空隙の町の物語   作:越季

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19-6「踏み躙るもの/決着1」

 弓兵に弓を構えさせ、合図と共に矢を飛ばさせる。堀川に向けたその矢は、当然のようにヒトガタに遮られ、命中して欲しい相手に届く事はない。

 けれど、それで構わなかった。

 ヒトガタを出現させるのには、多少なりともクールタイムが必要らしい。ぽんぽんと出現させていると思いきや、何の事はない、自分達がヒトガタと戦っている間に時間を稼いでいる、ただそれだけだったのだ。

 支援を受けられている今、その強みも覆せそうだ。——だって、ほら。

 

『例え心臓を貫くのすら無駄だとしても、まとめて潰してしまえばどうという事はないな!』

『大包平、声が大きい……』

 

 通信と共に、床と天井から塊が勢いよくせり出してくる。そしてヒトガタを挟んだと思うと、ぎしぎしと音を立てて塊同士がぶつかり合った。「鍵」ごと潰されたヒトガタは床に落下し、長谷部と鯰尾によって斬られ、さらさらと崩れて消滅していく。

 それを横目に、青江は駆け出した。走りながら抜刀して、その刃は今度こそ相手に向けられた。

 

「——やあ、捕らえたよ。堀川」

 

 ようやく届いた刃は、確かに堀川の刀身と噛み合っている。それでも堀川は、微笑みを崩す事すらしない。

 そう、今はようやくスタートラインに立っただけ。本当の戦いの始まりは、ここなのだ。

 

「あはは、捕まっちゃった。やっぱり地形を味方につけられるとこっちは辛いなあ」

「そうは見えないんだけどね。遠くから見ていただけなのだから、当然なんだろうけど」

 

 ()()()()()()()を軋ませ、堀川は微笑み続ける。その様はあまりに心が乗っているようには思えなくて——はっきり言ってしまえば、とても不気味だった。

 

「確かにそうですね。でも、何もしていなかった訳じゃありませんよ。ほら、今だって」

「——全く、怪談は僕の領域だと思っていたんだけどね」

 

 いつの間にか背後で、ヒトガタが大きく刃を振り上げている。青江は刀装を後方に展開し、一撃を受け止めさせる。動きが止まったその一瞬で、長谷部が迅速にヒトガタを屠った。

 こっちは何とかするからお前は目の前に集中しろ、と言外に告げられる。分かっているさ、と笑って見せて青江はまた堀川に向き直った。

 二度、三度、四度と刀身がぶつかっては離れてまたぶつかり合う。ここまで激しいとこぼれてしまうかもねえ、刃の事だよ——いつものような冗談を口にする雰囲気ではないのは理解していたので、脳内で呟くに留めた。

 

「まだ考えていられる余裕があるみたいですね」

「そう見えるかい? 多少はゆとりがないと、戦場では命取りだからね」

「確かにそうですね。じゃあ、そのゆとりを奪って差し上げましょう」

 

 クス、と堀川が笑みを零したと思うと、周囲からヒトガタが二体立ち上がる。斬り合いをしていた刀を一度引いて、どうするか算段を立て始める。ヒトガタの持つ刀は大太刀と薙刀。広範囲を攻撃出来るだけあって、放置しておくにはいかない相手だ。

 それでも、一体は制御室からの支援で潰せるだろう。問題はあと一体。堀川とヒトガタ、どちらかを相手取っていたらどちらかに攻撃される。複数を相手にするのは出来る限り避けたいので、どれだけ早くヒトガタを斬れるかが肝になるのだが——

 ——流石に一振りでは骨が折れるか。

 長谷部は周囲のヒトガタに対応していて、こちらへ向かう余裕はない。鯰尾も動きが鈍くなってきており、支援に来てもらうのは難しそうだ。遠くで蛍丸と戦っている鶴丸達に頼むのは当然無理、ならばどうするか。

 ——まだだ。焦りは禁物、しっかりと頃合いを見ろ。

 ()()()()()に意識を少し向け、首を振りたくなる衝動をこらえて目に力を入れる。

 さあ、どちらを相手にしてやろうか。

 二体の黒い異形を見据えて、青江が鋒を向けようとしたその瞬間。

 薙刀のヒトガタへ、何かが突っ込んで来た。その黒い影は息を切らしてヒトガタの懐に深々と刀身を沈めている。ヒトガタは耳障りな悲鳴を上げて、黒い影に向けて大きく刃を振り下ろそうとした。

 しかし、その一撃は届かなかった。振り下ろした先には何もなく、周囲に黒い影は見当たらない。その代わりにあったのが、白い塊。

 ヒトガタがふっと降ってきた影に反応した時には、全てが遅かった。重力に任せて落ちる力のまま、「鍵」ごとヒトガタを真っ二つにしたその影は、消滅していくヒトガタを睨んだ後に、ふらりとその場に崩れ落ちる。

 

「鯰尾!」

 

 もう一体の後処理を終えた青江は、うずくまる鯰尾へと駆け寄る。ぜえ、はあ、と荒い息を吐く鯰尾の体は、あちこちから血が滲んでいた。

 

「助かったよ、ありがとう。……大丈夫かい?」

「大丈夫……って言いたい所なんですが、ちょっとまずいですね。穢れが広がっている感じがします」

 

 腹を押さえながら、顔を歪める。その様子でかなりの痛苦を抱えていると分かるのに、それでも戦うのを止めようとしない鯰尾に、青江は内心で賞賛を送った。

 ぱちぱち、と乾いた音がする。ばっと顔を上げると、少し離れた場所でやはり微笑みに固めたままの堀川が手を叩いていた。

 

「いやあ、素晴らしい特攻でした。目的の為ならなりふり構わないその姿、嫌でも彼女を思い出しますねえ」

「……彼女?」

 

 鯰尾が首をかしげながら痛みに喘ぐ。しかし青江は、それに意識を向けられなかった。

 嫌な予感がしたのだ。何か、堀川がとんでもない事を口にしそうな、そんな予感が。

 

「兄を取り戻す為に敵地に乗り込み、もう少しで目的を達成出来そうだった少女の事ですよ。それは貴方達氷雨隊や雲霄隊によって阻止されましたが。僕正直、彼女の事はそんなに嫌いじゃなかったんです」

 

 だってね、と堀川は話し続ける。——微笑を微塵も動かさないまま。

 

「あそこまで愚直に物事を信じる様は見てて楽しかったんですよ? 達成寸前まで事を進めたのは予想外でしたが、自分は正しい、自分だけはちゃんと報われる。そこまで自分の正当を信じられるのが本当におかしくて。他者を踏み躙って自分だけが願いを叶えられるなんて、そんな事あるはずないのに」

 

 ふふ、と笑みを漏らす姿に、体中の体温が下がっていく。隣にいる鯰尾も、表情をなくしつつあった。

 確かに、あの少女は言い逃れられないくらいに間違っている反逆者だった。誤解して蜂須賀をさらった事は絶対に許せないし、かばい立てしようというつもりもない。

 けれど、けれど。

 

「……それを、踏み躙った君が言うのかい」

 

 けれど。少女が純粋な願いのままに動いていたのは確かなのだ。例えどんなに間違っていても、歪んでいても。願い自体は、否定出来ない物のはずだった。

 堀川の言葉は、彼女の願いを歪めて利用し、乱暴に使い捨てたと言っているような物だった。純粋な願いを暴走させ、世界へ攻撃させたと告げているとしか思えなかった。

 辛うじて絞りだした青江の一言を継いで、鯰尾がふつふつと煮え滾った声で言葉を迸らせた。

 

「ふざけてる。……何なんだよ、よくそんなに人を貶められるな。願いを利用して、破滅させて、自分達は笑って見てるだけ? そこまでの悪意をよく抱けたな。胸糞悪い……吐きそうだ」

 

 本当に気分が悪そうに吐き捨て、鯰尾は鋒を堀川に向ける。あはは、と堀川は軽やかに笑って、「鍵」をぶらぶらと振って見せた。

 

「そうですよ? 僕達は、世界に悪意を抱く刀。そんな刀が誰かの為に祈る聖者だと? ちゃんちゃらおかしいですね。……誰かへの祈りを無意味にされて、僕達はここにいるのですから」

 

 そうして、堀川は「鍵」をぽいと落とす。再び溢れ出たヒトガタを睨み付け、鯰尾はゆらりと立ち上がる。

 

「青江さん、周りの邪魔者は俺が一掃します。青江さんはあの堀川の相手を」

「いいのかい? そうしてもらえると助かるけど……」

「はい。その代わり——」

 

 ブン、と勢いよく刀が振られる。一気に二体のヒトガタが砂となり、爛々と戦意を目に宿した鯰尾が告げた。

 

「——あの堀川は絶対に一発ぶん殴ってください。俺の分まで、思いっきり頼みます」

 

***

 

 視界で認識出来るようになった裂け目に、練度が上がっているのだと実感する。心なしか、判断するスピードも体の動きも速くなっている気がした。

 しかし、まだ目の前の小狐丸が倒れるには至っていない。

 

「……まだ立ち上がってくる!」

「あいつ本当にしぶといな! 不死身なんじゃないのか!?」

「頑張って、あと少しのはずだよ!」

 

 江雪に守られつつ、ツクシが仙人団子を支給する。口の中に入れられた甘味に疲れを少し癒されながら、愛染は柄を握り直した。

 怒りで我を失った小狐丸は、攻撃の苛烈さこそ増したものの、動きの正確さは失われていった。攻撃が当たる回数も減り、逆にこちらの一撃が通りやすくなる。時空の裂け目を生み出される事こそ厄介だったが、それに巻き込まれる事も大きく減っていた。

 問題なのは、小狐丸の体力と執念が底なしと見紛う程に膨大だった事だろう。

 

「……ぐっ、母様、母様に会うまで、私は……!」

 

 致命傷と思われる攻撃も何回か当たった。それでも、小狐丸は立ち上がってきた。口から血を吐き、体を支えるのすら覚束なくなっても、まだ倒れる気配がないのだ。

 それでも、愛染達に諦める選択肢はなかった。自分達らしくある為に、大切なひと達の安寧の為に、決して諦める訳にはいかなかった。

 

「——私と母様を邪魔をするものなど、消え去ってしまえ!」

 

 手を翳した先にあるものを察して、太鼓鐘が走り出す。思い切りぬかるむ地面を後ろ足で蹴り上げ、目を見開くツクシの体を押しのけた。

 

「タイガ!」

「タイガさん!」

 

 倒れ込んだツクシと、腕をかばいつつ彼女を背後に下げる江雪の叫び声を尻目に、太鼓鐘は裂け目に消えた。

 それに気を取られた隙に、斬撃が愛染に襲い掛かる。紙一重でかわして目の前に意識を戻せば、嫌な光を目に乗せる小狐丸がニタリと笑う。

 

「ふ、ふはは、邪魔者は、一人残らず屠るのみ!」

 

 ギラギラ、と言っても過言ではないくらいに戦意を漲らせた小狐丸は、今までのダメージで落ちていた動きの速度を上げ、大きく刀を振るう。辛うじて避けたものの、その後に来た蹴りにまでは対応出来ず、もろに腹に食らって吹き飛ばされる。幸い傷を負うには至っていないが、思わず動きが止まってしまった間に距離を詰められた。

 ——しまった!

 刀を振り上げようとしたが、その前に刃が下ろされる方が早いだろう。咄嗟に目をつぶって、衝撃に耐えようとした。

 

「——投石兵、行け!」

 

 頭上から、高らかな声がした。直後石の雨が降り注ぎ、土砂が思い切り跳ねる。ばしゃりと泥が跳ね、戦装束を汚していく。

 泥が顔にかかったらしい小狐丸が、頭を振って視線を逸らした。

 またとない好機だった。

 

「——当たれええええっ!」

 

 腹に力を入れ愛染は叫び、横一文字に脚を斬った。呻き声を上げてバランスを崩す小狐丸の頭上へと、肩への斬撃と共に太鼓鐘が降ってくる。口から大量の血を吐いているのを視認した直後、迫りくる背後の気配に安堵の息を漏らしつつ、彼の為に左へと飛んだ。

 

「全てあなたが悪いという訳ではないのでしょう。——ですが、これが戦いです!」

 

 袈裟懸けに振り下ろされた江雪の刃は、的確に小狐丸の急所を狙い撃った。噴き出した血は、愛染の顔にまで跳ねてくる。

 

「ガッ、ああああ……っ!」

 

 断末魔が響く。崩れ落ちた小狐丸の体はすでに全身傷だらけで、もう立ち上がる事はないだろうと判断出来る。

 倒れ伏した小狐丸の横に降り立った太鼓鐘は、刃を構えつつ言葉を漏らす。

 

「……お前が、母親に会いたい気持ちは分かるよ。俺だって二度と家族に会えない事が、悲しくて仕方なかったんだから。でも、それで他の人を攻撃するのは違うだろう。お前を止めてくれる人がいたら、また変わってたのかもしれないけど」

 

 その言葉に、小狐丸は虚ろな目のまま何も返さない。その代わりに、ぴくりと黒ずんだ腕が動く。

 そして、その黒はじわじわと上腕、肩、上半身、と全身に伝搬していく。愛染達は目を瞠った。

 

「母様、ああ、この呪わしい世界をお捨てになられたのですね。ならアサギも、この世界を呪って捨ててやりましょう」

 

 うわ言のようにそう呟く声が聞こえる。黒は全身を蝕んで、そして端から砂のように崩れていく。崩壊していく体を呆然と眺めているしか出来ない愛染は、唖然としながら思う。

 

 ——そんな代償を支払ってまで、やる事だったのか。

 

 尋ねても、答えは返ってこないだろう。口を開く事すら出来ないまま、愛染達はその場を動けずその存在の消滅を見守った。

 

「……小狐丸は、許せない事をしました。決して相容れないものでもあったでしょう。ですが……それでも、彼だって安息を求めただけであるのでしょう。胸が痛むのは、彼もまた悲しみの存在だと知ってしまったからなのでしょうね……」

 

 ぽつりと落とされた江雪の一言に、愛染と太鼓鐘は何も返せない。重い沈黙が満ちたその場を切り裂いたのは、ツクシのはっきりとした、けれど少しだけ哀愁の混ざった声だった。

 

「……それでも、それでも私達は、生きる為にこうしなくちゃいけなかったんだ。 私達らしくある為に、黙っている訳にはいかなかったんだ。だから、立ち止まっているだけじゃだめだ。辛いけど、後ろめたいけど、それでも進むしかないんだ、私達は」

 

 愛染は拳を握る。そうだ、その通りだ。

 引き返せない道を行くと決めた、もう戻れないのを翻さないと誓った。痛いけれど、悲しいけれど、強くあるためにそう決めた。ならば、自分達に嘆いている暇はない。

 

「……本当に、短時間ですっかり成長しましたね……もう少し、ゆっくり大人になってもよかったのに」

「仕方ないよ、そうするしかなかったんだから。じっくりと待ってたら、私達は世界に潰されてた」

「俺はもう大人だったけどな!」

「説得力ないぞ、ソメ……愛染」

 

 愛染が空元気に胸を張るのを、少し呆れたように太鼓鐘が見つめる。ツクシも眉を垂らしながら小さく笑んだ。

 子供達を、どうして子供のままでいさせてくれなかったのか。世界の残酷さを改めて目の当たりにした江雪の耳に、声が飛び込んできた。

 

『……おい、聞こえるか!? 返事が出来たらしてくれ!』

「……え? 長谷部?」

 

 焦燥した声音で安否を尋ねられ、思わずぽかんとして江雪は声の主の名前を呼ぶ。愛染達も、長谷部? 長谷部さん? と驚いた様子で耳に手を当てていた。

 

『お前達は、滑莧園の奴等か?』

「そうだ、長谷部」

『……お前達はその道を選んだんだな。覚悟の上なら俺は何も言わない。だが、困った時はいつでも俺が力になるという事は覚えておいてくれ』

 

 そう告げられた愛染達は、力強く頷いた。よし、という声の後に、長谷部から続けて呼びかけられる。

 

『反逆部隊の小狐丸の消滅を確認した。全員無事だな?』

「うん。……あ、でも、江雪さんが腕を斬られたの」

『小狐丸にだな? その江雪の傷を確認したいから、コンピューター制御室まで来て欲しい。お前達に頼みたい事もあるしな』

「分かった。……頼みたい事?」

 

 ああ、と長谷部が肯定する。

 

『お前達は機械に強かったな? コンピューター制御奪還の手伝いをして欲しいんだ。正直、俺ともう一振りだけでは骨が折れてな。頼まれてくれるか?』

「勿論。そっちへの行き方は?」

『俺が指示する。道中くれぐれも気を付けて』

「分かってるって!」

 

 愛染が力強く返事をして、建物内へと走り出す。その後を追って、太鼓鐘も駆け出した。

 

「江雪さんも行こう」

「ええ。……長谷部にはお礼をしなくてはなりませんね」

「どうしたの?」

 

 いえ、と首を振って江雪も足を上げる。

 ——長谷部がコンピューター制御室に愛染達を呼んだのは、ただ力を借りるだけではないと分かっている。

 だって、もし制御室が戦場になっていたのなら、決して機械を操作している余裕はなかっただろうから。

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