20-1「希望の為に」
「長谷部さん!!」
「くっ、次郎さん放してくれ!」
「畜生、最後の最後で……っ!」
「お小夜、手をどけてくれ! このままじゃ……!」
「何で、何で長谷部がここまで恨まれなくちゃならないんだ!!」
春光隊の長谷部が愛染とツクシと共に消えてから、春光隊の面々は悲痛な声を上げながら建物内へと駆け出そうとしていた。しかし、それを必死に止めているのが数振りいる。
「馬鹿言うんじゃないよ、当てもなしにあの崩壊寸前の建物をうろつこうってのかい!? アンタ達も押し潰されるのがオチだ、今必死に居場所を探してるんだから落ち着きなよ!」
「そうです、貴方達は互いに大事にしているんでしょう!? なら彼も、貴方達が傷付くのを恐れているはずです!」
「どうか頭を冷やされよ! これ以上被害者を増やす訳にはいかん!」
「本当に、今の建物内は危険なんです! どうか冷静な判断を……!」
探す探さないの押し問答が繰り広げられる中、蒼穹の一期は顔面蒼白になって立ち尽くしていた。
——何故、何故こんな事に……。
長谷部達が裂け目に呑まれた時、黒い影は長谷部を中心に呑み込もうとしているようだった。それは、あの狂った声達が長谷部を害そうとしていた証に他ならない。
何故なのだ。春光隊の言葉を聞く限りでは、長谷部に何の関わりもなかったはずじゃないか。どうして、あそこまで彼が傷つけられなければならないのだ。いや、それを考えている暇はない。早く動かなければ、早く助けなければ、長谷部までもが死んでしまう。ああでも、何をすればいい? 事態を動かす力のない自分が、いったい何を出来るというのか——
「——しっかりしろ一期一振ィっ!!」
ばしり、と両頬を叩かれる。痛みに顔を上げると、いつの間にか眼前に真剣な眼差しをした今の主——蒼穹の審神者がいた。
突然の事に呆然とする一期に、蒼穹の審神者は一喝する。
「何をそんなに怖気づいてやがる? お前さんは俺よりずっと賢くて、強くて、行動力がある! かつてあの江雪さんを、俺の反対を押し切ってまで助けに行ったお前さんだ。今回だって助けに行くのがお前さんだろうが!」
滅茶苦茶だ。無理がある。だって一期は普通の刀剣男士だ。今も身内である春光隊ですら探すのを止められているのに、完全なる部外者である自分が行けるはずがない。
けれど。己の認めた審神者は更に叫ぶのだ。
「友達を助けるのに友達である以外に理由はいらねえ、そう教えてくれたのは一期、お前さんだろうが! なら今回だって理由はそれだけで充分だ! どんなに立派じゃなくてもお前さんの今の主は俺だ、まだ迷うならその俺が命じてやる! ——お前さんの友達を助けに行け、一期一振!!」
本当に、出鱈目な言い分だ。限界もしがらみも何もない、己の心のままに動けと言われているのだ。
いい子の理性は言う、止めた方がいい、上の救助を待てと。
けれど、身勝手な感情は叫ぶ。私は——
「……かしこまりました、主」
発した言葉と共に、急速に思考が回り始める。
自分に何が出来る? 今の自分の持ち札は一体何なのか。一体何枚あるのか。
コンディションは万全、現在の建物の状況を確かめ、そして自分の知恵を振り絞る。
建物は相も変わらず崩壊が進んでいる。が、中を進めない程ではない。居場所をはっきりとさせて真っすぐに向かえば、無事に帰れるだろう。
ふと、目の端にこちらを呆然と見やる蜂須賀の姿が映る。脳裏に浮かんだのは、かつて列車内で見せてもらった——
大股の急ぎ足で蜂須賀のもとまで歩み寄る。ぎょっとしている彼に、一期は声を張り上げた。
「蜂須賀殿、壊れていたという機器はお持ちですか!?」
「えっ、ああ、うん。持っているよ」
「見せて頂いてもよろしいですか?」
「うん、構わないけど……」
はい、と差し出された機械を手に取り、必死に操作する。機械は修理されていたが、幸いにも履歴は残っていた。慣れない手つきでボタンを繰り返し押す。焦りで何度か間違えそうになったが、何とか履歴を遡る。
そして、ある文字列を見つけた一期はその手を止めた。
「十月末、地点は鷲ノ原……これだ!」
それは、かつて事件に巻き込まれた際に長谷部と行った通信の記録だ。それが残っていたのに心から安堵しながら、しかし一期はふと思い返す。
手掛かりを見つけたはいいものの、この後どうするべきか分からない。機械の勉強をして来なかったツケが、ここで回ってきてしまった。
思わず顔をしかめて、歯噛みする。大きな手がかりを見つけたのに、あと少しで助けに行けそうなのに。自分の力不足で、諦めなければならないのか。
「貸せ、一期」
ひょいと、横から機械を取り上げられる。へ、と間の抜けた声をよそに、手慣れたように機械を操作する鶯丸は真面目な顔だ。
自分の端末を取り出し、空中に画面を映し出す。しばらく捜査してから一つ頷き、鶯丸は一期に微笑んだ。
「長谷部の居場所を特定出来た。俺が誘導するから、一期は早く長谷部を助けに行け」
「え、あの……え?」
「どうした、早く助けたいんだろう? まあ何、お前がそうも必死になっているんだ、手を貸してやりたいと思うのが当然だろう」
呆気なく許可を出されて、とっさに反応出来なかった。こうも反対されているのに、独断で出されただろうゴーサインに従っていいのかどうか。
当然ながら、側にいた加州がぎょっとした表情で鶯丸の肩を揺する。
「何言ってんの!? こんなに崩壊が進んでる中に行かせられないよ! 後で後悔するのは鶯丸だよ!?」
「その通りだ。それに、独断で出された許可を認める訳にはいかない。せめて主の判断を待った方が——」
「一期、受け取れ」
蜻蛉切の説得をよそに、鶯丸は一期に小さな箱を差し出した。思わず受け取ると、彼は一期の背中を軽く押す。
「手入れ資材一式だ。ここに来る途中で救護室から拝借した。恐らく長谷部は怪我を負っているだろうから、急いだ方がいい」
「え、でも……」
「俺も春光隊の長谷部に興味があるのでな。物吉の件で恩もある。……死んでしまえば話す機会も失われてしまう。だから、お前が後悔をしない選択をしろ、一期」
逡巡したのは一瞬だった。唾を飲み、一期は建物へと走り出す。背後からは鶯丸に詰め寄る加州達の声がした。
「ああああ、もう、勝手に行けって言っちゃって……! 主に叱られても俺知らないからな!?」
「細かい事は気にするな」
「今回ばかりは細かくないぞ、鶯丸殿……」
足を止めようとする理性をねじ伏せ、一期は廊下を駆け抜ける。点在する瓦礫を避け、落ちてくる欠片をかわし、建物内を進む。
『一期、聞こえますか』
端末から声が聞こえる。それは、いつもならゆったりとした物であるはずの、友の声だった。
『……ありがとうございます。貴方が動かなかったら私が動いていたでしょう。子供達を見ていなくてはいけないというのに。……褒められた事ではないのでしょうが、お願い致します。どうか、どうか子供達と子供達の恩人を頼みます』
『一期さんお願い、三人を助けて!』
『突撃しかねないくらいタイガが凄く焦ってるんだ、頼んだぞ!』
江雪の横から話しているのだろう子供達が、口々に一期へと望みを託す。一期はそれに一言だけ返してから、曲がり角を曲がった。
「必ず、助けます」
***
端末画面内のアイコンが、まだ先は長いのだと教えている。一期は画面を見つつ、足を動かす。
もう職員が誰もいない建物内は、軋む音と瓦礫を踏む音しかしない。それも次第に大きくなり、みしみしとした不穏な気配もしてくる。だが一期は足を止めない。足を止めれば、希望を断つ事になると理解しているから。
殺気を感じて咄嗟に足を止める。顔を上げると、複数の大太刀が荒く息を吐きながらこちらを睨み付けていた。
こんな時に。舌打ちしたくなる気持ちを抑え、柄に手をかける。正に刀が抜き放たれようとしたその時、背後からまた別の気配が迫る。
白い翼を広げたように、袖がふわりと宙を舞う。大太刀の一体が断末魔を上げて崩れ落ちる。
「鶴丸、殿」
「よっ、追いついてよかったぜ」
一期の隣に、鶴丸が並び立つ。強気に笑う鶴丸は振り向いて手を持ち上げた。
「どうして、ここまで」
「君の主も言っていただろう? 友達を助けるのに理由はいらない、ってな」
そう言って、また鶴丸は鋒を前に向ける。そして床を強く踏み込むと、また一体大太刀の胴を一閃した。
「あの長谷部と、俺も友達になりたくてなあ。ああして誰かの悪意に晒されて死ぬには余りにも惜しい。だから俺は、ふたりの友達を助けようとしている訳だ」
「いや、ですが、審神者殿から止められなかったのですか?」
「君が言うのかい? ちゃあんと説得して来たさ。最終的には『お前のやる事を止められると思った俺が馬鹿だった』と言ってくれたぜ」
「それ、諦められてません……?」
「そうとも言えるなあ」
鶴丸はけらけらと笑いながら首をかしげる。くすぐったい嬉しさ半分、呆れ半分で一期が見つめると、鶴丸は微笑みながら見つめ返した。
「という訳で、ここは俺に任せてくれ」
「え?」
「いやあ、これ一度は言ってみたかったんだよなあ。……と、そうじゃくてだ。このままじゃ長谷部が危ない。俺が敵を引き付けるから、君は早く長谷部の所へ向かえ」
「え、ですが、この数ですよ!? いくら何でも無茶では——」
大太刀はまだ、一部隊くらいはいる。そのどれもが戦意を滾らせてこちらを見ている。常の一期ならば、絶対に取らない選択だった。
しかし鶴丸もまた、あくどい笑みを浮かべて大太刀を見据える。
「なあに、俺も不完全燃焼だったんでな。むしろ丁度いいくらいさ。——こいつらには、存分俺の相手になってもらうぜ」
さあ、早く行け。そう強く告げられ、一期は後ろ髪を引かれる思いで駆け出した。
後に残ったのは、天井をぶち抜く程大きな大太刀と、笑みを消した真っ白い太刀。
「……俺だってな、思う所がない訳じゃないんだ」
唸り声しか返さない相手に、鶴丸は険しい声でそう告げる。
「だって、なあ。俺の人としての経験が足りないせいで、俺は小さな子供を殺しちまったんだ。仕方のなかった事とはいえ、胸糞悪いに決まってる」
頭を掻き毟る白い太刀などお構いなしに、大太刀は刃を振るう。しかし振り下ろされた先に太刀はおらず、気が付いた時にはその大太刀の首と胴は離れていた。
「そんな中で、友達が前を向いて新たな友達を作ろうとしている。それは寿ぐべき事だが——少しばかり寂しいんだ」
宙を舞う鶴丸は、さながら本物の鶴のようだった。白い戦装束をふわりと広げ、刃を電光に煌めかせれば、見とれたように大太刀が動きを止めた。
「あいつが友達になりたいと願う相手だ、俺だってきっと好ましく思うんだろう。だが今ばかりは、その寂しさに身を委ねたい。苦しい葛藤に、新たな友が増えるかもしれない高揚感と、少しの妬み。——俺の感情のぶつけ場所として、付き合ってもらうぜ」
ギャオオオ、と大太刀が怒り狂って吠え立てる。鶴丸は大太刀のいない場所に着地すると、体を反転させて刀身を翳して見せた。