいな」

「本当、ここまでいい性格をしていたとはな……!」

「そりゃあ、僕だって政府に一杯食わされた立場ですから。どん底を経験すると、性格は歪む物ですよ。全てが恨めしくなる位に」

「それで君とは関係ない奴等を襲ってたら世話ないぜ。君がやってるのはただの八つ当たりにしか思えない」

 

 鶴丸は一体減らした側から湧き出るヒトガタに、奥歯から音を立てる。正直、終わりの見えないヒトガタの対処に苛立つ気持ちが凄まじい。早くヒトガタを討ち果たし、攻撃対象を堀川に移してしまいたかった。皮肉の一つ漏らした所で、誰も責められないだろう。

 しかし堀川は鶴丸の皮肉に、こちらが凍りつく事実で答えた。

 

「鶴丸さん達を襲ってるのはついでですよ? 僕はもう、仇討ちは済ませましたから」

「……え?」

「いやあ、上層部は完全にこちらを舐めていたみたいですね。あんぐりした顔で事切れたのを見たら笑いが止まりませんでしたよ。結局彼等は何も分かってなかったんですね、政府の下した制裁って何だったんでしょうか」

 

 青江の強張った声を気にする事なく、堀川は明るい調子でそう言い放つ。長谷部は目を剥き、鶴丸も愕然とするしかなかった。

 つまり、彼は上層部まで入り込んでいたという事だ。仇討ち、事切れたという言葉から、被害が出ているのは疑う余地もない。

 政府要人にまでその手が及んでいたら。流石に彼等の守りは硬いと信じたいが、ああして笑っている堀川を見ると不穏な想像が湧き立つのだ。

 

「……これで堀川を手にかけない選択肢がなくなったな」

 

 冷えた声が、鋼の当たる音と共に響いた。長谷部の方を見ると、眉を寄せ目を見開き青筋を立てていた。激しく怒り狂っているだろう感情のまま、長谷部は刀を振り下ろしヒトガタを「鍵」ごと叩き割った。

 

「対策局上層部を手にかけて、俺達にまで影響が及ぶと考え付かなかった訳ではあるまい。貴様は、俺達の被害を承知の上で凶行に及んだ。ならば——ここで俺達によって、被害を断つために破壊されてもおかしくはあるまい」

 

 長谷部の怒りを込めた視線を浴びても、堀川は微笑んだままだ。凄まじい胆力だ、と鶴丸は嘆息する。以前、彼の様子を恐れていたのは演技だったのだろう。

 長谷部の鋭い目配せを受けた青江が側に近寄って、鋒を前に向ける。耳を澄ませると、二振りが小声でやり取りするのが聞こえて来た。

 

「二刀開眼で、どこまで近付けるか……」

「やってみるだけの価値はあるよ。温存する理由もないしね」

 

 なるほど、二刀開眼を起こす事で近付けないかを試そうとしているのだ。ヒトガタが刀装扱いなのかは疑問が残るが、確かに試さない理由はない。対策をされていない保証はないが、少しでもダメージを与えられたら文句はないだろう。

 すう、と息を吸い、二振りは力を繋げる。そして——

 

「……っ! 皆さん、前に出て!」

 

 堀川の動揺した声が耳に入る。キンと澄んだ鋼の音によって、効果があったのか、と鶴丸は目を丸くした。しかし、こちらに下がった長谷部と青江の様子を見て、その考えを変える。

 二振りは呆然としていた。まるで豆鉄砲を食らった鳩のようだ。驚いているのは間違いないが、二刀開眼の成功への驚きにしては喜びが足りない。

 ならば、何故なのだろう。それは直後、目の前に降り立った存在によって解明された。

 

「……なま、ずお……?」

「え、一体どこの……って怪我してるじゃないか、大丈夫かい?」

 

 鯰尾、という長谷部の呼び声によって降り立った影を見る。警戒しながら腹を押さえている、長い黒髪を結った刀剣男士。頭から出ている逆毛も、鯰尾藤四郎だという証明となった。

 どうしてここに。そもそも一体どこの刀だ。疑問で脳内を渦巻かせる三振りは、背後から響く激しい剣戟の音に更に謎の沼に叩き込まれる。

 

「アンタ、石切丸……? 一体どこから来たんだい!?」

「天井から落ちて来たようにしか見えませんでしたが……いっ……!」

「疲れがたまっているようだね、小夜さんも怪我を負わされたのか。……舐めてかかれない相手なのは間違いなさそうだ」

 

 次郎と小夜の困惑した声、そして穏やかながら強い響きを持つ乱入者——石切丸の声。

 意味の分からない状況下だったが、鶴丸は乱入してきた鯰尾の呟きを耳にし、大きく心を荒立たせる事になった。

 

「……っつ……飛ばされたか。長谷部さん、泣いてないかな……それと蒼穹のいち兄、迷子になってないといいんだけど」

 

 蒼穹の一期の名前が、何故この刀の口から出るのだ。知り合いなのは間違いないだろうしどういう仲なのかは気になるが、それよりも問題なのは——

 

「……おい、君。蒼穹の一期が、どうしたって?」

「え……ああ、貴方はいち兄の友達か。いち兄は俺達の手伝いと、自分の本丸の鶴丸国永と決着をつける為に、ここに来てます。それで正門に着いたはいいんですが、多分あの堀川の仲間だろう小狐丸に時空ごと散り散りにされたんです」

 

 状況を素早く把握した鯰尾は、端的に成り行きを説明した。それを聞いて、鶴丸は柄を握り手を軋ませた。

 この鯰尾達の手伝いというのが何かはまだ分からない。しかし、今その理由は横に置いておくべきだろう。

 ——自隊の鶴丸と対立する事になるだろうと、一期は言っていた。それが起きてしまったのか。

 一期は昨日まで、蒼穹の「鶴丸国永」が裏切っているとは知らなかったのだろう。それでも何かを感じ取り、力を積んで来ていた。

 相手がどのくらいの力量かは不明だ。正直一期がどのくらいやれるか、氷雨の鶴丸には不安が残る。今すぐ加勢に行きたいが、この状況でそんな訳にもいかないのは理解している。

 せめて一期が折れないように祈るしか、今の鶴丸に出来る事はなかった。

 

「相手が増えちゃったな。小狐丸さんも、飛ばす場所くらい指定してくれたら良かったのに」

「やっぱりお前、あの小狐丸の仲間か。随分あっさり話したけど」

「あー、蛍丸君に注意した側から話しちゃった。……なら、情報を漏らさない為に折らないとね」

 

 また再び、ヒトガタが苦笑する堀川の前に立ちはだかる。ゆらりと揺れるヒトガタから、殺意が漏れ出している気がした。

 腹を押さえる手を離し、鯰尾は堀川を睨みつける。そしてふつふつと煮えた声で、語り始めた。

 

「俺はね、正直上層部がどうなろうが知ったこっちゃないんだ。俺達は上層部に苦しめられて追われた立場だから。だからこの町が滅びても、そうなんだで済ませられると思う。けどね」

 

 目を一旦閉じ、再び開いた時には、鯰尾の目にも怒りの炎が揺れていた。そして、煮え滾る声の温度も一段階上がる。

 

「長谷部さんを——長谷部さん達を悲しませる事だけは、絶対に許せないんだ。お前達は、長谷部さん達を悲しませて苦しませて、更に未来を断とうともしているんだろ? それは駄目だ、絶対に駄目だ——この世から消さなきゃ、長谷部さん達が脅かされる。だから」

 

 氷雨の長谷部が訝しむように首を傾げる。鯰尾の隊の長谷部は、そこまで過保護にされる程危なっかしい性質なのだろうか。氷雨の長谷部は鯰尾を叱る事も多いので、尚更分からないのだろう。

 

「——長谷部さん達の平穏と、俺達の希望の為に死ね。お前達が身勝手に動いてるんだ、俺達も身勝手に動かせて貰う」

 

 目の前の鯰尾は、だが心から自隊の長谷部を重んじて言葉を紡ぐ。鋒を上げ、鋭く低い声音で告げたその内容は、武器らしい戦闘意欲と人間らしい祈りが混ざった物だった。

 きょとんとした堀川は、しばらく空白の時間を生んだ後、高らかに笑い出した。

 

「あっはははは! いいね、身勝手最高! 互いに勝手な思いを抱いて、ぶつかり合うのは上等だ! 存分に刃で意地を通そう、それが刀のあり方だ!」

「楽しそうで羨ましい事だね、腹立たしい位に」

「どこぞの鯰尾、無理だけはするなよ」

「とても助かるけどね。君の仲間に恨まれるのは避けたいから」

「ええ、これ以上家族を泣かせる真似はしませんよ」

 

 鯰尾の参戦が決まった所で、鶴丸は背後に意識を向ける。

 石切丸が、蛍丸に向かって刀を構えている。小夜と次郎も、石切丸の参戦に頷いているらしい。

 

「アンタも無理はしないでよ? あいつに斬られると呪いが染みるからね、小夜もやられたんだ」

「うん、うちの鯰尾さんも呪われたんだ。充分気を付ける事にするよ。……長谷部さんを悲しませる訳にはいかないからね」

「加勢感謝します、石切丸さん」

 

 そうして彼等が態勢を整えた直後、堀川が不穏な様子で手を翳すのが目の端に映った。意識を前に戻すと、口元を歪めた堀川が大声で再戦開始を叫ぶ所だった。

 

「さあ、死合いましょう! どちらが倒れてもおかしくない状態で、どちらが意地を通せるか楽しみですね!」

 

 ちっとも楽しくないよ、と鯰尾が忌々しそうに呟くのが聞こえる。鶴丸も内心で同意を示し、襲い来る太刀のヒトガタに向かい合った。

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