演練は、違う本丸の刀剣男士たちを訓練のために戦わせるものだ。近場の演練場から他の本丸と接続して、精神だけを戦場に飛ばして戦い合わせる。
審神者の持っているコンピューターと呼ばれる物に、演練相手の一覧が配信される。朝と夕方の5時に演練相手は更新され、めったにかち合うことはない。……はずなのだが、一期が顕現した本丸――蒼穹隊と言うらしい――と氷雨隊は、なぜか組まされてしまうことが多い。
氷雨隊の審神者は軍上がりの人間で、かなり誇り高いらしい。そのため、最近審神者になりたてで、あまり歴史を守ることに信念を感じられない蒼穹隊の審神者が気に食わないようなのだ。
気に食わない者に皮肉を浴びせる人間と、あまり気の長くない人間。皮肉と罵倒の合戦が始まるのも、当然の話である。
蒼穹隊の審神者が、演練場の受付にて和泉守と手続きを行っている。受付は、様々な審神者と刀剣男士で溢れかえっていた。それを眺めて、一期と山姥切は雑談をしている。
「なんかふらふらしている短刀がいますけど……」
「……ああ、不動行光か。甘酒をいつも手にして酔っぱらっていることが多いな」
「甘酒って酔っぱらうものでしたっけ?」
「なんとか効果ってやつじゃないのか。……げっ」
二振りの目の前を豪奢な狩衣をまとった、それでいて本刃もそれに負けず壮麗な刀剣男士が通り過ぎた。一期はその刀剣男士をみやっておや、と声を上げた。
「何か覚えがある気配ですね」
「……三日月宗近だ。顕現難易度五、天下五剣の一振り。主の禁句の一つでもある」
「なぜです?」
「顕現難易度五と言っただろう。そのままの意味で、顕現させるのがとても難しいんだ。主が来ない来ないと呟きながら鍛刀をしているのを何度も見てきた」
額を抑えて、がっくりと項垂れる山姥切。その横で、一期は曲げた人差し指をあてて思案にふける。
「私は確か、四でしたよね」
「そうだな。主が審神者になって三ヶ月たってあんたがようやく来たから、四でも相当顕現が難しい。それを上回ると言えばどれくらい難しいかわかるだろう。……個刃的にあのクソジジイには何度煮え湯を飲まされたかわからん……!」
「えっ、三日月殿ってそんな苦汁を飲ませるような性格でしたっけ」
「演練で何度もやられてるんだ。あのクソジジイ俺の負けでもいいと言いながら太刀とは思えない素早さで斬ってくるんだ畜生練度上限に達したら覚悟しとけ写しと侮ったことを後悔させてやる絶対に」
「落ち着いてください、声が大きいです!」
「――そこまで言ったからにはこっちも黙っちゃいられねぇなぁおい!?」
大音量の愚痴を吐く山姥切を窘めていると、蒼穹の審神者がこれまた大きな声で怒鳴るのを聞いた。確か、蒼穹の審神者は受付にいたはずだ。一体何が起こったのか。一期と山姥切が視線を受付に向けると、殺気を出す蒼穹の審神者と和泉守、そしてその正面には軍服を着た若い男とへし切長谷部がしらっとした顔で立っていた。山姥切は顔を青ざめさせる。
「なっ、よりによってなんで和泉守だけの時に……!」
「あの方が、氷雨隊の審神者殿ですか」
「ああ、軍でしごかれただけあって、かなり弁が立つ。正直、和泉守だけじゃ収拾がつかん!」
「我々も止めに入ったほうがいいのでは――」
山姥切は腰を浮かせた一期を制止にかかる。
「止めておけ! 何せあっちには嫌味魔王の一角、へし切長谷部がいる。下手に入ったらこっちがやりこめられるだけだ! くそっ、他の奴らはどこへ行った!?」
そうしている間にも、喧嘩は続く。氷雨の審神者は、はんっと一笑して告げた。
「おお嫌だ、品のない。こんな者に使われる刀剣男士があまりに気の毒だ。なあ長谷部?」
「ええ、おっしゃる通りです。落ち着きもなく、品もなく、すぐに激高して。主の選べない彼らが少し哀れに感じますね」
氷雨の長谷部の言葉に、蒼穹の和泉守が吠える。
「てめぇ、それはどういうこった! 主は俺たちのためにも心を砕いてくれる、いい審神者なんだよ! てめぇみたいないい刀を使い捨てることも良しとするような人間に言われたかねぇんだよ!」
「主に汚い物を飛ばすな。刀は使われてこそ刀だろう。貴様は主に人間の如く扱われて、魂まで堕ちたのではないのか?」
「……おお、いいぜ。そっちがその気なら、てめぇの心鉄まで砕いてやるよ」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる」
周囲の刀剣男士たちがざわざわと囁きあう声が聞こえる。一方の審神者側も、火花を散らしあっていた。
「品のない? はっ! 政府の犬になり果てたやつに言われたかねぇな! 尻尾振ってりゃ甘い汁吸えるんだからいい仕事だよなぁ?」
「犬というのは光栄だな。政府の忠実なる僕としてこれ以上の褒め言葉もあるまい」
「ああ、犬じゃなくて豚か。政府のためにブヒブヒ鳴いて媚びて、最後には丸焼きにされる運命がてめぇにゃお似合いだ!」
「……忠士の信念も分からぬ無礼者が」
「豚の誇りなんざ一生分かりたくないね」
審神者、刀剣男士の双方に張り詰めた空気が漂う。最早、いつ殴り合いになってもおかしくない雰囲気だ。蒼穹の和泉守と、氷雨の長谷部が同時に柄に手をかけた、その時。
「――そこまで! 双方、演練場外での抜刀は禁止だと分かっておろうな?」
威厳のある声が、受付に響いた。蒼穹、氷雨の両者が動きを止める。声の主は、スーツを身にまとった初老の男性だった。その後に、コツコツとヒールの音が近づいてくる。
「あっ、主いたいた。もー、演練始まったのに抜け出すからどうしたのかと思ったよ」
初老の男性の刀剣男士であろう加州清光が、小走りに寄ってきた。そして周囲を一瞥し、騒動の中心を見つけると、蒼穹、氷雨双方に忠告した。
「で、あんたら何やってるの? まさか、戦場以外での抜刀は禁止だって掟、忘れたわけじゃないよね? ――雲霄隊の名前、出来れば出したくないんだけど」
威圧を放つ加州に、氷雨の審神者は縮こまり、蒼穹の審神者は慌てた様子で頭を下げる。
雲霄隊、その言葉を聞いた周囲からはどよっとざわめきが起こった。
蒼穹の山姥切も、驚きを隠せない。
「雲霄隊……!?」
「ご存じで?」
「……政府直属と言われている部隊だ。滅多に表に出ないから存在を疑っていたが……」
雲霄隊。それは政府直々に運営する精鋭部隊。普通の審神者には開かれない戦場に赴くこともあるという、まさに最強ランクの本丸。その存在は前々から噂にはなっていたものの、姿を現すことはほとんどない。だからこそ、都市伝説の一種として囁かれるだけだったのだが――。
「なんで、演練場に」
「なに、久々に若いのを見たくなっただけだよ、なぁ清光?」
「まあ、どのくらい他の部隊が育ってるか見ておくのは大事だよねー」
呆然と呟く蒼穹の山姥切の言葉を拾い、初老の男性――雲霄の審神者が答える。雲霄の加州も、笑って補足する。
蒼穹の一期は、まじまじと雲霄隊の面々を見た。加州清光の他に、平野藤四郎、物吉貞宗、山伏国広、蜻蛉切が途中から現れた。どの男士も、どこか強者の風格が表れている。まだ練度が低いのだろうか、どこかの三日月宗近がその迫力に押されて少し後ずさった。
「すまない、遅くなった!」
「主君は大丈夫ですか!? ……って、あれ?」
「何があったんです……?」
「……?」
騒ぎを聞きつけ、慌てた様子で蒼穹の前田、骨喰、大倶利伽羅、太郎太刀が現れた。しかし、流れが変わったのを感じたが、何が起こったのか分からない全員の頭に疑問符が浮かんでいる。それを見て、雲霄の審神者はがはは、と豪快に笑った。
「いやいや、老いぼれが少し顔を出しただけだ。あとは若いのだけで楽しんでくれ。おーい皆、帰るぞ!」
「えっ、もう帰るのー? 俺もうちょっとほかの隊の
「加州さん、我々も忙しい身なのですから」
「カカカカカ! 新しい思想に触れるのもまた修行ではあるな!」
「しかし、平野の言う通り時間がない。今日のところは引き上げよう」
「しょうがない、帰るか。皆、交流を楽しんでいってねー」
そうして、雲霄隊の面々は去っていく。それを見送ってから、氷雨の審神者と長谷部はこそこそと立ち去った。まだ疑問符が消えない蒼穹の四振りに、山姥切は事情を説明することにした。一期は、呆然とその場に立っている。
「いやぁ命拾いしたなぁ、俺たちも、きみたちも。ここで抜刀なんてしたら、政府に何時間しごかれることか」
「危なかったのですね……」
「いや、ある意味新たな危機に陥ったのか? なんせあの雲霄隊だ、政府にチクられるなんてこともありうるからなぁ」
「どうなんでしょうか……ん?」
はて、今自分は誰と話しているのだろうか。横を見やると、真っ白な刀剣男士が真隣にいた。
「う、うわあああああ!! いつからそこに!?」
「おいおい、さっきからずっといたぜ。気づかなかったとは驚きだ」
思わず飛び上がる一期に、その刀は大仰なポーズで嘆いて見せる。フードがついている真っ白な着物、真っ白な髪、と白尽くしの刀剣男士。蒼穹の本丸でも見かけた鶴丸国永だった。今までなぜ気づかなかったのか。気配を消すのに長けているのだろうか、と推測してみる。
まあいい、と仕切りなおして、鶴丸は一期に右手を差し出した。
「氷雨が一振り、鶴丸国永だ。そっちにも『俺』がいるだろうが、まあ俺たちは初めまして、だ。さっきは俺の主と長谷部が無礼を働いてしまってすまなかった」
「……蒼穹が一振り、一期一振です。こちらこそ我が隊の面々が失礼をいたしました」
「こっちのことは気にするな。あれは全面的に主が悪い。まあ謝りあったから御相子ってことで、俺たちはこれから仲良くしていけると嬉しい」
仲良くなりたいと見つめてくるその目に、偽りはない。随分と綺麗な目をしている、と何となしに思った。一期は、鶴丸の謝罪を受け入れた。
「いえ、こちらこそ頭に血が上りやすい主のようで。私の方こそ、仲良くしていただけると嬉しいです」
そう言って、氷雨の鶴丸の手を握る。目を丸くしたのち、ありがとうな、という鶴丸の言葉とともに、手は離れた。
「鶴丸殿は、これから演練に参加するのですよね」
「いや? 俺は参加しないぞ」
「えっ、じゃあなぜここに? 私と同じく見学して戦術を極める……ということでしょうか」
「あー、それもあるが、主な理由は|主と長谷部
「いのしし……」
「ああ、そう言ったことは内緒な。どうも主は長谷部と一緒だと気が大きくなって嫌味の量も増すからなぁ」
おっと、愚痴はあんまり吐いちゃいけないな。鶴丸は話を打ち切る。きょとんとしている一期に、鶴丸はある誘いをかけた。
「きみはなかなかにいい驚き方をする。是非うちの会に入ってもらいたいもんだ」
「会?」
「まぁ、会といっても城下町で飲んで騒いで遊ぶのが中心の活動だが、情報交換も行っている。本丸の中だけでは手に入らない有益な情報が入ることもあるぞ。どうだい?」
「有益……それは、新たな戦場とか、敵に対する戦術の討論とか、そういうものですか?」
一期が、好奇心をくすぐられた顔を近づけて問う。それを見て、鶴丸はにやりと笑う。
「ああ、もちろんそういうやり取りもあるな。それに」
「それに?」
「都市伝説とか、審神者の間だけで流行っている噂話とかも――」
「入ります」
「早っ! いや、何ならもう少し考えてもいいんだぜ?」
あまりの即答に動揺しながらも猶予を示す鶴丸に、いえ、と一期は首を振る。
「都市伝説や、噂程度でも審神者殿の間で流れている話が、大きな事件につながることもあります。主や弟たちを守るためにも、見過ごすことはできません」
「うん、いい心がけだ。……で、本音は?」
「都市伝説とかまことしやかな噂とか気になって仕方ありません!」
刀がオカルト好きで何が悪い。好奇心に抗わないことの何が悪い。そう示すように堂々と宣言してみせる一期に、我慢できずに鶴丸は吹き出す。
「あっはっは、こりゃあ驚いた! まさか一期一振という刀が都市伝説に興味を持つとは!」
「何か悪いことでも?」
あっけらかんと言い放つ一期に、鶴丸は声を上げる。それには、歓喜の色が強く滲んでいた。
「悪いものか、むしろ最高だ! 蒼穹隊の一期一振、俺は君を歓迎するぞ!」
「ありがとうございます。……で、次の会はいつ行われる予定で?」
「ああ、それは――」
『――蒼穹隊、氷雨隊の皆様、早急に指定された部屋に入ってください。繰り返します――』
鶴丸の言葉を、アナウンスが遮る。気づけば、周囲には人も刀もいなくなっていた。鶴丸は舌打ちする。
「残念だが、時間切れだ。続きはまた今度」
「ええ、そうですね。……あれ、連絡はどうするのです?」
「きみたちには端末が支給されてなかったんだっけな。よし、それじゃあ受け取れ!」
そう言って、鶴丸はほいっと何かを投げる。放物線を描きながら落ちていくそれを、一期は慌てて受け止めた。
手の中には、薄い板状の物体。一期は記憶を探る。
「確かこれは……すまーとふぉん、でしたか」
「そう。前時代の遺物だが、刀剣男士同士でのやり取りはこれで十分行える。俺の連絡先は入っているから、夜以外は好きな時に連絡してくれていい。返事が遅れることもあるけどな」
「いいのですか、貴重なものでしょう?」
「いいのさ、掘り返せばいくらでも見つかる。それに、その端末は俺が会に入る男士に渡すために一年以上持ってた物の一つだからな! 安心して使っていいぞ」
「今悲しい一言が聞こえた気がしましたけど!?」
それじゃあまたな、手を振って鶴丸は受付横の廊下に消えていく。端末をポケットに入れた後、一期も慌てて指定された一室に向かった。