空隙の町の物語   作:越季

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☆☆☆
 むかしむかし。あるところに、ばけものとよばれたおとこのこがいました。
 にんげんのおかあさんからうまれたそのおとこのこは、おかあさんにいつもばけものとどなられ、ぶたれ、つめたいまなざしでみられてきました。
『かれ』は、いえのそとでもひとりぼっちでした。おないどしのこどもたちからはいじめられ、おとなのひとはかわいそうというばかりで、『かれ』になにもしてくれません。
 そんな『かれ』のはなしあいては、たったひとり。おなじおかあさんからうまれた、とししたのにんげんのおんなのこただひとり。『かれ』がばけものとよばれようとも、おんなのこはきにもしなかったのです。
 ふたりはとてもなかよしでした。おかあさんが、たとえおんなのこに「ばけものにちかづかないように」とちゅういをしても、おんなのこはみみをかしません。
『かれ』をにんげんだといってくれるのは、おんなのこだけだったのです。それがとてもとうといことだと『かれ』がきづくのは、もうすこしあとのことでした。


第四話「春の光差す本丸」
4-1「手当て」


 ――また、この夢か。

 蒼穹の一期は、すすり泣きの響く暗闇で、自分の状況を把握した。

 何度か見ている夢だ、少し慣れてきた、と言ってもいい。けれど謎が全て解けた訳ではない。すすり泣く声に、話しかける。

 

「君は何が悲しいんだ? 私でよければ、力になれないだろうか」

 

 声の主は、泣くのを止めた。すると、正面に少年が現れる。黒髪で、特にこれといった特徴のない7歳くらいの少年だ。顔は、俯いていてよく見えない。

 

「――うそつき。なにもするきがないくせに」

 

 少年は涙声で、一期を責めるように呟く。しかし、ここで引いてはいけない。この夢を何とかしなければ、もどかしい状態が続くままだ。

 

「嘘じゃない。君を何とかしたいのは本当だ、よければ話してくれないか?」

 

 出来る限り、優しく話しかける。それこそ、日常で弟たちに語りかけるように。少年は、顔を上げた。

 

「――これでも」

 

 一期は喉を引きつらせた。何故なら、

 

「――ぼくをなんとかしようと、おもうのか」

 

 ――少年の顔は、顔の凹凸も見当たらない、のっぺらぼうだったからだ。

 

 

「うわああああっ!」

 

 叫び声と共に、飛び起きる。身体中から汗が出ていて、気持ちが悪い。はあ、と息をついて、額の汗を袖で拭った。

 声の姿が明確になったのは、初めてのことだった。ごくごくありふれた普通の少年。彼は一体何なのだろう?

 思考がどん詰まりになったところで、辺りを見回す。八畳ほどの、畳敷きの部屋だ。正面には床の間があり、刀掛けには『一期一振』が掛けられている。その右横には押入れと思われる襖があり、少しだけ戸を補修した跡が見受けられた。右側面には障子があり、左側面には西洋風の引き戸。

 ……西洋風の引き戸? はて、自分の本丸に、このような戸はなかったはずだが。

 どたばたと段差を降りる音がして、こちらに足音が近づいたと思うと、引き戸が開く。

 

「いち兄、大丈夫!?」

「すごい叫び声だったぜ、悪夢でも見たか?」

 

 顔を出したのは、水色のパーカーを着た鯰尾と、紺のTシャツの上に白衣を纏った薬研である。その『少し違う』二振りの様子に、ようやく一期は思い出した。

 

 ――そうだ、自分はごろつきに襲われたところを、春光隊に助けられたのだった、と。

 

***

 

 時間は、春光の鯰尾と長谷部がごろつきを倒した時まで遡る。蒼穹の一期は、鯰尾の言葉に衝撃を受けていた。

 

「愛甲区域の大移動……って」

「あ、知ってる? 俺たちこれでも結構強いんだよ」

「……私も、昨日聞いたばかりだが」

 

 下のものから搾り取った益で私腹を肥やす管理者たちから逃れようと、決死の亡命を行い、生き残ったものたち。それが、一期の目の前にいる。隠れ棲む珍しい生き物を見つけた気分だ。

 長谷部は、鯰尾の言葉にこてんと首を傾げる。

 

「それは自分で言うことなのか? まあ鯰尾たちが強いのは事実だが」

「率直な賛辞嬉しいです。さて、どこかのいち兄」

 

 長谷部に慈しむような表情を向けていた鯰尾は、一期に向き直ると、真剣な表情になった。

 

「流石にその足の怪我の状態で、はいさようならって言う訳にはいかない。このごろつきのような奴が、この森にはわんさかいるからね。だから、俺たちの本丸で修復してもらおうと思う。いい?」

「もちろん、そうしてもらえるとありがたいが……いいのかい、資材やお金も、さほど持ち合わせていないよ」

 

 不安そうに見上げる一期に、ぼったくったりしないって、と鯰尾は笑う。

 

「大丈夫、こういう時のための蓄えだからね、俺たちの場合」

「……バイタルチェックとか、諸々の雑事は俺がやることになるんだが?」

 

 睨め付ける長谷部を、鯰尾はまあまあと宥める。

 

「……流石に、身内をおざなりにしたくはないんです。頼みますよ、がざにあのたると奢りますから」

「……タルトの他にマカロンも付けろよ。それぐらいじゃないと割に合わない」

「長谷部さん、本当にいち兄が苦手なんですね。……まあしょうがないですよね、少し悲しいですけど」

 

 さっきの長谷部の表情からすると、苦手、という言葉は本刃がいる手前、柔らかくした表現である可能性が高い。でも、一期は何故か、敵意を向けられているのにこの長谷部を嫌いになれなかった。弟を大切にしてくれている、という事実があるからかもしれない。

 

「よし、それじゃあ行こうか。俺たちの本丸へ!」

「うわあっ! 鯰尾、流石にこれは」

「はいはーい、色々矜持に触れるだろうけど、怪我人はおとなしくしててくださーい!」

 

 鯰尾は、軽々と一期を背負った。気恥ずかしさとか弟に背負われるあれこれとか、様々な思いが胸をよぎったが、一期は黙って背負われることにした。

 森の中を、三つの影が進んでいく。時々ちらちらと、空間を裂くように別の風景が映るのを、不思議に思いながら見ていた。

 突如、目の前にいた長谷部が固まったと思うと、猛スピードで駆け出した。それを見て、鯰尾も走り出す。

 

「うわ、ヤバ……!」

「鯰尾!? どうしたんだ、いきなり」

「時空の流れが変わりそうなんだ! 早く本丸に入らないと、別の時空に放り出される! 足痛むかもしれないけど、我慢して!」

 

 勢いよく、景色が後ろに流れていく。鯰尾にしがみつき、目を瞑り、なんとか一期は激しい揺れに耐えた。

 ばん、と音がして、目の裏が少し暗くなる。ばたん、と再び音がすると、もう大丈夫だよ、と鯰尾が告げた。

 

「ありがとう、鯰尾」

「これくらいどうってことないよ。長谷部さんに任せると、いち兄が振り落とされそうな気がしたしね……」

 

 そこは、普通の本丸ではなかった。玄関も小さく、横にある下駄箱も西洋風のものだ。正面の壁には絵画が飾ってある。なんだろう。まるで、ありふれた近現代の一軒家のような――。

 とんとんと段差を降りる音がして、菖蒲色の頭が現れた。

 

「鯰尾、長谷部、お帰り。……おや、背中に背負っているのは」

「ごろつきに襲われていたから助けて連れて帰って来ました。怪我の度合いは、軽傷と言ったところですかね。資材の量、大丈夫ですよね?」

「大丈夫だよ、軽傷分の資材はある」

 

 菖蒲色の刀剣男士――歌仙兼定は、そう言って微笑んだ。着ているのは、いつもの内番服。自分の本丸との共通点を見つけられて、なんとなく一期はほっとした。

 まだ機嫌が悪そうな長谷部を見て、歌仙は顔をしかめる。

 

「長谷部、いつも言っているだろう。負の感情を表に出し過ぎるのは、雅じゃない。どんな人だって、初対面で負の感情を浴びせられたら、嫌な気持ちになるに決まっている」

「……でも」

「だってもへちまもないよ。己の感情を操作出来ないと、いざという時、相手を不安にさせてしまう。それか、相手にされなくなってしまう。君は困っている者を助けたいのだろう? だったら、相手を安心させられる術を覚えなさい」

「……わかったよ」

 

 説教をしている歌仙の横を通り過ぎ、鯰尾は一期を誘導する。

 

「ここを曲がって、まっすぐ行ったら手入れ部屋。いち兄、歩ける?」

「少し痛いけど、歩けるよ」

 

 和室に着き、鯰尾は一期から刀を預かり、刀掛けに掛けた。そして、横になるように誘導する。

 

「まだ時空の流れが安定してないから、ゆっくりしていいよ。手伝い札を使うけど、気分までは治さないから、良くなるまで休んで」

「ありがとう。そうさせてもらうよ」

「長谷部さん、準備お願いしまーす!」

 

 歌仙の説教が終わった長谷部が、こちらに駆けて来る。そうして、ポケットから端末機器を取り出し、電源を入れた。すると、彼の目の前に、キーボードと画面が浮かび上がる。

 

「……刀帳番号二十五番、一期一振。認識完了。当該情報体の損傷状態を確認。……完了。修復完了までの時間を確認。資材使用許可。作業促進パッチ適用許可。仮登録、偽装登録完了まで50、80、……共に完了。……修復開始」

 

 長谷部は早口で何やら呟いている。同時に、手元も鍵盤を弾くように目にも留まらぬ速さで動かしていた。最後の一言を告げると、足の傷が少しずつ塞がっていく。焼けた跡もなくなった。安心したのか、体の力が抜けていく。

 

「眠くなっちゃった? そりゃああんな目に遭ったんだもん、安心したらそうなるよね。……ゆっくり休んで、いち兄」

 

 鯰尾の声を遠くに聞きながら、一期は目を閉じた。

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