空隙の町の物語   作:越季

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19-8「決着3/反転」

「行きます!」

 

 そう言って駆け出した平野の前に都合よく、大きな塊が現れる。飛び乗って塊を蹴り、一足飛びに乱に向けて刀身を振るった。

 

「くっ……!」

 

 動きが格段と良くなった平野の相手で手一杯になっている乱は、自身にも及ぶはずの地の利を活かせていない。

 それも当然だ。

 

「カカカカカ! やはり我等は広い方が存分に振るえて戦いやすい!」

「そうだな。後は、己の全てを出し尽くすのみだ」

 

 ——今まで窮屈そうに戦っていた蜻蛉切と山伏が、支援によって全力を出せているのだ。一対七の戦力差では、さぞやりにくい事だろう。

 室内で目まぐるしく変わる攻防。少しずつ動きが鈍くなるが、それでも乱は膝をつかない。

 パキン、と音を立てて刀装の砕ける音がする。はっとした表情の乱に構わず、加州と鶯丸は彼に斬りかかった。

 

「いったぁ……!」

「攻撃が通り始めた、真剣必殺には警戒して!」

「心得ている」

 

 ようやく乱にダメージを与えられたが、加州は警戒を怠らない。伊達に政府直属の部隊長を任されてはいないのだ。このくらいの事は当然だった。

 一気に体力を削るか、そう判断して鶯丸は更に前へと躍り出る。高く鳴る鋼の音は何度目だろう。せめぎ合い軋む刃に腕を痛めながら、鶯丸は刀を押し出した。

 

「まだ、ここまで力が残っているか」

「……っ!」

 

 乱はもう、口を開く余裕もなくなったらしい。ただこちらを睨み、刀を振るうばかりだ。少し鈍くなったとはいえ、彼の機動が凄まじいのは変わりない。油断は禁物だ。

 けれど、それでも天秤が傾いているのは事実で——

 

「歌仙、多分あと少しだ。援護を頼む」

「ああ。決して気を緩めないように」

 

 頷いた薬研は塊の上に乗り、天井から現れた取っ手を掴んでぶら下がって、銃兵へと発砲指示を出す。降り注いだ弾丸に乱は気を取られ、周囲に気を配る事すら難しくなっている。

 当然、この場にいる刀達はそれを見逃さない。

 

「ぬおおおおっ!」

「——せめて雅に散れ!」

 

 二振りの攻撃によって、乱の動きが止まった。胴と腕に入れられた傷は、その動きを大きく低下させる。

 そしてとどめとして、短刀二振りの斬撃が乱の脚に入る。結果として彼は、完全に膝をつく事となった。

 だが、それでもその目から戦意は消えていない。もう立つ力すら入れられない脚を酷使しようとする乱に、鶯丸は曇った表情で宣告した。

 

「もう勝敗は決しているだろう。俺としても、貴重な修行済みを折りたくはない。……投降しろ。本当にこの後も続けるなら、お前を殺す事になってしまう」

 

 鶯丸は殺しを疎む刀だ。必要ないなら、決して殺す事はしたくない。だからその一言も乱の為でなく、自分の為だった。

 しかし、乱にその言葉は歪んで響いたらしい。

 

「……どこまでも舐めてくれるね。ボクが、政府の言いなりになるとでも? 例え善意であっても、それは腹立たしくしか聞こえないんだよ。……宗三さんの『もしも』がこんな所で役に立つとはね」

 

 カチカチカチ、どこからか音がする。思わず首をかしげると、乱が煮え立った声色で叫んだ。

 

「政府に下るくらいなら、舌を噛み切って死んでやる。でもただで死んでなんかやらない——お前達も道連れだ!!」

 

 カチ、と音が止まり、激しい閃光が乱から迸る。思わず兵を前に寄せ、腕で目を覆っていた。

 激しい爆風と衝撃、爆音がその場に溢れた。兵で防御しても、少し机や椅子の断片が腕を掠めていく。覆っても視界に入り込む閃光に目を痛めて、強く瞼を閉ざしてしまう。

 しばらく経って爆発の勢いが落ち着いてから、ようやく鶯丸は目を開けられた。目の前には凄惨な事となった体が落ちているのだろう、と覚悟を決めて前を見ると——

 

「……あ、れ?」

「乱が、いない?」

 

 そこには、何もなかった。乱の肉体どころか、戦装束のひとかけらすら落ちていなかったのだ。

 七振りは唖然とする。どう考えても異常事態だ。今の一瞬で空間移動でもしたのか。

 薬研が通信先に向かって呼びかける。

 

「長谷部、どうなっているか分かるか?」

『……乱と思われる情報体反応はそこから消えている。……というか、これ、何て言えばいいのか……うーん』

「長谷部? どうしたんだい?」

 

 うーんうーんと唸る長谷部に歌仙が心配そうに尋ねる。唸り声を上げ続けている長谷部から、大包平に通信が切り替わった。

 

『長谷部に代わって俺が説明する。詳細は追って話すが、乱藤四郎の脅威はなくなったと言っていい』

「今説明する訳にはいかないの、大包平?」

『……説明するのが難しい上に、確証が持てていない。正確な情報を得次第、お前達には最優先で伝える』

「……何か嫌な予感がするのですが、鶯丸様」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 どう考えても面倒事になる気配しかしない。思わずため息を吐いていると、頭を掻いていた加州が大包平に確認する。

 

「大包平、援護に向かった方がいい所はある? そっちには行かなくてもいい?」

『まだ本館二階と最上階で戦闘が継続中だ、そちらを頼む。こちらは気にしなくていい、既に援護を他の部隊に頼んでいるから——』

『澄清隊江雪左文字及び滑莧園、到着しました!』

『皆、無事だったんだね!』

『ツクシと江雪! と……ソメゴローとタイガ? え、何でそんな恰好……』

『あー、その話は後でいいか? えーと、オオカネヒラだっけ? 俺達何すればいいの?』

『俺達が来たからにはもう大丈夫だからな! 必殺・アルティメットブレイブパンチで全ての敵を蹴散らして——』

『まだそれ言ってんの、ソメゴロー……』

『ええいお前達少し静かにしろ! すまん後でまた通信を入れる、本館の援護は頼んだぞ』

 

 賑やかな声とそれを一喝する大包平の要請を最後に、通信は切れた。

 とりあえずは、と蜻蛉切が口火を切る。

 

「本館へ向かおう。二階の戦闘を終わらせた後に、最上階へ向かうでいいな、加州殿?」

「うん、それで行こう。歌仙、薬研。二振りはどうする?」

「僕達の家族がいるかもしれないからね、一緒に行くよ」

「異議なしだな」

 

 春光隊の二振りの同行が決まり、加州は全員を見渡して告げた。

 

「よし、これから本館に向かう! 道中に敵がいないとも分からない、油断は決してするなよ!」

「了解!」

 

 六振りは頷く。鶯丸も了解を返しながら、まだ見ぬ敵へと想いを馳せた。

 

***

 

 また一つ、借りていた刀装の砕ける感覚がする。これで残りは一つだけになってしまった。それに反して、相手の刀装はまだ壊れるに至っていない。銃兵がようやくあと少しで、といった所だ。

 

「……大きな練度差が、あるという事なのだろうな……」

 

 無意識に滲む悔しさと痛みが、一期の胸を苛む。現れた塊の後ろに身を隠し、悠然と佇む鶴丸を窺う。

 まだ、鶴丸には傷一つ付けられていない。やはり盾兵を二つ操っている彼は非常に守りが堅く、経験の差もあってすぐに攻撃を防がれてしまう。長谷部達の援護があっても、それを何て事もないようにいなされた。

 自分の実力不足がもどかしい。それでも、焦りが致命傷になると分かっているので、一期は慎重になるしかない。

 

「どうした? 隠れているだけじゃ俺は討てないぜ! 被食動物のようにちょこまかと逃げ回っていないで、堂々と攻撃してみたらどうだい? 今のままじゃ俺は退屈で退屈で——ここにいる奴等を全員殺してしまいそうだ」

 

 また、鶴丸がこちらへと煽りを入れてくる。深呼吸を一つして、苛立つ気持ちを抑え込む。

 確かに今の自分は、あまり勇猛な戦い方をしていない事だろう。だが、下手な煽りでやすやすと罠を踏む馬鹿ではない。戦闘力に大きな差があるなら尚更だ。

 歯を食いしばって、反応しないようにするのは骨だった。それを嘲笑うが如く、鶴丸の言葉による攻撃は止まらない。

 

「もしかして仲間が、味方が来てくれるとでも思っているのかい? もしそうだとしたら、なんて生温い事だろうな! 愛情は裏切られる物だし、信頼は壊される物だ。どう足掻いたって、君の純粋は傷物にされる。そうなるようにこの世界は出来ているのさ! その壊される前提の物にしがみついている君は、何と無様な事だろうな!」

 

 高笑う鶴丸は、明確に一期を傷つけ、激昂させようとしていると分かる。その意図が明白過ぎて、呆気に取られるくらいだった。

 その言葉の刃は——不思議なまでに、一期に届かなかった。現実とは逆だな、と笑ってしまう余裕すらある。

 

「……仲間の、味方の救援をただただ待つ? それは信頼ではなく、依存でしょう。愛情を持っているからこそ、私は大切なもの達に依存したくはありません」

 

 何故だろう。何故ここまで、傷つかずにいられたのだろう。

 大きな価値観の差から? 多分それはある。

 鶴丸の言葉に現実味を見出していないから? そんな馬鹿な考えを持ち続けていたのなら、自分は周囲から見限られている。

 だからきっと、理由は多分——

 

「貴方にとって、私の感情は生温く見えるのでしょう。ですが私にとって貴方の感情は、何もかもに裏切られて諦めたものの言葉にしか聞こえません。貴方の言葉は真実の一端であるのでしょう。私も傷付いた経験がある以上、それを否定するつもりはない」

 

 ——彼の言葉に、隠された傷を見つけたからだ。きっと世界に裏切られたのだと、そう察する事が出来たからだ。

 

「ですが、私の考えもまた嘘ではないはずなのです。私も世界に幾度となく傷付けられ、心を試されました。大きな苦難を経ても、私の考えは変わらない。——私は私の心を、大切なひと達の強さを信じます。貴方が世界の悪性を信じているように、私は世界の善性を信じている。無様? 愚か? 何とでも言えばいい。私の見つけた光は、決して揺るがないのだから」

 

 そう告げて、一期は塊の影から身を現す。この戦いで隠れる事は、もうないだろうという予感がある。

 この鶴丸と、正面から向かい合おう。世界の闇を見つめているものと、真っ向から戦わなければならない。

 だってそうしなくては、自分の見つけた正解に胸を張れない。大切なひと達に笑顔でいられなくなる。

 実際一期は、鶴丸の言う通りに馬鹿なのだろう。世界の裏を知っても、光はあると疑わない愚か者なのだろう。

 それでも。——それが、蒼穹の一期一振という刀の中核だ。

 目を見開いた鶴丸はしばらく固まっていたが、次第に小さく笑い声を漏らし始める。それを訝しく思っていると、鶴丸は大きな声で笑った。

 

「……はは、はははは。ああ、何という事だ。何て事態だ。——君が、ここまで強大になって立ちはだかるとは!」

 

 鶴丸は笑う。酷く楽しそうに——嬉しそうに。何があったのか、心境の変化があった訳ではあるまい。

 その理由は分からないが——ここが、この戦いの折り返し地点なのだと、一期は理解していた。

 

「ならば俺も、全力で君を打ち倒そう。その光が遍くものを照らせている訳ではないと、この世界に示して見せよう!」

 

 真っ直ぐに、鶴丸がこちらへと向かってくる。一期は直後に盛り上がった床の勢いに身を任せ、大きく跳ね上がる。

 上方から刃を振るい、その斬撃を鶴丸に向ける。ニタリと口元を歪めた鶴丸は、だがしかし——その表情を強張らせる事となった。

 

「……は?」

 

 鶴丸の肩から、血が流れている。おかしい。異常事態だ。

 だって鶴丸の刀装はまだ一つも壊れていなくて、守りは万全だったはずなのだ。

 そこまで思考を巡らせて、気付いた。

 ——()()()()()

 

「——ここからは、出し惜しみなしで参ります!!」

 

 一期はそう宣言する。

 攻撃が、再び鶴丸の体に降り注いだ。

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