「本当にお世話になりました。改めて、春光隊の皆様に感謝申し上げる」
「構わないよ、迷ったものを助けるのが僕らだ。帰り道、気を付けて」
「もうここに来ることがないように祈ってるぜ! その方が絶対いいからな」
「久々のお客様だし、もっと話したかったけれど。一期さん、一緒に食事が出来て楽しかったよ」
「歌仙、留守は頼んだぜ」
「それじゃあ、いってきまーす!」
長谷部以外の春光隊の面々が、一期を玄関まで見送りに来た。薬研と鯰尾は、本丸近くまで一期を送り届けることとなった。長谷部が出てこないのは、再び行っているハッキングチャレンジに夢中になっているからだ。歌仙は「長谷部に関しては、後で叱っておく」とため息をついていた。
ドアを閉め、薬研が一期を先導する。鯰尾は一期の背を守っていた。
「ありがとう、二振りとも」
「気にしないで、ここで迷ったら出られなくなっちゃうから」
「時空が乱れやすいからなあ。特に、俺たちの本丸がある周辺は」
「それはどういうことだ?」
「周りを見てみな」
薬研の言うとおりに、周囲を見渡してみた。少し離れたところに、先ほどまで一期がいた春光隊の本丸である一軒家が存在している。
いや、そこだけではない。古びた物から割と綺麗な物まで、周囲には家が点在していたのだ。外観がバラバラな家たちには共通点があった。明かりが点いている物以外は、壁に穴が開いていたり、屋根が無かったりと、どこかしら損傷しているのだ。明るい家だけではなく、暗い家からも何かの気配を感じる。森の中だからか、夕方近くだったからか、陽があまり差しておらず薄暗い。すぐに来た道を戻りたくなるような不気味さを感じた。
「行きは目を閉じていて気付かなかったが……森の中に、何でこんなに家が」
「時空のことはよく分からないけど、この辺りはあちこちの時代から家が流れ着きやすい場所らしいよ。ごーすとたうん? だったかな。そういうところの家が多いって」
「俺たちはここら辺のことを『家の墓場』って呼んでいる。政府もここまで来ることは少ないから、政府に疑問を持つ奴らの本丸やごろつきたちの巣窟になっているな。うかつに立ち入ればごろつきの餌食だ」
「お前たちは大丈夫なのかい?」
「言ったでしょ、俺たちは強いって。ごろつきぐらいなら返り討ちだよ」
えへん、と鯰尾が得意気に胸を張る。まあ切れ味には自信があるな、と薬研も言う。『大移動』がどれほどのものだったのかは一期には分からなかったが、氷雨の鶴丸たちが「たくさんのものが命を落とした」と言ったのだ。地獄に相応しいものであることは、なんとなく感じ取れた。それを乗り越えて残った彼らが強いことも。
「でも、大変だろう。お前たちなら軽々追い払えると言っても、ごろつきのいる中で生活するのは」
「まあね、確かに大変だよ。……でも、主を殺した奴らがいるかもしれない政府の下で生活する気は――」
「兄貴」
鯰尾の怒りがこもった言を、薬研が鋭く遮る。鯰尾もおっと、と口を塞ぐ。そうしてすぐに顔を上げ、謝罪した。
「……ごめん、いち兄に言うことじゃなかったね。政府も、よくやっているとは思うんだ。俺たちが、信じられないだけで」
「恨みを客人にぶつけないでくれ。俺だって、本当はまだ悲しいんだ。でも、それは客人とは関係ないだろう」
「そうだね、思わず口を滑らせた。今のは忘れて、いち兄」
主を殺した奴ら。その言葉に、どれだけの恨みがこもっているのだろう。想像してしまう。彼らは、今も森の中で、政府の行動を見極めている。政府への恨みを、敵側に寝返ってしまいたい衝動を抑える。それのなんと辛いことか。一期は、様々な思いを隠すように笑って見せた。
「……私は気にしていないよ。それよりも、お前たちに嫌なことを思い起こさせてすまなかった」
「それこそ気にしないで。俺たちが勝手に怒りを湧きあがらせただけだし」
「ああ。こっちの方こそ、こっちの事情に入り込ませるところだった。本当にすまない」
あまり、こっちに入り込まないほうがいい。そう告げる二振りに、あの食卓での楽しい光景を思い浮かべて、一期は少し寂しさを覚えた。
*
森の中を歩きながら、一期は空間の裂け目に視線をやる。
「空間が時々裂けるように別の景色が映っていたのも、時空の乱れかい?」
「そうだね。そこに触れたら、
「あっちって、まさか冥界とか……?」
伸ばしかけた手を、慌てて引っ込める。その様子を見て、薬研が豪快に笑った。
「あー違う違う。あっちって言うのは、様々な時代の現世だな」
「ん? ここが現世なのではないのかい?」
「あー、そこからかー……まあいい機会だし、俺たちなりの時空と戦いの話をするよ」
――二十二世紀。海外で異空間が発見されたことにより、世は時空開拓時代となった。日本も例外ではなく、所謂『あっちの世界』と呼ばれていた異空間を切り開き、新たな町を開拓していった。
しかし、問題が発生した。異空間に住む者と元の空間にいる者の歴史の認識にずれが起こったのだ。調査を進めた結果、異空間から歴史に干渉しようとする動きが観測された。政府も対応しようとしたが、時空移動に耐えられる人間はほとんど存在しなかったのだ。
そこで、政府は別の研究に利用していた『付喪神』に着目した。『付喪神』は、時空移動に耐えられ、しかも武器のそれは無法者の強力な対抗手段となった。政府は『付喪神』の顕現を行え、時空移動に耐えられる存在『審神者』を、高い給金と配偶でもって異空間に呼び寄せた。
そして審神者の協力を行った企業には、政府からの強力なバックアップがついた。それに釣られ、次々と企業が審神者の住む異空間に進出を開始、町は大きく発展していった。
だが、異空間にはまだまだ謎が多い。その一つが、森の中で頻繁に起こる時空間の乱れである。春光隊の彼らは、時空を無理に切り開いた影響なのではないか、と言う考えを示した。これが正しいわけではない、と言う但し書き付きだが。
「もしかして、神域と呼ばれる場所も切り開かれているのかい?」
「そことかさっき言ってた冥界とかは、空間の異物を弾き出す力が大きすぎて開拓は実質不可能だ、って言う結論が出ていたと思うが……まだ政府は諦めていないだろうな」
「資金とかはどうしているんだろうね。金だって有限だろう?」
「なんか審神者の技術をちらつかせてるらしいよ。外つ国でも歴史の改竄が増えていて、高いお金を吹っかけられても技術を使いたい国が多いらしくって。だからしばらくは大丈夫だろうね」
「……昔と比べて、何と言うか、あれだね、したたかになったのかな」
「と言うより昔がへ――」
「薬研、それ全部言ったら歴史過激派に囲まれるよ」
ははは、と後に続く言葉をうやむやにした薬研に、ふと思いついた一期は尋ねた。
「時空の乱れによって、何か面白いな、と思う出来事はあったかい?」
「んー、人が落っこちるとかはねえかな。ただ、『家の墓場』の辺りはよく物が落ちているな」
「例えば?」
「無難な物だとげーむする機械とか、てれびとか」
「でかい物だと飛行機の羽とか?」
「……それは、おもちゃの飛行機の羽だよね?」
「いや? 正真正銘、本物の飛行機の羽」
「流れ着いたのを見た時は、何があったんだってなったなあ。まあ、元に戻しようもないから、分解して素材にしたが」
「……お前たちもしたたかだね……」
喋っている間に、森の入り口に到着した。あと少しだ、と薬研は振り返り、歯を見せて笑った。