空隙の町の物語   作:越季

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19-3「君の未来の為に」

 石切丸は春光隊の中では最後に顕現した刀だ。なので、長谷部との付き合いも他の隊員よりは短い。それでも数多の出来事を経た自分の長谷部への愛情は、他の隊員と同じくらい強い自信がある。

 だから、今だって想像してしまう。——こうして戦場に巻き込まれた彼は、どれだけ怯えてしまっているのだろうか、と。

 

『おい、聞こえるか!?』

 

 その声が耳に入った時、目を見開いた石切丸が抱いたのはまず「安堵」だった。

 長谷部は無事だ。少なくとも声に張りがあるし大きく慌ててもいない。その事実だけで不安の大部分が払拭される。後は、彼が今どこにいるのかだけが問題なのだが——

 

『聞こえているみたいだな。春光隊が一振りへし切長谷部、これより政府所属の大包平と共に、賊討伐の支援を行う!』

 

 次いで飛び込んできた言葉に、思わず耳を疑った。何故、長谷部が政府の大包平と協力する事になっているのか。他の本丸の刀と話す事が苦手なのに、大丈夫なのか。そして何より、支援という名目で危険な事に巻き込まれていないか——安堵の感情を塗り潰すように、不安が噴き出す。

 そんな石切丸の懸念を知ってか知らずか、長谷部は緊迫した声音で続ける。

 

『現時点で、政府中枢システムのおよそ半数の奪還に成功している。大包平は引き続きシステムの奪取を、俺は取り戻せたシステムを用いて床や壁といった地形の変動をはじめとした支援を行う。今はまだそちらの声を聴き取れるまでには至っていないが……こちら側からお前達の様子は見えている。出来る限り、やり取りを可能にしたのは伏せておきたいから、疑問もあるだろうが今は俺達を信じてくれ、としか言えない』

 

 はきはきとした口調から、長谷部も覚悟を固めてその場にいるのだろうと分かる。その気持ちを尊重したいが、やはりどうしたって不安と心配が胸の中で渦巻く。

 慣れない場所に彼を一人にしたくない。変に気負いすぎてまた不必要な傷を負う事になったら。ああ、今すぐ長谷部のいる場所に鯰尾と共に駆け付けたいのに。

 涙に沈む長谷部を、もう見たくはない。でも、決意をしたなら妨げるのは野暮だ。だが強く言われて参戦したというのなら、そんな事をしなくていいと言わなければ——

 

『最後に、俺の本丸の皆に』

 

 ピタリ、と脳内で回っていた言葉が動きを止める。止まった言葉達を脳の隅に払いのけ、そして長谷部の言葉を聞き逃すまいと、それだけを思考の中心に据える。

 ——何というか、私ってここまであからさまだったかなあ……。

 内心で苦笑しつつ、石切丸は大切な家族の言葉を待った。

 

『……分かっていると思うけど、俺が介入すると決めたんだ。大包平は悪くないし、一緒にいた獅子王もいいって言ってくれた。確かに怖いよ、俺の判断一つで沢山の人が死ぬかもしれないのは。それでも、皆が戦っているから。家族が苦しんでいるから。俺も勇気を出して、助けるために戦わないとって思えたんだ』

 

 逃げてもいいのに、それでも彼は戦う事を選んだ。子供達が追い込まれている状況だ、長谷部は見捨てないだろうというのは百も承知だった。けれど家族の——自分達の姿を見て、戦う決意をする最後の引き金を引いたのだろう。

 守りたい思いが、大切な家族を戦地に追い立てた。何とも皮肉だと、石切丸は自嘲した。

 

『だから、皆。どうか、生きてまた会おう。また笑って会えるのなら、俺は怖い場所だって進んで見せるから』

 

 ——澄んだ言葉が、耳に穏やかに滑り込んでくる。戦場である事も忘れて、石切丸は茫然とした。

 それは未来を祈る言葉で——何より、自分達への信頼だった。きっと自分達は、困難を乗り越えてまた長谷部のもとへ帰ってきてくれる。自分達は、長谷部を一人ぼっちにしない。そんな、自分達の力と魂を信じているが故の言葉だった。

 けれど、信頼を向けられているだけではない。それは少し震えていた口調から分かる。

 長谷部は怯えている。——家族がもし、戦いの中で折れてしまったら。心を信じていても、やりきれない事に傷ついた彼は「もしも」の恐怖に囚われているのだ。

 自分だけならまだマシだと考えているのもいただけないが、確定してもいない未来に怯え続けているのは、どうにかして低減させたい性質の一つだった。

 どんなに幸せな未来を思い描いても押し潰されてきたのだから、そうなってもおかしくはない。最近は他者との交流でそれも治まっているかと思ったが、まだ燻っているのは間違いなく。

 だからこそ——

 

「祓い給え……清め給え……」

 

 意識を現実に戻し、石切丸は目を細める。目の前には、壁上方に備え付けられた照明を踏み切って渡り、ヒトガタをばら撒く蛍丸に、ヒトガタの鍵を壊す鶴丸が追いかけていた。

 ——目を凝らせ、気配を探れ、一挙一動を決して見逃すな。

 石切丸は索敵が得意な方ではない。けれど彼だって刀だ。戦い方は心得ているし、索敵が難しくてもやれる事はあるのだ。

 蛍丸は地面に降りてこない。攻撃のしにくい所から石切丸達を翻弄しようとしているのだろう。鶴丸は高所への攻撃手段を持っていない為、かなりやりにくそうにしている。

 高所に陣取っている敵。足場にしているのは壁の照明。あちらは既にあちこちを破壊している。ならば。

 石切丸は戦場から少し離れて上を見る。小さな足なら実にいい置き場になるだろう、シンプルな照明がそこにあった。

 石切丸は柄を握り、天に向かって刀身を掲げる。

 

「——それっ!」

 

 そしてその一言と共に、壁付き照明は一気に砕け、ただの残骸になり果てた。散らばる破片は最早足場にしようもなく、床に降り積もっていくのを横目に、石切丸は次の照明に向かおうとする。

 その時、壁の中からガコン、という音がした。

 何があったと思い壁へと向くと、ドアの一つと横の壁が()()()()()()。そして次第に襖を重ねるかのようにドアのある壁が照明のある壁に重なり、そして重なった二枚は照明を引っ込めながら次の壁に重なっていく。

 照明の上に乗っている蛍丸も、鍵をばら撒きながら舌打ちをしていた。

 これは、長谷部の支援だ。そう考えたのを裏付けるように、通信が入る。

 

『大包平から施設の破壊許可が下りた。不用意な損壊は禁止だが、戦闘の上での損壊は仕方ない、との事だ。今から戦場を広げる。許可は下りているから、存分にやれ!』

 

 ズズズズ、地の底から響くような音がして、壁が更に大きく動き出す。一斉に動き出した壁はどんどん空間の端に向かって滑っていく。部屋を遮っていた壁や、空間を隔てていた壁がこのフロアの端にまで追いやられ、一気に空間が大きく開けていった。

 蛍丸は既に床へ着地しており、刃を構えて全方位に殺気を飛ばしている。離れた場所にいる堀川は、紙屑を床にばら撒かれたかのような困った笑顔を浮かべていた。

 

「チッ、コンピューター制御を奪い返されたか」

「蛍丸君、眉間にしわが寄ってるよ。冷静にね」

「言われなくても分かってる、相棒狂い」

 

 鋭い舌打ちを一つして、蛍丸は眼前に刀を掲げる。真意が見えないままに微笑む堀川も、鍵をぶちまける用意をしていた。

 長谷部の支援で戦場が広がった——即ち、大振りの刀が動きやすくなったという事。大太刀の石切丸や次郎、太刀の鶴丸も本領を発揮できる。

 しかしその有利は、味方だけに発動されるものではない。

 

「ムカつく、ムカつく、ムカつく……味方から援護されて腑抜けた顔しちゃってさ。——今度こそ、全員殺す」

 

 殺意を漲らせた蛍丸は腰を低く落とし、掲げていた大太刀を横一文字に振りかざした。血染めの白銀が、周囲にいた刀を否が応でも遠ざけさせる。

 相手は「演練の悪魔」とも称される蛍丸を降ろした存在だ。迂闊に近づけば手酷い反撃を食らうだろう。

 長谷部が生み出した有利は、その蛍丸にも有効だ。自分達だけ、という甘い話はないと分かってはいるが、頭が痛くなる話だった。

 鶴丸が石切丸の隣に並び、前を強く見据えながら言葉を投げかける。

 

「通信を入れた長谷部は君の所の奴だよな?」

「そうだよ」

「随分と変わっているらしいな、君達の長谷部は。こんな状況じゃなかったら、友達になろうと俺は声を上げていただろう」

「……好奇心だけで近付かれる訳にはいかないんだけどな?」

 

 殺気を少し込めて鋭く睨みつけると、いやいや、と鶴丸は軽い調子で否定する。

 

「好奇心があるのは否定しないが、俺はあの長谷部と真面目に語り合いたいと思っているんだぜ? 何せ、恐怖をねじ伏せてまで戦場に立った奴だ。戦士として扱うには十分だろう。恐怖を鎮める術、機械制御をどのように戦術に組み込むか、話のタネは山ほどある。そりゃあ今すぐとは言わないさ、君達にも色々事情があるんだろうしな」

「……」

「それでも俺は俺の刃生を楽しむ為に動くし、相手にも楽しいと思ってもらえるように務めるさ。好ましい相手に嫌な驚きを与えたくはない、と口で言っただけで信用が得られるとは思っちゃいないが……それなら君達にも信じてもらえるように、俺は全力を尽くすだけだ」

「……どうして、そこまで長谷部さんに興味を」

 

 警戒と困惑を素直に声音に乗せてしまった自分に驚く。鶴丸は石切丸の言葉に、微笑んで肩をすくめて答えを返した。

 

「友達になりたいと思うのに、大それた理由はいらないだろう。俺は君達の事を、少しの接触だけだが好ましく感じた。好ましい相手と仲良くなりたくなるのは、当たり前の心情だと思うぜ」

 

 相手は、数多の戦いを乗り越えてきた刀だ。謀略を巡らせた事だってあるだろうし、時間遡行軍ではない者の血も流させた事もあるだろう。警戒してしかるべき存在だ。

 それでも、何故だろう。石切丸は、彼の言葉にさほど裏を感じられなかった。理由を考えても明確な答えは出なかったが、ふと思った事が真理を突いているような気がした。

 

 ——なるほど、蒼穹の一期さんの友達なだけはある。

 

 プライドが高いと言われる一期一振にしては、どこかぼやっとしたあの刀。それでも彼は、真剣に長谷部と友達になりたがっていたし、どんなに傷ついても腐る事なく真っ直ぐに問題へと向かい合っていた。

 きっと、目の前の鶴丸もそうなのだろう。どんな汚濁に塗れても、決して侵されない純粋があるのだろう。

 審神者を失い、長谷部が世界への絶望を露わにしたあの日。石切丸達は己の存在をかけて、長谷部を守ると誓った。けれど転び方を教えないままではいけないとも分かっていた。

 どんなに心配でも、傷ついて欲しくなくても。長谷部が楽しく幸せに生きていく為に、決断をしなくてはいけない。

 そうして石切丸が、静かに口を開きかけた時だった。

 

「——へえ、こんな時に呑気に友情劇場? どこまでも舐め腐ってくれやがって……そんなに死にたいならお望み通り、一番最初に殺してやるよ」

 

 はっと顔を上げれば、目の前で昏い炎を目に宿した蛍丸が鶴丸と切り結んでいる。何度も何度も大きな動きで斬りかかる蛍丸に、鶴丸は防戦一方だった。

 蛍丸の剣筋は、お世辞にも優れているとは言えない。やはり元は子供なだけあって、経験が足りていないのだろう。

 だがどんな未熟なものでも、膨大な力を持っているとなれば話は別だ。少し刀を振り回しただけで周囲を怯ませ、力任せに振り下ろせば地面を砕きかねない。そして、少しの切り傷だけでも大幅に行動を制限できる。そんな力を振りかざせる相手に、舐めてかかれる理由はどこにもなかった。

 加勢しようと足を踏み出した石切丸に、鶴丸が鋭い声で制した。

 

「石切丸は小夜坊と次郎の事を頼む! こっちは俺だけで何とかするから!」

「何を言っているんだい!? 一振りだけでどうにかなる相手ではないだろう!」

「それでもだ!」

 

 鍔迫り合いの最中に、鶴丸は一瞬強い視線を石切丸へと向けてから声を張り上げる。

 

「小夜坊と次郎は傷を負っている。このまま放置していたらどうなるか分からん! 神社で暮らしてきた君なら、悪化するのを防げるかもしれない」

「だけど——」

「小夜坊は修行済みだ、次郎も修行を望んでいる。蛍丸の思惑通りに二振りで挑んで、重要な戦力を失う訳にはいかない! 君の力を信じて頼みたいんだ、どうか引き受けてくれ、石切丸!」

 

 強く押されて、鶴丸が地を踏みしめる。床の擦れる音が微かに聞こえた。石切丸は一瞬逡巡してから、怪我を負う二振りの元へと駆け出す。

 状態の悪い小夜は目を閉じて唸り声を上げていた。次郎はまだ傷が浅かったのか、自分で傷口に酒をかけて消毒を試みている。石切丸が二振りの前に立つと、次郎は目を丸くして顔を上げた。

 

「石切丸、アンタどうして」

「鶴丸さんに頼まれたんだ、二振りの様子を見てくれと。……小夜さんは辛そうだね」

「ああ。アタシもどうにかしようとしたけど、良くならなくてね。……やっぱり、あいつを殺すまで呪いは解けないのかね」

 

 苦しむ小夜を見下ろし、次郎は表情を曇らせる。石切丸は片膝をついて小夜の顔を覗き込み、それから腕の傷を見分しようと頭を動かす。

 

「完全な解呪は難しいけれど、少しだけなら弱められるかもしれない。その為に力を尽くすよ。……小夜さん、腕に触れるからね」

「う、あ……」

 

 傷から遠い所に触れただけでも小夜は痛そうに呻く。その様子に胸が痛むが、立ち止まってはいられない。

 鶴丸は自分のなすべき事をなそうとしている。懸念もあるだろうに、出会ったばかりの刀を信じると決めて仲間を託して、最善を尽くそうとしている。

 ——長谷部は怯えている。「もしも」の恐怖に囚われて、一歩踏み出す事を恐れている。どんなに口先だけで慰めをかけても、傷を癒すには到底及ばない。それでも、最近は他者との交流で少しずつ前向きになってきている。

 だからこそ。

 

「神気を流すよ、少しだけ耐えてくれ」

 

 小夜の腕へと少しずつ力を流す。傷の治癒には至らない微かな物だが、小夜の体は反発しているらしく、苦しそうな声が上がる。

 それでも、小夜は耐えている。歯を食いしばり、少しでも良い方へと向かえるように、懸命に呪いに抗っている。その姿は少しだけ、自分達の大切な家族と重なる。

 ——だからこそ、ここで少しでも頼りになる姿を見せたいのだ。長谷部が傷ついても、味方がいるのだと彼に覚えてもらえるように。

 小夜達を利用している。分かっている。まだ心から彼等を信じていられていない。仲間を託して見せた鶴丸の事も、疑ってかかっている部分がある。不信を抱いている事に、後ろめたさがない訳ではない。

 それでも。頼りになると示さねば、彼はいつまでも怯えたままだ。

 これは大きなチャンスなのだ。長谷部が戦いに身を投じると決め、他者と協力する姿勢を見せている。大きな決断をして、他者と繋がろうとしているのは大きな進歩なのだ。

 長谷部の健やかな生の為に、なりふり構ってはいられない。残酷な世界と向き合う覚悟を、誰にも、自分達ですら邪魔させないように。

 癒す姿を、理不尽と戦う姿を、長谷部の目に焼き付ける。それで少しでも長谷部が前に進めるのならば、石切丸は望んで他者を癒して見せると決めていた。

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