空隙の町の物語   作:越季

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19-2「それでも、俺は」

 階段状の部屋の正面にある大画面いっぱいに、英数字の文字列が映し出されている。とめどなく打ち込まれてはコマンドを実行し、更に文字列を入力されていく。

 大画面の下にいる長谷部と大包平は、画面から意地でも目を離すまいと顔の向きを固定させ、キーボードを打つ手は滑らかに、そして力を込めながらタイプ音を響かせている。表情は真剣に強張ったまま変わらない。

 部屋の外から、嫌でも剣戟の音が聞こえてくる。怖い顔をしている長谷部と大包平、怖い事になっている部屋の外。その二つの間をちらちらと窺いながら、子供達は小さく固まって震えていた。

 

「ひっ! ……また、何かが壊れる音がした……」

「獅子王さん達、大丈夫だよね?」

「今は信じるしかないよ……僕達が出て行っても邪魔になるだけだ」

 

 子供達——滑莧園の園児達は、怯えているしかない己の無力さに歯噛みしながら俯いた。

 ソメゴロー達がいなくなった——その事実に気が付いた時に、子供達は各々の動揺を見せた。どうして消えたの、ソメゴロー達までいなくなった、何故こんな時に黙って——衝撃の果てに子供達は、ある思考に至った。

 ——自分達が、弱かったから。

 ソメゴロー達がこの状況に相当傷ついていたのは知っていた。知っていて、自分達は自分の傷に手一杯だったせいもあり、江雪達に任せたのだ。

 その結果、ソメゴロー達は何かを決めた。きっと彼等は、茨で出来ている道を進むと決めたのだろう。

 自分達は、そんな決断が出来ない。今だって家族がいてある程度の安全があるというのに、それ以上の何を望もうか。

 ……砂上の幸福であるとわかってはいる。それでも、怖い思いをするのは嫌で仕方がないのだ。

 自分達は、あの三人のようになれない。どうしようもない事だけども、悲しくて悔しくてたまらなかった。

 

「……ソメゴロー達、どこにいるのかな」

 

 一人の言葉に、子供達が顔を跳ね上げた。表情にかつてのような明るさはない。それでも、彼等の心にあった懸念は一緒だった。

 

「変な所に、行ってないよね?」

「ツクシとタイガがいるんだから、そう危ない場所に行かないとは思うけど……」

「サクヤがいなくなっちゃったのが痛いよなあ……」

「ソメゴローのストッパーはあいつだったしな」

「……三人共、何か考え込んでたし、……いなくなっちゃうの? 三人も」

 

 重たい沈黙が降りる。嫌だと叫びたくても、状況が許してくれない。

 ここは間違いなく戦地ど真ん中なのだ。守られていなければならない存在である自分達が動けば、今も戦っている大人達に迷惑がかかる。自分達に出来るのは、部屋の中でじっとしている事だけだった。

 ああ、そうか。子供達は、少しだけ三人の考えに近づけたような気がした。

 

 ——何も出来ない弱さが嫌で、あの三人は……。

 

「よし、こっちは大部分の修復が出来た」

「こちらも制御の奪還に成功した、次の割り当てだが——ん?」

 

 大包平に進捗報告をしていた春光隊の長谷部は、首を傾げて画面を睨む彼の方向を見た。

 あちこちにばらまかれていたウイルスを退けながら、機械制御を奪還しようとしていた彼等は、その甲斐があって少しずつ制御を取り戻しつつあった。

 さすがは政府といったところか、最新システムのテストが行われていたのだと見せられた物は、長谷部を大いに驚かせた。実装に至るまでには時間がかかりそうだ、と唸りながら告げられて、長谷部はノータイムで「応援している」と拳を握って見せた。

 そんなシステムの開発に携わっている大包平が、顔を顰め画面の上に視線を泳がせたと思うと——限界まで目を見開いた。

 その形相は迫力に満ちすぎていて、長谷部は思わず体を引いていた。

 

「長谷部、予定変更だ」

「ど、どうした?」

「武器庫の制御が奪われている。ここには時間遡行軍の模型もある、自由に動かせるようになっているのではまずい! くそ、ここまで手が及んでいたとは……!」

 

 端的な説明を聞いて、長谷部も顔を青ざめさせた。

 どこに運び出すかは分からないが、ここに放つにしろ、別の所に移動させるにしろ、ろくな事にならないのは目に見えていた。

 長谷部は大包平の最優先となった作業を確かめる。

 

「大包平は、武器庫の制御を取り返すんだな?」

「ああ。長谷部、連絡の機構は修復したんだろう? 反逆者と戦っているものとの連絡は任せたぞ!」

「わ、分かった!」

 

 鋭く命じられ、長谷部はキーボードを再び叩き始めた。

 

「……敵性反応を示す情報生命体を除外、こちら側の情報生命体反応を検出……完了。該当生命体所持端末にアクセス……成功!」

 

 エンターキーを思いっ切り叩き込み、長谷部は近くにあったマイクに顔を近づけて叫んだ。

 

「——おい、聞こえるか!?」

 

***

 

 数多の雨粒が、地面に弾けては消えていく。耳障りな音も量を増し、視界すらも遮り始めていた。

 愛染が雨粒を巻き込みながら地面を跳ね飛び、水溜まりを避けて小狐丸の懐に迫る。当然それは輝く鋼に防がれ、ぎしりと軋んで拮抗状態になった。

 睨み合い続ける二振りに、木の葉が揺れる音と共に頭上から白と青の影が降ってくる。落ちながら体をねじり、刀を振りかぶって相手の首を狙う。

 しかし、目の前の景色が揺らいだと思うと、次に足から感じたのはぬかるんだ地面の感触だった。青と白が横を見ると、愛染も前方を睨みながら立っていた。少し離れた所では相も変わらず小狐丸が恍惚とした様子で体を捩っている。

 

「くっそ、やっぱりワープが厄介だな……!」

「アレを何とかしないと永遠に近づけないだろ……」

 

 愛染が腹立たし気に吐き捨てると、青と白——太鼓鐘も歯痒そうに小狐丸へと視線を向ける。

 小狐丸の視界にはもう、先程の襲撃者の姿はない。ただ母親の幻覚と踊り狂い、うっとりと目を潤ませ表情を蕩けさせている。

 

「ふ、ふふ。ああ母様、もうすぐ会いに行けますからね……」

 

 忌々しそうにしている愛染と太鼓鐘の後ろで、ツクシは小狐丸をじっと見つめている。目を皿にして敵を凝視する彼女の肩を、江雪は優しく叩いた。

 

「ツクシさん、怪我はありませんか?」

「大丈夫だよ江雪さん、ありがとう」

「いえ。……あの転移の術、どうにか出来ないでしょうか」

 

 それは当然の言葉だった。何せ近づけたと思ったら元の場所に飛ばされているのだ、このままではこちらの体力が削られていく一方である。

 腕を斬られた江雪も、長く戦闘を引きずると危ないだろう。少しでも早く、突破口を見つけたい所だった。

 

「……ねえ、あの小狐丸さ、様子がおかしくない?」

「え?」

「変に顔が赤くなってるから分かり辛いけど、少し目が虚ろになってる気がする。それに体の軸がちょっとぶれてるよ。多分、少し疲れているんじゃないかと思うんだけど……」

 

 今もなお小狐丸を見据えるツクシの横顔は研ぎ澄まされたように真剣で、江雪はその気迫に息を吞む。

 戦場から距離を置いた所で、彼女は彼女なりの戦いをしていたようだった。

 

「……何故急に、疲労を表に出したのでしょう」

「分からない。けどこれはチャンスだ。少しつつけば多分、あいつはぼろを出す」

「けれど、つつくと言ってもどうやってですか? 今も隙を見せていないのです、攻撃で穴を見つけるのは難しいですよ」

「だろうね。なら」

 

 ツクシの唇が小さく、けれど確かに歪む。それは幼い子供がささやかないたずらを企んでいる時の、常なら微笑ましさと微かな不安を催す物だった。

 けれど——

 

「——なら、心の隙を突かせてもらおうか。あいつが私達と同じような経緯で生まれたのなら、存分に揺さぶるネタはある」

 

 この厳しい状況下では、強力な軍師がこちら側に付いたような安堵を覚えられた。

 

***

 

 はあ、と吐き出した息には鉄錆びた疲労の臭いが漂う。口元を拭って鶴丸は再び前を見る。

 周囲の壁は斬った跡だらけで、滑らかだった平時の物とは思えない。斬られた痕跡から覗く基盤は、恐らく機械制御の為にある物だろう。今は辛うじて傷はついていないが、この後の戦況次第では使い物にならなくなる。

 床面も問題だ。綺麗に敷かれていたカーペットは捲れ上がり、銃兵が開けた穴がいくつも点在している。戦闘に巻き込まれて綺麗な絨毯からみずぼらしい襤褸切れになってしまったカーペットには、後で黙祷を捧げなくてはいけない。

 そして、その向こうでは。流れの鯰尾がこちらの長谷部と共にヒトガタを吹っ飛ばしている。長谷部はいい加減に操り手に近づけない現状に焦れたというのもあるだろう。かつてない程乱雑に刀を振り回す彼は、かなり頭にきているようだった。

 それをさりげなくサポートしているのが、鯰尾だ。真っ二つにされたり首を飛ばされたヒトガタの「鍵」を的確に破壊しつつ、ヒトガタの肉体が消える前に堀川のいる所へと投げ飛ばしていた。当然サッと避けられ、それに舌打ちをしつつ鯰尾は次の標的に移っている。

 青江も隙を狙っては堀川に攻撃を仕掛けようとする。だが、すぐにヒトガタに防がれ遠のけられた。彼の目にも、苛立ちが浮かんで見える。それでも彼は、冷静さを保っている方だった。

 

「う、ぐ……」

 

 後ろから、か細い唸り声が聞こえる。直後どさりと倒れる気配がして鶴丸は振り返った。

 

「小夜、大丈夫かい?」

「体が、思うように動かなくて……すみ、ません……」

「強力な呪いらしいからそうなるのもおかしくないんだ。頼むから、無理はするんじゃないよ」

 

 ヒトガタを吹き飛ばし小夜の側から遠ざけながら、次郎は彼を案じていた。小夜は小さく頷き、腕を押さえて唸り続ける。

 その光景を、憎悪の目をもって見つめているものがいた。

 蛍丸は腰を低く落とす。そして床を後ろ側の足で蹴飛ばし突進する。視線の先にいるのは、小夜。

 その昏い眼光に気付いた次郎は、小夜から少し離れた場所より叫んだ。

 

「——小夜!! っぐぅ……!」

 

 蛍丸は低い姿勢で次郎の脚に切り傷を入れる。次郎がそれに気を取られた一瞬の間に、蛍丸の鋒は小夜に向けられていた。

 斬られた直後から起こっている激しい痛み。そのせいで立ち上がるのも困難だった次郎は、()()()()()()()()()が凶刃を振り下ろすのを歯嚙みして見る事しかできない。

 ——歯噛みして、祈る事しかできないのだ。

 

「……本っ当に、君は性根が歪んでしまっているなあ——19478番!」

「小夜さん、大丈夫かな?」

 

 割り込んだ鶴丸が小夜を蛍丸から引き離し、石切丸が凶刃を受け止め、攻撃を阻止する。

 鋼がぶつかる音が高く澄み渡り、刀身の向こうで蛍丸が鋭く昏く、こちらを睨みつけていた。

 

「——どいつもこいつも本っ当にムカつくなあ」

 

 沼の底に沈む、粘ついた呪いの表面を反射して、瞳に映しているようだ。刹那、鶴丸はそう思う。その目の奥に、どれだけの絶望と恨みがあるのだろう。

 

「どうせ殺すしか出来ない癖に、どうせ傷付けるしか出来ない癖に、善人気取ってさ。お上が守ってくれるから自分達が正義? ハッ、腹が捩れるね。どこまで行ってもお前らは血に濡れる人斬り包丁なんだ、それ相応の振る舞いをした方がいいと思うけど?」

 

 ケタケタと人を食うような笑い声を上げる蛍丸。怨嗟を隠そうともしない彼の言葉を聞いた鶴丸は、目を見開いて息を震わせた。

 ——蛍丸の根源に触れた気がした。あの悪意溢れる言葉の奥を想像して、彼の辿った経緯を合わせれば、彼の傷が見えてくる、ような。

 小夜が、鶴丸の裾を小さく引く。我に返った鶴丸は、絨毯の切れ端をかき集める。

 お上殺しをしている以上、蛍丸の『処理』は絶対だ。けれど、それでも何か、彼に残せる物があるのなら。少しでも、報われる結末に至れるのなら——

 切れ端を重ねて小夜を寝かせ、か細く息を吸う。鶴丸も、己の内側を晒す覚悟を固めた。

 

「……そうだな、確かに俺達は人の命を刈り取る武器だ。だが、今は体と意思がある。斬る事が刀の定め、それは当然だ」

 

 ——傷付けるしか出来ない? ああ、そんなのは百も承知さ。

 ——善人を気取ってる? 人に少しでも良くあらねば、俺達は容易く壊されるんだ。

 ——お上に守られているから安全圏にいられる? 信用に足らない人間が多い守りが、脅威に転じない保証などどこにもない。

 ——人斬り包丁らしい振る舞いをしろ? ……脳裏に、夕立の笑顔と滑莧園の写真、そしてあの日、惨劇の舞台となった研究所の被害者の、絶望に惑う姿が浮かぶ。

 それを見てしまった自分は——その振る舞いだけをするのを、断固として拒絶するのだ。

 

「けれど、その上で俺は思った。俺は、未来を断つだけの武器にはなりたくない」

 

 苛立ちを隠そうともしない蛍丸は、歯を軋ませながら刀身を石切丸へと押し出す。

 

「物言えぬ頃には出来なかった。だが、今は心を伝える口があり、思う場所に行ける脚があり、そして他者を守れる腕と手がある。それらを使わずにただ闇雲に斬るのでは、幼子の戯れと何も変わらん。笑顔の温かさを知ってしまったら……悲鳴を、慟哭を、聞いてしまったら。少しでも涙の流れる事態を避けようと思うのは、心あるものとしては自然だ、と俺は考えている」

 

 石切丸もまた刀身を押し返す。鶴丸は応急処置をしている次郎を横目で見ながら、素早く思考を重ねていく。

 蒼穹の一期は、己の不甲斐なさに泣いていた。彼に何も出来なかった自分もまた、痛い程に情けなく感じられた。けれど鶴丸は、あの時も心から「蒼穹の一期の力になりたい、彼には笑っていて欲しい」と思ったのだ。そんないい奴ではないと首を振っても、本心を偽れば必ずどこかで破綻する。

 だから鶴丸は今、この点に関しては正直でいる事に決めた。

 

「斬る事が俺達の本能。だが俺は闇雲に斬るんじゃなくて、この世界を、俺の世界をより良く出来るように、道を切り拓く刀でありたい。主を、仲間を、友達を、俺の世界を構成するひとびとの明るい未来を、指し示せるような刀でありたいんだ。だから19478番、俺は俺の望むままに振る舞う。君の提案は残念だけど、却下させてもらうぜ」

 

 いよいよ蛍丸の表情が険しくなっていく。眉間の皺は深く、細くなった目は研ぎ澄まされ、その奥で澱んだ炎が揺れている。

 

「……お綺麗な言葉を並べて、つくづく苛立たせるのが上手いな、お前は」

 

 そう吐き捨てて蛍丸は刃を引き、一歩下がって壁の照明に手をかけた。




メリークリスマス
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