空隙の町の物語   作:越季

165 / 167
20-5「きっと未来は(前)」

 蒼穹隊と氷雨隊。裏切り者を所有していた二つの本丸は、政府より厳しい目で見られる事となった。

 刀の心を御しきれず、裏切りを阻止できなかった、と。

 だから、その二つの本丸は成す術なく処罰の日を待つ——

 はずだった。

 

「いやあ、思ったより軽く済んでよかったなあ」

「本当に……審神者連合の皆様には感謝してもしきれませんね」

「俺は蒼穹のも氷雨のも人柄を知っていたから無罪であると分かっていたが、他の人間はどう思うか分からないからなあ」

「……解体の危険もあったでしょうし、本当に軽い罰で済んでよかったです」

 

 大きな宴会場は、酒に浮かれているものが多くいる。そんな会場の隅の方で、四振りはそう囁き合っていた。

 蒼穹の審神者の怒りに狂った率直な文面と、氷雨の審神者の皮肉に塗れてはいたが堅い文面を足して二で割ったような嘆願書。そして、じわじわと噂を広めた事によって集まった審神者からの批判。その二つが、蒼穹氷雨両本丸の罪を軽くする決め手だった。

 ——政府は彼等の落ち度で傷付いた刀剣のケアを一般的な本丸に押し付けた挙句、その刀が裏切ったら本丸のせいにした。審神者達には、そんな噂を流したのだ。

 当然、審神者達は荒れた。刀達を愛する審神者からは政府への憤りを、保身に走る審神者からは刀を返却しようとする動きがあった。その中間的な性質の審神者達も、政府のやり口に憤り、痛烈な批判を行った。

 政府は噂を沈静化しようとしたが、怒り狂った審神者達がそれを許さない。噂は小火から大きな焚火、そして町を包む業火に変わった。流石に代償なき沈静化は無理だと悟った政府は、二つの本丸の罪を軽くして見せる事でどうにか審神者達の気を収めようとしたのだった。

 まあ、政府要人も沢山殺害されているのだ。その中で上手くやった方ではなかろうか、というのが四振りの見解だ。

 

「そういえば、政府中枢の建物は修復中なのですよね?」

「ああ、まだ本格的な運営再開までには時間がかかりそうだ。財務部の博多が『金は無尽蔵に出とう訳やなか!』と頭を抱えていた」

「ああ、それは……」

「ご愁傷さまだなあ……」

 

 近くの席からまたわあっと歓声が上がる。どうやら誰かが宴会芸をこれから行うらしかった。やんややんやと囃し立てるひと達の声に埋もれないように、声量を少しだけ上げる。

 

「まあそんな中でも、被害者遺族への補償と慰霊碑建築の予算は通したようだぞ。流石に、政府職員に死者をあれだけ出していたらなあ」

「完成したら参拝いたします」

「ですね……せめて安らかに休めるように祈るしか出来ないのが歯がゆいですが」

「献花は絶えないだろうなあ」

 

 少し音痴な歌声が遠くから響く。手を叩いて音頭を取っているひとびとをちらりと見つめて、鶴丸はふと呟いた。

 

「そういやさ、あの時君の所の三日月来なかったよな? 来そうな物だったのに、まさか他の場所に出ていたのか?」

「……内密にしてくれよ? あの時確かに三日月はあそこに来たんだ。だが、何者かに妨害された形跡があってな」

「妨害、ですか? あの三日月を?」

「ああ。だが明確な証拠がない上に、その形跡もどんどん消えていると来た。……俺としては、妨害者はほぼ奴等じゃないかと確信しているんだがな」

「……」

 

 一期も、なんとなく情報屋の彼女等の仕業ではないかと感じていた。春光隊の話を聞いただけで只者ではないと思えたのだ、そんな行動を起こしていても不思議でも何でもない。

 目の前に料理がコトリと置かれる。顔を上げると、キャスケット帽を目深に被る少年がふいっとそっぽを向いた。覚えのある気配に首をかしげる一期に、少年の隣にいた女店員——ハルカが、にこりと微笑みかける。

 

「どうも、一期さん。慰労会はいかがです?」

「……ハルカさん、どうも。楽しんでますよ、程々に」

 

 相変わらず、こうして見ているとただの女店員だ。この毒気のない様子から一転して、言葉の刃を突き付けてくる可能性があるのだから油断ならない。

「ふふ、あの事件に関わった方々はほぼ全員参加されていますからね。政府がお金を出して楽しめと言っているんです、精一杯楽しまなくちゃ損ですよ?」

 

 ほらあそこでも、とハルカが指し示す。

 体格のいいショートヘアの女性が、五虎退と飲み比べをしている。周囲には酒瓶が散らばっており、彼女等の飲んだ量が窺えた。囃し立てる地味な格好の人間達と赤い短髪の太刀も、顔が赤い。

 またある所では、氷雨の蜂須賀に話しかけている蒼穹の秋田と雲霄の物吉がいた。三振りは至極穏やかに話をしているようで、全員優しい笑みを浮かべている。

 

「お兄様、まだ話は済んでいませんよ?」

「ゆ、夕立、頼むからそれは後にしてくれないか、こうしている内にあの馬鹿者が来て——」

「やーい夕立ちゃんに叱られてやんのー! 大事な妹に呆れられる気分はどうだよ、氷雨の野郎!」

「夕立ちゃんなどと妹を呼ぶな、穢れる! 夕立こいつから三メートル離れろ、馬鹿がうつるからな」

「あぁ!? テメェの頭でっかちの方が重症だろうが!!」

「貴様の低能が公害並だと言っているんだ!!」

「お二人共、周囲の迷惑になりますのでお静かに」

「……すまん」

「ご、ごめんな夕立ちゃん」

 

 ……見苦しい喧嘩をしている二人の事は、頼もしいあの少女に任せよう。一期は見ないふりをして別の方向へと顔を向ける。

 

「一期さん、こんばんは!」

「ツクシちゃん……いえ、秋霜殿。こんばんは」

 

 少女と刀剣男士四振りが、一期のもとにやってきた。さりげなく離れた女店員は気にしない事にして、少女に向き直る。

 

「別に前みたいにツクシでいいよ、一期さん。丁寧に話されるとちょっと悲しいから。……どう? 楽しんでる?」

「それでは失礼して。……うん、料理も美味しいし酒も程々にしているよ。ツクシちゃんは正式に審神者になったんだよね、やっぱり大変かな?」

「大変だけど、皆がいるから平気だよ! ちょっと書く物が多くて頭こんがらがりそうだけど」

「主、僕に任せてって前から言っているのに」

「あるじさま、ここ最近ずっと夜遅くまで仕事をしているので心配なんです……」

 

 ツクシがまずい、という表情を浮かべる。背後の赤と白の二振りがツクシの肩をがしっと掴み、迫力のある笑みを浮かべて言った。

 

「ツク……あーるーじー? 夜更かしは厳禁だって前から言ってるよなあ?」

「主さん、こうなったら見張りをつけてやるからな。寝るまで監視するから覚悟しとけよ?」

「うわあああっ! こうなるからバレたくなかったんだよー!」

「あっ、待てツクシ!」

「逃がすかあっ!」

 

 脱兎の如くその場を離れるツクシの後を追いかけようと愛染と太鼓鐘が駆け出す。あわあわと彼等を追う五虎退がいなくなったのを確かめて、小夜は口を開いた。

 

「あの、一言だけお伝えしたい事が」

「どうしました?」

「——ソメゴロー達と友達でいてあげてね、()()()()

 

 そう言って小夜は一礼し、足早に追いかけていった。ぽかんと開かれた口は、次第に笑みの形に変わる。

 そういえば、とふと思い至る。何故彼等は、江雪に話しかけなかったのか。江雪のいる方向を見ると、彼は男性店員の顔を見て目を瞠っていた。

 

「……ほんとう、ですか」

「はい、送迎の者が玄関で待機しています。……澄清様から伝言です、『よく頑張ってくれた、本当にありがとう』と」

 

 ガタン、と江雪が立ち上がる。そうして宴会場の外へ出て、あっという間に姿を消してしまった。

 

「……澄清のが目を覚ましたか」

「吉報だなあ。これから澄清隊も賑やかさを取り戻すか」

「ああ。秋霜隊のいい支援者になってくれそうだ」

 

 笑い合う二振りの会話で、一期は江雪の冬が終わった事を悟る。

 心から友に訪れた吉報を喜びつつ、コップの中にあるビールを呷った。

 

「一期、飲んでるかあ」

「山姥切殿……と『私』?」

「こんにちは、蒼穹の『私』」

 

 赤ら顔になっている蒼穹の山姥切と、氷雨の一期が並んで立っている。ちらりと視線を後ろへやると、案の定鶴丸の顔は険しくなり始めていた。

 

「たまたま近くの席になりまして、話が盛り上がっていたんです。ですが少し酔いが回り始めたようで、そちらにお返ししようと」

「は、はあ」

「そちらの山姥切殿は本当に素晴らしい方ですね、流石は一振り目の刀。うちの感覚麻痺衝撃探求アホウドリと交換して欲しい物です」

「おい誰が衝撃でしか反応出来ないだって?」

 

 脳内であーあー、と声を出しながら額を押さえる。鶯丸は料理を摘まんでいて、介入する気配すらない。

 

「本当の事でしょう? 衝撃を与えなければ反応出来ない、正に感覚麻痺ではないですか。別の言葉を用いないだけ温情だと思って頂きたいですね」

「君の方が弟以外に反応を示せない感覚麻痺じゃないか。周囲に目を配れないのは戦場では命取りだぜ? 何ならここで試してやろうか」

「ご心配なく、戦果はきちんと挙げていますよ。ただ、貴方のような痴呆ボケ老人を相手取るのが嫌なだけですので」

「はっはっは、言いやがるな。——表に出ろ、小児趣味が!!」

「お相手致しましょう。——二度と徘徊出来ないようにして差し上げますよ」

 

 すぐさま戦装束に身を変え、二振りは宴会場の外へと飛び出す。頭を抱える蒼穹の一期に、のんびりと鶯丸が肩を叩く。

 

「気にするだけ負けだ、一期。あの二振りはあれが会話手段なんだ」

「随分物騒な会話手段ですね……」

「ああなったら放っておくのが一番だ。巻き込まれただけ損をする」

 

 やれやれ、と言わんばかりに首を振る鶯丸。頭痛が酷くなった気がして一期は項垂れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。