空隙の町の物語   作:越季

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20-6 【終】「きっと未来は(後)」

「……あんたは、本当に他本丸に友達を作ったんだな」

 

 ふと落とされた言葉に、一期はぱっと顔を上げる。山姥切が、酒瓶を抱えつつこちらを見ていた。

 

「正直、何というか、必要性を感じないのに何故、と思ったんだ。本丸内で事足りるのに、わざわざ外へ行く理由は何なのだろう、と。……でも、今までのやり取りを見て思った。あんたは、本当に友達を大事にしているんだな」

「そう、ですね。全員、大切な友達です」

 

 しっかりと頷き、一期は笑う。目を瞬かせた山姥切は、瞼を伏せてぽつりと呟いた。

 

「……俺にも、出来るだろうか。あんたと鶴丸達みたいな友達が。心を交わし、互いを高め合える、そんな友達と出会えるだろうか」

 

 返事をする前に、山姥切はぱたりとその場に倒れて寝息を立て始める。一期は自分のジャージを掛けてやりながら、静かに囁いた。

 

「きっと、出来ます。出会えます。山姥切殿なら」

 

 背後から、複数の気配が歩いてくる。鶯丸がそちらを向いた様子がして、一期も視線を上げる。

 

「はーい、追加料理お待ちー!」

「おっ、酒も空だな。酒瓶も交換するか」

「腕によりをかけたからね、どんどん食べてくれ」

「くれぐれも飲みすぎるなよ、いち兄。酔っ払った時の話は聞いているからな」

「おや、山姥切さんは眠ってしまったのか。後で運んだ方がいいだろうね」

「……」

 

 春光隊の面子が、調理白衣を身に纏って料理を運んできた。次々に料理の乗った皿を並べつつ、空になった皿を引き取っていく。

 長谷部がじっとこちらを見ているのが気になったが、まずはそれを置いておいて一期は穏やかに笑いかけた。

 

「春光隊の皆様、こんばんは。従業員としていらしていたのですね」

「うん。客として招かれたんだけど、流石にね。どう、美味しい?」

「美味しいよ、ありがとう」

「歌仙が監修してるからな、そりゃ美味いだろ!」

「そう言われると照れるけどね」

 

 気恥ずかしそうに頬を掻く歌仙の背中を叩く獅子王。次々と新たな料理を置かれ、一期は春光隊の心尽くしを頂こうと箸を動かす。

 料理の中に海老が入っていて、ぷりぷりと旨味が口の中で弾けた。

 

「一期」

 

 長谷部が、口に手を添えている一期に向かい合う。中の物を飲み下し、一期は目を丸くした。

 長谷部が、何かを決意したようにこちらを見ている。

 

「……後で、話がある。時間は取れるか?」

 

 真剣な表情を向けられ、思わず首を縦に振っていた。春光隊の面々は、と見てみると、彼等は微笑ましい物を見るように温かい笑みを浮かべていた。

 

「よーし、じゃあ仕事を続けようぜ!」

「これで一月は余裕で暮らせるんだからいい仕事だよなあ」

「そうだ、鶯丸。君とも少し話したいんだけど、いいかな?」

「構わないぞ。色々と語りたい事もあるしな」

「山姥切さん、別室に運んじゃいます?」

「そうだね。料理はどうしようか」

 

 そんなやり取りをする中でも、長谷部はこちらを向いている。いよいよ何を話されるのか分からなくて、一期は不安を抱えながら首をかしげていた。

 

***

 

 ——スタッフルーム前で待っている。

 指定された場所へと向かう道中、一期は窓の外に丸い月を見た。欠け一つないその月は、雲一つない空を明るく照らしている。

 そうして綺麗な月を眺めながら、ふらふらと歩いていたのが悪かったのだろうか。

 

「……ここは、どこだ……」

 

 一期はどこぞの会場前で、呆然と佇んでいた。中からは賑やかな声が聞こえてくるが、一期がいた会場ではないのは分かった。

 いやこれ、絶対に呆れられるだろう。顔を覆い項垂れる一期の背後から、本当に呆気に取られたような声がした。

 

「……お前が方向音痴だったのを忘れていた」

「……本当にすみません、大事な話の時に……」

 

 振り返ると、既に長谷部は調理白衣からいつもの鳴狐そっくりのジャージに身を変えている。半目でねめつけられて肩を落としていると、クス、と声が聞こえた。

 

「ああ、お前は本当に変わり者だな。方向音痴の一期一振なんて、見た事も聞いた事もない。最初に会った時はは何だこいつ、と思った物だが」

 

 ……長谷部が、楽しそうに笑っている。おかしそうに笑っている。一期は目を見開く。

 それは、ずっと見たかった表情だ。友達になりたいと願った時からずっと、楽しそうに笑う長谷部と話してみたかった。

 そう祈っていた事が急に実現して、一期は呆けている。長谷部は表情を真面目な物に戻し、一語に告げた。

 

「どうせなら、歩きながら話をしよう」

「え、あ、はい」

 

 身を翻し、長谷部は歩き出す。その後を追って、一期も足を踏み出した。

 沈黙がしばらく続く。どこへ向かうのだろう、と思い始めた所で、長谷部はようやく口を開いた。

 

「……俺は、ずっと怖かった。誰かを信じる事も、信じて裏切られる痛みを味わう事も。だってそうだろう、俺は沢山の物を取りこぼし過ぎた。だから家族以外を信じない事にした——いや、家族さえも、最後の最後では信じられなかった」

 

 口を挟まず、一期は足を動かす。滔々と、淡々と、長谷部は振り向かずに話を続ける。

 

「親友も、恩人も、妹も、俺の手からすり抜けていった。最後は痛くて苦しい別れが待っていて、俺は泣く事になる。そうなるくらいなら、最初から持たない方がいいとすら思っていたんだ。……お前が現れたのは、そうして心が完全に固まる寸前だった」

 

 流れる水をただ眺めるように、長谷部は話し続ける。心の傷を、ただの事実のように静かに語り続ける。

 

「お前はずっと、俺と友達になりたいと言っていた。訳が分からなかった。こんなつまらない奴、どこがいいのか理解出来なかった。ただの好奇心で近付かれて最後には離れられるなら、それは反吐が出るくらいに嫌なことだった。だけど」

 

 ついに、建物の外へと出た。月明かりがぼんやりと、道中を優しく照らしている。長谷部の語りはまだ、終わらない。

 

「……だけど、お前は俺の手を取りに来た。刀を握る手をぼろぼろにしてまで、俺を助けたいと言った。そして、わがままを承知で、俺と楽しい事をしたいといった。……それが、本当に嬉しかったんだ」

 

 大きく開けた広場で、長谷部はようやく立ち止まった。一期も少し離れた場所で足を止める。

 振り返った長谷部の表情は、月によって輪郭を描き出し——

 

「……ありがとう、一期。俺を望んでくれて。最後まで、手を取りに行ってくれて。……きっと、俺はずっと、お前に礼を言いたかったんだ」

 

 ——泣きたくなるくらいに、穏やかな笑みだった。きっと春光隊は彼にこんな表情をさせたいが為に生きてきたのだろうと、そう確信出来る顔だった。

 一期も、そう感じられた。彼に平穏な笑顔を浮かべていて欲しいと、そう願う気持ちがあった事に気づけた。

 そうだ、友達の幸せを願う事なんて、当たり前なのだ。それを思い出させてくれた、やはり長谷部と友達になりたいと願ったのは正解だった。

 

「……私は、私の心のままに動いたまでです。本当に、礼には及ばないのですよ。でも、そうですね」

 

 精一杯の笑顔で、長谷部と向かい合う。そして一歩近寄ると、長谷部の手を優しく握り締めた。

 

「私は、貴方ともっと話したい。貴方ともっと絆を深めたいのです。楽しい事をして、楽しい話をして、楽しい時間を過ごしたい。もし返礼をして頂けるなら、私はそれだけで充分です」

「……はは、欲深だな」

 

 掠れた笑みを漏らす。長谷部は皮肉な言い方をしていても、表情は温和その物だった。

 

「お前といると楽しい時間を過ごせそうだ。でも、お前の望みはもう一つあるだろう。——お前の友達を俺と繋げたい。どうせそんな所だろう?」

「ふふ、読まれていましたか」

「そりゃあな」

 

 繋いだ手を、握り返される。それは本当に、涙が出そうなくらいに温かかった。

 

「なら、俺も一つ願いを出そうか——俺の家族を、お前の友達と繋げて欲しい。あいつらには、他者の風が必要なんだ」

「お安い御用です。きっと、三振りも喜びますよ」

 

 いい大人達がいつまで手を握っているのだろう——いや、一方は子供の魂を持っているのだけど——と頭をよぎっても、一期は手を離す気になれなかった。

 

「そうか。——良かった」

 

 ——一期の目には、勝気な笑みと幼い満面の笑顔、二つの姿が映っていた。その姿達を見ながら、一期は改めて願った。

 どうか、この縁がいつまでも温かいままであるように、と。

 

***

 

 これは、狭間の世界の物語。

 あるいは——未来と友達についての物語。




これにてこの物語はおしまいです、ありがとうございました
ハーメルンに投稿を始めてから2年と3ヶ月、完結できて本当に感無量です
この物語は貴方の心にどう響いたでしょうか?
感想欄で教えて頂けますと幸いです
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