空隙の町の物語   作:越季

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あけましておめでとうございます


19-5「それぞれの願い」

 銃弾が空気を裂いて、背後の壁に突き刺さる。弾丸より少し遅れて飛び込んで来たのは乱だ。

 刀身が噛み合って悲鳴を上げる。鶯丸が乱を弾き飛ばした先で、歌仙が刃を向けていた。乱はしかし、体を急反転させてその刃を防ぎ切る。隙を突こうとした薬研の一撃さえ、椅子を蹴り上げて凌がれた。

 

「ったく、修行済みっていうのは本当に厄介だな!」

「同感だよ。動きも早ければ攻撃も鋭い。ここまで成果を見せつけられてしまっては、修行をする方に傾いてしまいそうだ」

 

 昂る戦意の中で煩わしさも滲ませる薬研に、歌仙がため息混じりに同意を返す。鶯丸も息を切らす平野の隣で、修行済みの脅威を実感していた。

 

「……修行済みが敵に回ると、ここまで手を焼く事になるのか。平野には改めて労ってやらないといけないな」

「お役目なのですから当然の事です。敵になると厄介だというのには同意しますが」

 

 乱を見据える平野は一見何ともないように見えるが、目には疲労の色が浮かんでいる。いくら修行済みであるといっても、相手も修行済みであるとなると相応の苦労をするらしかった。

 

「本当、理解できない。悲観主義なら悲観主義らしく、森で引きこもっていれば良かったのに」

 

 突如、乱が刀身を振り翳しながらそう言葉を投げつける。鋒の先にいるのは歌仙だ。ぴくり、と眉を跳ね上げる歌仙に、乱は更に柄に力を込めて続ける。

 

「ボク達の邪魔をするのが政府の奴等なのはまだ分かる。でも、貴方達は政府に痛い目に遭わされて、世間と関わるのを疎んでいるはず。何故今更関わるの? ——あの長谷部さんを守る事が、そんなに大事なの?」

 

 鍔迫り合いをしている乱の妨害をしようと、蜻蛉切が足下へと刃を振るう。机に乗り上げる事で回避しつつ、乱は銃兵に弾を込めさせた。

 柄を握る歌仙の指が白くなっている。彼は、息を吐くように乱の質問を反芻した。

 

「大事なのか、ねえ。——当然に決まっているだろう」

 

 目に炎を宿して、歌仙は語気を強める。ともすれば乱に怒っているとも見受けられるが、鶯丸にはそう見る事はしなかった。

 

「彼は、僕達の主が唯一遺してくれた願いそのもの。でも例え主に願われなくとも、僕達は彼を慈しむ事を選ぶだろう。僕達は生憎、罪なき人々を踏み躙れる程世界に失望していなければ、こんな破壊行為で何かを変えられると思える程世界に期待している訳でもない」

 

 声は力強く、その中に確かな意志を感じられる。乱へと向ける眼光は触れたら切れそうな程で、長谷部への確かな愛情も窺えた。

 

「主を失って誰よりも絶望したのは彼で、それでも最後まで優しさを捨てなかったのも彼だ。そんな彼を暗闇に堕としたくなかった、僕達の動く理由などそれだけさ。僕達は辛い目に遭っていた彼が幸せになる事で、全てが報われると思っている身勝手な刀だ」

 

 身勝手と己を称しつつも、紡ぐ言葉は優しい。一瞬だけ穏やかな笑みを浮かべたと思えば、すぐに険しい顔へと変化させる。

 

「そんな彼を、未来へ進む幼き者の笑顔を翳らせようとしている者がいる。——言語道断だ、許せない事だ。決して見過ごしてはならない事だ。ならば僕達は、全身全霊をもってその者を遠ざけるのみ。君達も許せなくてこんな事をするのだろうけど、僕達だって君達みたいな存在を彼に近づけさせる訳にはいかないんだ」

「そうだな」

 

 一歩踏み出し、薬研が歌仙の言葉に頷く。そして顔をしかめている乱に鋒を向け、静かな声で言葉を並べる。

 

「反逆隊の乱、お前にも大切にしてくれた奴がいるはずだ。そこまで強くなれたくらいなんだからな。俺達も、あいつを大切にしたいんだよ。あいつが優しいままで、強くなれるように」

 

 大切にしてくれた奴、という言葉に乱の肩が跳ねる。張り詰めている気配はそのままに、表情がどんどん強張っているような気がした。

 

「ああ、確かに俺達だって、絶望した、恨んだ、怒りを抱いた。それでも俺達はあいつの為に、自分達の為に、希望を捨てる訳にはいかない。俺達にとって希望を捨てる事は戦いに負ける事で、あいつを絶望に堕とす事だ。だから絶対に、諦めるなんて出来ない」

 

 目を閉じて怒りを口にする様子は、何故かどこか静謐で、厳かで、祈っているようだった。ゆっくりと開かれた薬研の目には、それに加えて戦意も乗せられていると分かる。

 

「生まれた事さえ祝福されなかったあいつを、幸せになる事すら阻まれてきたあいつを、幸せな未来へ導いてやる事が俺達の勝利条件だ。あいつみたいな奴が笑って生きられない世界なんて、俺達は絶対に許さない、認めない。悪し様に言うなら、俺達はあいつを俺達の勝利の為に利用しているんだ。それでも、あいつに幸せになって欲しいのは事実。だからその為にも、お前には消えてもらうぜ、乱」

 

 その一言を最後に、薬研が前に飛び出す。殺意が籠った刀身を何度も思い切り振るう。その殺意を何度も避けた乱は最終的に、兵を足場にして空中へと舞った。

 

「……どうして」

 

 鶯丸はその刹那に、確かに悲憤の呟きを聞いた。そして乱は兵を大きく展開し、部屋全体に降り注ぐように銃弾の雨を降らせる。

 あちらの兵数は残り僅か。それまで銃弾を凌げるか、そしてその後の動きに対応出来るかが勝敗の分かれ目になりそうだった。

 銃弾を避けようと壁側に下がり、続けて降ってきた弾丸に己の判断ミスを悟る。刀装を大きく削られるのは避けられないか、と覚悟を固める。

 しかし咄嗟に後ろに引いた足は、何にもぶつからなかった。更に体を引くと壁らしき物はなく、大きく後ろへと下がる事が出来た。思わず壁があったと思われる場所を見る。壁は何枚かに別れて細いレールを滑り、空間を大きく広げていた。

 何事か、と思った直後に、耳に入ってきたのはノイズ音と焦燥に満ちた声だった。

 

『……おい、聞こえるか!? 聞こえていたら返事をしろ!』

「……長谷部? 一体どこの、というか何故機械制御室から通信している?」

 

 訝しさを込めてそう言うと、通信先の長谷部はえっと、と口籠った。様子が少し異なる声音に首をかしげていると、続けて自信ありげな大きな声が飛び込んできた。

 

『この長谷部は俺の臨時助手だ。聞こえているみたいだな、雲霄の鶯丸』

「制御室の大包平、無事だったか。……分かってはいたが、そっちも緊急事態のようだな」

『お前は鶯丸らしく気楽そうだな。……いや、少しは真面目にやっているらしいが』

「それはそうだ、流石に真面目にやらないとあちこちから怒られる。壁を動かしたのはお前達か?」

 

 ああ、と肯定が返る。通信先の大包平は端的に状況を説明し始めた。

 

『敵に奪われた機械制御は半数程取り戻せた。引き続き制御の奪還に力を尽くす為、そちらへの戦闘支援は俺ではなく春光隊の長谷部が行う。地形が大きく変わるからな、それだけは覚悟しておけよ』

「制御が不安定なのは平気なのか」

『どうやらそれも敵側の仕込みらしくてな……修復を進めているが、かなり深い所まで入り込まれている。まあそれも俺がいれば修復出来る。だがまだ完全に修復出来た訳じゃないから、地形変動にはくれぐれも注意しておけ』

「……致し方ないか、了解した」

『それではこれより地形変更を行う。健闘を祈っているぞ』

 

 ぷつりと通信が切れた直後に、天井や床から地響きのような音が鳴り、数々の大きな塊が現れる。障害物、という事なのだろう。

 目を見開いていた薬研はすぐに口元を戦意に歪め、塊の上に飛び乗って乱の下へと躍り出た。戦場が広がった事により、蜻蛉切や山伏も動きやすくなったようだ。

 

「機械制御室からの支援? 気が利くじゃん」

「加州さん、僕達も行きましょう」

「そうだね。鶯丸、ここからは大いに働いて貰うからね!」

「勿論だ」

 

 鶯丸は気合を入れ直している加州と平野に頷き、刀を構える。大きく動こうとしている戦場に、飛び込む為に。

 

***

 

 がしゃん、と床に落ちたガラス細工が砕け散る。それに目もくれず、二つの影が目まぐるしく室内を飛び回っていた。

 一振りは、赤く染まった白い戦装束を纏い、あまりにも身軽に動く鶴丸国永。高らかに笑いながら兵を展開し、もう一つの影に向かって銃弾を放つ。

 もう一振りは、血の跡が付いているマントを靡かせ、騎士のように綺麗な戦い方をする一期一振。飛んできた銃弾を兵に受け止めさせ、弾丸に合わせて突っ込む鶴丸の刃を受け止めた。

 

「っはは! どうしたどうした一期一振! まだまだへばるには早いぜ!」

「……っ!」

 

 その身軽さには見合わない一太刀の重さに、一期の腕が悲鳴を上げる。ぎしりと嚙み合った刀身を辛うじて弾き返し、距離を取るのが精一杯だ。

 ——一撃一撃が重い癖に手数が多い!

 きっと、ステータスから見ればバランスが取れていて、特別攻撃力に長けているという訳ではないのだろう。だが今の一期には、平均的な攻撃ですら脅威だった。

 ——このままでは、いたずらに体力を削られるだけだ。

 そうは思うも、突破口がなかなか見つけられない。思考を巡らせている間にも、鶴丸の容赦ない攻勢は続く。

 

「ははは、大層な事を言った割には腰が引けてるぜ! 身勝手に動くには、それ相応の強さが必要なのさ。対して君はどうだ? 俺の攻撃に避けて逃げて、ちっとも強さが見受けられない! 逃げ惑うだけじゃ、言葉に力なんて宿らないぜ!」

 

 斬り合いの最中にも嘲笑出来るくらいに、鶴丸には余裕がある。こちらは攻撃をいなすのがやっとで、口を開く暇などありはしないというのに。

 けれど。嘲笑された内容に、黙っている事は出来そうになかった。

 

「攻撃の機を窺うのも戦略です。それを分からない貴方ではないでしょう。それに、例え私の力が貴方に及ばないとしても、貴方に私の身勝手を否定される謂れはありません!」

 

 煽られている、ああ分かっているとも。必要以上に相手に乗る必要はない、それも分かっている。

 けれど、自分の決意を弱い物だと見做されるのは、腹立たしい事この上ない。一期一振というのは、総じて誇り高い刀なのだ。

 

「どんなに力及ばずとも、声を上げなくては何も伝わりません。言葉の強い弱いを論ずる事程無意味な事もないでしょう。強さにも種類があるというのを、分からないとは言わせませんよ!」

「——ははは、本当に綺麗な言葉だな。吐き気がするくらいに」

 

 声の温度が急速に下がる。ぞっとして思わず身を引いた。鶴丸は攻撃の手を緩めない。そしてその顔には——まっさらな表情に澱んだ光を宿した目があった。

 

「祈りは必ず届くと信じて疑わないものの言葉だ。自分だけが正しい側にいると疑わないものの言葉だ。——どれだけ目を逸らした所で、祈りは誰かの意思一つで跳ね除けられる物だし、正しさの下にはどぶに塗れた否定がある。君だけが綺麗でいられると思わない事だな、一期一振。どんなに正しさを信じても、それは誰かを毀しかねないというのを、君はどれだけ理解している?」

 

 澱んだ目には、確かに絶望が乗っている。この言葉だけでは、何があったのかを推察するのは難しい。

 それでも、ふつふつと煮えたぎる怒りを、嘆きを、言葉にしない事を選べなかった。それが例え、全く理にかなっていないとしても。

 

「貴方はどれだけ私を侮っているのですか? 私が完璧な存在だと驕った事など、ただの一度だってありません! 何度も間違えた、何度も誰かを傷つけた! その度にままならない現実を見てきたのです、貴方の言う事など百も承知! ——その上で私は、伝える事を絶対に怠りたくないと言っているのです!」

 

 ぎん、と高く音が響く。攻撃を何とか押し返しながら、一期は更に重ねて叫んだ。

 

「祈りは必ずしも届かない、ええそうでしょう。けれど祈りの否定は、自分を自分たらしめる事への否定に繋がります! 祈る事はただ誰かに縋るというだけでなく、自分が何を目指しているのか、そして明日を信じてどのように動くかという克己にもなるのです! 私は、それを否定などしたくありません!」

 

 弾け飛ぶように、鶴丸と一期は間合いを取る。息を切らしている一期に反して、鶴丸の表情は変わらない。——喜怒哀楽の何もかもを削ぎ落した、そんな顔だ。

 

「……本当に、腹立たしいくらい理想に塗れた言葉だな。君を折ってそれを否定したのなら——君は、どんな顔をするんだろうな」

 

 そう言って、鶴丸はまた兵を展開する。六の銃兵はこちらに銃口を向け、発砲の時を迎えようとしていた。一期は刀装が一つ壊れるのを覚悟で歯を食いしばる。

 発砲音がする。覚悟した刀装の破壊音はだが、待っていても来る気配がなかった。

 え、と前を見ると、目の前には天井まで及びそうな程大きな塊。周囲にもいつの間にか、大小様々な塊が所々に置かれていた。

 

『……ふり……一期一振、聞こえるか!?』

 

 耳に飛び込んできたのは、普通なら勝気を滲ませているはずの声色。思わずその名を呼んでしまいそうになるが、すぐさまその声に制される。

 

『繋がっているのならいい、返事はするな。俺は今、コンピューター制御室の大包平と共に戦闘支援を行っている。ここの制御は今、半分強を取り戻せたといった所か。そっちは大分苦戦しているらしいな、流石は隊長格を相手にしているだけはある』

 

 真面目な声音に頷きたくなるが、ぐっとこらえる。通信を気取られる訳にはいかないのは理解出来るからだ。

 だからという訳ではないが、と通信は続ける。

 

『そちらへの戦闘支援は重点的に行う。脅威は充分に伝わってきたからな。……地形変動も多くなると思う、覚悟しておけよ』

 

 頷けない代わりに、顔を引き締めて返事の代わりとする。それじゃあ、と言って通信は切れた。直後、ガキン、と硬い物が壊れる音と共に、鶴丸が動く気配がした。

 

「……機械制御は奪い返されたか。やれやれ、もう少し持つと思ったんだがなあ。まあでも、これもまた面白い」

 

 鶴丸の声に、余裕が薄れている気配はない。むしろ言葉通り、面白がっている気配すらある。

 一期は一つ大きく息を吸い、塊の陰から飛び出した。

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