んん、と唸り声を上げてから目を開く。周囲を見渡すと、隣に白を基調とした戦装束を纏う物吉が、周囲を警戒していた。目を覚ました自分に顔を向けると、目を軽く見開いてから微笑む。
「秋田君、目が覚めて良かった。具合は大丈夫ですか?」
「……はい、少しぼーっとしますが、他は平気です」
「そうですか。でも気を付けて下さいね、頭が冴える前に敵が来ないとも限りませんから」
秋田は軽く頭を押さえながら頷いて立ち上がり、改めて周囲を確かめる。
どうやらここは、武器を納める倉庫の中であるようだった。ぐるりと頭を動かすと、高い天井の上まで届く、巨大な時間遡行軍のレプリカが何体もそびえ立っており、その迫力に思わず身を震わせてしまう。
チカ、と時間遡行軍の目が光った気がして、側にいた物吉に縋り付く。
「秋田君、どうしました?」
「あ、あの、あれが……」
「あれ? ……時間遡行軍のレプリカですか。大丈夫ですよ、ここの制御はかなり厳重に守られていますから、怖がる事はありません」
震える指をレプリカにさす秋田の頭を撫でながら、物吉は微笑んで宥める。しかしその直後に告げられた秋田の報告によって、物吉の目の警戒の色が強くなる。
「で、でも、今……目が、ピカッて……」
「……光った? さっきまで起動はしてなかったはずじゃ……いや、この状況下だから、警戒するに越した事はないんですかね……」
うーん、と声を出して、物吉は時間遡行軍のレプリカ達を見回す。大太刀のレプリカの隙間を次々と覗き込んで——ある一角を見た時、物吉の体が強張った。
「……おかしいです。短刀と脇差の数が少な過ぎる」
「え?」
「あの辺り、見えますか? ぽっかりと空いているでしょう。多分あそこは短刀、あそこは脇差のスペースだと思うんです」
「あ、本当……不自然に空いてますね」
「……まさか、ここの制御も……」
突然ビリ、と背中に殺気を感じて、脳天にまで走った衝撃のまま勢いよく振り返る。
倉庫の入り口に、桃色頭の気怠げな刀剣男士が立っている。気怠げな刀の背後からは光が差し込んで、体の輪郭を妖しく照らしている。
忘れられない、見覚えしかないその刀を認識した時、物吉の目の色が変化し昏く揺らめいた。
「……貴方は……っ!」
「おや、早い再会ですね。僕達の一派に加わりに来た……という訳ではありませんよね」
はあ、とやはりつまらなさそうに息を吐く刀——宗三左文字。昨日物吉を襲っていたのは、彼に間違いない。普段は穏やかな物吉が、敵意を全身から漲らせているのだから。
政府に所属している訳ではない刀が、何故ここにいるのか——聞いた所で碌な答えが返ってこないのは目に見えている。
ふと秋田に視線を向けた宗三は、そうだ、と手を合わせてゆったりと微笑んだ。
「物吉には断られましたが、貴方には聞いてませんでしたね。……どうです? 今からでもこちらに下るというのは」
「……え?」
「今こちらに来てくれるのなら、物吉の安全は保証しましょう。逆に敵対するのならば、僕は貴方達の口を封じる為に、手荒な真似をしなくてはなりません。……蜜を貪るだけの人間達に一泡吹かせるのは楽しいですよ、どうです? 何より貴方は不満を抱えているみたいですし、それを晴らせるいいチャンスですよ」
クスクス、と何かを思い出しては小さく笑う宗三。遠い所を見るその姿に何か空恐ろしい物を感じ、秋田は目を逸らす。そして向けた視線の先、宗三の刀を見て息を呑む。
——時間遡行軍の血は、しばらく経つと消滅する。しかし宗三の刀身は、血の池に漬け込んだかのように濡れており、赤いそれが消える気配がない。
何をしたのか、なんていうのは馬鹿げた問いだろう。時間遡行軍の物でないのなら、何を斬ったとしてもまともな物を斬っていないはずだから。
震える手を握り締め、頭を持ち上げる。見据えた宗三の顔は妖しく笑んだままであり、怯える心を奮い立たせて秋田は口を開いた。
「……確かに、僕は不満を持っていました。誰も僕を気にかけない、気にも留めない。それが嫌で逃げ出したのも事実です」
物吉が、心配そうにこちらを見ているのを感じ取れる。反対に宗三は、至極楽しそうに口元を歪めている。
自分がどう思われているか、知りたい所ではあるけれど。今は、自分の意志を示さねばならない。
「でも、僕はもう一度信じると決めた。支えてくれたひとを、先に道を進んだひとを、懸命に手を伸ばしてくれたひとを。一度決めた事を覆すつもりはありません。だから僕は、貴方の所へは行かない」
「……そうですか」
宗三は呆れたような息を吐くと、すぐに顔を歪ませて刀を正面で持ち刃を向ける。また背筋を痺れさせる殺気に反応して、秋田と物吉は刀を抜き放った。
「ならば僕も目的を達成する為に、貴方達の口を封じなければ。残念ですねえ、こんな事になってしまうなんて。同胞を手にかける事になるとは、世界は本当に意地が悪いです」
白々しい、と舌を打つ物吉の——
それが何かは分からないまま、本能的に物吉の腕を引き頭を低くさせる。目を丸くしていた物吉の背中を守る為に、刀装兵を展開させる。直後、耳をつんざく爆音と爆風が襲いかかり、物吉は秋田に頭を押さえられたまま目を見開いた。
また刺すような気配を感じた時、咄嗟と言った様子で物吉が秋田を押し出す。空いた空間に斬撃が降りかかり、衝撃の余波を兵に受け止めさせつつ立ち上がって警戒に移る。
「……秋田君、ありがとうございます。ボク
「気にしないで下さい。……爆弾使いですかね、あの宗三さん。早く対処しないと、この倉庫も壊れますよね……」
「そうですね……爆弾を止めつつ、宗三さんを取り押さえないと事態は——」
「ああ、そうそう」
パチン、と指を弾く音が倉庫内に大きく響く。すると、大太刀の巨体があった場所ががらんどうになった。大きく空いた空間に、秋田は驚愕しつつ意識を向ける。
物吉が不意に前へ出た。高く澄んだ鋼の音が連続して響き始める。秋田は注意を逸らしてしまった事を反省しながら、宗三の腹に向かって刃を振り翳す。その攻撃は呆気なく、鞘で受け止められてしまった。
二振りの刃を防ぎながら、宗三は楽しい遊びを提案するかのように笑う。
「察しの通り、レプリカの短刀と脇差は別の所へ移してあります。あちこちで既に暴れさせているので、さぞ気持ちいい悲鳴を奏でている事でしょう。それに加えて、今転移させた大太刀。クールダウンが必要にしても、ここにあるレプリカが全て動き始めたら……きっと、とても面白い事態になるでしょうねえ」
——敵勢力の追加を、この刀が行っている。楽しいおもちゃで遊ぶように語る目の前の反逆者に、二振りは顔を青ざめさせた。