空隙の町の物語   作:越季

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19-7「神に抗う/決着2/荒業」

 ぎぃん、と鋼の鈍い音が大きく響き渡る。その刃の行く先は、受付カウンター上。そこには人型のものは何もなく、三日月は微かに眉をひそめた。

 殺気を感じて、即座に刀身を翳す。予想通り降ってきた人影が、三日月の刀身と噛み合って悲鳴を上げていた。

 

「本当に、さっさと消えて欲しい物だけどねえ」

「俺はそなたが、一刻でも早く降参して欲しいと思っているがな」

 

 はっと鼻で笑い、狐面の女は身を離す。持っていた打刀を消して新たな刀を出現させる。現れたのは短刀だ。しかし、だからといって油断は絶対に出来ない。

 

「……修行済みの刀まで所持しているか……全く、見逃す理由がますます少なくなっていくな」

「あら、貴方こそいいの? 神ごときが図に乗って申し訳ありません、と私に頭を垂れて許しを請わなくても」

「はっはっは、面白い冗談だな」

 

 そうしてまた、激しい剣戟が始まる。

 舞うように刀を振るう三日月に対して、狐面は粗く削られたまさに戦い続けた者のそれだ。美しさと効率、対極の戦い方が今火花を散らしあっている。

 ふわりと切り裂く動きをする三日月の鋒を避けつつ、狐面は積極的に懐を狙い続ける。その動きも、三日月ではなかったら捉えられないだろうと見られる速さだ。

 華麗としか言いようがない刀の振るい方、動き方、避け方を、狐面は体全体を使って泥臭くいなしていく。

 

「……ふん」

「本当に、神というのはしぶとくて腹立たしいわね」

 

 目に見えて苛立った様子を見せる狐面に、三日月も鼻を鳴らす。かなり長い間戦っているのに、決着のつく気配がないのだ。双方じれったく思っているのは明白だった。

 だから、三日月は少し切り込む事にした。

 

「女よ、そなたに一つ聞きたい事がある」

「あら、何かしら? 私の配下に加わる方法?」

 

 嘲笑を隠さずに狐面がそう返す。話を聞くつもりはあるようだ。

 

「いや何、そなたは何故そんなにも強さに執着するのか、と思ってな」

 

 ぴく、と狐面が肩を跳ねさせる。鋒を彼女に向けながら、三日月は更に言葉を重ねた。

 

「何故そこまで強さに——神を上回る強さに固執する? 俺の考察を述べてやろうか。そなたは一度、神に蹂躙されているのではないのか? 神に様々な物を——例えば自尊心やらを、踏み躙られていたのではないのか? 越えられない存在を、上に立てない事に絶望を覚え、神を上回る事で、その自尊心を回復させようとしているのではないか?」

「……」

 

 狐面の纏う空気が冷たく凍えていく。それに劣らないくらい温度のない視線を、三日月は彼女に突き刺していた。

 

「皮肉を叩くのもその一環だろう。それが自尊心の保護を目的としているのなら——非常に人間らしい、と言わざるを得ないな。己を守る為に自らを大きく見せ、敵を遠ざけんとする……なるほど、弱い者の戦略だ。元から強いのであれば考えもしない行動だ。女よ、そなたはまだ引き返せる。畜生道に堕ちる前に、人間らしく生きる事を勧めるぞ」

「——馬鹿言うんじゃないわよ、身の程知らず。本当に殺されたいようね」

 

 氷点下まで冷え切った声が、強烈な殺意と共にぶつけられる。狐面は手の中の短刀を消して、太刀を出現させた。三日月は、見覚えのあり過ぎるそれに目を瞠る。

 

「『三日月宗近』……本当に、そなたを逃がす訳にはいかなくなったな」

「やれるものならやってみなさい。——自分自身に屠られる、その絶望的な感覚を堪能させてあげる」

 

 殺意を露骨に声に乗せ、狐面は刀を握って飛び上がる。三日月も強く見据えて刀を構えた。

 

***

 

 腹が痛い、熱い。口の中に鉄の味が広がっている。目の前がちかちかと明滅する。それでも秋田は柄を手放さなかった。我ながら、随分な執念だと思う。

 

「秋田君!!」

 

 物吉が悲鳴と共にこちらへと突っ込んでくる。しかしあと一歩、という所で物吉は大きく後方へ飛びのき、直後に床が小さく爆ぜる。

 

「さあて、この子をどうしてあげましょうか。このまま死ぬのを待つ? それとも腹を大きく裂く? ふふふ、楽しいですねえ。こうして悔し気に殺意を募らせている貴方を見るのも、また愉しい」

「……趣味が悪い……!」

 

 忌々し気に吐き捨てる物吉。しかし、うかつに近付くのもままならない。そうすれば爆弾で遮られたり、秋田を更に害される可能性があるからだ。

 秋田はそれでも己の鋒を抜かない。ここで宗三を逃がせば、もうチャンスは巡ってこないと感じたから。

 

「物吉、さん。僕の事は、気にしなくていい、です。だから、物吉さんは、少しでも攻撃の機会を——」

「何言っているんですか!? 友達になれそうな相手を見殺しに出来る訳ないでしょう!」

「それでも、です」

 

 物吉の悲痛な叫びに、秋田は血を吐きながら言葉を重ねた。

 

「ここでこの宗三さんを取り逃がせば、更に被害が広がります。それが分からない物吉さんじゃないでしょう。僕なんかの事よりも、多くの人を。……お願いです」

「……っ!」

 

 言葉を詰まらせて立ち尽くしてしまう物吉に、秋田は口の端を持ち上げて見せた。目を震わせ、歯を食いしばって物吉は再び柄を握り直す。

 はあ、と大きく宗三が息を吐いた。

 

「……何というか、いい所だというのに本当に冷めますねえ。つまらない、しょうもない、そんな誇りの為に踊らされるのも不愉快です。……終わりにしましょうか」

 

 直後、腹に沈められていた刀身が動く気配がした。がは、と血を吐くと、薄れかける意識の中で物吉がまた叫んでいるのが辛うじて分かった。

 けれど、秋田だってただで倒れる訳にはいかない。宗三の腹を抉るように、秋田も刀を押し込んだ。

 宗三は何が楽しいのか、とても高らかに笑っている。いよいよ意識を保つのが難しくなってきて、ここまでか、と秋田は覚悟を固めようとした。

 その時だった。——聞こえてきた声と共に、秋田が彼の存在を思い出したのは。

 

『——武器庫床面の制御モードを変更、モード名《アースクウェイク》!!』

 

 意識を呼び戻す程の地鳴りがした。と思うと、床面が大きくひび割れて隆起し、秋田は宙に投げ出された。

 何が起こったのか、分からなかった。だが呆然としている様子の宗三を視認し、秋田の体は動いていた。

 

「兵の皆さん、力を!」

 

 秋田の命令に心得た、と言わんばかりに兵は動き出す。秋田の足元に集まった兵を踏み抜いて、宗三へと鋒を向ける。

 

「——お命貰います!!」

「——たぁっ!!」

 

 同時に響いた二つの喊声は、宗三の胴体を切り裂いた事を示していた。物吉も攻撃に加わった為に、宗三の肉体は力を失い落下していった。

 秋田も力が入らないままに落ちていく。しかしふわりと小さなもの達に包まれる感覚がして、落下速度が遅くなった。

 静かに動きが止まると、秋田の顔を小さな兵が覗き込んでいた。

 

「秋田君、意識はありますか!?」

 

 視界に現れた物吉の顔は、少し煤けつつも青ざめていた。僅かに残った力を振り絞って頷くと、物吉の肩から力が抜ける。

 

「よかった……でも、もうあんな事は言わないでください、肝が冷えましたよ本当に……」

「……でも、僕が頑張って被害を抑えられるなら……」

「貴方が死ぬ事だって大きな被害ですよ! 本当にもうそんな無茶は二度と——」

『おい、長谷部? 大丈夫か?』

 

 通信の向こうで、大きな声がした。はっと気が付いて耳に手を当てると、小さく嗚咽が聞こえてくる。

 

『……ごめん、なさい、ごめんなさい、違う、秋田を死なせない為だった、でも俺は、宗三を、死なせた、違う、被害を広げない為だった、それでも、俺はまた、誰かを——』

 

 息を吞んで、宗三のいる方を思わず見る。宗三は床に投げ出されていて、ぴくりとも動く気配がない。そしてよく見ると——彼の顔が黒ずんで、砂のように崩れていくのが分かった。

 

「……はは、あははは」

 

 それでも宗三は嗤う、笑う。黒が全身に及び始め、体が崩れ始めても、宗三は笑い続けていた。

 

「ああ、これが、死の感覚。なんて快楽、なんて心地良さでしょう。僕が戦い続けていたのは、もしかしたら、これを味わう為だったのかな。あははは、本当に、最期の感覚がこれなら、生きていた甲斐もあったというものです」

 

 はは、あはは、力ない、しかし快さに満ちた笑い声は止まらない。その間にも、宗三の体は空調にさらわれていく。

 分からない。秋田には分からなかった。どうして死の間際に、そんなに楽しそうにしていられるのか。どうして、死なんて恐ろしい物に快楽を見出せるのか。

 分からなかった。勝者となって、今も此岸に立ち続けられている、生者である秋田には、これっぽっちも理解が及べなかった。

 

「何故、泣くのです? ——僕は今、満たされているというのに」

 

 え、と思っていると、頬に伝わる冷たく濡れた物が乾く感覚。手が動かせないので、雫は流れるままになっている。

 どうして、僕は泣いているんだろう。秋田は全く分からない。混乱する中で、宗三は声を掠れさせた。

 

「僕の望みは果たされた。貴方達の望みも果たされた。何を嘆く必要があるのです? 誰もが望みを叶えた、ハッピーエンドじゃありませんか。やっぱり、僕には分かりませんねえ。……生にしがみつくものの事は」

「どうして……どうして、死ぬのに笑えるんですか。そうやって死ぬのは怖くて、痛くて、苦しいはずなのに……」

 

 声が震える。秋田の問いに、小さく笑って宗三は答えた。

 

「こんな世界に、大それた望みを抱く方が馬鹿馬鹿しいんですよ。ならば、自分の快い方に動いた方が楽しいでしょう? 僕は僕なりに人生を謳歌しました、だから同情なら不要ですよ」

 

 ははは、あははは。笑い声は、その一つで最後となった。崩れ切った体は、その場に黒い砂状の物を残して消えた。

 秋田は呆然としたままそれを見ていた。物吉が彼の肩を支えて、ゆっくりと立ち上がった。

 

「……行きましょう、秋田君。複雑ですけど、まだ戦いは終わっていません」

「……はい」

「長谷部さんも、大包平さんもありがとうございました。地形変更がなければ、秋田君は死んでいたでしょうから」

『なんて事はない。秋田を機械制御室に連れて来い、資材が少しあるから簡易的な手入れを行ってやる』

「……ありがとう、ございます。長谷部さんは……」

『……精神が不安定になっているな。しばらく作業は無理そうだ。でも安心しろ、この大包平がいるからには二振り分の作業もこなして——』

『……だい、じょうぶ。少し昔を思い出しただけだ。すぐに作業を進める』

 

 え、と大包平が声を上げる。だがすぐに精神を切り替えると、力強く長谷部に告げた。

 

『無理だけはするなよ。一つの失敗が戦況に繋がるんだ、万全じゃない状態でやらせる訳にはいかない』

『……覚悟が足りなかっただけだ。もう大丈夫、やれる』

『そうか、分かった。頼りにしているからな』

 

 うん、と頷く声がする。その声は少しだけ無理をしているようだと感じ取れる。

 宗三の事は複雑だが、今は自分の治癒を優先しなければならない。秋田は長谷部の苦しそうな表情を思い浮かべて、そうやって恩人の安息の為に動くと決断した。

 

***

 

 壁が、床が、蛍丸の一撃によって大きく砕かれていく。割れた瓦礫と斬撃をかいくぐって、鶴丸は蛍丸に再び迫る。

 忌々しそうに、蛍丸は舌打ちする。迫りくる鶴丸をかわしてまた刀を振り回し、一歩退けたのを見てある方向へと駆け出す。

 

「おっと、行かせないぜ!」

 

 瓦礫を拾って蛍丸の行先へと投げつけ、速度を緩めさせて追いついた鶴丸は、次郎達の所へ向かうその足を止めさせた。本当に腹立たしそうに、蛍丸は鶴丸を睨み付ける。

 

「ああもう、本当にうざい! いい加減無様に死んで欲しいんだけど!」

「御免被る! まだ折れたいとも思わないんでな!」

 

 振るわれる刃を軽々と跳ね上がって避け、重力に任せて刀身を振り下ろす。刀が噛み合う音がして、ギリギリと鍔迫り合いが行われた。

 蛍丸は額に青筋を立てて、鶴丸に叫んだ。

 

「お前みたいな奴が一番嫌いなんだよ! 綺麗事ばっかり口にして、それが正しいって妄信してて! 反吐が出る、ムカつく、まじで死ね、みっともない死体にならなきゃこっちの気が済まない!」

「ははっ! ようやく底が出始めたか!」

 

 力強く吹き飛ばされながらも、鶴丸は笑って着地する。何がおかしい、と言わんばかりに刀を振り上げる蛍丸に、鶴丸は笑みを消し告げた。

 

「でもなあ、19478番。——腹立たしいのはこちらも同じなのさ」

 

 また、床面が割れる。砕けた瓦礫の向こうで、鶴丸は低く腰を据えた。

 

「君のような存在はどうして生まれた? どうして君のような存在が、明るく無邪気に笑っていられる世界じゃない? 俺はなあ、それが一番気に食わない」

 

 世界の裏側で起こった悲劇を知った。それは思いを巡らせていた鶴丸の前に血塗られた惨劇と共に姿を現し、そして鶴丸達を嘲笑った。あの時は腹が立った、頭に血が上って我を失いかけたが、今はもうそうはならない。

 

「君を知った時、俺はとてもやるせなかった。友達を殺され、大人達にいいようにされる君という光景が、嘘であって欲しいと願いさえした。でもなあ、後ろを向いて現実を否定するだけじゃ、何も解決なんざしないんだ」

 

 だって、それも悲劇の表出であるはずなのだ。無様に喚いてそれがなかった事になるのなら、世の中から悲劇という悲劇は消え失せている。

 蛍丸だって、本来ならば救わなければならない存在なのだ。けれど、彼もまた己の意思で世界に逆らうと決めたのだろう。

 

「君は、理不尽を一身に背負わされた存在だと思っている。そして君はそれに抗おうとして、この世界に間違ったやり方で牙を剥いた。そうするしかなかったとしても、俺は未来を絶つやり方を認められない。俺は、どんな手段を使っても未来を切り拓く道を選ぶ」

 

 結局、鶴丸は未来を照らす刀でありたいのだ。この世界を、大切な存在の明るい未来しか願えない刀であるのだ。それが、氷雨の鶴丸という刀剣男士の根源。

 ——世界を恨んでその破滅を願った、蛍丸とはどうしても相容れなくて——身勝手に、その理不尽をなくしたいと思ってしまったのだ。

 けれど、人としての経験が浅い鶴丸には、その方法が一つだけしか思い浮かばなかった。本当に、それが口惜しい。

 

「君という理不尽を、きっと俺は許容出来ないんだろう。もう後戻り出来ない所まで行ってしまった君を殺して——俺は、負の連鎖を断ち切る」

 

 刀を構え、鶴丸はそう宣言する。蛍丸もはっと嘲笑い、刀を正面に据えた。

 

「やれるもんならやってみろ、偽善者」

「ああ、やらせてもらう」

 

 そう言った直後、鶴丸は床に刀を突き刺した。

 訝しげにそれを見ていた蛍丸は——しばらくして、頭を押さえて唸りだした。

 

「……お前……っ! 何やった!?」

 

 鋭い眼光を飛ばす蛍丸に、大きく息を吐きながら鶴丸は言い放つ。

 

「言っただろう。——どんな手段を使っても、と」

 

 ——あちらも荒業を使うなら、こちらも使うまでだ。

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