一期が滑莧園に来るのはこれで三回目。一期は江雪と共に門を開ける。すると、一斉に子供達が集まってきた。
「江雪さん! 一期さん!」
「なあなあ江雪、サッカーして遊ぼうぜ!」
「一期、キャッチボールしたい!」
今回は、男子が中心となっていた。少し避けられていたと思っていた一期は驚く。
江雪は男子に尋ねた。
「……今日は、女の子達は?」
「女子は今体力テスト中! 俺達は終わったから遊んでるんだ!」
「そうですか。体力検査、良い結果だといいですね」
「俺、持久走のタイム縮んだ!」
「俺は落ちちゃったんだよなあ……。前より絶対体育きつくなるだろこれ……」
江雪の周りにも、男子が集まっている。今日は体力テストの日だったようで、男子は皆一様に体操着だ。それは一期の周りを囲む男子も例外ではない。
「なあ一期、あのサクヤをどうやって手懐けたんだ?」
「あいつ外には滅多に出てこないんだよ。それなのに体力テストでは優秀なんだから悔しくて!」
「ソメゴローとも話してたよな。あいつ結構一期さんに懐いてたよなあ」
一期に向けられるのは、サクヤとソメゴローが少し懐いたことへの質問だ。そうは言っても、一期は自分の兄弟の話をしただけだったのだが。
輪の外側に、いつの間にかソメゴローが現れて言う。
「別に懐いてねーよ! お前ら変なこと言うなよ!」
「あっ、ソメゴロー」
「前一期が来た時に引っ付いてたの見てたらそんなこと言えないよなぁ?」
「一期さんいい人だもんなー。遊んでもらいたい気持ちも分かるよ」
「だから違う! 俺はサクヤが心配でだなあ!」
男子がソメゴローをからかって、ソメゴローはそれを真っ赤な顔で否定している。微笑ましい光景が目の前で繰り広げられていたが、男子の一人が一期の裾を掴む。
「ねえ一期さん、また兄弟の話して!」
「私は構わないけど、他の皆はいいのかい?」
「アツシとヤゲンとナマズオの武勇伝、途中だったじゃん!」
「ぶ、武勇伝? いやあれはただの悪乗り――」
「マエダとヒラノが似過ぎてあるじって人が困った話もしてたよねー?」
そう、前回訪れてソメゴローとサクヤに兄弟の話をした時、二人の笑い声につられたのか、周りに女子だけでなく男子も集まってきたのだ。もっともっととせがまれるままに兄弟の話をしていたら、いつの間にか男子達に懐かれていた。何故だろうか、と言う疑問には、江雪が答えてくれた。
「多分、あなたの語る様が慈愛に満ちていたからだと思いますよ。彼らはあなたの愛に溢れた語りを聞いたことで、『とっつきにくい王子』から『優しい、一緒に遊んでくれるお兄さん』と言う印象になったのではないでしょうか」
なるほど、と思った。弟達に接するように振る舞っていたつもりだったが、弟達より幼い彼らは一緒に泥まみれになってくれる大人の方が好きなのかもしれない。それに、孤児と言うのも関係しているのかもしれない。慈愛に満ちた語り様が彼らの琴線に触れたのだろうか。例外もあるため、断定はできないが。
「ソメゴロー君、そういえばサクヤ君はどうしたんだい?」
「いつも通り、図書室にいるぜ。……そう言えばあいつ、今日は元気なかったなあ。体力テスト、悪くなかったと思うんだけど」
サクヤがそんなことで落ち込むかなあ、とソメゴローは首をひねる。そうだ、と彼は飛び跳ねる様に言った。
「サクヤも呼んでくる! 一期、まだ話し始めるなよ、絶対だぞ!」
「あっ、ちょっ」
制止する間も無く、ソメゴローは棟内に駆け込んだ。しばらくして、スギハラを引き連れて戻ってきた。輪の中にいた男子がスギハラに声をかける。
「先生! 先生も一緒に一期の話を――」
「皆、サクヤ君がどこに行ったか知らない!?」
焦燥を隠せないスギハラの様子に、男子達は固まる。ソメゴローも顔から血の気が引いている。
異常を感じ取った江雪も、スギハラの近くに来る。
「スギハラさん、サクヤ君がどうしましたか」
「体力テストのことで、サクヤ君に話をしようと思ったのですが……図書室に、サクヤ君がいなかったんです」
「……俺の部屋にもいなかった。なあ、お前ら、サクヤがどこに行ったか心当たりないか」
男子達は、顔を見合わせる。知ってる? 知らない。そんなやり取りだけが行き来する。焦れたソメゴローは声を荒らげる。
「くそっ! サクヤ、俺に何も言わずにどこ行ったんだよ!」
「あ、あの」
男子の一人が恐る恐る手をあげる。ギュン、と首をひねり、ソメゴローは彼に詰め寄る。
「なんだ、何か心当たりがあるのか!?」
「ひっ……! え、えっと、昨日、僕、夜にトイレに起きたんだ。そしたら、応接室から声がして……」
「それがなんだって言うんだよ!」
「あうっ、それが、なんか大人の男の人と女の人が、施設長と話してて、それが」
「それが!?」
「――サクヤ君のことだったんだ」
場が、静まり返る。スギハラが、呆然と言葉を発した。
「……まさか、あの子、話を」
「どういうことですか?」
「……その男性と女性は、サクヤ君の実の両親です。現世で暮らしていらっしゃったのですが、昨日突然訪れて『息子を引き取る』と……急な話だったので検討する、ということでお帰り願ったのですが……コタロー君が起きてて、心当たりがあるってことは――」
「――サクヤも一緒だったんだな、コタロー?」
男子――コタローは頷く。スギハラは頭を抱えて崩れ落ちる。
「よりによって、サクヤ君が話を聞いていたなんて……!」
「それで、サクヤ君は何故失踪を……」
「サクヤ君、言ってた」
コタローが言葉を紡ぐ。ソメゴローが、コタローをじっと見ていた。
「『今更、なんだっていうんだ』って。『捨てたくせに、必要になったから引き取る? 最低だな』って」
「あいつ、まさか……!」
ソメゴローが目を見開く。江雪が尋ねる。
「行き先に、心当たりが?」
「あいつ、言いたいことは言わなきゃ納得しない性格なんだ。捨てた親にも、自分の口から断らなきゃ我慢できないと思う。だとしたら行き先は――」
ソメゴローは息を吸い、告げた。
「――現世の、親のところだ」
しん、と一瞬、静寂に包まれる。スギハラは悲痛な叫びを上げ、静寂を切り裂いた。
「そんな、一人で現世になんて……!」
「しかし、現世に行く手段は限られているはずです。現世に繋がる門は、政府が厳重に管理しています。多分、すぐに追い返されて帰って……」
「……いえ」
江雪の言葉を、一期が遮る。彼は、春光隊とのやり取りを思い返して、慎重に言葉を選ぶ。
「時空の乱れがある場所では、時空の裂け目に触れるだけで、現世に飛ばされることがあると聞きます。もし、サクヤ君がそれを知っていたら――」
「……失念していました。それがありましたね」
「時空の裂け目がある場所って……まさか、町の境目!?」
一期は例の森を想像していたが、それ以外にも裂け目が現れる場所があるようだ。一期の知識の欠けを補足するように、江雪はスギハラに話す。
「町の境目は、大きな裂け目が発生しやすいです。それこそ、そこから敵が現れたらひとたまりもないような。少年一人なら、簡単に痕跡も残さずに通してしまうでしょうね」
「至急、職員総出で捜索します!」
「私達も捜索に加わります。子供達を施設内から出さない様に――」
ガシャン、と金属音が響く。はっと振り向けば、ソメゴローが門の外へ出て、駆け出す後ろ姿が見えた。
「ソメゴロー君!!」
スギハラが悲痛な叫び声を上げ、後を追わんとする。それを、一期と江雪が制した。
「私達がソメゴロー君を追います! スギハラさんは子供達を中に!」
一期と江雪が門の外へ向かう。スギハラは二振りの後ろ姿を呆然と見送った後、不安そうな子供達の視線に気づき、急いで棟内への誘導を始めた。