空隙の町の物語   作:越季

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5-2「滑莧園の子供達」

 滑莧園は、城下町の入り口から20分程度歩いた所にある。今日も城下町は賑やかで、日も高い今は人通りも多い。江雪に先導され、一期は足取り軽く目的地に向かっていた。

 

「守る存在を見て決意を新たにできる、実にいい事ですね」

「表情が輝いていますね、一期」

「弟たちと過ごすのは好きですから。まあ、弟たちよりはまだ未熟なのでしょうけれど」

「まあ、そうですね。粟田口の刀たちと比べては可哀想です。彼らは、私たちよりも遥かに短い生なのですから。……見えてきましたよ」

 

 江雪が指をさす。建物の向こうが突然ひらけている。恐らくは運動場だろう。近づくと、幼い笑い声が聞こえてくる。辿り着いた門から中を覗くと、子供たちが鬼ごっこや縄跳びをしていた。その中の一人が門の方を向いた後、笑顔で駆け寄ってくる。

 

「あっ、江雪だ! おーい!」

「江雪さんだー! 一緒に遊ぼー!」

「江雪さん、隣のひと誰?」

 

 一人、また一人と門に駆け寄る子供たち。一人が門の内鍵を開け、二振りを中に迎え入れる。子供たちからの視線を浴びながら、江雪は優しい笑みを浮かべた。

 

「皆さん、久しぶりですね。彼は一期一振。最近友達になり、ここに興味を示したので連れてきました。優しい方ですので、皆さん仲良くしてくださいね」

 

 子供たちの視線が一期に集まった。一期は王子めいた微笑みを子供たちに向ける。それを見て、女子たちが黄色い声をあげた。

 

「一期一振と申します。滑莧園の皆さんと友達になりたくてやってきました。一緒に遊んでくれますか?」

 

 子供たちはきょとんと丸い目を一期に向けた。声も無く顔を見合わせてから、弾けた笑顔を向ける。

 

「いいよー!」

「一緒に遊んでー!」

「敬語じゃなくていいよ、いちごひとふりさん!」

「鬼ごっこしようよー!」

 

 歓迎の意を示す子供たち。手を引かれて、一期と江雪は運動場の中央へと誘導される。

 鬼ごっこ、いや縄跳び。新しい『友達』の遊び相手を決める言い合いが始まった。一期が微笑ましさに目を細めていると、背後に気配を感じた。しかしその時には遅かった。

 

「おーりゃっ!」

「わあっ!?」

 

 膝裏に衝撃を受け、一期は前に倒れる。わっと悲鳴をあげた女子たちは、すぐに背後の存在を睨みつけた。

 

「ソメゴロー、あんたね!」

「いちごひとふりさんに何すんの!」

「いちごひとふりさん、大丈夫!? いい加減にしなよ、ソメゴロー!」

 

 ソメゴローと呼ばれた男児は、女子たちの責め立てを苦にもせず、へっと笑い言い放った。

 

「そいつが膝カックンぐらいで転ぶ軟弱さなのが悪いんだろー?」

「膝カックンで倒れない人の方が珍しいでしょ!? あんた新しい人が来る度に嫌がらせして!」

「だからバレンタインのチョコの数少ないんだよー!」

「お前らからのチョコなんていらねーよ! なんならお前らにも膝カックンしてやろーか?」

「ぎゃーっ! こっちくんなーっ!」

 

 女子とソメゴローの喧嘩がヒートアップしていく。ソメゴローが女子を追いかけ、追われなかった女子がソメゴローに飛びかかり止める。そうしてその女子とソメゴローが取っ組み合いになる。そうしている間にも彼女らの口は回り続ける。それにソメゴローが言い返し、場はまさに混沌と化した。

 一期が止めようとしても、子供たちは耳を貸さない。そのうちに建物の中から男子に手を引かれて現れた女性が、子供たちに一喝した。

 

「いい加減にしなさい! 女の子たちはソメゴロー君の挑発に乗らない! ソメゴロー君は今日おやつ抜きよ!」

「先生!」

「なんだよ、おやつ抜きって! 俺は新入りに入りやすくしただけだろー!?」

「それが悪質だって言ってるの! 反省するまでご飯抜きでもいいのよ! ほら、お兄さんに謝りなさい!」

 

 『先生』と呼ばれた女性がソメゴローを一期に向ける。ソメゴローは、ふてくされた事を隠さずに言った。

 

「……サーセン」

 

 当然、先生はソメゴローの態度を良しとせず、ソメゴローの耳を引っ張り、ちゃんとした謝罪を促した。

 

「ご・め・ん・な・さ・い!」

「いててて! ごめんなさーい!」

 

 痛みで涙目になりながらも、ソメゴローは改めて謝罪した。ふう、と一息つき、先生は一期に頭を下げる。

 

「一期一振様、すみません。この子はここ一番のやんちゃ坊主で……怪我はしていませんか?」

「えっと、少し擦りむいた程度です。なので大丈夫――」

「大変、すぐに手当てをしないと!」

 

 擦りむいた、と聞いた途端に先生の顔が青くなる。

 

「皆、仲良く遊んでてね! 先生はお兄さんを手当てしないといけないから!」

「はーい」

「いちごひとふりさん、また後でねー!」

 

 子供たちに一言注意をして、先生は一期たちを棟内に案内する。『いむしつ』とプレートがかかった部屋に通された二振りは、少しお待ちください、と慌ただしく出て行った先生を見送ってから、話し始めた。

 

「……大丈夫ですか? 粟田口にあのような子はいないので驚いたでしょう」

「ええ……少し。あのようないたずらをされた事も無かったですし」

「そうでしょうね。あの子……ソメゴローはかなりのいたずらっ子でして、職員も手を焼いているようなんです。ただ……」

「ただ?」

「……いえ、そのうち分かる事でしょう」

 

 意味深に言葉を区切った江雪に、どういう事かと一期が首をかしげていると、先生と共に頭髪が寂しい初老の男性が入ってきた。

 

「あの男性は、ここの施設長ですよ」

 

 江雪はそう耳打ちする。息を切らして入ってきた施設長は、温和そうな出で立ちだった。その表情はまるで罪を誤って犯したかのように青ざめている。一期の方を向くと、勢いよく頭を下げた。

 

「この度は申し訳ありませんでした!」

 

 施設長は土下座しかねない勢いだ。一期は慌てて宥める。

 

「頭をあげてください! 私は軽傷ですし、一応謝罪も本人からいただいています。私の鍛錬も足りなかったのでしょう、ですからあまり気にされると――」

「いえ、躾が行き届かなかった私どもの責任です。刀剣男士の皆様に戦場以外で怪我をさせるなど言語道断! 例の児童には、更に厳しく教育を施しますので、どうかお許しを……!」

 

 施設長はぶるぶると震えてしまっている。一期は手負いの小動物を相手取るように、話しかけた。

 

「弟たちなら身の振り方を教え込んだでしょうが、相手は幼い人間の子。まだ世間を知らない年頃の子を、責め立てるつもりはありません」

「しかし……!」

「それよりも、擦りむいた所の処置をしたいのですが」

「そうでしたな! スギハラさん、一期一振様に手当てを」

「は、はい!」

 

 先生――スギハラは、液体の入った瓶と絆創膏をローテーブルに置くと、一期に尋ねた。

 

「擦りむいた所はどこでしょう?」

「膝下辺りです」

「両方ですね? では失礼して……」

 

 スギハラは一期のジャージを捲ると、処置を始めた。液を傷口に垂らし、周囲を軽く拭って、絆創膏を貼る。それだけだが、スギハラの手は震え、拭う時も力が入っておらず、絆創膏の貼り付けも過剰な程に慎重だった。全ての処置が終わった時、スギハラはふーっと大きく息を吐いたが、施設長の咎める視線に慌てて背筋を伸ばす。

 

「ありがとうございます」

「いえ、礼を言われる程の事ではありません。本当に、お気になさらず……」

 スギハラはすっかり萎縮していた。児童の一人が怪我をさせた事への負い目にしては、あまりにも身構えている様子に見える。

「今回の事、なんとお詫びすればいいのか……」

「本当に気にしないでください、私は平気ですので」

「ですが……」

「施設長、スギハラさん」

 

 静かに様子を眺めていた江雪が、謝罪を遮る。施設の二人は、江雪の声によって口を閉ざした。

 

「あまりに謝罪を重ねると、軽く思われますよ。一期も気にしないといっている事ですし、今回はこれで終いにしましょう」

「……そうですね、その通りです」

 

 施設長はうなだれ、スギハラも目を伏せた。重い沈黙に包まれる部屋の外から、こちらに走ってくる音が聞こえてくる。

 

「せんせー! お話終わったー?」

「あれ、施設長もいる。珍しいねー」

 

 入り口から顔を出したのは、女子たちだった。スギハラは沈んだ顔から一転、『先生』の顔に戻る。

 

「もう、遊んでてって言ったのに」

「だっていちごひとふりさんと遊びたいんだもん!」

「先生たち手当てに時間かけすぎだよー」

「ごめんね」

 

 困った笑顔を浮かべて女子たちの頭を撫でた後、スギハラは一期に尋ねる。

 

「……一期一振様、もしよろしければ、この子たちと遊んでいただけないでしょうか? この子達、あまり園の外の人と関わらずにいたので、どうしてもあなたへの興味が抜けないようなんです」

 

 ソメゴローは近づけさせないようにしますので、とスギハラは付け加えるが、そんな物が無くても、一期の答えは決まっていた。

 

「もちろん構いません。私は、そのためにここへ来たのですから」

 

 女子たちはわあっと一期に駆け寄り、腕を引いた。

 

「いちごひとふりさん、縄跳びしよ!」

「えーっ、かくれんぼがいい!」

「ツクシさっきもかくれんぼしたじゃん!」

 

 一期が幼い声に耳を傾けていると、スギハラが女子たちに注意を呼びかけた。

 

「いい? お兄さんにこれ以上怪我をさせたらダメだからね!」

「はーい! 行こ、いちごひとふりさん!」

「江雪さんも行こ! 早く早く!」

「ええ、今そちらに」

 

 江雪もソファーから立ち上がり、女子たちの下へ歩いて行った。

はしゃぎ回る女子たちを見ながら、ふ、と笑みを浮かべる。

 

「すっかり人気者ですね、一期」

「物珍しさから来ているのでしょうね。多分しばらくしたらあまり気にされなくなりますよ」

「……いえ、あの子たちは先生の言いつけを破ってまで一期の下へ来ましたからね。ここの子供たちが言いつけを破る事はそうそうありません。とても気に入られていると思いますよ」

 

 流石は王子と呼ばれるだけありますね、と江雪は静かに笑う。王子よりは武士でありたいですな、と一期は返す。目の前の女子たちは、一期の方に詰め寄る。

 

「ねーいちごさん、縄跳びがいいよねー? ねー?」

「うーん、そうだなあ」

「かくれんぼの方がいいに――きゃっ!?」

 

 ツクシと呼ばれた少女は足を捻った事により体のバランスを崩し、一期の腹に倒れ込んで来た。一期は思いっきり尻餅をついてしまう。

 

「いっ……!」

「きゃー! いちごひとふりさーん!」

「ごめんなさい、大丈夫!?」

 

 ヒリヒリと尻が痛む事を顔に出さずに、一期は二人に笑いかける。

 

「大丈夫だよ、ありがとう」

「でも、傷に響いてない?」

「全然。最初から傷など無かったみたいだよ」

「一期、痩せ我慢はいけません。少し休んでから――」

「いえ、それが」

 

 江雪が一期に目線を合わせ調子を問うと、一期は訝しげに首を捻る。

 

「ちっとも痛く無いんです。少しは膝の痛みがあってもおかしく無いのに、まるで本当に傷が無かったかのような感じで」

「……一応、様子を見ますね」

 

 江雪はジャージを捲り、膝下を見る。すると、

 

「……え?」

 

 江雪は、呆けた声を出した。

 スギハラの貼り方が悪かったのか、絆創膏がめくれて膝下の様子が露わになっている。――膝下にあるはずの傷はどこにも無く、あるのは絆創膏が貼られた痕だけだった。

 

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