空隙の町の物語   作:越季

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19-10「悪夢の続きを」

 そもそも、だ。堀川は考える。

 どうして自分の大切な相棒が死ななくてはならなかったのか、そこからである。

 堀川はある本丸に、何番目かの刀として顕現した。相棒との再会に喜んだのも束の間、審神者の目付きが少しおかしい事に気が付いた。

 ——まるで、自分を憎むかのような。

 後から思うに、この時点でもう堀川は地獄を生きると決まっていたのかもしれない。

 堀川は毎晩呼び出され、審神者に暴力を振るわれるようになった。

 お前は忌々しい弟の生き写しだ。最初に言われた内容が、審神者の鬱屈の全てを表していた。

 ——お前さえ、お前さえいなければ……!

 堀川は罵倒と共に暴虐の限りを尽くされる日々を送っていた。戦場から帰ってきたら何故帰ってきたと罵られ、少しでも怪我をしてくれば資材を無駄にしたと罵られる。楽しそうにしているのが気に食わない、幸せそうに生きているのが腹立たしい——どんな一挙一動にも罵倒を浴びせられ、堀川の心は少しずつ固まり、死んでいった。

 相棒と過ごす、僅かな時間だけが癒しだった。生傷の絶えない自分に違和感を抱いていたようだが、ニコニコと笑ってやり過ごした。今となってはいろいろ麻痺していたとしか言えないが、自分に心配される価値はないと、そう思っていたから。

 そして、変化は突然に訪れる。いつものように堀川が審神者の暴行を受けていると、部屋の障子が大きく開かれたのだ。

 ——国広!! ……この野郎……!

 当然のように怒り狂う相棒に、審神者は慌てて言い訳をしてこの場を離れさせようとした。そんな事をしても、かえって怒りを抱かせるだけだと分からなかったのだろうか。

 激しい口論の末だった。堀川を侮辱する言葉を吐いた審神者は、呆気なく相棒に叩き切られた。

 ——……ここまで猫被ってたとはな。行くぞ国広、もうここにはいられねえ。

 相棒に導かれるまま、堀川は本丸を抜け出した。

 闇夜に紛れて長い道を歩き、その道中の森の中で休息をとろうという事になった。

 ——少し周囲を見てくる。国広は休んどけよ。

 小さなあばら家に堀川を残して、相棒は木々の間に消えていった。それが最期の会話になると、堀川は疑う事すら出来なかった。

 しばらく待っていると、あばら家の周囲から声がした。それは、かつて同じ屋根の下で過ごした仲間達の物。追いつかれたか、相棒はどこに。焦燥感に満ちた堀川の耳に、全身から血の気を引かせる話が聞こえてきた。

 曰く、相棒を見つけたが「主に裏切られた」としか言わず、話にならないので破壊した。そしてその相棒がこちらに向かわせんとしていたので、ここに堀川がいるのが分かった。裏切り者は、ここで始末しなければならない、と。

 ふざけるな、としか言えなかった。相棒は、ただ自分を憂いてくれただけだ。理不尽に傷を負わせたのを許せず、言い訳をして悪い事をしたとも考えていなさそうな態度に怒ってくれただけだ。

 そして、その審神者の蛮行を止めようともしなかった癖に、審神者が害されたらこちらを悪者にするのか。

 罰するなら自分だけにすればいい。何故、相棒を殺したのだ。

 憤怒に任せて、堀川があばら家を飛び出そうとしたその時。——外から悲鳴が轟き、物音一つすらしなくなった。何事か、と思って外に出ると、倒れ伏すかつての仲間を尻目に、月に照らされている真っ白な太刀が佇んでいた。

 ——よっ、無事か?

 呆然とする堀川に、白い太刀は申し訳なさそうに目を細めた。

 ——悪い、君の相棒は助けられなかったんだ。俺が見つけた時にはもう虫の息でな。君を助けに行けと言われて、急いでここまで来たのさ。

 ——……何で、こんな……。

 ——まあ少し、君に伝えなくちゃいけない事があってな。……君の本丸の事だ。

 体が強張る。一体何を言われるのか分かった物ではなかったが、それでも自分の中の何かが変わってしまう気がしてならない。

 ——君の主は、君への暴虐を行う事によって、精神の安定を図っていた。そして君の仲間達は——何も知らなかった和泉守を除いて——その暴虐がこちらに向かないよう、徹底的に知らない振りをしていたのさ。そして君の主が死んで責任が問われそうになると、さも忠臣を装って君達を殺しにかかったんだ。

 何故、と問いかけていた。何故、そこまで知っているかのように、と。白い太刀は忌々しそうに吐き捨てた。

 ——君の仲間達は声が大きい個体が多かった、それだけの話さ。

 

 しばらく堀川はその白い太刀と行動を共にした。あばら家で暮らす堀川にある日、白い太刀は一枚の紙切れを渡した。

 ——何、これ……兼さんが、全部悪い事になってる……!

 それは新聞の切り抜きだった。書かれていた内容は、相棒がエラーを起こして審神者を殺害したという物で、審神者が何をしたかの記載は一切なかった。

 白い太刀はがりがりと頭を掻いて補足する。

 ——君の元主には、政府の中に身内がいた。恐らくそいつの差し金で、こんな事になったんだろうな。

 叶うなら、今すぐ全ての新聞を燃やしてしまいたかった。

 

 その後、後に「大移動」と呼ばれる事件が起き、堀川達は隣接区域まで逃れる事が出来た。その後、それまでいた区域は制裁が行われたと聞いていたが——それを信じられる堀川ではない。

 ——兼さんの真実は、まだ明らかにされていない。訂正しようともしてないのにこっちを信じてくれって? どこまで馬鹿にすれば……っ!

 憤り嘆く堀川に、白い太刀は囁いた。

 ——なあ。俺に協力しないか?

 

 

 目を開ける。かひゅう、と細い息が口から漏れる。

 もう体は動かない。指先一つすらも、まともにはもう操れないだろう。

 納刀しながらも柄から手を離さない刀達に、ぼんやりと思う。

 

「……結局、兼さんの真実は闇の中、か」

 

 ぴく、と青江が指を跳ねさせる。彼に笑う事すらままならない中、堀川は口を動かした。

 

「僕は、兼さんの真実が明らかになれば、それでよかった。その為だけに、こうして戦ってきた。でも……結局僕は、皆に負けた。だからもう、僕は真実と共に眠りにつくしかない」

「堀川、アンタ、何でそんな……」

 

 立ち上がれるようになった次郎が、震えた指をこちらに向ける。

 堀川の体は全身に黒が染み渡り、端の方から崩壊を始めていた。

 

「外道に堕ちたからそれ相応の報いを受けた、それだけですよ。おめでとうございます、皆さんの正義は立証されました。悪者たる僕達は、大人しく退場する事としましょう」

 

 堀川の体が、黒い砂となっていく。その場にいるものは、なかなか口を開けない。

 完全に崩れるその前に、青江は少しだけ肩を竦めた。

 

「ああ、これから報告書を書かなくてはならないね。全く、僕は斬ったり斬られたりする方が得意だっていうのに。でもそうだね、やるからには全力で。()()()()()()()()()だって、調べ尽くして見せようじゃないか」

 

 え、と堀川は声を上げる。妖しく笑いながらも、青江の目は真剣だ。

 

「それがこの町の安寧に繋がるのなら、もう何もかもを調べて解析して、報告するしかない。そうすればそうだね、ある謀反人の無念が大きな動機になる事もあるって政府も理解して、今度は適切に対応してくれるかもしれないね」

 

 また少し細くなった息が口から零れる。何だか何もかもが馬鹿らしくなって、堀川は口の端を持ち上げた。

 

「まあ頑張ってください。僕の過去を調べるのは骨ですよ。何せ、お上に全てを覆い隠されたのですから」

「ふふ、舐められるのは困るなあ。——僕達は氷雨調査部隊。どんなに時間がかかっても、必ず真実を掴ませてもらうよ」

 

 青江の笑みを目に映し、堀川はまた小さく微笑む。それを最後に、彼の体は完全に崩れ去った。

 

「小夜、次郎。大丈夫か?」

「ああ、すっかり元気さ。小夜も眠っているけど、苦しんではいなさそうだ」

「鯰尾さんも、体に不調はないかな?」

「はい、体調は万全になりました!」

 

 小さく寝息を立てる小夜を抱える次郎は、元の頼りになる姿を見せている。鯰尾も体につけられた傷は消えて、両方の拳を顔の横で握っていた。

 

「鶴丸、そっちも終わったかい?」

「終わった……と言えば終わったんだろうが」

 

 鶴丸は歯切れの悪い物言いをしながら、風にさらわれつつある黒い砂状の物を見つめている。視線が一気に鶴丸へと集中する。それに気付いているのかいないのか、先程よりもはっきりとした口調で答えた。

 

「こいつは斬られてから消滅するまで、一言も言葉を発さなかったんだ。なのに目は怨嗟の念に燃えていて……まだ、何かが起こる予感がしてなあ」

 

 不穏な言葉に、その場にいる全員が黙り込む。階段下から、こちらへと呼びかける声が近づいてくる。

 空を覆う雲はまだ、分厚くその場に留まっている。

 

***

 

「ああ、負けたんだなあ」

 

 鶴丸は仰向けに倒れ、天井を細い視界で見つめている。そうするのも辛いというのに、無様に死ぬ間際だというのに、不思議と鶴丸の魂は充実感で満ちていた。

 

「でも何でだろうな、心は晴れやかだ。何だかんだで、悪役を全う出来たからか? それとも、充分に楽しい戦いが出来たからか。まあどっちでもいいか。そんな事は消えゆく俺にとっては些事でしかない」

「何故」

「ん?」

「何故、最後の最後で隙を見せたのです。あの時刀を振り下ろしていたら、私は真剣必殺の発動すら出来ずに倒れていたでしょう。……何故、一瞬でも油断をしたのです」

「驚いたな、こんな俺にも説教かい」

 

 少し変わりものとはいっても、やはり彼は一期一振だ。最後の最後で手を抜かれたと勘ぐったのだろう。実際はそんな事は一切ないのだが。

 真っ直ぐな眼光、立つのも辛いだろうに一切姿勢を崩さないその強い意志。

 それを見て、すとんと鶴丸は納得した。

 

「ああ、そうか。——俺、君に殺されたかったんだなあ」

「……は?」

「いや、こう言うと語弊があるか。……俺は、君みたいな善性の塊のような奴に、蹂躙されたかったんだ」

 

 体が、指の先から崩れていく。それでも鶴丸は全く怖くなどなかった。

 

「眩しかった、綺麗だった。その魂は、苦難を味わっても尚光り輝いていた。馬鹿だとも強く思ったが——やっぱり俺は、羨ましかった」

 

 本当は、そうなれたら良かった。だけど善を行うには、自分は余りにも世界の理不尽と絶望を味わい過ぎた。素直に光を信じられない捩れた魂は、歪んだ形で本当の願いを叶えようとした。

 

「結局俺は、物語のように善がなされると心のどこかで思いたかったんだろうなあ。世界はまだ捨てた物じゃないと、まだ希望に縋っていたんだ。だからこそ、悪になった俺を君が倒してくれる事で、善をなす機構はまだ生きていると、実感したかった」

 

 もしかしたら、一期は自分を討ち果たしてくれると感じ取ったのかもしれない。だからこそ二回も強烈なちょっかいをかけ、彼の心を揺さ振った。もしかしたら彼なら、それを乗り越えて自分の願いを叶えてくれるのではないか、と。

 

「そうだな、悪は滅び善が勝つ。最高の大団円だ。幸せな結末だ。……俺はあの時、そうなる事を望んでいたのに。結局の所、報われなかった願いを叶えようとしたかっただけだったんだなあ」

 

 カラカラと笑おうとして、口から血が溢れた。視界も少しずつ霞んできていて、終わりが近いのだと悟る。

 

「……私は」

 

 震える声が、反響する。どこか涙に濡れているような気がした。

 何故だろう。何故、彼はこんなにも悲しみを湛えているのだろうか。

 

「私は、貴方を全く知りません。でも、それでも……貴方が、幸せになる選択肢はなかったのですか。悪として誰かを害するのではなく、誰かと手を取り合う選択は取れなかったのですか。貴方は強い、悔しいくらいに。だからこそ、堕ちてしまった事が悲しいし……貴方を止められなかった事が、口惜しい」

 

 ああ、やはり彼は真っ直ぐだ。その善性は、誰かを傷つけかねないくらいに鋭い。

 けれど今の鶴丸には、その鋭さが心地よかった。

 

「なあ、一期一振。俺の死を悲しんでくれるというなら、一つ願いを叶えちゃくれないか」

 

 声に力が入らない。下半身の大部分が崩れ落ちている。ああ、それでも、もしこの願いが叶うなら。

 きっと、鶴丸の生涯は報われる。そんな確信があった。

 

「……本当にどうしようもない刃生だったが。どうか、こんな奴がいたって事を、覚えていてほしい。どうか、こんな悪夢の続きのような刃生があったって事を、忘れないでいてほしい」

 

 そんな生き方をしたものがいたのだと、時折思い出して欲しかった。褒められた物ではない、本当に散々な命だったが。数多にある生き方の一つとして、認めて欲しい。

 鶴丸の願いは最早、それだけしか残っていなかった。

 

「——嫌でも忘れられませんよ、当然でしょう。きっと、私の最期まで貴方という存在は記憶され続けているでしょう。だからどうか、せめてあなたの魂が、安らげる場所に行ける事を願います。私の心が、これ以上傷つかないように」

 

 心の底から、鶴丸は満たされていた。敵なのに、殺しあったのに、ここまでの言葉をくれたのだ。

 悪に成りながらも空洞を持ち続けていた身として、これ以上の幸いがあるのだろうか。

 

「……はは。そうか。良かった」

 

 目の前が、暗闇に包まれていく。体の感覚も消えていく。

 

 ——鶴さん、お疲れ様。

 ——帰るぞ、国永。

 

 怨嗟に満ちた始まりの記憶。その中で確かな幸福の証だった、二振りの声が聞こえた気がした。

 

「——一期っ!!」

 

 反逆隊の鶴丸の体が完全に崩壊した直後。限界だった体は、あっけなく床に倒れる事を選んだ。同時に飛び込んできたのは、大切な友の悲痛な声。

 

「しっかりしろ、一期、一期!」

「落ち着け鶴丸、重傷だが破壊にまでは至っていない。大包平、資材と手入れ札の余りは?」

「先程の江雪と秋田と物吉の手入れで使い切った! 誰か、資材を持っている奴はいないか!?」

「滑莧園の絆創膏で良ければ、あと一枚あるよ!」

「小さいですが、ないよりはマシでしょうね。一期、気をしっかり持ってください」

 

 救護室に運べ、止血が先だ、言い合う声が聞こえる。一期は安堵の念に包まれながら、意識を手放した。

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