太鼓鐘が跳ね回りながら小狐丸の懐を狙っている。愛染はその様子を、真剣な眼差しで見つめていた。
先程から、状況はあまり変化していない。近付けたと思ったらワープを仕掛けられて元いた場所に戻され、再び近付いての繰り返しだ。ワープを何とかしなければ、小狐丸に攻撃する事すらままならない。
けれど、ずっと遠くから観察していたツクシによって、突破口が見えつつあった。
「あいつは、ずっと母様母様って言ってるよね。そこから母親を待っているらしいのは分かる。邪魔者を排除すれば、母親に会えるだろうとも」
「……そうですね、ずっとそう言っていました」
「でも、それがどうしたんだよ?」
「……ツクシ」
「うん、ソメゴロー。おかしいよね? だって——」
脳裏に江雪と家族との会話を思い描き、愛染は目を鋭く細める。そして伝えられた作戦の概要をもう一度確認し、送られるはずの合図を待っていた。
「……愛染、そろそろです。準備はいいですか」
江雪の言葉に、愛染は力強く頷く。そして正面を向き、太鼓鐘の一挙一動を見逃さないように視線を動かす。
幾度も二つの刀身がぶつかり合い、太鼓鐘は歯を噛み締めながら攻撃を続け、優位を崩していない小狐丸が歪んだ笑みを浮かべる。直後、ワープが発動し——太鼓鐘は目を見開いてから、即座に柄の頭を手で二回叩いた。
「合図です。——ご武運を」
「おう、行ってくる」
硬い表情をしている江雪に笑いかけてから、愛染は地を蹴って小狐丸へと迫る。
まずは一分で、攻撃を通さなければならない。難易度が高くても、愛染はやり遂げなくてはいけなかった。
「なあ、お前。いくつか質問があるんだけど」
鋒を小狐丸に向けながら、愛染はそう切り出した。ぴく、と眉を跳ね上げさせて、小狐丸は首をかしげる。余裕で鋒を防がれながらも先を促す様子だったので、愛染は口を開いた。
「お前と母親は、邪魔者を殺せば会える。逆を返せば、邪魔者を殺さないと気軽に会えないのか?」
「そうだ。母様は高貴で尊い存在。そんな母様と私の仲を羨み妬み、邪魔をするものが余りにも多すぎる。母様だって邪魔者を排除して私に会える日を待ち遠しく思っている」
恍惚として、身をよじらせる小狐丸。その目には誰も映しておらず、相変わらず一人で盛り上がり悦に浸っている。
まずは探る為の第一撃、という作戦だったが——ツクシの
ちらりと、後ろを見やる。ツクシは愛染に頷き、作戦の遂行を促した。
視線を前に戻し、愛染は攻撃を繰り出した。
「おかしいと思わなかったのか?」
不審を浮かべて、小狐丸は攻撃を受け流す。ここからだ。愛染はツクシの推察を元に、言葉を投げつける。
——普通の親なら、まずあんな事をするはずないんだよ。子供を、刀剣男士にさせるなんてさ。
「刀剣男士にするための施設は、普通身分の低い子供が入れられる。あんたの言う身分の高い人間は、まず関わりたいとも思わないはずだ」
——知っててそうした可能性は低いけど、それでもろくでもない施設に子供を置いて行ったって時点で怪しい。
「そういう施設は、金の必要な大人に捨てられた子供や親のいない子供が集められる。少なくとも大金と引き換えにして、滅多に会えなくなるような場所に、愛情を注ぐ子供をやる大人はいない」
——あいつ、邪魔者って言って無関係な子まで殺したんだよ? もしかしたらああなる前にも、周囲の人が邪魔だって酷い事をしていたかもしれない。
小狐丸の顔が険しくなり始める。迫力のある表情に圧倒されながらも、愛染は負けじと言葉を紡ぎ続けた。
「母親だって人間だ。いくら腹を痛めて産んだ子供でも、自分を削られたら愛情も失せていくに決まってる。お前、そうなる前にも母親が関わる人間を邪魔だっていじめてたんじゃないのか?」
——無関係な子すら邪魔だって言って殺した奴が、まともな思考回路をしているとは思えないんだよ。私だって、例え親友でも他の子と仲良くするなって言われるのは嫌だ。
一斉に現れた時空の裂け目が、愛染に襲い掛かる。大きく後方に下がり、また裂け目の合間を縫うように駆け出した。
まだ駄目だ。まだ、完全に噴火するには足りない。走る足を止める事なく、愛染は声を張り上げた。
「本当に邪魔者だけならいいけど、中には本当の友達や信頼している人だっていたかもしれない。無関係な奴等を殺していったお前が、それを見分けられていたとは思えない。それとも、母親が愛情を自分以外に向けていた事すら気に食わなかったのか?」
血が昇り、真っ赤になった小狐丸の顔を睨みながら、愛染は湧き出た時空の裂け目から逃げ回る。逃げ、避け続けて、更に言葉を重ねる。
——どんな相手でも、周囲の人と仲良くするのを邪魔され続けて孤立するなんて、普通に考えたら気が狂うよね。憎しみに転じてもおかしくないよ。だから多分、あいつの母親は——
「そんな事をし続けたら、親の愛だっていつかは尽きる。お前の母親はお前への愛が尽きて、目に入れるのすら嫌になったんだろうな。身分の高いっていうお前の母親は、だからお前を殺す前に施設に入れたんだ。これでも分からないならはっきり言ってやる。——お前、母親に捨てられたんだよ」
「——貴様に、私と母様の何が分かる!!」
白い髪が、一気に膨らんだ。額に立てられた青筋、目を剥いた為に露になった瞳孔は小さく、怒りに触れたのが一目で判断出来る。怒声も体中がびりびりとする程に大きく、愛染は一瞬体を強張らせる。
「貴様に何がわかる、親に見捨てられ、崇高な愛すら与えられなかった童が! 母様が私を捨てたなどあり得ぬ、母様は私を優しく抱きしめて下さった、邪魔者を排除する事にもそこまでしなくていいと私を慈しんで下さったのだ! 親なき子である貴様には永劫に分らぬ、その母様の愛を否定するなど、身の程を知れ!!」
小狐丸の罵声は溢れ返り、愛染の心まで凍らせにかかってくる。だが、止まってはいられない。
予想通り、時空の裂け目が次から次へと現れる。気を抜けば元の場所——どころか、怒りに触れた今となっては、どんな危険な場所に飛ばされるのか分かった物ではないのだ。
だから、愛染は走り続ける。周囲に目をやり、合間に繰り出される攻撃を躱し、裂け目に呑まれないように走り回り、反撃の機会を待っている。
ツクシは、こうも言っていた。
『すぐに人を思った場所にワープ出来る、ぱっと見じゃ分からないくらい小さい機械なんて、とんでもない技術が使われてるはず。相当高い機械だよ、きっと。だから替えなんてないだろうし、ワープはきっと一台の機械でやってる。それと疲れ始めているあの様子から、ワープさせるのは体への接続が必要で、相当な負荷がかかると思う。だから——』
罵声と共に増え続けていた時空の裂け目が、急激に数を減らし始めた。と同時に小狐丸の顔色が悪くなり、体の軸も更に不安定になった。
自らの頭に考える暇すら与えず、愛染は駆け出した。残った裂け目の間を掻い潜り、小狐丸に向けて鋒を突き出す。
小狐丸はぎっ、と眼光鋭く睨み付けその刃を受け止める。ギシリと、刃同士が絡まって動かない。
やはり相手はそう易々と削らせてはくれないらしい。——一人では。
——だから、わざと正気を失わせてワープを多用させて、動きが鈍くなった所を叩く。
脳裏に、真っ直ぐ前を見据えていた少女の言葉が浮かんだ。
「はあっ!」
頭上から、白と青が降ってくる。同時に、小狐丸の肩から鮮血が噴き出した。愛染は噛み合わなくなった刀身を引き戻し、よろけたその懐に向けて横一文字に振るった。
生温い血が、顔に当たる。込み上げる吐き気に気を取られている時間はない。——まだ、小狐丸は倒れていないのだ。
「タイガ、一気に削るぞ!」
「分かってる!」
太鼓鐘が着地し、赤く濡れた鋒を再び小狐丸へ向ける。
肩と腹を斬られてもまだ炎を宿している赤い目に戦慄を覚えるも、愛染は柄を強く握りそれを振り払った。
***
地を揺らす爆発と共に、外からは職員と思われる人間達の悲鳴も遠く聞こえて来る。空気が煙に汚れるのを感じて、物吉の目の前が霞む。
気分が悪い。頭も上手く回らない。けれど、足を止めれば待つのは死だ。
入り口の側に立つ宗三の動きを、見逃さないように頭を上げる。彼は気怠げな佇まいをしながら、瞳を妖しく輝かせていた。
「ふふ、苦しそうですねえ。息をするのも大変でしょう? でもまだまだ付き合ってもらいますよ」
ふらり、と体を揺らす秋田へ視線を向ける宗三に、嫌な予感を抱いて咄嗟に手を伸ばす。秋田の腕を引いた直後、彼のいた場所に斬撃が落ちた。
攻撃をしてきたのは時間遡行軍太刀のレプリカ。殺意が見える眼光を睨みながら、物吉は一気に距離を詰める。
次の瞬間には、太刀の首と頭が綺麗に離れていた。太刀の首から黒がかった血が吹き出し、空中に霧散していく。
「助かりました、物吉さん」
「まだ戦えそうですか?」
「大丈夫です。さっきは後れを取りましたが、もうそんなへまはしません」
その青い目には確かに、強い力が漲っていた。体が不安定になってもいない。秋田の言う通り、まだ彼は戦える。
しかし、悠長に引きずっている余裕もない。煙はまだ、この倉庫内に充満している。この状況がずっと続けば、コンディションにも影響が出てくるはずだ。
「あはは。その殺意、その戦意。気持ちいいですねえ、気分が高揚します。もっと、もっと楽しもうじゃないですか、この宴を」
「お断りします。貴方にかまっていて被害が広がるなら、さっさとこの戦いを終わらせたいです」
ニタリと悪意をもって嗤う宗三に物吉がそう吐き捨てると、更に悪意を含んだ声音で返される。
「この快楽の宴を、そう簡単に終わらせてたまるものですか。せっかく部隊を整えて暴れられるいい機会が巡ってきたんです、楽しまなくちゃ損でしょう?」
パン、という音と共に、物吉の兵がまた一つ弾ける。宗三が兵の銃口を、こちらに向けているのが見えた。
「あら、まだ刀装は壊れませんか。なかなかにしぶといですね。楽しめるのでいいですけど」
「……こっちの気分は最悪ですけどね」
近づいて攻撃もできない現状に苛立ち、きっと宗三を睨みつける。宗三の様子はそんな中でも変わらない。
「まだ本気ではないでしょう? 僕、貴方と戦うの本当に楽しみにしていたんですよ。こんなに早く機会が巡ってきて嬉しくて仕方がないんです。もっと楽しみましょう、味わいましょう、途方もなく悦楽の味がするこの時間を!」
「……ああもう、ひとの事を言えませんが、
眉間に皺を寄せ、物吉は鋒を前に向けて床を蹴る。宗三はゆったりと正眼の構えで迎え撃ち、鋼のぶつかり合う音が響く。二度、三度と切り結び、それでも押し返されてしまう。ちっ、と今度こそ舌打ちする。やはり相手は相当の手練れらしい。
チカ、と視界の端で何かが光る。全身に寒気が走り、咄嗟に後方へと下がり兵を前に出す。直後、また遠くない場所で爆弾が爆ぜる。爆風と煙で視界が遮られた。それでも周囲の気配を探って警戒する事は止めない。
だが、宗三が動く気配はない。何事か、と思うと同時に耳元から声がした。
『物吉、聞こえるか!?』
「——長谷部さん!?」
ぎょっとして、裏返った声を上げてしまう。思わぬ人物からの呼び声に、動揺している自分がいた。
『良かった、繋がったか。……倉庫の制御は大体取り返せた、間接的にだが俺からも戦闘支援を行う』
「どうしてそんな事を、っていうのは後でにした方がいいですよね」
『そうだな、悪い。とりあえずは、爆風で澱んだ空気をどうにかするか。いいか?』
「お願いします」
物吉が頷くと、すぐに空調の唸り声が響いて息が少し楽になる。それと同時に、視界も晴れてきたのだが——
目に飛び込んできた光景に、物吉は息を吞んだ。
「……ぐっ……!」
「ははっ、あははは! これでこそ、これでこそ命のやり取りというものです!」
宗三の懐に突き立てられた短刀が、血に濡れている。そしてそれでも高笑う宗三の鋒は——秋田の腹を貫いていた。
よいお年を