空隙の町の物語   作:越季

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4-2「春の光差す本丸」

「私は、どのくらい寝ていたんだ?」

 

 和室から出た後、リビングのソファーに案内されて座りながら、一期は薬研と鯰尾に問う。それには、薬研が答えた。

 

「二時間くらいだ。……ああ、悪いが在籍している本丸も確認させてもらった。いち兄の本丸には連絡を入れておいたぜ」

「ありがとう。うちの本丸の弟たちと、買い出しに行っているところだったんだ」

「災難だったね。あいつら、そろそろ何とかした方がいいよな?」

 

 前半は優しく一期に、後半は厳しい顔で薬研に、鯰尾は言った。

 

「それに関してはそろそろ穏健派が動き出すだろ。問題は、俺たちも加勢するか、だが」

「うーん、あんまり多過ぎてもいいのかなって思ってさ」

「政府に目を付けられていいことはない。それなのに、わざわざこうして刀剣男士を傷つけているんだ。目を付けてくださいって言っているようなもんだろう。これ以上余計なことをしないように牽制しとくってのも手だが」

「そうだねえ……」

 

 ――森にもいろいろあるんだな。二振りのやり取りを一期が出された緑茶を飲みながら眺めていると、玄関からどたどたと慌ただしく走って来る音が聞こえる。

 

「ただいまー! いやあ、せーるに行き遭ってさ、卵を大量に安く買えたぜ!」

「今日は卵料理がいいかな。……おや、お客様か」

 

 リビングの入り口から二つの姿が現れる。癖のある金髪を一部編み込みサイドに纏めているジャージ姿の刀と、もみあげを斜めに切り揃えた和装の刀だ。

 

「おっと、客には名乗らないとな。春光が一振り、獅子王だ! 何があったかは知らないけど、災難だったなあ」

「同じく春光が一振り、石切丸と言う。時空の乱れがまだ収まってないから、まだここで休んでいた方がいいかな」

 

 石切丸の言葉に、鯰尾がええっ、と声を上げる。

 

「まだ収まってなかったんですか!? 獅子王さんと石切丸さん、よく平気でしたね!」

「まあな。なんとなく、勘で避けたっていうか」

「神気の流れと似たようなものだね。その内鯰尾さんも避けられるようになるさ」

「あれ災害級のやつだと思ってたんですけど……平安生まれってすごいな……」

「兄貴、それだけじゃないと思うぜ……」

 

 軽く胸を張る獅子王と事も無げに言う石切丸。呆然とした様子の鯰尾の肩をポンと薬研が叩く。リビング内はあっという間に賑やかになった。一期はその雰囲気を楽しみながら、ちらりと違和感を覚える部屋の隅に目をやる。

 そこでは、長谷部が小さく体育座りをしていた。小さな機械を、勢いよく指で操作している。その目は真剣そのものだ。耳にも機械を当てているようだが、髪でよく見えない。ふと、外見年齢が獅子王と近いな、と思った。何故そう思ったのか、自分でもよく分からない。

 機械の操作を止めた長谷部が、顔を上げる。一期と目が合うと、思いっきり鋭い目付きで睨み付けた。

 

「……じろじろ見るな、鬱陶しい」

「えっと……すみません、不躾で」

 

 たじろぐ一期の様子を見て、薬研が一期の視線の先を追う。長谷部の存在に気づくと、そちらに近づいて話しかける。

 

「長谷部、そんな隅にいたら俺たちも気づけねえよ。こっちに来ていち兄に改めて自己紹介してくれ」

「やだ」

「いや、やだじゃなくて……」

「やだったらやだ」

「……歌仙が今からがざにあのけーき出そうとしてるんだけどな」

「ぐっ……それでもやだ」

「はあ……」

 

 強情に動かない長谷部に、薬研は肩をすくめて一期の方に戻ってくる。

 

「だめだ、けーきでも釣られねえ。ああなったらだめだ、梃子でも動かん。すまねえな、いち兄」

「気にしてない、と言ったら嘘になるが……私は、相当嫌われているようだね」

「あー、えーとだな……」

 

 言葉に詰まった薬研が、一期の肩を組み、小声で告げた。

 

「実はあの長谷部、元は他所の本丸から来た奴でな。そこのいち兄にきついことを言われたらしくて、いち兄を見かけたらすぐにああなる。だから、()()()が特別悪い訳じゃない。気にすんな」

「え……」

 

 その内容に、違和感を覚えた。――へし切長谷部とは、きつい言葉一つをあそこまで引きずる刀だっただろうか? いや、織田信長から黒田官兵衛に下げ渡されたことを気にしている事実があるのは分かっているが、どうも何かが引っかかる。それを言語化出来ないでいると、薬研が一期に釘を刺した。

 

「いち兄にはいち兄の過去がある。それと同じで、あいつにはあいつなりの過去があるんだ。……あいつには、あまり過去を思い出させたくねえ。深掘りはよしてくれねえか」

「……そうだね、私も不作法だった」

 

 どうも自分は、気になることを追求したがる癖があるらしい。一期一振にしては珍しい、とは氷雨の鶴丸の言だ。それはそれで自分らしさだとは思うが、無闇に出したら迷惑な悪癖でしかない。一期はこのことは要反省、と脳内にメモを取った。

 

「やげーん、何話してたの?」

「ちょっとな。あいつが端っこにいるのが気になったんだと」

「あー、長谷部さんまた政府中枢機器への侵入挑戦中?」

「みたいだな」

 

 懲りないねえ、と呟きつつも、鯰尾の表情は優しい。薬研も暖かい目で長谷部を見ていた。一期は、聞こえた物騒な単語に突っ込みたい気持ちでいっぱいだった。

 

「俺、ちょっと長谷部さんの様子見てくるよ。薬研は歌仙さんにけーきの用意をお願いしといて」

「おう、任された」

 

 鯰尾と薬研がそれぞれの方向に駆けていく。残された一期の両隣に、獅子王と石切丸がそれぞれ腰掛ける。

 

「鯰尾から聞いたぜ、本当に災難だったなあ。あいつら、森の中でも結構問題になってる奴等なんだ」

「そのようですね、鯰尾から聞いた話では」

「刀剣男士を狙った犯行が多くてね。彼等に恨みを持っていることは間違いないだろう。もうすぐ制裁が加えられるようだから、一期さんは本当に最後の被害を受けてしまった訳だ」

 

 折角だから祓っておこうか、と言う石切丸の提案を受け取るか悩んでいると、キッチンから歌仙と薬研が現れた。

 

「お待たせしたね、がざにあのがとーしょこらだよ。温めたから、火傷しないように気をつけてくれ」

「紅茶もあるぜ。砂糖と牛乳、好きな分だけ入れて構わない」

 

 食卓に、ガトーショコラと紅茶が並べられていく。獅子王は勢いよく飛び出し、石切丸は「走ったら危ないよ」と言いながら立ち上がる。

 

「長谷部さーん、けーき来ましたよー。そろそろ切り上げておやつにしましょうよー」

「待ってくれ、あとちょっと……!」

「そう言って何時間もかけるつもりでしょう。ほら、電源切った切った!」

「分かったから揺らすなぁ!」

 

 鯰尾と長谷部のやり取りを見て歌仙が「早くしないと冷めるよ」と声をかけながら食卓の椅子に座る。一期も勧められて着席する。しばらくして、ようやく長谷部と鯰尾が着席すると、歌仙が手を合わせた。

 

「それじゃあ全員で、いただきます」

「いただきます」

 

 掛け声が終わると同時に鯰尾、獅子王、長谷部が勢いよくガトーショコラにがっついた。「行儀が悪い!」と歌仙が叱る声も聞こえていないようだ。

 

「あー、減り切った腹に甘味が沁みるー……」

「やっぱりおいしいですねえ……」

「うん、洗練された洋菓子はいいね」

 

 ほう、と獅子王、鯰尾、石切丸から息が漏れる。一期もフォークでガトーショコラを掬い、食べてみた。しっとりとして、とても重厚な甘味が広がる。少しの苦味もアクセントとなり、食べる手を止めさせない。それは長谷部も同じだったのだろう、彼の皿はあっという間に空になった。

 

「……ごちそうさま!」

「長谷部早っ!」

「しっかり噛まないか、長谷部!」

「長谷部、俺っちの分も食うか?」

「薬研は甘やかさない!」

「いやだって、俺は十分食べたし」

「薬研、甘味あんまり食べないよね」

「薬研さん、午前中に煎餅をたくさん食べていたからねえ。お腹もそこまで減ってないんだろう」

「ちょ、石切丸!」

「……煎餅が丸々一袋無くなってたのはそのせいか。薬研、今晩の夕餉は減らすからね」

「後生だ、やめてくれ! 腹減って眠れなくなる!」

「煎餅一袋とか、さすがに間食にしては食い過ぎだろ。……あー、うめえ……」

 

 賑やかで、明るい食卓。ガトーショコラを口に運びながら、一期はその雰囲気を楽しんでいた。まるで、どこかのありふれた家庭の一幕のようだ。歌仙は額を押さえていたが、一期に向き直り尋ねる。

 

「一期、どうだい? 洋風のものだけど、なかなかおいしいだろう」

「ええ、とても美味しいです。そして、楽しいですね」

 

 一期が心からそう告げると、歌仙は微笑んだ。

 

「そう言ってもらって何よりだよ。いつもこんな風に騒がしくて、風流の欠片も無いけれど、これはこれでいいものだ」

「歌仙、おかわりはないのか!?」

「歌仙頼む、夕餉を減らすのだけは勘弁してくれ!」

「獅子王さん、食べ終わったら長谷部さんも交えてげーむしません?」

「おっ、いいな! 何やる? 対戦げーむなら負けねえぞ!」

「私も観に来ていいかな」

「君たち、静かにしないか!」

 

 しっとりしたムードはすぐに消え去り、騒がしさが戻ってくる。一期は、今度こそ笑い声を漏らしたのだった。

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