「……女、まだ倒れないのか」
三日月が驚愕の表情で刀を握っている。目の前にいる狐面は、足を縺れさせながらも立っている。
腕と脚には切り傷がいくつもついている。胴には辛うじて傷が入っていないが、それでもこうして立ち向かってくるのは恐るべき事だった。
「ふ、ふふ。神の前で、膝をついている訳にはいかないでしょう」
ふらりとよろめきながらも、まだ戦うつもりでいる狐面。手にあった脇差を消して、薙刀を出現させる。
「まだ私は神を打倒していないのよ。なのにへばっているようじゃ、私の心が許さないわ!」
薙刀を振り下ろす狐面に、殺す選択を取らねばなるまいと三日月は思考を巡らせる。話を聞き出せなくなるのは残念だが、それならば脳内を読み取ればいいだけだ。
再び向かい合った直後——天井が崩落して、瓦礫が二人の間に降り注ぐ。
戦いの影響か、と思っていると、遠くで狐面がつまらなさそうにぼやいた。
「あら、もう終わり? 全く、傲慢な神のせいで大事な所を見逃しちゃったじゃないのよ。でもまあいいわ。
「女、何を」
言っている、と言いかけた刹那に、筒状の黒い何かが三日月の五歩前くらいに放り投げられる。
「さようなら、傲慢な神。次に会った時は必ず殺すわ」
カッ、とその場に閃光が放たれる。即座に兵達が守ってくれたが、それでも微かな光と音は三日月の五感を揺さぶった。
衝撃が落ち着いてから目を開くと、そこにあるのは瓦礫の山だけだった。当然、人影などどこにもない。
「……む? 人影?」
人影。それは例の黒いヒトガタの事だったか。それにしては、戦装束に斬られた跡が大量にあるのは変だ。いや、反逆隊が用意した物が強かった可能性もある。
思案している内に、
『三日月、大丈夫か!?』
「おお、主。いや、
「……は? どうしたんだ? もう戦闘は終わっていると連絡があったが、お前さん何をしていた?」
「……何だと?」
認識のずれがある。それを悟った雲霄の審神者は、解決次第すぐに検査をしよう、と強張った声で告げた。
***
「ねえ、もう帰れるんだよね?」
「怖かった……怖かったよぉ……」
「しばらくここには来たくないな……」
子供達が、怯えながら江雪の後ろに固まっている。江雪は彼等を宥めつつ、鶯丸の話を聞いていた。
「引き続き、滑莧園の者はお前の所で預かってもらう事になるが……三人はどうするか」
「ツクシさんが審神者、二振りが彼女の下へ配属という事でいいのではないでしょうか」
「今はそれしかないよなあ……」
「貴方も大変ですよね、これから復旧に会議でしょう? 中枢の建物が崩壊寸前な今、会議する場所にも困るでしょうし……」
「まあ、何とかするしかないさ」
冷静な二振りをよそに、その背後では大人気が全くない大喧嘩が繰り広げられていた。
「んだと、もう一遍言ってみろ!!」
「貴様の足りない頭では説得など不可能だと言っているんだ。俺の考えた文面にケチをつけるくらいだ、分かりきっていた事だったがな」
「だからってここまで腹立つ物言いするか!? その言い方じゃ逆効果だって言ってんだ、テメェの神経逆なでしかしない文面よりも俺の作った奴の方がマシだろうがよ!」
「貴様の文面の方がマシ? 冗談は休み休みでも口にするな!」
「テメェの性悪の方が冗談染みてんだよ!」
蒼穹の審神者と氷雨の審神者の言葉による応酬に、山姥切と蜂須賀は呆れ切った顔をしている。それを見つめて、雲霄の加州達は太鼓鐘の頭を撫でた。
「お前はあんな風になるなよ……」
「なあ、あれ本当に止めなくていいのか?」
「止めに入ったら加熱するだけだと思いますよ……」
「うむ、すぐ側に山姥切殿達がいるのだから、二振りに任せるべきである」
「それはそうとして、本当に体調は大丈夫だな?」
「おう、元気元気。何とかなってよかったぜ」
「決して無理はするなよ、まだなりたてなのだからな」
「分かってるって!」
「おーい、加州。少し確認したいことがある、こっちに来てくれ!」
「今行くー」
そうして歩き去った加州を横目で見やって、秋田と物吉は空を見上げる。
「何とか終わってよかったです」
「はい。……死者も出てしまいましたが」
「そうですね……こうした襲撃を行う以外に方法はなかったのでしょうか……」
「せめて、彼等の安息を祈りましょう。僕達に出来るのは、多分それだけだから」
「ええ」
手を組んで祈るふたりを見守りつつ、一期は何もない腹をさすりながら鶴丸に問いかける。
「大包平殿は、まだ機械制御室ですか?」
「ああ、不備の確認をしているらしい。子供達とあの長谷部のおかげで大分修復されたとはいえ、まだ残っている箇所があると言っていたな」
「大変なのですね……」
「まあ数日くらいは制御室の奴等、寝る時間もないだろうなー……頑張って欲しい所だ」
そんな二振りを遠巻きにしている春光隊と小夜と五虎退に、忍び寄る影が四つ。
「よーう、今回の協力者諸君!」
「わあっ、次郎さん!?」
「フフフ、話に聞く通り、とても仲睦まじいようだねえ。今回君達の協力がなければ、事態を収められなかったよ」
「ああ、ありがとう……近すぎないか?」
「獅子王、小夜左文字、五虎退。機械制御室の防衛をしたそうだな。少し話を聞かせてもらいたいんだが」
「え、ええと……」
「……僕は構いませんが」
「俺もいいぜー。いやあ、改めてみるとやっぱりうちのとは違うなあ」
「僕にとっては、貴方達春光隊の長谷部さんこそ不思議ですが」
「まあそれも個性だ。そういうのもいると知ってもらえるだけでも、こっちとしちゃありがたいぜ」
「そうだねえ。氷雨の小夜さん、後でまた厄がないか見せてくれ」
何だかんだで盛り上がっている一角から距離を置き、春光の長谷部はそわそわと体を揺らす。すると遠くから、こちらに向かってくる人影が手を振っていた。
「ごめーん、お待たせ!」
「ふいー、さっぱりしたあー」
「ツクシ、愛染、お帰り」
トイレに行っていたツクシと愛染に、春光の長谷部が答える。まだ気を張っている様子のふたりは、どこに行こうかと悩んでいるようだ。春光の長谷部はこっちで話をしよう、と手を上げかけた。
その時だった。——ツクシと愛染の背後に、大きな影が映り込んだのは。
周囲を見る。誰も気が付いていない。そして距離的に、ふたりを庇えるのは長谷部ひとりだった。
地を蹴って、刀を出す。久々に出現させた気がする。鞘から何とか刀身を引き抜き、ツクシ達の背後に向かって刃を振るう。
現れたのは、検非違使のレプリカ。ぎょっとしたツクシと愛染に傷をつけないように、懸命に長谷部は刀を振った。
「——長谷部さん!!」
鯰尾の悲鳴が響いたと同時に、長谷部とツクシ、愛染は大きな空間の裂け目に飲み込まれた。三つの影は、もうその場に残っていない。
「スズを奪った最悪な世界に」
「母様を引き離した劣悪な世界に」
「——この素晴らしき恵まれた者の世界に、俺達の呪いあれ!!」
怨嗟に満ちた高笑いがこだまする。死者の悪意によって引き起こされた緊急事態に、誰も口を開けない。
一期は唇を震わせて、呆然とその場に立ち尽くしていた。
引き続き最終回まで駆け抜けます、よろしくお願いします
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